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狼少女と嘘吐き少女  作者: キノハタ
エピローグ

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38/38

りことつきと二人きりの夜

 噓の多い生涯を送ってきました。


 今更ですか、今更だね。


 人生というのは、いくら劇的な変化があろうとも、昨日までの私が急にいなくなったりしません。


 どこまでも、今日の私は結局、いつかの私の延長線上で生きています。


 まあ、何が、言いたいかと言いますと。


 「ねえ、りこ」


 「なんですか、つき先輩」


 「好きだよ」


 「………………そうですか」


 素直になるというのは、どうして相変わらず難しいんだろう、って話かな。


 言葉にすれば、たったの四文字、「好きです」とか「私も」とか返せばそれでいい。


 なのに、実際は胸の奥がぎゅってして、頬が熱くなって、気付けば視線をそらしてしまう。


 あの満月の夜に、あれだけ大げさに啖呵を切っていたこの口は、今では見る影もなくすぼんで、そっけない答えを返すだけ。


 つき先輩はそんな私に、楽しそうに微笑んで、後ろからぎゅっと抱き着くばかり。


 まるで、こんな私の心の内なんて、お見通しとでも言うように。


 ただ、いくら匂いで嘘がわかると言っても、全てが伝わってるわけじゃないのだ。言葉にしないとわからないことも沢山ある。それは理解しているつもりなんだけどね……。


 「大好きだよ」


 「………………うー」


 それでも、この口は、この心は、どうにも上手く動いてくれない。


 はあ、素直になるのは、どうしてこんなに難しいのか。


 結局、私は何も言えないまま、恥ずかしさに任せて、あなたの手を取って、帰り道をぐんぐんと歩いていく。そんな私の後ろで、つき先輩は愉快そうに笑ってた。


 そんな笑顔を見ていたら、なんだか毒気も抜かれてしまう。結局ため息をつきながら、いつも通りのペースに戻って、私たちは帰り道を歩いていく。


 文化祭の片づけの後、もうすっかり日も落ちて、少し涼しい秋の夜風に背を押されるまま。


 月明かりだけが照らす暗い路地を、楽しそうに笑うあなたと一緒に、歩いて帰っていった。





 ※





 「うん、そう。つき先輩と一緒だから心配しないで。日付回るまでには帰るから。うん、ご飯もいらない。うん、じゃあね」


 そんなお母さんへの通話を終えて、ふっと振り返ると、つき先輩は大丈夫? って感じに首を傾げた。私は無言で手でOKサインを作る。


 文化祭の終わり、久しぶりに二人っきりになるために、私はつき先輩のおうちにお邪魔していた。


 あの満月の夜以来だから、結構、久々な気がする。


 ……いや、気のせいだね。前回から、そんなに時間は経ってないはず。そう思うくらいに、夏休み中はしょっちゅう来てただけかな。


 通話がきちんと切れているのを確認してから、無言で手をそっと開く。すると、つき先輩は、ぐっと何かを溜めた後、どんっと勢いよく私の薄い胸に突撃してきた。


 勢いが、完全に大型犬が突撃してくるあれに近い。私、大型犬、飼ったことないけど、多分あってる。


 背後がベッドじゃなかったら、そのままタックルで沈められてたくらいの勢いで、ぼふんっとベッドに二人まとめてダイブする。しかもそれで終わりじゃなくて、つき先輩の頭がぐりぐりと胸に押し付けられる。


 「つき、先輩、まって、まて、髪が、あと息が」


 「まてない。というか充分まった。最近、外でしか会えてなかったでしょ」


 つき先輩の絹のように滑らかな灰色の髪が、私の胸に押し付けられて、見る影もないくらいぐしゃぐしゃになっていく。そしてその髪が、私の顔を掠め続けてとてもむずがゆい。あとシンプルに胸骨が圧迫されてるから、息がすんごいしにくい。


