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狼少女と嘘吐き少女  作者: キノハタ
エピローグ

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33/38

ちゆとましろと後片付け

 朝焼けが街を覆う頃、ましろとちゆは、開け放たれた窓から、つきの部屋に静かに降り立った。その瞬間、ちゆの脳裏に浮かんだのは『ああ、そうなったか』という言葉だった。


 目の前には透き通るように蒼さと、呑み込むように暗さが、織り混ざった空の絵と、それを眺めるように二人寄り添いながら眠る少女たち。


 そして、小柄な少女の首元に刻まれた、決して小さくはない噛み跡。


 血は流れていない。まるで初めからそういう形であったかのような牙の跡が、そこに深く刻まれていた。


 そして、何よりそこから漂う香りに、ましろとちゆはしばらく言葉を見失う。


 明確な根拠はない、確証も。


 それでも、偶然ではなく二人の頭には、全く同じ答えが浮かんでいた。


 「ねえ、ましろさん、これって……」


 「うん……そういうことだと想う」


 そんな明確な直感を、二人で確認し合った後に、ちゆは少しため息を吐く。


 人狼の真実とは、4回目の取り返しのつかない何かとは。


 その答えを知って、だからこそ、それが自分にはなしえなかったものだったのだと理解した。


 「まあ、お似合いですかね……?」


 「そうだね、きっと、これ以上の結果はなかったと想うよ」


 そう言いながら、ちゆとましろは眠りにつく少女二人の傍にそっと歩み寄る。


 穏やかに、寄り添うように、二人は静かに息をしている。


 まるで、初めからこうやって産まれてきたかのように。


 しばらくそんな二人を眺めてから、ちゆはふとその手に結ばれているものに気が付いた。


 黒いリボンだ、お互いの手首に結ばれて、ぎゅっと繋ぎ合っている。


 まるで、もう二度と離れることなどないようにしてるみたいだった。


 そんな姿に、ちゆとましろは思わず微笑む。


 それから、ちゆはふと気になって、背後を振り返ってみた。


 眩しく、輝くような朝焼けが、ゆっくりと街を覆っていく。


 遠く向こうで電車や車の音が、微かには響いているけれど、あとは風の音がするだけだ。


 昨晩、遠くで聞こえたはずの狼の遠吠えのようなものは、もうすっかり聞こえない。


 その声の主の気配も、気付けばもうどこにもいなくなっていた。


 「顔くらい見せろっての……」


 そう軽くぼやきながら、ちゆはつきとりこをひょいとその背中に拾い上げる。


 隣でましろが、どこか慈しむように微笑んで自分を見ているのは、知らないふりをして。


 ちゆはそっと、朝焼けの中、二人を背負ったまま歩きだす。


 さあ、このお転婆少女二人を、さっさと病院に連れて行かなければならない。


 その手首に繋いだリボンが解けぬように。


 やれやれと苦笑しながら、ため息を吐く。


 大人は辛いねと口にしたら、そうだねえと隣で笑われた。


 ここからは、少し後片付けの時間だ。


 朝焼けの少し熱を孕んだ風がカーテンを揺らしてる、苦笑する大人二人をまあまあと宥めていくように。


 子ども達はまだ眠りの中だ。






 ※






 

 眼を開くと、そこは見たことのない天井だった。


 白くて、清潔で、少し紅く見えるのは西日のせいだろうか。


 ゆっくりと頭を上げて、辺りを見回す。


 知らない部屋だ、私が寝ているのは知らないベッド、カーテンに囲まれてる。


 ふらつく視界でどうにか、そのカーテンを軽く押しのけて外を見た。


 あ、りこだ。


 その寝顔をしばらくぼーっと眺めてから、はっとなって眠りにつく前のやり取りを想い出す。


 私が狼になって、りこが窓を割って私に会いに来て、言い合って、絵を見て、最後には二人で一緒に眠って。


 そして、何より。


 二人で、大好きって言い合った。


 そして君を、また噛んでしまった。


 それは、取り返しのつかない『4回目』。


 慌ててばっと周りを見回す、どうにもここは病院みたいだ。ちゆさんやましろさんが連れてきてくれたんだろうか、私もりこも病院着になっているけれど、運び込まれた記憶はさっぱりない。


