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狼少女と嘘吐き少女  作者: キノハタ
エピローグ

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37/38

つきとりこと文化祭

 その夜、つきはぼんやりと開けた窓から夜空を見上げていた。


 どこかの誰かさんが派手に割った窓ガラスは、まだそのままだけど、幸い最近は少し涼しくなってきたからあまり不便もしていない。


 手元ではスマホが、静かに切断音を鳴らしている。


 零れた息が微かに震えている、スマホを握る手もどことなく覚束ない。


 これから、どうなるのだろう、とつきはぼんやり考える。


 人から外れた人狼として、親に見放された高校生として。


 先のことは、どれだけ思考を巡らせても、うまく想い描くことができない。


 こんな自分が社会の中で生きていけるんだろうか。文化祭明けに提出する進路希望はまだ書けていない。今回のことを両親はどう思うのだろう。


 そして何より、りこと、本当にこのままずっと一緒に居られるんだろうか。


 つきの脳裏に浮かぶのはりこの首元についた、消えない疵跡。それは彼女が一生の(つがい)を選んだ証であり、それと同時にりこを自分に一生縛り付ける鎖でもある。


 本当にこれでよかったんだろうか。


 一つ、不安が消えても、すぐに次の不安はまたやってくる。あれだけ悩んで、苦しんだことが解決しても、次の悩みの種は気づけばすっと顔を出している。


 もちろん、以前ほど、将来を完全に諦めるような絶望感や閉塞感はないけれど。


 淡く薄い、そんな胸の震えを感じながら、つきはぼんやりと夜空を見上げた。


 少し欠けた下弦の月が、そんな彼女を宥めるように見下ろしている。


 微かに、寂しく、不安な、そんな秋の初めの月夜が過ぎていく。


 ただ、しばらくぼーっとした後、つきはベッドに向かった。そうして、もぞもぞと布団にくるまって、やがて目を閉じた。


 なにせ明日は文化祭なのだ、早く眠りにつかなければ。


 不安も、後悔も、寂しさも、決して尽きることはないけれど。


 それでも眼を閉じれば、眠気はやってきて、じきに今日が終わる。


 そして、やがて朝陽が昇って、目が覚めれば、また明日がやって来る。


 暮れない昼はどこにもなく、明けないも夜もどこにもない。


 それは時に残酷な事実であり、時に優しい救いでもある。


 今のつきにとって、それはどちらの意味を持つのだろうか。


 その答えは、つき自身にもわからないけれど。


 ただ彼女は、眠りにつくその数瞬前に、枕元に置いておいた黒猫の貯金箱を見つめて、そっと微笑んだ。


 明日また、学校で出会う、どこかの嘘吐きのことを想い浮かべながら。


 やがて少女は眠りについた。


 未来のことなど、何も、知らぬまま。


 それでも、未だ見ぬ明日を夢に見て。






 ※






 「ねえ、りこ」


 「なんですか、つき先輩」


 「お化け屋敷、行ってみたくない?」


 「…………文化祭のお化け屋敷なんて、クオリティ低くて見てられないですよ」


 美術部の展示ブースで、受付をしてるりこの隣に座りながら、私はうーんと唸る。手元にあるパンフレットには、行ってみたいところが沢山あって、目移りしてつい迷ってしまう。


 「まあ、そうかもだけどさー。私、行ったことないから、折角だし行ってみたいんだよねー」


 「私、中学の頃ここのお化け屋敷、一回来たことありますけど、おすすめしません。大して怖くもなかったですよ」


 ふーんって唸りながら、私はりこの方をちらっと見た。りこは受付でぼんやりとした表情をして、そしらぬ顔で来場者を見てるけど、ほんのりと甘い香りが漂っている。うーん……これは。


 「本当は怖い?」


 りこの肩が、微かにびくっと揺れた。


 「…………そんなわけないじゃないですか」


 そう言いながら、視線はあらぬ方向に向いているし、表情はうまく窺えない。


 「ダウト。……ていうか、りこは、お化けより怖いのなんて、いっぱい出会ってない?」


 夜に突然現れる吸血鬼とか、寿命を吸う雪女とか、人を喰らう人狼とか。文化祭のお化け屋敷よりよっぽどホラー度高いと思うんだけど。


 「いえ、別に、怖いとかないです。ただ、急に来るとこうびくっとするだけで」


 世間一般では、それを怖いと言うんだよ、りこ。


 「そっか、まあ、りこが怖いなら止めとこっか。ちょっと残念だけど……」


 ふぅとあからさまにため息を吐く、君は何とも言えない顔で、ぐぎぎと唸りながら、私を見ていた。こういえば、君は気にするとわかったうえで。うん、我ながら多少、意地悪になってきた気がするね。