 そのまま数分、息も絶え絶えに抱きしめられるまま、あなたの髪がさらにぐしゃぐしゃになるまで頭を擦られ続けた。そして、放してもらう頃には私の身体は、鞄の底のプリントくらいくしゃくしゃになっていた。


 「こ…………こふっ……」

 

 「ふー……りこのいい匂い…………」


 さすがに私がしんどいと思ったのか、しばらくしたら解放されたけど、歴代で一番激しいスキンシップだった。なんなら、走馬灯まで軽く見えたよ。あの満月の夜ですらそんなもの見えなかったのに。いいのか、こんなんが一番の命の危機で。


 「ま……満足、しました?」


 「んー……全然してないけど、これ以上はりこ潰れちゃいそうだから」


 そう言って、ぐっと何かを堪えるように、つき先輩はちょっとだけ私から距離を離す。5センチくらい。


 「えらい、えらい」


 「褒めるときは、スキンシップが効果的だと思うよ?」


 適当に褒めてみると、つき先輩は、すっと素知らぬ顔で、私にその頭を差し出した。撫でろと? うん、撫でるやつだね、これ。心なしか耳がぴょこぴょこしてるし。


 スキンシップを我慢したご褒美が、スキンシップなのは意味あるのか? と一瞬疑問符が浮かびかけたけど、そのまま髪を撫でてあげたら、随分と満足げな顔をしてた。


 どうにもこれでいいらしい。いよいよ犬っぽくなってますよ、というのは、言わぬが華かな。


 しばらくそうやって、つき先輩の頭をよしよしと撫でていると、こてんと頭がまた私の胸に預けられた。今度はゆっくりと甘えるように。


 「……つき先輩って、こんな甘えたでしたっけ」


 初めて会った頃の、ミステリアスでクールビューティな雰囲気は、どこに行ってしまったのだろう。誰も寄せ付けない孤高の一匹狼が、飼い主にべったりの子犬になったくらいの落差がある。


 「ううん、昔は違ったかな。どこかの誰かさんのせいで、こうなっちゃったの」


 そうして素知らぬ顔で、そのまま首元の匂いをくんくん嗅がれる。そうしている間にも、身体の距離はどんどん詰まっていって、今ではお互いの胸がこすれ合うくらいの距離感になっていた。


 「それはまあ、一体どこの誰のせいなのやら、心当たりがありませんね」


 「そうだね、一体どこの嘘吐きだろうねぇ」


 眼を逸らして誤魔化しても、それを追うようにつき先輩の顔をはじりじりと迫ってくる。うなじ辺りに熱い息がかかるのが、少しくすぐったい。


 ううってしばらく身体を引いていたけど、結局逃げるのは無理だと諦めて、そのままベッドに背中を預けた。ふうっと息を吐いたら、半ば私に馬乗りになったつき先輩が、どこかとろんとした瞳で、私をじっと見降ろしていた。なんか、この光景も見慣れてきたね。


 「…………もしかしなくても、ちょっと溜まってました?」


 何がとは、あえて口にしないけど。


 「うん……、この前、お預け喰らっちゃったから」


 そう言って、つき先輩は私の首元に顔を寄せてきて、すんすんと匂いを嗅いでいる。首元が少しくすぐったいのと、この姿勢は色々と想い出してしまうから、少しどきっとする。


 「ああ……、そういえば、そうでした」


 「そう。文化祭の準備で、二人っきりにもなかなかなれなかったしね。屋上はなんだかんだ、外だから落ち着かないし」


 ふっと息が首元に吹きかけられて、身体が思わずびくっと震えた。背筋をぞわぞわと何かが駆け上っていく感覚がする。なのに、どうしてかあまり不快じゃない。くすぐったいという感覚の方が、不思議と強いくらいだ。


 「ですね、色々とばたばたして、それどころじゃなかったです」


 この一週間は満月もあって、文化祭もあって、本当に慌ただしい一週間だった。濃密すぎて、いまいち現実感がないくらい。


 「でしょ。だから、その分、堪能してるの、わかった? 抱き枕のりこちゃん」


 そういう先輩は暗がりの部屋で、月明かりを背にして、どこか煽情的な笑みを浮かべてる。思わず頬が熱くなりそうなのをそっと逸らしながら、ふうと胸の奥から息を少し零した。