 りこは、りこは、どうなったんだろう。


 無事なのかな、何か身体に異変があったりとか、人狼になっちゃったりとか―――。


 「そう、慌てなくていいよ、悪いことはなにも起こってない」


 そう思考がぐるぐると回りだした瞬間に、不意に近くから声を掛けられた。


 はっとなって振り返ったら、カーテンの向こうから、知らない白衣の人が顔を出していた。


 …………男の人? いや、女の人? どちらかもわからない、壮年のポニーテールを結んでる。格好からして、医者……なのだろうか。その人は軽く笑いながら、私の隣の椅子にゆっくりと腰を下ろした。


 私は思わず若干ベッドの上で後ずさりながら、りこをかばうように背中に隠す。


 そんな私をどこか面白がるように、その医者は肩をすくめながら口を開いた。


 「初めまして、渡した睡眠薬は効いてたかい?」


 渡した、睡眠薬。そのワードをしばらく頭の中で繰り返して、はっとなってその顔を改めてみる。


 「ましろさんの……」


 「そう、ましろの……ついでにいうと、ちゆもなんだが。あの二人の主治医をしているものだ。本名は少し堅苦しいからね、高嶺の花の、たかはな先生とでも呼んでくれ。君達みたいな、ちょっと変わった症例の研究をしてる」


 そう言って、その先生は胸ポケットから棒付きの飴を取り出すと、そのまますっと口に咥えた。そうやっていると、なんだか飴といより、タバコのようにも見える。


 そんな人の様子をしばらく観察して、とりあえず少しだけ強張っていた肩を落とす。お医者さんなら、そう警戒しても仕方ないのかな……。


 「りこは……大丈夫なんですか?」


 そうやって問うと、その先生は軽く肩をすくめて脇に挟んでいたカルテを開いた。


 「医学的にはね、健康体も、健康体だよ。血液・ホルモン・脳波、もろもろ問題なし。まあ、体重が軽すぎるのと、若干栄養失調気味なのが気になるくらいかな。ちゃんとご飯は欠かさず食べるようにと言っといてくれ」


