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狼少女と嘘吐き少女  作者: キノハタ
エピローグ

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36/38

お母さんとお父さんと家族会議

 文化祭も、いよいよ明日に迫った頃。


 最後の飾りつけや、美術部の展示の準備を終える頃には、すっかり日も沈んで暗くなってしまっていた。


 夜になれば、さすがに冷たく感じる秋風に揺られながら、つき先輩と二人、帰り道を歩いてく。


 つき先輩は当たり前だけど、美術部じゃないから、別に私に付き合う意味はなかったんだけれど。美術室の前で様子を窺っていたら、とうこ先輩に捕まって、あれよあれよという間に、準備の手伝いをさせられていた。


 申し訳ないなあって思ったけど、本人は何故か乗り気だったみたい。あの狼と黒猫の絵を見せに行った人だとわかると、他の部員もしきりに話しかけていたし。まあ、元々つき先輩有名だから、さもありなんって感じだけれど。


 ずっと独りで寂しそうな顔ばかり見ていたつき先輩が、人に囲まれて楽しそうな顔をしているのは、なんだか不思議な感じがする。


 この前、買い出しに行ってから、つき先輩はそういう顔をすることが増えた。何か吹っ切れるようなことでもあったんだろうか。


 ただ、確かにいいことだけど、少しだけもやっとする瞬間もある。


 私だけのつき先輩だったのになーって言うか。


 そんなだから、少し、ふっと魔が差した。


 私のアパートの前についたところで、つき先輩を軽く振り返る。


 いつもなら、ここでお別れ。ばいばいって言って、それでおしまい。


 でも。


 「上がっていきます? 今、うち親が帰ってないので」


 そんな戯言を呟いてみる。


 暗い夜道の中、街灯に照らされながらでも、解かるくらい、あなたの頬は紅くなる。


 「え、えと……、その……いいの?」


 あなたが恥ずかしそうに頬を掻くと、灰色の髪が微かに揺れる。夜闇の中だと、相変わらず綺麗なそれを視界にいれながら、私はゆっくり頷いた。


 「はい、ついでにご飯でも食べていきます?」


 言いながら、あえて誘うように、服の裾をきゅっと握る。質問しているようだけど、半分おねだりみたいのものだ。こうすれば、きっとあなたは断れない。


 「そう……だね。うん、お呼ばれしちゃおっかな」


 案の定、つき先輩は、少し伏し目がちになりながら、紅く染まった頬を隠すように頷いた。私はそれに頷き返すと、服の裾を小さく引っ張りながら、あなたを家へと招き入れる。


 安アパートの鉄の扉を開けて、電気をつけながら、後ろ手にあなたが扉を絞める音を聞く。


 バタンと、少し重い音が鳴ると同時に、スッと身体が抱き寄せられた。


 熱い。制服越しに感じる体温が、私の後ろから優しく伸びて、なのに有無を言わさず抱き寄せられる。


 「…………つき先輩?」


 耳元に触れるあなたの吐息が少し、くすぐったい。私の身体を抱き寄せるつき先輩の指は、何かを堪えるみたいに少しだけ震えてる。


 「…………ごめん、最近……二人っきりになる機会があんまりなかったから」


 つき先輩の吐息が、私の包帯が巻かれた首元を、湿らせていく。熱くて、そのまま首から全部溶けていきそうなくらいだ。


 どうやら、だいぶ我慢していたらしい。そんな様子に、思わず少し微笑みながら、私の首元に顔をうずめるつき先輩の、灰色の絹のような髪をそっと撫でていく。


 「まあ……そうかなって、想ってました」


 だから、誘ったところもあるし。


 「…………うぅ、バレてた?」


 つき先輩は少ししおれた声で、そう聞いてくる。見えないけれど、多分、尻尾もしおしおとへたりこんでいるんじゃないかなあ。


 私は軽く微笑んだまま、そっとその柔らかい首筋をゆっくり撫でる。


 「溜まってたんですね、噛みつきたい欲」


 「…………違うよ、抱き着きたい欲だよ」


 首元のあなたは、私を後ろから抱きしめたまま、そう不満そうに告げた。噛みつきたいはダメで、抱き着きたいはいいんだろうか。つき先輩の乙女心は今日も複雑だ。


 「まあ、私はこのまま、してもいいんですけど―――」


 そっと首を撫でるのとは逆の手で、つき先輩の腰をゆっくり撫でる。スカートごしに、その細身な腰回りに軽く触れたら、あなたは背中でビクンと跳ねた。