 「いえ、別に、怖くは、ないんで。行きたければ、どうぞ。全然、大丈夫です」


 なんか無駄に単語が切れ切れで、若干言葉尻が震えてる。りこって、匂い以前に、嘘吐くとき結構わかりやすいよね。本人に言ったら気にしそうだけど。


 「いいの? じゃあ、お礼に怖くなったら、私に抱き着いていいよ」


 「つき先輩が、抱き着かせたいだけでは?」


 「ふふ、そうともいう」


 それが理由の半分くらいを占めているのは、まあ云わぬが華かな。りこの訝し気な視線を見るに、バレているは気はするけれど。


 「というか、つき先輩は怖くないんですか?」


 どことなくちょっと悔しそうなりこの視線が飛んでくる。私は思わずふふんと笑って、ちらっと舌を出す。


 「だって、多分、お化けより私の方が強いし」


 何せこっちは人狼だもの。最悪全力で走ってしまえば、追いつかれることもないだろう。


 君はそんな私の答えに、若干呆れ顔を浮かべながら、そっと肩をすくめた。


 「先輩、意外と脳筋ですよね」


 「ああー、傷ついたー。りこ、ひどいんだー」


 そう言いながら、君の頬にうりうりと指をあてるけど、素知らぬ顔で流される。なんなら、口笛まで吹かれてる。くそう、このすっとぼけ嘘吐き娘め。


 なんてやり取りをしている頃だった。


 「あ、このか先輩、マスター。お疲れ様です」


 りこが何かに気付いてふっと手を上げた。その数秒後、スラッと背の高い女の人と、熊みたいな男の人が入り口から、ぬっと顔を出してきた。


 一瞬、誰だろって思ったけれど、二人がりこに向けて、見たことのある笑顔を浮かべたのを見て思い出す。ああ、りこがバイトしてるところの、バイトリーダーとマスターの人だ。りこが招待してたのかな、首には招待客と書かれた名札をぶら下げている。


 そして、この二人が来たということは……。


 「あ、ここが美術部か、お、丁度いるじゃん。りこちゃん、つきちゃん、はろー、今日も元気な、みんなのアイドルちゆさんだぜ?」


 「ちょっと、このかちゃんも店長もはやいよー。足の長さが違うのかー? あ、つきちゃん、りこちゃん、元気してるー? 今、受付のお仕事中?」


 少し遅れて、顔を出したのは、同じように招待客の名札を付けた、ちゆさんとましろさん。二人とも日傘を片手におめかししてるから、ダブルで深層の令嬢見たくなってる。昼間に見ると、いよいよ目立つなこの二人。周りも若干ざわざわしてるし。


 「はい、りこの手伝い中です」


 「なんか、つき先輩、いつの間にか、美術部員みたいな扱いになってるんですよね……」


 隣でりこが大丈夫かなあって目で私のことを見てるけど、私としては別に問題はないんだよね。りこと一緒にシフトに入れてるから、むしろ万々歳。


 さやかさんに、その旨を告げたらひどく喜ばれたし。とうこさんも、まあいいかくらいの反応だった。他の部員のみんなも、受付の仕方を丁寧に教えてくれた。


 「まあ、仲いいなら何よりだとは、ちゆさん思うよ。そんじゃまあ、折角だから絵の紹介してよ、二人とも」


 「はい、じゃあ、こちらから。これはりこと同じ学年の神崎さんの絵で、テーマは『緑と橋の上』です。それからこっちは―――」


 「なんで、つき先輩は既に私より、受付が板についてるんですかね……?」


 「ふふふ、ね、このかちゃん。面白いでしょ、この二人。店長が、ついりこちゃんを採用しちゃった気持ちもわかるなー」


 そうやって、バーの四人組に一通り部内の絵を紹介した後、私は例の狼と黒猫の絵の所まで歩み寄る。


 私達の想い出の絵、黒猫と狼がそっと寄り添う、夜空と蒼空の混じる不思議な絵。


 「そして、これが、我らがりこの絵です。


 題名は『二人の想い出』になりました」


 そう言ってどやっと紹介すると、ちゆさんとましろさんはそっと微笑んで、バイトリーダーとマスターはおおっと少し声を上げた。りこはいつのまにか私の後ろに隠れて、顔を隠している。