 「………………」


 そう言ってその医者は、どこか愉快そうに笑った。反対に、私の表情は少し歪んでいく。


 『医学的には』といった、つまり医学的ではない部分に、異変があるということ。


 胸の奥が、悪い予感にじくっと傷む。


 考えられるのはりこの人狼化、そうでなくても何かしら、彼女の身を蝕む何かが起きているのかもしれない。


 ちらっとりこの方を振り返ったら、君は変わらず静かに寝息を立てている。


 穏やかに、まるで何の異変もないかのように。でもその首元にはきつく包帯が結ばれていて、昨日私が噛んだあの場所を隠してる。


 そしてその手首には、昨日結んだあの黒いリボンがまだ残っていた。


 …………ふうと少し息を吐く。


 胸の奥が微かに震えるのを感じたまま、意を決してもう一度その医者に向き直る。


 大丈夫、大丈夫だ、もう逃げない。


 一緒にいるって決めたんだ、もう離れないって決めたんだ。


 りこがくれた嘘に、想いに、絶対報いるって決めたんだ。


 何を言われても、どんなつらい運命を告げられたって構わない。


 「『医学的』じゃないところでは……何があったんですか」


 「………………」


 医者はそんな私たちをじっと、何も言わずに見つめていた。


 「教えてください、りこは、どうなったんですか? 私達はどうなるんですか?」


 「………………」


 構わない、もう、何を言われても。


 たとえ誰に望まれなくても、私たちは―――。


 「教えてください」


 そんな私の言葉に、医者は軽く笑うと、少し目を閉じた。


 「ちゆ、ましろ、来ていいぞ」


 そして、カーテンの向こうにそう言いながら、振り返る。


 そんな声と同時に、ばっとカーテンを開けて、見知った顔が二つ私たちを覗いた。


 そこにいたのは、少しくたびれた様子のちゆさんと、眼元に隈を作ったましろさん。


 …………もしかして、ずっと夜通し様子を見てくれていたのかな。


 そんな二人は、私たちを見ると、にっと少し疲れた笑みを浮かべて、ベッドの隣の椅子にそっと腰を下ろした。


 「おはよ〜、つきちゃん、ちゆさんだよ。気分はどう?」


 「体痛いとか、変なとこない?」


 そう言いながら二人は、私のことを気遣ってくれる。それはとても、ありがたい、でも今は、今だけはそれより大事なことがある。


 「大丈夫です、ありがとうございます……それで、りこはどうなったんですか?」


 思わずそう言いながら、傍にあったりこの手をぎゅっと握った。柔らかくて、小さくて、簡単に潰れてしまいそうなその手を、ぎゅっと壊さぬように。


 そんな私の様子を見て、ちゆさんとましろさんは少し目を見合わせて、ゆっくりと首を横に振った。それから改めて、私と向き直ると言葉を探すように口を開いた。


 「私達としても、根拠はないんだ。……変な確信はあるんだけれどね」


 「そんな半分推測みたいなものだけど、構わない?」


 二人の言葉に、ゆっくりでも、確かに頷いた。


 今はなんでもいいから、りこの状況を少しでも知りたい。


 私が何をこの子から、奪ったのか。


 「……まず、確認なんだけどさ」


 ちゆさんは、そう言って、私の眼をじっと見た。


 「つきちゃん、今、誰かを噛みたい?」


 思わず一瞬が息が詰まった。


 それから、咄嗟に自分の胸に手を当てる。疼くような感覚、渇くような想い、それは確かにりこを噛んだことで紛れてはいるけれど、無くなってはいない。


 「は、はい……ほんの少しだけ」


 胸の奥は確かに満たされてはいるけれど、それでもほんの少しだけ何かが足りない。


 「そう、じゃあ、少し聞き方を変えるね―――誰を噛みたい?」


 え、と口から意図せず、言葉が漏れた。


 「例えば私達とか、たかはな先生とか、りこちゃんの以外の誰かに喰人衝動を感じられる?」

 

 しばらく、思考が止まった。


 誰を噛みたい?


 でも、そんなの、噛むのなんて、誰だって。


 誰だっていい、はずだ。


 はずだよね。


 はずなのに。


 あれ。


 私、この一か月()()()()()()()()()()()()()()()()()()()









 「………………どう? つきちゃん」


 「………………す」


 ちゆさんはゆっくりと私に問う。


 「…………」


 「感じない……かもしれないです」


 口から漏れた言葉は微かに震えて、少し覚束ない。


 「うん……だよね、そんな気がした」


 そんな私の答えに、ましろさんは静かに頷いた。


 「で、でもそれにどういう意味があるんですか?」


 だって、この一か月はずっとりこのそばに居て、りこだけを噛んでいたんだから、それが当然のような気もする。


 だけど、そんな私に、ちゆさんはすっと指をりこの方に向けた。


 「今ね、りこちゃんから、つきちゃんとりこちゃんの香りが、凄く綺麗に混ざったような匂いがするの。それもとびっきり濃い匂いがね」


 ましろさんは、少しだけ舌をちらっと出すと、恥ずかしそうに頬を赤らめた。


 「人狼になった感じ……とかではないんだよね。ほら、なんていうかな、野生の動物はそういうことするじゃない? こうマーキングみたいな?