 首元に触れる吐息が熱くなる。


 私の身体の奥にも、微かに火照るような何かが沸いてくる。


 そういえば、外じゃない場所で二人きりになったのは、あの満月の日の夜以来だっけ。


 否が応にも、期待が胸の奥で、高鳴るのを感じてしまう。


 でも、まあ、ただ。


 「そろそろ、時間なんですよねえ……」


 「え?」


 つき先輩が不思議そうに、少し抜けた声を出す。


 扉の向こうで、かんかんと、どこか慌ただし気な軽い足音が鳴っている。


 私はつき先輩に抱きしめられたまま、そっとその手を引っ張りながら数歩前に出た。扉が開いた時に、咄嗟につき先輩がぶつからないように。



 過ぎること、ほんの数秒。



 「はい、おかーさん、帰ってきたよー!! 今日のご飯は、安売りしてたお刺身と昨日の残りのお味噌汁だー!!」



 丁度、私たちが数歩前に出た分の領域に、帰ってきたお母さんが意気揚々と扉を開けて入ってきた。くたびれたスーツで、塾の名札をぶらさげたまま。手には総菜とチューハイの入ったスーパーのビニール袋をぶら下げて。


 玄関で抱き合っていた私たちと、まさに鉢合わせるように。


 「………………え?」


 「………………へ?」


 数秒、つき先輩と、お母さんの時間が止まる。


 そんな様子を、私はにやにやとこっそり観察。うーん、なんかデジャブだね。


 最近分かってきたことだけど、つき先輩は嘘が解かるといっても、別に心が読めるわけじゃない。あえて必要なことを告げなかったり、嘘の中に別の嘘を混ぜたりすると、意外ところっと騙される。きっと、嘘がわかるからこそ余計に。


 「りこ…………、今日、親御さんいないって……」


 「ええ、『今』はいないって言いました。まさか、丁度帰ってくるとは」


 あえてすっとぼけてそう答えると、つき先輩の顔はみるみる真っ赤に染まっていく。


 数瞬して状況を理解したお母さんの顔も、何故か段々と赤く染まっていく。


 数秒の沈黙の後、告げられた言葉は、なんでか聞き覚えがあったりした。


 「もしかして、えっちなことしてた……?」


 そんなお母さんの目に映るのは、ぎゅーっと後ろから抱きしめ合う私たちの姿。お誂え向きに、つき先輩は少し頬が紅いけど。そのうちきっと耳まで真っ赤になるんだろな。


 「んー、……そうかも?」


 「りこ!? ご、ごめんなさい!! してません!!」 


 その後、大慌てで半泣きになりながら弁明するつき先輩を、お母さんと私が十分くらいかけて宥めるという、よくわからない現場が展開することになるわけだけど。


 ま、たまには、こんなのもいいでしょう。嘘吐きの面目躍如というところでね。


 二人には見えないところで、こっそり微笑んでいたら、目ざとく見つけたつき先輩にきりっと睨まれた。まあ、真っ赤になって涙目だったから、全然怖くなかったけれど。


 素知らぬ顔で視線を逸らしながら、わが家へと入っていく。


 さあ、ご飯にしましょうか。


 




 ※






 まあ、当たり前と言えば、当たり前だけれど。


 ここ一週間の私の奇行には、さすがに両親もかなり心配したみたいだ。


 まあ、あの満月の日にいたっては、朝帰りを通り越して夕帰りの上に、病院に行って包帯まで巻いて帰ってきたんだから、当然ではあるんだけどさ。


 いくらうちが放任主義と言っても、多少は詰められるし不安がられる。


 バイトのこともいい加減バレかけてるし。そろそろちゃんとした言い訳を用意しないと、うちのお母さんは心配で爆発するかもしれない。お父さんは多分、病気が再発してぶっ倒れちゃう。


 というわけで、両親を安心させるために、わかりやすい理由を用意する必要があったのだ。実際つき先輩絡みでいろいろやったわけだから、別にまるっきり嘘でもないしね。巻き込まれるつき先輩は、ちょっといい迷惑かもしれないけれど。


 まあ、そこは今度、埋め合わせをするということで、許してもらおう。なんて、軽い気持ちでいたのだけれど。


 「―――っていう感じで、ここ一週間はつき先輩の家に行ってたの。つき先輩、独り暮らしだから、色々不便しててさ、それの手伝いに……」


 食卓を囲んで、私が大筋を話しているのだけれど、なんだかお母さんもつき先輩も嫌に顔が真剣だ。人狼のこととかは、さすがに伏せてるけど、大体のことは事実ベースで説明してるから、そんなおかしいことはないはずなんだけど。