 前言撤回。つき先輩は、相変わらずつき先輩だ。


 月明かりを透かした、灰色の髪も。


 その髪色を溶かしたような、灰色の瞳も。


 暗がりの中、静かに光るその牙も。


 軽く尖った耳も、怪しく研ぎ澄まされた牙も、隠す気もなくふりふりと振られる尻尾も。


 相も変わらず、そのまま絵になりそうなくらいに綺麗だ。


 そして、やっぱりわがままで、こっちの都合なんてお構いなしだ。


 私はふぅと軽くため息をつく。これは、つき先輩が満足するまで、しばらく抱き枕に徹した方がいいやつかな。


 そうやって、半ば降参した私に、つき先輩は静かに微笑んでから、真っ白な手をすっと伸ばしてきた。


 そのまま、ぎゅっと私の身体の全てが自分のものだと主張するみたいに、抱きしめられる。


 唇でふわりと甘噛みされる。耳元から、うなじをのぞって、肩口まで、袖を通り過ぎたら指先まで。一つずつ味見するように。


 指先が私のリボンの巻かれた左手を、そっとなぞって絡み合うように繋がれる。まるで恋人が、そうしているみたいに。


 甘くて、湿って、くすぐったくて、少しだけ吐息が熱くなっていく。


 もうすっかり慣れた感覚のはずだけど、それに反比例するように、心臓はどんどんと早鐘を打ち続ける。


 つき先輩は、しばらくそうやって、私の身体を味わうように、抱き枕にしてから、そっと上体をゆっくり起こした。


 その頃には、私の息は気づけばみっともなく荒れていて。


 つき先輩の頬も、血を溶かしたみたいに赤く染まってる。


 そんな光景に、意識も、感情も全て吞まれていく。


 やがて、あなただけが、私の世界の全てになる。


 ……これから、何が起こるだろう。まあ、わかってるけど。


 「ご飯、食べなくて……いいんですか?」


 でも、あえて、そんな間の抜けたことを聞いてみた。


 「うん、先にりこを食べるから」


 だけど自然に、そんな解答が返ってきて、思わず口を噤んでしまう。ああ、今のでちゃっかりイニシアチブを奪い取られた気がする。


 その証拠に、つき先輩はどこか得意げな笑みを浮かべて、私の頬をそっと指で撫でてきた。どこか妖しく、舌なめずりをしたままに。


 その紅い唇の奥に覗く、舌と牙を見ていると、私の意思とは無関係に、胸が浅く震えだす。


 ああ、だめだ。もう覚えちゃってる。


 その牙が私に与えるものを。あなたが私にもたらす感覚を。


 もう、すっかり身体に覚えこまされてしまってる。


 お腹の奥が熱く震えてる。服にじんわりと汗が滲んでいく。あなたの指が触れた場所がゾクゾク震える。まるで、そこから感覚を全部吸い取られてしまったみたいだ。


 ぷちっと小さな音を立てて、私の制服のボタンが一つ一つ外されていく。


 ゆっくりと、ゆっくりとまるで、大切なプレゼントの封を開けていくように。


 つき先輩によって、自分の肌が、露わになっていく様を、私は何も言えずにただ見つめてた。


 ボタンをはずし終えたつき先輩の白い指が、私の首元の包帯にゆっくりかかる。


 服を脱がす時より慎重に、微かな衣擦れの音を立てながら、あなたのつけた疵跡がそっと月明かりに晒されていく。


 それは、あなたが私を捕まえた証。


 狼が、獲物に刻んだ痕跡。


 私があなたの物であるという、その証明。


 つき先輩の鋭くとがった爪が、私の傷跡に優しく触れる。


 ああ。


 息が荒れる。


 小さくくぼんだ傷跡に、その爪が微かに食い込む。