 普通の人は感じないみたいだけれど、私達みたいなの(人外)にはね、『この子はもう私のものだから、手を出すんじゃないぞ』って言ってるみたいに思えるの」


 え、と口から声が漏れた。


 それって…………。


 「何って言うのかな……、直感で理解させられるんだよね。りこちゃんは、もうつきちゃんのものになっちゃったって。そういう、警告……みたいな?」


 「私達も、最初見た時あーって思った。『取り返しがつかない』ってそういうことかー……って。ちゆさんのとこに来た子が『人生を背負えない』って言ってたのも、そういうことかー……って」


 二人は、そう言いながら、少し恥ずかしそうに顔を見合わせて、どこか困ったように笑っていた。


 「そ、その、それって…………」


 つまり、えっと、人狼の噛む行為の『4回目』って………………。







 「求愛行動だな、要するに。


 で、4回目で、つがいが決まるんだろ」







 あ…………。


 「たかはな先生! デリカシー! 私達がどんだけ婉曲的に伝えようかって、悩んでたのに……!」


 つま……つまり。


 「えー、でもさあ、ちゆ。もう解りきってるんだからいいんじゃないか、両想いなんだろ。カップル成立、万々歳だ。……はあ、私としてはな、人狼化が実際に起こったらどんな実験しようかなとか、ちょっと期待してたんだがな……」


 わ、わたし、りこに会った時から…………ずっと。


 「つ、つきちゃん! え、えっとね、そ、その、ね、生物的には何も恥ずかしいことじゃないって言うか、とても自然なことでね! そ、その私も覚えがあるから、あ、あんまり気にやまなくていいっていうか……!」


 噛みたい……とか、色々言って、衝動とか苦しんで、でも結局、それも……全部?


 「つまり突き詰めれば、性欲だったわけだなあ。他者を肉体的に求める欲求が、人狼の喰人衝動として現れていたってとこか。話しに聞いてはいたが、抱きしめるのが代償行動になるのも納得というか」


 性…………欲。私ずっと……りこのことを……性欲で……。


 「まあ、でもそう悪いことでもないんじゃないか。曰く狼は愛情が深く、生涯、番を変えることはないそうだ。『取り返しのつかない』っていうのも、つまるところ、人生を懸けたプロポーズみたいなものってわけだなー。結構、結構」


 「「たかはな先生!!」」


 ずっと。ずっと。ずっと。


 りこのことを―――?


 あんなに、必死に、遠ざけて、悩んで、苦しんで?


 全部、全部、全部。


 性? 欲?




 顔が熱い。


 血という血が沸騰しそう。


 胸は信じられないくらい、不整脈で脈打っている。


 唇はありえないくらい震えてて、そのまま溶けてしまいそう。


 だめ、だめ、だめだ。


 こんなこと、りこに知られるわけには…………。


 わ、私がただの淫乱狼になってしまう……。


 「あ、あのこの話は……その、ここだけの秘密ということで……」


 震えながら、泣きそうになりながら、顔が火照るのを感じながら。


 どうにか、どうにか言葉を紡ぐ。


 やだ、やだ。そ、そんないやらしい子だったなんて、そんなこと。あんなに必死に悩んだのに、あんなに真剣に葛藤したのに。全部、人狼がえっちだったなんて、オチがりこに知られたら……。


 「え……あ、うん」


 「そ、そうだね、内緒だね」


 「…………いや、どう見ても」


 あれ。


 なんか、大人たちの反応がちょっと変じゃない?


 ちゆさんはどこか顔を赤らめながら、眼を逸らしてて。


 ましろさんは、きゅっと口を結んでるけど、唇の端が震えてる。


 先生はどこか呆れ顔で、私の背後をじっと見ていた。


 そんな三人から微かに漂う……嘘の香り。


 ………………。


 いや。


 そんな。


 まさか。


 ……………………。


 振り返った、背後を。


 りこは、寝ている。静かに、まるで息一つしていないかのように。


 だけど、どうしてだろう、()()()()()()()()()()()()()


 