 「…………なるほど、わかったわ。……藍上さん、改めて、りこの母です。うちの子といつも仲良くしてくれてありがとうね」


 「は、はい! わ、私の方が、りこ……娘さんには沢山、お世話になって、ご心配もおかけしてしまいました。すいません、私がわがままで、りこに無理を言ったので、どうか責めないであげてください」


 お母さんは、どこか穏やかな表情だけど、声色は仕事モードかってくらい真剣そのものだ。つき先輩も、がちがちに緊張して頬も紅いけど、視線は揺らぐことなくお母さんに向けられている。まるで、強い決意を秘めているみたいに。


 …………おかしいな、もっと軽い感じで、ご飯食べて終わり、くらいを想定してたんだけれど。


 「まず、一つ。今回の件に関しては、私もお父さんも、すごく心配したの。いつもりこの帰りは遅いけど、日をまたぐようなことは、今までなかったし、連絡もない。その上、怪我して帰って来るなんて、どれだけ私たちの肝が冷えたか、わかってくれる? 正直、警察に相談しようか、迷ったくらいだったんだから」


 「はい…………わかってます。りこには、私が寂しいからって沢山わがままを言ってしまったので、今後はこんなことは絶対にないようにします。だから―――」


 しかも、なんか話の流れが変だ。まるで、つき先輩を責めるみたいな……。


 「お母さん、ちょっと、つき先輩は―――」


 「りこ、今、私、藍上さんと話してるから」


 機先を制しようとした瞬間に、言葉を潰される。思わずむっとして言い返そうとしたら、私の横から手がすっと伸びてきた。


 つき先輩が静かに首を横に振って、私を見る。大丈夫、とまるでそう言うように。


 「―――りこは何も悪くないです。全部私のせいです」


 そう言って、つき先輩はじっと、お母さんの眼を見つめる。


 そんな二人の様子を見ていると、なんだか、どうしようもなく腹が立ってきた。


 だって、私は私の意思で、わがままを通したんだから。何か言われるなら、私じゃないとおかしいじゃないか。つき先輩を責めるのなんて、お門違いだし。つき先輩が全部背負うのもなんだか嫌だ。


 「ちょっと、つき先輩――――」


 口から漏れた声が少し荒れているのを、自分でも感じる。でも、今は言わなくちゃ。そう思った瞬間に―――。


 「そう、じゃあ、私たちの意見を、率直に言わせてもらうわね」


 お母さんは、まるでそんな私を無視するように、つき先輩だけを見てじっと口を開いた。


 「ハッキリ言って、あなたのことは信用できない。りこと一緒にいることにも、不安を感じるわ。あえて話していないことも多いでしょう? 何年、この子の親をやっていると思うの、それくらいすぐにわかります」


 淡々と、まるで仕事の話をするように、お母さんはそう言葉を続ける。


 つき先輩の手が、膝の上でぎゅっと握られた。


 私は思わず立ち上がる。


 ふざけんな、別にお母さんたちの信用なんて、なくたって私たちは―――。


 そう口に出しかけた瞬間に。



 お母さんの肩から、力がすとんと抜け落ちた。



 ふぅっと重い息が吐かれて、こてんと首を傾げられる。


 そんな様子に、え? って疑問が浮かぶ。


 「そう、想っていたんだけれどね―――」


 お母さんは、微笑みながら、そう口にして私たちをじっと見ていた。


 私とつき先輩はそんな、お母さんに何も言えないまま、言葉の続きをただ聞いていた。

 



 ※




 つい昨日の晩こと、譎夫妻は、食卓を囲みながら二人揃って頭を抱えていた。


 目下の悩みは、ここ最近、不審なことばかりしている一人娘のりこのこと。


 そもそも、両親共働きで、家にいる時間も不規則な家庭事情だ。


 放任主義といえば聞こえはいいが、独りにしている負い目から、強く指摘できていないというのが実態に近い。


 ただ、最近はそれも少し話しが変わってきている。


 前々からではあるが、最近特にりこの帰りが遅い。理由を聞いてもはぐらかすばかり、不審なお金を持っていたりと、不安要素も多々あった。


 極めつけが、ここ最近突然現れた、りこ曰く恋人に当たる、つき先輩なる謎の人物。


 女性というのもまずもって驚きだが、友達の一つもまともに連れてこないひねくれ娘に、恋人が出来たことが何よりの驚きだった。


 一体、どんな人なのか、どういう経緯があるのか、本当に恋人なのか。


 しかも朝帰りを通り越して夕帰りまでかました上に、その数日前はりこが泣きながら帰宅している。そんなこんなで、両親の心配は、もはやピークに達していた。怪我で首元を隠していたのも、不安をさらに増長させるばかりだ。