 ああ。


 身体が震える。


 本来痛みを覚えるはずの、その指使いすら、全て快楽に変換される。


 ああ。


 ダメだ。


 あなたはそんな私の様子を見て、ゆっくり微笑んでから、首元にそっと顔をうずめた。


 もう。


 抗えない。



 小さな水音がした。



 あなたが、私の疵跡に口づけをした音だった。


 それを理解した数瞬後。



 「               」



 牙が私の首元に食い込んだ。


 同時に声にならない喘ぎが、口から情けなく零れてく。


 既に付いてある疵跡に、もう一度、牙を重ねるように。


 そんな一噛みで、あっさりと、私の身体は快楽に震えだす。



 喘ぐ。



 零す。



 泣き喚く。快楽に。



 脳に蜂蜜をぶちまけるような。


 快楽を司る神経に、そのまま電気を通されているような。


 そんな、抗いようのない気持ちよさ。


 きっと人が味わっていい領域じゃない、そういう類の快感。


 身体が自分の物じゃないみたいに、何度も震える。


 がくがくと、足にまともに力が入らなくなる。それどころか、身体の自由が利く部分がもうほとんどない。


 熱い舌で舐められて、声が震える。


 鋭い牙が喰い込んで、身体が跳ねる。


 ああ、今、多分、本当に。


 私の身体はあなたのものだ。


 あなたの舌と牙が導くままに、私の身体はぐちゃぐちゃになっていく。


 そして、本当にどうしようもないのが、そんな無茶苦茶快楽の中で、私の胸はどこか安堵していることだった。


 まるで、段々と身体も心も、あなたを受容れているみたい。


 1回目より。2回目より。


 3回目より。4回目より。


 いつの時より、今が、一番気持ちいい。段々と感覚が深く侵されていく。


 あなたの牙がまるで、私の身体の一部みたいに自然に感じる。


 暖かい。気持ちいい。


 幸せ。もっとしたい。


 5回目で、これだとして、6回目でどうなるのだろう。


 その先は、もっと幸せ? もっと気持ちがいい?


 わからないけど。


 でも、それを与えてくれるのが、あなたならそれでいっか。


 そう自然と思えてしまうあたり、私も、もう充分飼い慣らされてるのかもしれない。


 牙がゆっくりと、私の首元から剥がされる。


 ぽつっと小さく、雫が落ちる。よだれと血液が混じった、紅黒い雫が私の胸に跡をつけていく。


 あなたはそっと私に向けて、少し儚げに微笑んだ。


 「大丈夫?」


 「―――はい」


 「痛くない?」


 「―――はい、痛くないです」


 この答えは、嘘だろうか、ホントだろうか。


 わからない、もう何もかもが、曖昧に溶けて一つになったみたいで。


 ぽた、ぽたと、冷たい雫が私の胸に落ちてくる。


 あなたは、月明かりを背にしたまま、牙を剥きだして私に跨っている。


 そんなあなたの表情は、少し火照っているけど、どこか心配そうで、少し不安げに揺れている。


 やれやれ、こっちは気持ちよさで壊れそうなのに、的外れな心配しちゃってさ。


 仕方ないから、ふぅっと息を吐いて、左手首に巻いてあったリボンをそっと解いた。


 それから、少し驚いているつき先輩の首元に、そっと巻きつける。


 これで私はあなたの「ご主人様」。


 まあ、もうこんなごっこも、本当は必要ないのだけれど。


 それでも、たまにはこういうお遊びもいいものでしょう?