 「……………………りこ?」



 「………………………………」



 「…………………………起きてる?」



 「…………………………………………」



 漂ってくるのは、甘く、酸っぱい、嘘の香り。



 「お、お、お、起きてるじゃん!!?? なんで、違う、違うの!! 私、私そんなんじゃ!!」



 「………………起きてませんよ」



 「起! き! て! る! よ! 違うの! そんなえっちな子じゃないの! 本当に悩んでたの! ねえ! わかってる?! ねえ、りこ! 違うからね!?」



 「はい……はい、わかってますよ。先輩は決していやらしい人じゃないって」



 「そう! えっとそうなんだけど!! なんで?! なんで嘘のにおいするの?! りこ! 思ってるじゃん!! いやらしいって思ってるじゃん!! ねえ、りこ?! 本当なの!! 信じてよ!!??」



 「…………………………ええ、信じています、信じていますとも」



 「うわぁぁぁぁぁん!! 違う! 違う! 本当に違うのぉ!!!」



 結局、その日は恥ずかしさで爆発しそうになりながら、みんなにひたすら生暖かい眼で見られ続けた。



 多分、一生分の恥ずかしさを、その一日で感じたんじゃないかってくらいだった。



 りこもその後、近づいたら、なんかちょっとそれとなく離れていくし。



 違う、違うのに。そんないやらしい眼でばっかりみてるわけじゃないのに! そりゃあ、ちょっとは見てるかもしれないけれど。違うのに、本当に違うのに。



 なんて言い訳も虚しく、人生を懸けた盛大な苦悩は一夜にして、人生で最も恥に満ちた衝動に変わってた。



 おかしいよう、こんなの絶対、おかしいよう。



 そうやって病院からの帰り道で、泣きべそを垂れていたら、君は無表情のまま、どこか仕方なさそうに私の頭を撫でていた。



 はあ、そんな優しさすら、いまはちょっと心に来る。



 君が無事でいることを喜んで、それで万歳だったはずなのに。



 本当はこんなはずじゃあ、なかったのになあ…………。



 そんな私たちを、空にぽっかり浮かぶ、少し欠けた満月は、どこか呆れるように見下ろしていた。



 







 









 ※


 「でも、まあ、そんなわけないですよね」


 りことつきを送り届けた後の、病院の一室でちゆはそう言いながら、軽く肩をすくめた。


 眼元にはさすがに一昼夜動き続けた疲労がにじみ出ているが、それでも視線は少し険しく細められている。


 「…………いや、『今回の一件』に関しては、そうなんじゃないか。少なくとも、もうあの人狼の子が、番の子を噛み殺すなんてことはなさそうなんだろ?」


 そんなちゆの問いに、たかはなと呼ばれる医者は軽く、棒付きキャンディをたばこのようにくゆらせながらそう答えた。


 そんな医者の返答に、ちゆの表情はうーんと少し悩むようなものになる。


 「……それはそうだと思いますけど、じゃあ、なんで『喰べたい』なんて欲求の出方するんでしょうね。そこまで暴力的になる意味ないじゃないですか。あの日のつきちゃんは正直かなり危うかったですよ。それに相手が欲しいなら、素直にそう伝えればいいでしょ」


 そんな二人のやり取りを隣で聞いていたましろは、唸るちゆと同じようにしばらく考え込むポーズをとる。


 既に診察時間を過ぎた病室で、大人三人は、答えを探してしばらく考え込んだ。


 答えは出ない、どこにも証拠や、確証はありはしない。


 ただ。


 「『素直に伝えられない』から、ああいう形になったんじゃない?」


 ましろが不意に、そう口にした言葉に、二人は一瞬黙り込んだ。


 「雪女()吸血鬼(ちゆさん)もそうだけどさ、人の中で生きてるけど、決して人ではないじゃない? だからさ、きっとバレないように愛を確かめる必要があったんじゃないかな」