 本当は恋人ではないのではないか、金銭が絡む関係、泣いたり、怪我をして帰ってくる―――それはつまり――――。


 両親の想像の中では、りこが不当に金で身体を買われ、半ば虐待のようなものを受けている映像がちらついていた。


 自分たちが、普段、学費や生活費のことで言い争いをしていたことを、りこは知っている。母親にいたっては、そういう金銭的な愚痴を、りこに何度もぼやいている。父親の病気も、最近はよくなってきているが、やはり稼ぎに心配がないわけではない。


 一度、これだ、と発想が浮かんでしまうと、人はなかなかそこから離れられないものである。二人の頭の中では、りこはすっかり、金をダシに、学校の先輩から性的虐待を受けている、という悪い想像がぐるぐると回っていた。


 そんなこんなで、りこから、そのつき先輩なる人物の話を聞き出そうと、二人は何度も試みたわけだが。嘘吐きな娘は、はぐらかすばかりで得体が知れない。


 ただ、時折が娘が見せる、普段あまり見せたことのない、少し恥ずかしそうな表情が、逆に二人の不安を余計にあおった。


 何としても、何としても、娘を食い物にする、そのつき先輩とやらの正体を掴まなければいけない。


 そう二人が密かに、決意していた深夜のことだった。


 バタンと軽い音が鳴る。安アパートは、壁が薄いため、部屋を出る音がよくわかる。


 作戦会議をしていた二人は慌てて口を噤んで、娘がリビングにやってくる間に、なんでもないような顔を整えた。


 「お母さん、お父さん、ちょっと話していい?」


 そうして、リビングにやってきた娘は、どことなく静かな瞳でそう口にした。


 二人は思わず、息を呑む。


 りこは、何ごとも、あまり自己主張のしない子どもだった。


 小さい頃から共働き故、あまり構えていなかったせいもある。手がかからない、といえば聞こえはいいが、家族の繋がりというものが上手く育たなかったとも言えてしまう。


 困ったことがあっても口にしない。辛いことがあっても口にしない。


 最初はそれを不安に思っていたが、両親ともにそんな娘を、都合がいいと思ってしまっていた節もある。


 だから、こうやって、娘から何か話を振ってくること自体が稀で、驚きに値するものだった。


 なにせ、何か口にしたとしても、いつも他愛のない嘘や誤魔化しばかり口にする子なのだから。


 だから、どんなことが言われるのだろう。やはり、件の先輩のことだろうか、実はそういった身体を売っているというカミングアウトをされるのかと、二人は内心戦々恐々としながら身構えていたわけであるが。


 そんな二人に、りこはしばらく迷った後、何か意を決したように顔を上げた。



 「進路のことで、相談があるの―――」



 一瞬。



 二人は、何が言われたのかわからなかった。また、いつもの冗談か何かかと思ったくらいだ。


 ただ、りこが話し始めた言葉を聞いてようやく、それが本当に進路の相談なのだということを理解する。


 話を聞く限り、りこはどうやら絵を描き続けながら、生きていこうとしているらしい。


 学校の先輩からたくさんのことを教わって、色んな選択肢があることを知ったそうだ。


 ただ、それのどれがいいか、まだわからない。現実的にどの選択肢なら、我が家の家計で実現できるか、その相談がしたいと言った。


 二人はその質問に少し、呆けた後、慌てて現状の家計と、それで実現できる方法りこが提示したもの中から探り探り口にした。


 慣れない相談を受けて、どうにか必死に答えながら、両親の内心は言葉に出来ないほどの驚きで満たされていた。


 娘が相談をしてきた。普段、まともに相談なんて、口に出したことすらない娘が。


 娘が将来のことを考えていた。いつも、ふざけて、誤魔化してばかりの娘が。


 娘が真剣な表情を浮かべていた。何にしても、どこか無気力で投げやりだった、あの娘が。


 両親は困惑した。


 ただ、同時に理解した。


 この一月ほどで、娘の中に何か大きな変化があったのだ。


 さなぎが、その殻の中で、ひっそりとその姿を変えていくように。


 思春期の心の中で、彼女の意思や想いが確かに形を変え始めていたのだ。


 ひっそりと誰にも悟られることもない程、静かに、だが明確に。


 相談終えて、少し満足げな顔をしている娘を見た。


 その瞳はわずかにだが、何かの目的を得た光を灯していて、そんな娘の顔を見るのは二人とも初めてだった。


 思わず両親はりこに、例の先輩の話を振ってみた。


 その……恋人の先輩とは、ちゃんと仲良くやれてる?