 それに、私、こうやってあなたに首輪をつけるのも、意外と好きだから。


 「ほら、つき、口、あけて?」


 命令を聞いたあなたは、少しだけ唖然とした後、どこか頬を赤らめながらゆっくりとその口を開いた。


 紅く濡れた唇と、舌と、牙が、私に向かってあられもなく晒される。


 何度も見たけど、相変わらずたまらないな、この光景。


 ゆっくりとその唇をなぞって、その牙を少しつついて、舌をそっと舐らせる。


 「まだだよ」


 あなたの身体の中を、ゆっくりと愛撫していく、その内側まで慈しむように。


 「まだ、まて」


 期待を煽る、あなたの期待を、私の期待を。


 「まっててね」


 少し、我慢するくらいが、一番きもちいから。


 「まだまてだよ、よしっていったら、好きなだけ私のこと喰べていいから」


 ふぅと熱い息が零れる、あなたの吐息が荒れていくのが、指先の熱でわかってしまう。


 「……………………」


 触れる肌が、重なる手が、交わる吐息が、何もかも熱くて溶けそうだ。



 息を吸った。



 あなたも吸った。



 ぐっとこらえる。



 その一瞬を味わうために。



 そして―――。



 「――――よし」



 声と同時に。



 あなたは私に襲い掛かった。



 まるで狼が獲物に飛びつくみたいに。



 私の全てをあなたのものにしようとするみたいに。



 お互いに身体の全てを明け渡した。



 お互いに想いの全てを溶かし合わせた。



 肌と、体液と、熱が。



 どろどろに溶けあって、まるで一つになろうとするみたいに。



 私達は、ただ求め合っていた。



 お互いの名前を呼びながら。



 きっと永遠ではない、この瞬間を。



 いつまでも忘れないようにするかのように。



 ただ、あなたと××(あい)しあっていた。









 ※








 「ねえ、りこ」


 「どうしたんですか、つき先輩」


 狼少女の問いに、嘘吐き少女はお姫様抱っこをされたまま、不思議そうに首を傾げた。


 真夜中の帰り道、いつものようにビルの上を跳びながら。


 「今更だけどさ、あの時、怖くなかったの?」


 狼少女はいつかの満月の夜を想い出しながら、そう口にする。けれど、答えは何となく知っていた。


 「…………怖かったですよ」


 だからそんな噓吐き少女の答えに、さして驚きはしなかった。


 「でも、つき先輩がいなくなる方が、怖かったです」


 そんな腕の中の少女の答えを聞きながら、狼少女はビルの上を翔け続ける。


 「そっか…………」


 ただ、しばらく跳び続けた後、不意にあるビルの屋上でその足をすとんと止めた。


 噓吐き少女は、そんな彼女をじっと物も言わず見上げてる。


 「りこはさ、この先、怖くない?」


 静かに小さく、少女は問うた。


 「人狼の番とかさ、消えない疵とかさ、一生一緒に居るとか。辛くない? しんどくない?」


 そうやって問う声は、か細く、小さく、でもその視線は、嘘吐きな少女から決して逸らされてはいなかった。


 いつか聞かねばならないと想ったのだろう。たとえそれが、残酷でどうしようもない真実なのだとしても。


 それでも、彼女の想いを、無為に踏みにじりたくはなかったから。


 噓吐き少女は、しばらくその問いを告げた狼少女を、じっと見ていた。


 ただ、やがて、ふぅと小さくため息を吐く。


 「これは独り言なんですけど」


 狼少女は少しだけ、首を傾げた。


 「私、つき先輩の前では、本当に大事な質問には、答えないようにしてるんです」


 ぐっと狼少女の喉から詰まる音がする。零れかけた何かを堪えるように。


 「だって、つき先輩は、気付いちゃうでしょ。どれだけ私が嘘吐いても、私も分かってないホントの想いを、つき先輩だけは、わかっちゃうでしょ」


 噓吐き少女はゆっくりと、何かを探すように言葉を紡ぐ。そっと囁きかけるように。


 「知ってます? 実は私、素直じゃないんです」


 ぎゅっと噓吐き少女は、狼少女の首元にその顔をうずめた。まるで、その表情を隠すみたいに。


