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狼少女と嘘吐き少女  作者: キノハタ
第5章 二人

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第22夜 狼少女と君への手紙

 親愛なる嘘吐きの君へ


 一緒に買った猫の貯金箱、りーこに貯めていたバイト代を同封しておきます。


 私が稼いだお金じゃないから、偉そうなことは言えないけど、ついでに私が自由にできるお金も全て入れておきます。学費の足しに少しでもなったらいいのだけれど。


 そういえば、どうして私がこんなにお金を持っているのか、話をしてなかったっけ。口で伝えられるのが一番なのだけど、上手く言えない気もするので、一応手紙に書いておきます。


 なんとなく察していたかもしれなけれど、私は両親とはあまりいい関係とは言えません。


 あのマンションも本当は家族で暮らしていたのだけれど、私を置いて二人とも出て行ってしまいました。今では連絡もほとんどありません、月に一回使い切れないような生活費が振り込まれるだけ。


 りこに渡していたお金はここから出ていたのですね、衝撃の真実というやつです。いや……さすがに察していたかな、りこは勘がいいもんね。


 昔、喧嘩してお父さんを突き飛ばして大怪我させてから、二人は私に近寄ろうともしなくなりました。自分の子どもかどうか、疑われたことも何度もありました。


 「どうしてお前のような奴が、うちの子どもに生まれてきたのか」っていうのがお父さんの口癖で。


 「せめて『普通』のふりをしなさい。あなたのありのままを受け容れてくれる人なんて、どこにもいないんだから」っていうのお母さんの口癖でした。


 酷い話だよね、本当に。


 でも、二人とも私が普通の子どもだったころは、優しいお父さんとお母さんだったから、きっと私がこんな風に産まれたのが間違いだったんだと思う。


 私がこんな風に産まれなければ、二人にここまで嫌われることもなくて。


 私がこんな形をしていなければ、きっとりことも別れずに済んだのかな。


 …………でも、人狼じゃない私はりこと、そもそも出会えてないような気もするんだよね。夜の繁華街なんて人狼の力がないと、怖くて独りで出歩けないだろうし。なんていうか、ままならないね、人生って。


 私は人狼だから、りこと出会えて。


 私が人狼だから、りことはさよならしなくちゃいけないんだ。


 ごめんね、最後の手紙なのに暗くなっちゃって。


 お詫びにここからは、明るい話にしよう。うーん、何がいいかな。


 そうだね、やっぱりお礼をしないと。


 本当は口で言えてるのが一番だけど、私、正直自信がないから。


 ここに、精一杯の感謝を、君へ。


 初めて君が私の手を取ってくれた、あの時ね。


 すごく、すごく驚いて、すごく、すごく嬉しかったの。


 君にとっては、きっとたまたま通りすがりに、学校の先輩を助けただけの出来事かもしれないけれど。


 私は、あの時、人狼になってから、初めて誰かに優しさで手を取ってもらえたんだ。


 君はいつも、私を助ける時、必死に震えて、怖がりながら、それでも嘘を吐いてくれてたね。


 君の嘘はいつも甘い匂いがして、そこに君の優しさがたっぷり詰まっているみたいで、そんな匂いを嗅ぐのが私は好きだった。


 誰かの嘘はねいつもいつも、苦くて、酸っぱくて苦しいんだけれど、りこの嘘はねそうじゃないの。優しくて、胸が暖かくなって、どうしてかそんな君を見ていると、笑顔になっちゃう。


 君はそんな優しい嘘を、たくさん、たくさん私にくれたね。


 私が喰人衝動に飲まれかけても、大丈夫大丈夫って、怖がってるのに嘘吐いて。


 私がわがままばかり言う時も、仕方ないなあって嘘吐いて。


 私が自分のことを化け物だって言った時も、君は必死になって嘘を吐いてかばってくれたね。


 本当は怖いのに、本当は辛いのに、それでも、君は誰かのために嘘を吐く優しい人だった。


 ねえ、りこ。


 君は時々、自分なんかがって言っていたけれど、そんなことはね、ないんだよ。


 君は凄い人なの、君は優しい人なの。私は、君以上に優しい人なんて出会ったことがないくらい。


 きっと君の絵だってね、この世界のどこかに待ってくれてる人が、絶対いるの。


 副部長さんは君の絵を「誰かの人生を変える絵だ」って言ってたんだ。


 私もね、そう信じてる。きっとりこが描いた絵はね、この世界のどこかの誰かの心を救うの。誰より優しい君が描いた絵なんだから、きっと誰よりも、誰かの心を動かすはずなの。