 「……? うん、仲いいと想うよ、多分」


 りこは特に何の気負いもなく、不思議そうに首をかしげていた。


 ……辛かったり、痛かったり、嫌なことさせられてないか?


 「? そんなことしないよ、つき先輩。あの人、私が嫌がることなんて、絶対しないもん」


 そういうりこは、何を当たり前のことを言っているんだと言わんばかりに、自然な調子で口を開いた。


 将来のことを、考え始めたのは、その人がきっかけなの?


 「え、うーんまあ、そうかな。本当はずっと独りで考えてたんだけどさ、つき先輩と一緒に居て、まあ独りで頑張んなくてもいいのかなって思えるようになったから。そしたら、部の先輩とかにも色々教えてもらえてさ。それで相談しようと思ったの……」


 りこはそう言って、そんな質問をする二人を、どこか訝しむように見つめた。


 自然な様子だ。嘘を吐くときはすぐ目を逸らしがちなこの娘が、何の気負いもなく自分たちの眼を見つめ返している。


 話を終えて、自室に戻るりこにおやすみを言いながら、二人は酷く反省した。


 自分たちが疑いの目を向けていたつき先輩なる人は、むしろりこにとって信じがたいほどに大きな影響を与えている人だった。


 細かな疑念を膨らまして、これだと思い込んで、悪者だと勝手に決めつけた。


 疑わしかった色んな要素も、繋ぎ合わせてみれば、ただの思春期の恋愛的な兆候に過ぎないようにも思える。あれだけお金のことを気にしていたのだから、こっそりバイトでもしていたのかもしれない。


 二人は、反省と安堵の息を多分に漏らしながら、しばらく眼を合わせてやがて力なく笑い合った。


 ああ、今度お礼言わなきゃね。


 そうだね、ついでに謝らないと。


 そう言いながら、二人は更けていく夜の中、つき先輩なる人のことを想いうかべた。


 そうして、家族会議を終えた二人はしばらくお互い、笑い合って、やがて食卓の電気は静かに消えた。


 そして、娘が抱いた、ささやかな変化の兆しを想いながら、二人は眠りついた。





 ※




 「だからね、もう最初は凄い疑ってたの、ごめんね。でも、りこから話聞いて、今日出会って、いい人なんだってわかって安心した。悪い人は、そんなにりこのことをかばって、自分のせいだって言わないでしょ。だからね、今更だけど、りこのこと、これからもよろしくね? あ、でもお泊りの時は……一報くらい欲しいかな」