 うーん、照れているのか、恥ずかしいのか。とりあえず、必死に顔を隠してるけど、背中の熱さでその顔が紅いのだけは解ってしまう。


 「こらー、りこ、作者なんだから堂々としてなさい」


 「描いた当人がいる場所で、作品を衆目に晒されるのって、割と拷問だと思うんですけど!」


 「私に見せに来た時は、あんなに堂々としてたでしょ……」


 そう言ってはみるけれど、君は若干顔を赤らめたまま涙目で、上目遣いに私をきっと睨んでくる。


 「あれはなんか、色々別です!!」


 そんな答えに、あららと笑っていたら、私たちを眺めていた大人たちもどこか、おかしそうに笑っていた。


 結局、その後は自由見学ってことになって、りこを連れて展示ブースの端まで一緒に逃げた。君はどこかおっかなびっくり、みんなの様子を窺っては、顔を真っ赤にして私の後ろに隠れてを繰り返していた。やれやれ、絵描き心は複雑だねと、私は仕方なく笑っていた。


 そうしてそんな君の姿に苦笑しつつ私は、他のお客さんと一緒に見て回るみんなの表情をぼんやり見ていた。


 文化祭の美術部展示って、言っては何だけど、お祭りの雰囲気からは少し外れた感じがする。少し不自然に静かな場所というか、言ってしまえば盛り上がっていないというか。


 一通り流れで見て、へーって言って、それで終わり。中学の頃の、私はそんな感じだったっけ。


 でも、今は少しだけ感じ方が変わってる。


 君の絵の前で、誰かが立ち止まると、どきっとする。


 絵を指さして何かを喋っていると、少し聞き耳を傍立てたくなる。


 そうして、絵のことを褒めていると、思わず話しかけてしまいそう。


 それから、本当はこう言いたい、この絵は私の人生を変えてくれた絵なんですって。


 こんな素敵な絵を、たった一人私のために描いてくれたんです。そう自慢したくなっちゃいそう。


 大人の連れ添いらしき、子どもが君の絵を見て「きれい」と小さな声を溢した。


 私はこっそり笑みを浮かべて、君は必死に真っ赤な顔を隠してた。


 改めて思ったけれど、君の絵にはきっと、人の心を動かす何かがあるんだ。


 胸の奥、心の深い底の部分を、とんっとほんの少しだけ震わせるような。


 ずっと眠っていたはずの感情を、ふっと呼び覚ましていくような。


 そんな何かがそこにはあって、そんな何かに私の人生は変えられた。


 あの子どもは君の絵を見た時、時間が止まったようにその光景に見惚れていた。そんな絵を君は描いたんだ。


 それが嬉しくもあり、少し羨ましくもある。


 ……なにせ私は、そういう特別な何かって、持ち合わせがなかったから。


 自分が苦しむので精一杯で、誰かに何かを与えるようなものは、一つも産みだせてこなかった。


 まだ鞄の奥にしまわれた、進路希望がそれを無言で主張しているみたいだ。


 ……なんて少し、物思いに浸っていたら、見学を終えたちゆさんたち一行が、ぞろぞろと私たちの前にやってきた。


 これから、もう少し文化祭を見て回るらしい。私は背中に隠れていたりこと一緒に頷いて、大人四人にひらひらと手を振った。


 それから、ふと『彼』のことを想い出して、ちゆさんにそっと耳打ちをした。


 ちゆさんは、最初、驚いたような顔をしていたけれど、やがてどこか泣きそうな瞳で可笑しそうに笑い出した。


 「ま、期待しないで待っとくよ」


 そうやって笑うちゆさんに、私は小さく頷いた。きっと、それくらいがちょうどいいのかもしれない。


 そんなこんなで、しばらくした後、さやかさんととうこさんがやってきて、シフトを交代してくれた。二人は色々と回るといい場所や穴場を教えてくれて、りこと二人でふんふんと頷いたりした。