 「だからね、恥ずかしいんです。ホントの想いに気付かれるのが」


 首元が少し熱くなる。肌が触れあっているからだけでは、上手く説明できないような熱が灯る。


 「永遠の愛とか、一生の(つがい)とか、口にしたら、結果的に、全部嘘になっちゃうじゃないですか。だって、そんなもの、この世界のどこにだって、ありはしないんだから」


 夜風がごうっと吹き上げるように、二人の頬を撫でていく。


 「先のことなんてわかんないです。不安も、苦しさも、しんどさも、きっとどこにも消えていかないんです。でもね、ホントはそれでいいんです」


 暗い夜空の上で、半分の月が二人を優しく見下ろしている。


 「ねえ、つき先輩。私ね、次に描く絵、決めたんです」


 りこはふっと顔を上げると、つきの目をじっと見た。


 二人の眼は、月明かりを反射して、瞳は僅かに光を孕んで見えた。そして、その目でりこは、つきの瞳を、じっと揺らぐことなく見つめていた。


 「今度こそ、つき先輩の絵を描くんです。あの春の教室で見上げた、あなたを描くんです。ずっとずっと、描きたかったかった絵なんです」


 つきはそんなりこの瞳を、どこか泣き出しそうな顔で見つめてた。


 「世界で一番綺麗な絵にします。私が見た中で一番綺麗な人を、世界で一番綺麗に描きます。誰にだって負けないくらい」


 そっとりこの小さな手が、つきの頬に伸びていく。


 慈しむように、愛おしむように。


 そうやって、その頬に伝う雫をそっと拭った。


 「…………なんてね。これも嘘ですよ。私なんかじゃ、世界で一番綺麗な絵なんて描けませんから」


 それからすっと眼を閉じて、もう一度つきの胸にりこはそっと頭を預けた。


 「でも、なんていうんですか、意気込みとしてはほら、夢があるでしょ?」


 そう言ってりこは、つきの心音に耳を澄ませるみたいに、静かに言葉を続ける。



 「つき先輩を世界で一番、綺麗だって想ってるかは聞かないでください」



 「私があなたを、好きかどうかも聞かないでください」



 「これから一生一緒かも、聞かないでください」



 「だって、恥ずかしいし。それを嘘にしたくはないですから」



 「だから、大切なことは聞かないで」



 「……もう、そんな顔、しないでください。大丈夫ですよ、きっと大丈夫」



 「明日のことなんて、私には……ううん、きっと誰にもわからないけど」



 「大丈夫ですよ、私とつき先輩は、大丈夫です」



 「だから、ね、泣かないで」



 「うん、そうだよ、私たちは大丈夫」



 「そう、大丈夫だから」



 言葉を交わしながら、泣き崩れるつきをあやすように、りこは笑った。


 つきはそんなりこに、泣きながらぎゅっと抱き着いた。


 まるで、もう二度と離れないとでもいうみたいに。


 先のことはわからない。


 明日どうなるか、知ってる人は誰もいない。


 大切な人とずっと一緒に居られる保証なんて、残念ながら、この世界のどこにもありはしない。


 永遠の愛も、消えない想いも、御伽噺の中の幻想に過ぎない。


 真実は、いつも正しく残酷で。


 人生は暗がりの荒野を、ただ当てもなく歩くよう。


 それでも二人で手を繋いでいると。


 怖さは、不思議とどこかに紛れて消えていく。


 それは言ってしまえば、気のせいで、嘘や誤魔化しのようなものだけど。


 でも、それでも笑って前に進めるのなら。


 暗がりの荒野で、月明かりだけを頼りにして、二人で手を繋いでいれるなら。


 そんな嘘も、悪くはないのかもしれない。


 「ねえ、りこ」


 「どうしました、つき先輩」


 名前を呼んで、返事をして、見つめ合って。


 やがて不意に、つきは胸の想いに背を押されるまま、そっとりこの口元に顔を寄せた。




 小さな水音が、月夜の街に、一瞬響いた。




 それは、人狼としての本能か、それともただの少女の愛情か。


 答えはつき以外、誰も知る由はない。


 りこは一瞬、驚いて、しばらく少し呆けていたけれど。


 やがて顔を赤らめて、つきの胸にまた顔をうずめてしまった。


 「つき先輩は、いっつも急です……」