 私とつき先輩は、そう口にするお母さんをしばらく何も言えずに、ぼーっと眺めてた。


 うーん、なんか身内の凄い恥ずかしい話をされてる気がする。私が相談したことも、なんか偉く大層な捉え方されてるし、なんとなく居心地が悪いんだけれど。


 ただまあ、隣のつき先輩は、それどころじゃなさそうだ。


 「え、は、はい。不束者ですが、よろしくお願いします。せ、清廉な関係を、心がけます…………」


 顔が紅くて、目がしどろもどろで、多分服の中で尻尾がふるふる震えてる。


 なんだろなってしばらく考えて、まああれかと簡単にあたりはついた。


 だからつき先輩の耳元に顔をよせて、こそっと囁く。


 「『お金で身体を触らせてる』って部分は、別に間違いじゃなかったですけどね」


 つき先輩はそんな私の言葉に、ばっとこっちを見て、顔を真っ赤にしたまま涙目になっていた。もちろん、私の声が聞こえてないお母さんは、不思議そうに首を傾げるばかり。


 ふふふ、また揶揄うネタが増えてしまったかもしれませんな。


 「本当はまだまだ聞きたいこと一杯あるけど。あんまり初対面で質問攻めにするのもダメよね。というわけで、真面目な話はこれくらいにして、ご飯にしましょっか」


 「へーい、あ、お母さん、つき先輩も食べてっていい? 先輩、普段独り暮らしだから、せっかくだしさ」


 「お、いいわね。もちろん大歓迎。さあ、冷蔵庫漁らないと、安売りのお刺身なのが、ちょっと申し訳ないけど。お母さん、腕に寄りかけちゃうわよ」


 「あ、あの、あまりお気になさらず……」


 「そう? 食事の後に、りこのアルバムでも出そうかと思ったけれど」


 「せ、折角なので、お世話になります!」


 「ええ……私の、卒アルなんて見ても面白いかなあ……」


 大体、目が死んでるやつしかないんだけれど。


 なんて、まあ色々あって、つき先輩とお母さんと、一緒にご飯を食べてその夜は更けていった。


 そういえば、しばらくバイトが忙しくて、誰かと同じ時間にご飯を食べることもほとんどなかったから、それも合わせて、なんだか不思議な気分だ。


 頭の奥がぽやっとするような、胸の奥のこわばりが、ほんの少しだけ解けていくような。


 そんな感覚を感じながら、お母さんと話した後に私の卒業アルバムをみて、目を輝かせるつき先輩をじっと見ていた。


 うん、なんだか不思議だね。


 でも、悪い気分じゃないから、いいのかな。


 秋の風は段々と冷たくなって、季節はどことなく寂しいものになっていくけど。


 こうやってわいわいやっている間は、そんなことも少し忘れてしまいそうになる。


 そうやって暖かいご飯を食べながら、私はこっそりほくそ笑む。


 まあ、こんな夜も悪くないよね、なんて。


 そんな冗談を、いつも通り嘯きながら。















 ※



 「ところで、つき先輩、結局お預けになっちゃいましたね」


 食事を終えて、しばらくお母さんと話した後、先輩を送ってくると言って私たちは外に出た。


 そして、夜の暗がりの中、いつものアパートの踊り場で、ちょっといたずらっぽく、つき先輩にそう言ってみる。


 「うう……忘れようとしてたのに」


 つき先輩はどこか惜しむように、私の身体にぎゅっと抱き着いて、何とも言えない切なさそうな表情してる。ふふ、変なの。


 「まあ、また次回、二人っきりの時にでも」


 そんなあなたに笑いかけながら、私はそう言って微笑んだ。


 つき先輩は少しだけ不満そうに口をとがらせていたけれど、やがて仕方ないなあって風に笑うと、もう一度ぎゅっと私のことを抱きしめた。


 「うん……、そうだね、また今度ね」


 暖かい、秋の夜風が気にならないくらいには。


 しばらく、そんな感触を味わって、やがてお互いが満足したら触れ合わせていた身体をそっと離した。


 その瞬間、頬と頬がすれ違う、そんな一瞬。


 なんとなく、ふと、魔が差した。


 今日はよく魔が差す日だね、秋の夜風のせいかなあ。


 それとも少し欠け始めた、あの月のせいだろうか。


 抱き合っていた身体が離れるその一瞬、あなたのうなじにそっと口元を近づけた。


 気付くだろうか、気付きそうではあるけれど。


 あえて何も言わずに、その首元に、誰にも気づかれないような証をつける。


 ぴちゃって、一瞬だけ、小さな水音が鳴る。


 あなたは少し不思議そうに呆けて、私のことを見ていたけれど、やがて何をされたか理解したみたい。


 段々と顔が紅くなる、口元を隠して、首元をそっと手で覆ってる。


 ……普段、もっと凄いことしてる気がするんだけれど、これで照れるんだからつき先輩の乙女心は本当にわからないね。


 私は思わず笑って、さっき触れた口もとを隠しながら、小さくあなたに手を振った。


 「じゃ、おやすみなさい、つき先輩」


 つき先輩はしばらく何か言いたそうに、もごもごと口を動かしていたけれど、やがて諦めたようにふうと息を吐いた。


 それから、もう一度、今度は力いっぱいぎゅっと抱きしめられた後。


 「ばいばい、りこ」


 そう言いいながらちょっと笑って、後はとんと瞬きをする一瞬で、私の視界から姿を消した。


 秋の夜風が、あなたが過ぎ去った場所を撫でるように吹いていく。


 ふっと顔を上にあげたら、月明かりの下、遠く向こうで、小さな人影がぴょんぴょんと跳ねていた。まるで照れ隠しに、そそくさと逃げていくようみたい。


 そんな姿に、私は思わず微笑みながら、くるっと踵を返す。


 それから、ふと想い出す。


 そういえば、今日は言い損ねたことがなかったねと。


 いつかの私たちは、伝えれないことばかりだったけど。


 そんな変化をどこかおかしく笑いながら。


 私達は今日も眠りにつく。


 やがてくる、明日のことを考えながら。

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