 美術室から出る途中でりこのお母さんたちとすれ違った。また今度ご飯を食べにいく約束をしたりした。お父さんとはお会いするの、初めてだったな。挨拶しようとしたら、りこがしきりに慌てた顔で、袖を引っ張ってきたから、ちゃんと挨拶はできなかった。まあ、また今度かな。


 そんな、どことなく慌ただしい時間を経て、私はりこと一緒に文化祭へと繰り出した。


 出店で、ポテトと唐揚げを買って。


 行列が出来てた、天ぷらアイスを買って。


 クラスの展示を見て回って、ステージの出し物を見て。


 念願のお化け屋敷に行ってみたら、りこが怖がりまくりで面白かった。


 りこ、終始無言で口をぴんって結んでるのに、驚かされるたびに肩がびくんって揺れるからわかりやすい。そんなだから、ずっと隣で笑っていたら、涙目で睨まれてしまったっけ。


 その後りこは、しばらく拗ねていたけど、自販機のアイスをあげたら機嫌はすぐに治してくれた。わかりやすい後輩ですこと。


 そうやって、文化祭の時間は過ぎていった。


 笑いながら過ごした。まるで普通の先輩と後輩みたいに。


 はしゃぎながら過ごした。まるで普通の高校生みたいに。


 楽しみながら過ごした。まるで普通の少女みたいに。



 そんな、時間が何より今は、愛おしかった。



 一通り、遊び疲れて、休憩がてらいつもの屋上に行って、君を抱きしめた。


 そうして、秋の夕暮れの風に頬を撫でられながら、紅い日差しに照らされた夕空をぼんやり見ていた。


 そんな秋の風が、少し冷たくて、寂しかったからだろうか。


 「ねえ、りこ。ちょっとだけ私の話してもていい?」


 君は私の方を振り返って、しばらくしてから、黙ったままゆっくり頷いた。


 「本当はね、まだ時々、不安になるの」


 ぼんやりと君の体温を感じながら、そう小さく呟いていく。


 「こんな化け物の私が、普通に生きてていいのかなって。私がいることで誰かに迷惑をかけているんじゃないかなって。……りこの一生を縛り付けてしまったんじゃないのかなって」


 ぽつぽつと言葉を零す。どうしてそんなことを言いたくなったのかは、わからないけど、言葉はゆっくりと自然に零れていく。器から漏れだした水が、縁をそっと伝っていくように。


 「そろそろ進路希望の締め切りなのに、私まだ何も決めれてないし。っていうか、自分が社会に出れるなんて思ってなかった。それまでに耐えきれなくて、死んじゃうとか思ってた」


 私は鞄に入れたままだった、何も書かれていない進路希望をそっと取り出した。君は私の言葉をじっと黙って、真っすぐな眼で聞いている。大丈夫かな、負担になってないかな。嫌な思いさせてないかな。嫌われちゃったりしないかな。


 それが少し、不安で怖いけれど。


 「お父さんとお母さんともね、まだ仲直りできてないの。私が人狼の力で突き飛ばしちゃったあの日から、ずっと、ずっと、仲はこじれたまんまでさ」


 それでも、君に聞いて欲しいと想ってしまう。


 別にそれで何かが変わったりするわけではないけれど。


 「本当にこれでよかったのかな」


 それでも、言葉は漏れていく。


 「本当に生きてていいのかな」


 あてもない答えを、どこかへ探しにいくみたいに。



 「私は―――産まれてきてよかったのかな」



 そうやって呟く言葉は、秋の風に流されていくようで。


 ふっと意識が途切れた瞬間に、ごうっと背中から風が吹いて、進路希望の紙をばたばたと揺らしていく。


 まるで私の悩みなんて、どこか遠くに吹き飛ばそうとしているみたい。


 ふっと、眼を閉じて君の体温を感じながら、もう一度ぎゅっと抱き着く。


 君はしばらく黙ったまま、私の言葉を聞いていたけど、やがて静かに口を開いた。



 「()()()()()()()()()()()()()()()()()?」



 そんな、どこか投げやりでぶっきらぼうで。


 なのに甘くて、暖かい不思議な声。


 「……どうだっていいの? 大事なことじゃない?」


 思わずおかしくなって、微笑んだら、君は舌をぺろっと出しながら、言葉を続ける。


 「つき先輩は、自分がつい一週間前まで、命の瀬戸際だったってこと、ちゃんと覚えといたほうがいいですよ。そんなすぐに切り替えて将来のことなんて、考えられるわけないじゃないですか」


