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狼少女と嘘吐き少女  作者: キノハタ
第4章 雪女

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第19夜 噓吐き少女と雪女

 店の奥で話を始めた常連さんとつき先輩は、十数分ほどで部屋から出てきた。


 そうして、つき先輩は一瞬、私に視線を向けると、どこか辛そうな顔をで目を逸らして、そのまま何も言わずに帰ってしまった。


 帰り際に常連さん―――雪女のましろさんから何か受け取っていたけれど、なんだったのかな。その間、なぜかバイトリーダーに無言で頭を撫でられたのも、なんだったんだろう。


 そうやって首を傾げる私の隣のカウンター席に、話を終えたましろさんはなんとはなしに腰を下ろす。


 「お待たせ、りこちゃん。こっちもお話しよっか」


 そんな彼女の言葉に、私はしばらく黙ってから、あえて隣にいたちゆさんの方をちらっと見てみる。


 「ねえ、ちゆさん」


 「…………何?」


 ちゆさんは、今日こっちに来てからずっと辛そうな顔をしている。まるで、何か大事な秘密を黙っているみたいに。


 「()()()()()()()()()()()()()()?」


 だから、あえて、何気ない調子で聞いてみた。


 「―――ッ」


 「…………わお」


 案の定、というかちゆさんは露骨に表情を歪めて、反対にましろさんはどことなく感心したような表情で私を見ていた。うん、二人ともポーカーフェイスじゃなくて、とても助かる。


 「なるほど、もう限界なんですね」


 まあ、予想はついていたけれど。いつも隙を見てはくっついてくるつき先輩が、人目があるとはいえ、私を避けるなんて。それくらいしか理由が思い浮かばないしね。


 「…………急にカマかけないでよ」


 「ふふ、嘘じゃあ、りこちゃんに敵わないね」


 答え合わせのような二人の返事に頷いて、私は少しだけ目を閉じる。


 そうか、つき先輩、もう限界なのか。


 私の胸の奥は、相変わらず静かに、でも確かに脈打っている。いつか来るべき時が、やっと来た、結局はそれだけだから。


 そうして小さな納得の後、ましろさんは改めて、彼女の事情とつき先輩とどんな話をしたかを教えてくれた。



 雪女、27歳の寿命、それを永らえさせるために、パートナーから命を貰う。



 なるほど、途方もない話だ。残酷で、不安定で、そこにどんな葛藤があったか、私なんかのちっぽけな想像力では到底思い描くこともできない程に。


 だけど、胸の奥は相変わらず、静かで熱くて、不思議な落ち着きが私の身体を満たしていた。


 「―――っていう感じの話をしたわけだけど、……ねえ、りこちゃん。改めて、最初の質問に戻っていい?」


 「……なんでしたっけ、最初の質問って」


 そうやって尋ねる私に、ましろさんは穏やかに。とても人から命を吸って生きている生き物とは思えないほどに、優しそうな微笑みを向けた。


 「もしりこちゃんが、大切な人から何かを奪わないといけないとしたら。


 ――――つきちゃんと同じ立場だったら、どうする?」


 数秒、思考する。


 隣でちゆさんがどことなく辛そうな顔をしている気配がする。今日はこの人、辛そうな顔ばかりだね。まあ、それくらい優しい人なのだろうけど。


 でも、私は、多分、きっと違う。


 「―――突き放します。つき先輩の所から離れていなくなります。私なんかのためにつき先輩のことは犠牲にできないから」


 口の上で言葉が滑る。


 「……―――」


 「……なるほど。じゃあ、りこちゃんは、これからつきちゃんとの関係をどうするの? 離れる? 突き放す?」


 ゆっくりと静かに、確かめるように言葉が紡がれる。


 そんな静かな質問の言葉とは裏腹に。


 私の意思を無視して、滑らかに口は動いていく。


 「()()()()()()()()()()()()()()


 ゆっくりと胸の中で、ふつふつと何かが沸いている。まるで熱いガラスの瓶がそこにあるかのように。


 「……言ってることおかしくない?」


 「ふふふ……」


 言ってることがおかしいのは自分でもよくわかってる。


 「別にいいじゃないですか、私、わがままな嘘吐きなんで」


 そこに相手の意思があるとわかったうえで、つき先輩の想いがあるとわかったうえで、私をそれを無視することに決めたんだから。


 「人生投げだすのよ、わかってる……?」


 「ふふふ、開き直ったね。でもりこちゃん、一つだけ聞いていい?」


 困惑するちゆさん、多分真っ当な反応をしてる。それとは反対に、ましろさんの方はどことなくおかしそうに笑ってちょっと不思議な落ち着きを見せている。


 「…………なんですか?」


 私の問いに、ましろさんはゆっくりと笑みを深くする。


 「りこちゃんのその想いは、つきちゃんのことを想っているから?