 きっとその人は、君が生きててよかったって想ってくれる。


 いつか、きっとね、そんな誰かに出会えるから。


 あなたのことを待っている人が、この世界のどこかに、必ずいるから。


 だから、どうか諦めないで。


 あなたは、あなたのことを諦めないで。


 私はもう、あなたに会いに行くことはできないけれど。


 ずっと遠くからね、りこが幸せになれるよう祈っているから。


 だから、元気でね。


 泣いちゃダメだよ。


 ありがとう、りこ。


 あなたのお陰で、私はもう充分、救われたから。


 だから、どうか、私のことは忘れてください。


 私はもうあなたから、沢山、沢山貰いすぎるほどに貰ってしまったから。


 その優しさをどこかの誰かに……ううん、誰よりきっとあなた自身に、分けてあげて欲しいんだ。


 私は、それだけで充分だから。


 私は、それだけで幸せだから。


 さようなら、私のりこ。


 ありがとう。


 どうか、あなたの人生が幸せなものでありますように。


 ずっと、ずっと祈っています。





 つき


 
















 ※



 あの手紙を、りこはちゃんと読んでくれてるだろうか。


 フラフラとぼろぼろになった足を引きずって、自室の床にべたっと倒れる。窓は開けっぱなしで、夜風にばたばたとカーテンがはためく中で、私はぼんやりとそんなことを考える。


 あれから夜通し走り続けて、私の部屋まで戻ってきた。湧き上がる喰人衝動は今は少し枯れたように感じるけれど、きっと身体が落ち着いたら、また湧いてくる。


 喉が渇いた。お腹も減った。そしてそんな感覚のどれより、寂しさで私の身体は飢え渇いていた。


 ああ、ああ―――。


 瞼が落ちる。朦朧とした意識の中で、思考がぐるぐると渦巻いている。


 気を抜いたら、すぐに君の後姿が、瞼の裏に映ってしまう。


 「りこ―――りこ―――」


 うわごとの様に口が勝手に、君の名前を呼び続ける。


 でも、もう全ては終わってしまった。


 私の意思で終らせた。


 取り返しは、二度とつかない。


 なのに。


 「りこ―――」


 声はずっと、君の名前を呼び続ける。


 もう、どこにだって届きはしないのに。


 もう、君の少し拗ねたような顔を見ることは二度とないのに。


 声が枯れる。


 意識が潰える。


 身体はただ渇いていく。


 背後から吹く、生ぬるい夜風が、私の身体を揺らしていった。


 これでよかったの?


 これでよかったんだよ。


 このまま君を犠牲にするくらいなら、これでよかったはずなんだ。


 だから、あとは君が幸せなら、それでいい。


 それでいいから。


 だから、どうか神様、お願いします。


 りこのことを、幸せにしてください。


 私はもう、充分だから。


 もう、これ以上、あの子から奪えないから。


 だから、どうか―――。


 ただそう願いながら、眼を閉じていく。


 そんな私を見下ろすように、もう少しで満月になる月は、静かに夜空に浮かんでて。


 そうして、意識が途切れる、その一瞬に。



 遠く。



 どこか遠く向こうで。



 狼が泣くような声がした。



 遠く、遠く、月夜を満たしていくような。


 

 どこまでも彼方へ響いていくような。



 そんな遠吠えを聞きながら。



 私はゆっくりと目を閉じた。


 

 首元にまだ巻きついている、君のリボンを撫でながら。



 どうか、どうか、と。



 そう願ってた。















 ※



 「まだ―――終わりじゃない」


 嘘吐きな少女は、涙で滲んだ手紙をぎゅっと握りしめながら、独りで小さく呟いた。


 喉は震えて、声は枯れて、目は真っ赤に腫れたままだけど。


 それでも、彼女は歩き出す。


 暗闇の中、独りぼっちで、ふらふらと覚束ない足取りで。


 それでも尚、どこかへと。


 歩いてく。


 「つき先輩―――」


 もう一人の少女の名前を呼びながら。


 そんな二人の頭上では、ただ同じような空と、同じような月が、その行く末を見守るように静かに佇んでいた。


 「終わらせてなんて、やるもんか」

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