 君はじっと目を閉じながら、瞼の裏で言葉を探すみたいに上を見上げていた。


 「両親のことも、普通、そんなすぐには解決しないじゃないですか。昨日はたまたま、うちの親には上手く言えましたけど、毎回そうはいかないし。あれも全部が信じてもらえたわけじゃないですし」


 ぎゅっと手のひらが握られる。君の手が私の手をなぞって、そっと重ねられていた。暖かいと同時に少しくすぐったい。君の手首に巻かれた黒いリボンが、私の手の甲を撫でているからかな。


 「だから―――えっと」



 君の首筋から漂う甘い匂いを嗅いだ。



 優しい、優しい、想いを嗅いだ。



 「つき先輩は―――十分頑張ってきたじゃないですか」



 『それでもあなたは、あなたりの最善を尽くしたはずなの』



 「どんな形で産まれたかとか、そもそもつき先輩には決められないし。それで責められるなんて、おかしいじゃないですか」



 『君がその形に産まれたことは罪じゃないんだ』



 それは何時か、誰かに貰ったはずの優しさ。



 あの時は、上手く受け止められなかった、そんな優しさ。



 「だから―――その」



 きっとそれは、私に受け止めるだけの準備が出来ていなかったから。



 どれだけ手を伸ばしてもらっても、どれだけ救いを与えられても。



 私が手を伸ばさなければ、私が救われようとしなければ、決して助けられることはない。



 じゃあ、どうしてあの時、私は君に救われることができたんだろう。



 どうして君の手を、私は拒むことが出来なかったんだろう。



 眼を閉じて、りこの甘い匂いを嗅ぎながら、思わずふっと微笑んだ。



 なんて、考えるのも馬鹿々々しいか。



 本当はずっと私も救われたかった。

 