 ましろの言葉にも、もちろん根拠はない。


 「キスも、吸血も、噛むことも。突き詰めて言えば、こっそり愛を確かめる行為のような気がするの」


 それでも、二人は不思議な納得を持って、ましろの言葉を聞いていた。


 「つきちゃんを見て、改めて疑問に思ったの『どうして私たちは、求める相手が人じゃないといけないのかな』って。でも、りこちゃんの言葉を聞いて、少しだけわかった気がする。ああやって、ちゃんと人外(こんな私たち)の隣に居てくれる人を探すために、私達の身体は出来あがっているんじゃないのかな」


 ましろは自分の胸に手を当てて、パートナーのことを想いうかべながら、言葉を続ける。


 「喰人衝動も、そのためにきっと必要なことだったんだと思う。つきちゃんが悩んでいたことも、きっと本当に大切で、必要なことなんだった思うの。どういう経緯でそういう特性になったのかはわからないけど」


 ちゆはそんなましろの言葉を聞きながら、少しだけいつかの狼少年のことを想いうかべた。


 「だから、つきちゃんと、りこちゃんは、きっと大丈夫だと思う。もうちゃんと、お互いを見つけられたから」


 たかはなと呼ばれた医者は、静かに飴を舐めながら、天井を仰ぐ。


 「あと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と想うよ?」


 そして、ましろの言葉と同時に、ちゆは腕を組みながら吹き出した。


 「ぶッ……ま、ましろさん、何を……」


 「あー、ちゆ、今日なんかお前落ち込んでると思ったら、そういうこと気にしてたのか」

 

 「そうなんですよ。あのね、ちゆさん、別に噛まれなかった=プロポーズされなかったってことじゃないからね?」


 ましろがぐっと親指を立てるのをちゆは、真っ赤になりながら否定する。


 「そ、そんなこと一ミリも思ってません!! っていうか、前も行ったけど、歳の差ありすぎて、そんな思考になんてならなかったって!!」


 「ていうか、そもそもあれは、吸血鬼が血液感染するから、それを避けたって話だろ? 1回目の時点で、噛んでないわけだし」


 「そうなんですよ、なのに、『ちゆさん自分と一緒に居てくれなかった』って、ずっと引きずってて。今回の件で噛むことの意味が解っちゃったから、余計へこんでるんです」


 「引きずってなーい!! へこんでもなーい!!」


 ちゆの大声が、営業を終えた病棟に響くのに軽く顔をしかめながら。たかはなはふうと一息ついた。


 「しかし、がっつり未成年に、くたびれたOLが未練たらたらなのはな……、絵面がやばいな、法律的にも」


 「ですよねー、まあ、でも私としてはちゆさんと、その子が幸せならオッケーかなって。私もこのかちゃんと結構年の差だし」


 「は! な! し! を! 聞け―ッ!!!!」


 もうすっかり人も少なくなった夜の病院で、姦しく大人たちの喧騒が響いていく。


 今日は随分と羞恥心がイジメられている人外が多かったような気もするが。


 今はとりあえず、平穏と無事を喜びながら、誰も彼もが眠りについていくだろう。


 重すぎる宿命も、先の見えない将来も、いったんそっと蓋をして。


 今ただ、静かで穏やかな夢の中。


 少し欠けた満月が、すっかり涼しくなった秋風の中、ゆらりゆらりと浮いている。


 そんな月に届けというように、遠く向こうで狼の鳴く声がした。


 今日の平穏を味わうように。


 そんな声に誰一人気づくこともなく、静かに夜は更けていく。


 部屋に帰ったつきは、しばらく羞恥心で悶えた後、家に飾られっぱなしのりこの絵を見て少しだけ機嫌を直した。


 そうして、灰色の狼と黒猫が寄り添うその絵を見ながら、そっと黒猫の貯金箱を抱きしめて。


 やがて、静かに眠りについた。


 明日にはまた始まる日常を、思い浮かべながら。


 もう二度と、手にすることはないと思っていた平穏を思い描きながら。


 今日も、夜は更けていく。

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