 「うん、ごめん。どうしても、したくなって…………」


 そうやって、少しだけ、誤魔化すように口をすぼめていたけれど。


 やがて、どちらともなく顔を上げると、しばらくまた見つめ合う。


 「ねえ、りこ」


 「なんですか、つき先輩」


 「外れてたら、ごめんだけど。もしかして、もう一回、キスしたい?」


 「…………だから、そういう大事なことは、聞かないでください」


 そうやって僅かに目を逸らした後。


 もう一度二人は、見つめ合うと、やがて静かに目を閉じた。


 今度は不意打ちじゃなくて、お互いの気持ちを確かめ合いながら。


 唇と唇がゆっくり重なる、その瞬間をただ味わうように、ただ溶け合うように。



 濡れる唇を。



 重なる吐息を。



 触れる熱さを。



 ただ感じてた。



 そうやって、重なる唇からは。



 どうしてか、甘く酸っぱい味がした。



 「……ねえ、つき先輩」



 「どうしたの、りこ」



 「今日は―――月が綺麗ですね(××してる)



 「…………うん、ホントに、綺麗だね」



 ある夜の、街を見下ろすビルの上。



 二人の少女は、そうやって寄り添いながら、暗い空にぽっかり浮かぶ真っ白な月を眺めてた。



 まるでいつかの絵の中で、寄り添っていた黒猫と狼の様に。



 そっと身体を寄せ合って、もう二度と離れることなどないように。














 ※



 昔、偉い心理学の先生は言っていました。



 嘘は常備薬で、真実は劇薬のようだと。



 それでいうなら、私は紛うことなき嘘中毒者。かの偉い先生も、天国で苦笑いをしていることでしょう。



 そんな自分が嫌いでした。そんな想いすらなかったことにするために、他人にも、自分にも、嘘ばかり重ねてきました。



 その事実は、きっと今でも変わっていません。



 私は結局、わがままで、嘘吐きで、素直じゃない、半端者。



 胸に抱えた大切な想いすら、上手く口に出来ない、軟弱者。



 だって、真実と向き合うのは、何時だって苦しくてしんどいものでしょう?



 それを受け止められるほど、私は強くも、誠実でもないのですから。



 でも、あの夜から、つき先輩と出会ってから、少しだけ変わったことがあるとするならば。



 嘘にも色々ある、ということを知ったくらいでしょうか。



 そもそも、真実以外の事柄は、言ってしまえば全てが嘘です。



 難病の子供に親が、「絶対に治るから」と励ますのは噓でしょう?



 挫折ばかり味わってきた人に、「きっと、この先、必ずいいことがあるよ」と肩を叩くのも嘘でしょう?



 「永遠の愛」なんてものは、誰が見ても分かるほどに明らかな嘘でしょう?



 それが事実でないのなら、根拠のない希望も、確証のない願いも、当てのない祈りも、何もかもが嘘でしょう?



 そんなものに、価値はないと想っていました。



 そんなものに、意味はないと想っていました。



 でも、そんな些細な嘘であなたが笑ってくれました。



 そんな些細な冗談で、あなたと隣で手を繋いでいることが出来ました。


 

 そんな他愛もない嘘を繰り返して、ふと想ったのです。



 もしかしたら、案外嘘も悪くないのかなって。



 ホントのことを直視するのは、辛く苦しいことだけど。



 あなたと一緒に居られるのなら。



 その理由になるのなら。



 こんな嘘吐きな私でも、いいのかな、なんて。



 ホントのことも、まあ、偶にはいいかな、なんて。



 そう想えるようになった気がします。



 「ねえ、つき先輩」



 「なあに、りこ」



 「次の絵が描けたら、また見てくださいね」



 「―――うん、絶対、見に行く」



 そしてまた、そんな根拠も確証もない(願い)を謳いましょう。



 あなたと二人で。







 きっと、ずっとずっと、いつまでも。























 おしまい

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