 誰かに助けてほしかった。



 でも誰も信じられなくて、誰にも秘密を言えなくて。



 ずっと、差し出された優しさを、信じることが出来なかったんだ。



 救われたいけど、救われることなんてあるはずないって。



 こんな私のこと、誰も受け容れてなんてくれないって。



 そんな呪いで自分を縛って。



 不安と寂しさばかり募らせて。



 差し出された手をとることができなかった。



 そんな時に、甘い匂いの君と出会って、君の優しい嘘を知った。



 私、人の気持ちはわからないけれど、嘘かどうかならわかるから。



 だから、君の(優しさ)は信じられた。



 怖くないって、君は言った。でもそれは嘘、本当は怖いのに。



 大丈夫って、君は言う。それも嘘、大丈夫なわけないのにね。



 なんでもないよって、君は言った。本当は辛くて、怖くて、苦しいのに。



 自分のことだって、いっぱいっぱいしんどかったはずなのに。



 それでも、君は何度も何度も、私に嘘を吐いた。



 甘く酸っぱい、そんな優しさをたくさんくれた。



 そうやって、君のことを段々と知っていったからかな。



 君が噓の形をした、たくさんの想いをくれたからかな。



 そんな君がくれた言葉なら、信じていいような気がしたのは。



 君が差し出してくれた優しさなら、ちゃんと受け取れる気がしたのは。



 優しくて嘘吐きな、君だったからかな。




 「つき先輩は―――きっと、産まれてきてよかったんですよ」




 たとえその言葉に、なんの根拠や確証がなくっても。




 「つき先輩の選択は―――きっと、間違いじゃなかったんです」




 君の言葉なら、信じてもいい気がした。




 「将来のことは、その、私だってよくわかりませんけど。一生一緒かも、わかんないけど。それでも、まあ、多分なんとかなりますよ、きっと―――大丈夫」




 君の嘘なら、信じられる。そんな気がした。




 「りこは―――嘘吐きだ(優しい)ねえ」




 そう言葉にしながら、すっと指から一瞬、力が抜けたその瞬間に。




 ごうっとまた風が吹いた。昼と夜の狭間を駆けていくように、どこまでもどこまでも、遠くへ吹き上げていくように。




 そうして、その風に煽れて私の指から進路希望の紙が、すっと滑って、そのまま空に吹き上げられた。




 遠く、遠く。




 あっというまに、手の届かない所まで。




 ふわりふわりと、木の葉のように浮いて、やがて小さな点になっていく。




 どこまでも、どこまでも、風に吹き上げられて飛んでいく。




 まるで、私たちの悩みなんて、ちっぽけなものだよと風が笑っているみたい。




 しばらく、そんな様子を二人で眺めて。




 ぷっと同時に吹き出した。




 笑った。




 先のことなど、何も知らずに。




 笑った。




 不安も、寂しさも、現実も、全部まとめて。




 笑った。




 夕暮れの、紅と紺が混じる空の下、他に誰もいない屋上で。




 笑った。




 ただ、君と。




 全部、全部、何もかもを、嘘で笑い飛ばしてた。




 遠く向こうで人のざわめきと、文化祭の終わりを告げる校内放送が鳴っている。




 こうやって笑っているこの時間も、きっといつか想い出になっていく。




 それを惜しむ日も、どこかで来るのかもしれないけど。




 でも、今はそれでいい。




 こうやって、君との想い出を、また創っていけるなら。




 また、明日、君と一緒に笑えるなら、それでいい。




 きっと、私たちはこれでいい。




 これでいいんだ。




 今日、初めて、そう想うことができた気がした。




 君との明日を、やっと、信じられた気がしたんだ。

















 ※



 はい、つきです。


 お久しぶりです、お父さん、お母さん元気にしていますか。


 怪我は……そのちゃんと治ったかな。


 急に電話してごめんね、なんとなく、かけたくなってさ。


 ……………………。


 最近ね、学校の後輩と仲良くなったの。


 嘘吐きで優しくて、猫みたいに素直じゃないけど、可愛いの。


 その子と一緒にいるから、最近はあんまり寂しくないかな。


 他にもね、今年の夏は色んな人と出会ったの。


 きっと、お父さんもお母さんも、信じられないような人。私みたいな人たちが実は世の中、一杯いるみたいでね、今度紹介できたらいいな。嫌かな……? 嫌だったらごめんね。


 あと、学校もその後輩の子が美術部なんだけど、そこの人たちとも仲良くなって、結構頼られちゃったりしてさ。力仕事とか、あんまり目立たないようにはしてるけど、頼りにされると嬉しくて。あとは、その後輩の子の、おうちにお邪魔しちゃって、ご家族とご飯食べたり………………。


 …………うん、そんな感じで、元気に過ごしてます。


 お金、いつもありがとう。使い切れないから……もう少し少なくてもいいよ、貯金凄いことになってるから。


 それと、あと窓ガラスが割れたりしてね、今度修理業者に来てもらうの。ちゃんと直します。大きな怪我とかはしてないから、大丈夫。あとは……何かあったかな。


 たくさん、あるんだけれど、電話じゃ上手く伝わらないかな……。


 いつか…………いつかね、また話せたらいいなって思ってる。


 お父さんに怪我させちゃった私が、こんなこというの烏滸がましいかもしれないけれど。


 また…………仲直りできたらいいなって思ってるの。


 ごめんね、わがままな娘で。


 それから、その、唐突に何を言うんだって思われるかもしれないけど。


 今日は、ホントはね、これが言いたくて、電話したの。


 ……………………ふぅ。緊張する。でも、うん、言うって決めたから。頑張るよ。



 ……お父さん、お母さん。



 怖い思いをさせて、ごめんなさい。



 たくさん、たくさん迷惑をかけてごめんなさい。



 それから、こんなこという資格があるかはわからないけど。



 私を―――産んでくれてありがとうございました。



 ……私はずっと、本当は自分なんか産まれて来なければよかったって、想ってたけど。



 最近、少しだけそうじゃないのかなって、想えることがあったから。



 ……だから、こんな電話を掛けました。



 ごめんね、長話して。また本当にいつでもいいから、会える日があったら連絡ください。



 じゃあ、ばいばい、お父さん、お母さん。



 元気でね。








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