 それとも自暴自棄だからかな?」


 黒く、蒼くて、綺麗な瞳がじっと細められて、私を見つめる。


 そうして、何も言わない私を試すように、彼女は言葉を続ける。


 「りこちゃんは、つきちゃんのことが大事なの?


 それとも―――自分のことが大事じゃないの?」


 そんな彼女の言葉に、私は少しだけバーの入り口の方に目線を逸らした。


 そこにはもう誰もいない。でもじっと見ていたら、どうしてかつき先輩の背中が見えるような、そんな気がした。





 ※






 「ねえ、りこ。今日は一緒に、お昼ごはん食べよ?」


 そんなことをつき先輩に言われた果てに、私たちは立ち入り禁止の学校の屋上でお昼ご飯を食べていた。


 当然、鍵はかかってて、普通は入れないんだけれど。私はつき先輩に抱き抱えられて、非常階段の屋根を飛び越えた末に、めでたく不法侵入を決めていた。


 そして、当然と言えば当然なんだけど、まだまだ残暑が厳しい今日この頃。屋上は普通に暑い。


 そんなわけで、ご飯を食べて早々に、つき先輩が持ってきたアイスを咥えながら、私たちは屋上の日陰でくっついていた。


 「最近は、夜……会えてなかったから。こうやって抱き枕にするのも、なんか久しぶりだね」


 そう口にしながら、私のことを後ろからぎゅっと抱きしめるつきの先輩の声は、どことなくゆるくぼんやりしている。


 ちらっと後ろを窺って、眼元をそっと覗いてみると、少し瞼が重いようで、どことなく眠たそう。ましろさんから聞いた、睡眠薬の話が頭の奥にふっと浮かんだ。


 こうしている間はまだ私達は一緒に居られる。そう長い時間じゃないだろうけど。


 「そうなんですよ、お陰でお金稼げてないから、困っちゃう」


 アイスを頬張りながら、ぶわっと吹くどことなく蒸し暑い風を感じつつ、そんな嘘を吐く。


 「…………そうだね、困っちゃうよね。…………それにしても、りこは相変わらず、いい匂いがするね」


 あなたは私の首元に鼻をあてがうと、すんすんと匂いを嗅ぐように身体をもぞもぞ動かした。少しくすぐったいけど、何も感じてないようなふりをする。


 「そうですか、まあ、これも全部お金のためですから」


 嘘だけど。きっと、もうお金なんて、私にはさして必要ない。


 「……そうだね、お金のためだね」


 つき先輩の受け答えは、眠いからかどことなくあやふや。私のお腹や背中に感じる感触も少しだけ熱い気がする。眠る子供の体温のような、そんな不思議な暖かさ。


 「ねえ、つき先輩」


 「…………なあに、りこ」


 そんな微睡むようなあなたを見ていると、少し寂しいような、なのに胸が微かに暖かくなるような不思議な感触がする。


 ぶわっと吹く風は蒸し暑くて、広がる空はどこまでも蒼くて、こうやってくっつくのはそんなに心地よくないはずなのに。今はどうしてか、何も気にならない。


 「………………」


 「…………りこ?」


 何かを言おうとした。ましろさんと喋ったこと、リミットのこと、お金のこと、絵のこと。


 そんな喋りたいことがきっと山のようにあるはずなのに、そのどれもが私の喉の奥から一つだって出てこようとしない。


 伝えたいことは山ほどあるのに、山のように積み重なってしまったから、上手く言えなくなってしまう。


 そうして上手く言えない言葉は、歪んで、捻れて虚飾になる。


 こうして嘘吐きは出来上がるのだ、と私は一人納得する。


 ガリっとアイスを噛み砕いて、出かかった言葉と一緒に、冷たい塊を喉の奥に流し込む。


 そうして口から出た言葉は案の定、歪んだものになっていた。


 「私も一回、つき先輩のこと噛んでみていいですか?」


 微睡んだ表情のつき先輩は、ゆっくりと首を傾げて不思議そうに私を見つめた。


 「…………多分、美味しくないよ?」


 眠いからかな、反応はどことなく緩慢だ。普段なら少しくらい顔を紅くしてくれそうなものだけど。


 当てが外れた私は、でもまあいいかと、軽く息を吐く。


 「食べてみないとわからないじゃないですか、意外と美味しいかも」


 そう言いながら、くるっと私を抱きしめるあなたの方に向き直る。こうやって正面から抱き合う姿勢になると、身体の小さい私でも必然的に上になるから、少し気分がいい。


 つき先輩はしばらくぼんやりとした表情のまま、じっと私を見ていたけれど、さすがにちょっと恥ずかしさを感じてきたのか、少し顔が紅い。


 「…………絶対、美味しくないよー」


 「ま、私のことを一杯食べてきたんだから、一回くらい食べられる側の気持ちになってください?」


 そうやって微睡むあなたに無理矢理迫りながら、ゆっくりと押し倒すようにその背を壁に預けさせる。まるで壁ドンのような姿勢だね、なんて思うけど、残念ながら力の差は比べるのも馬鹿らしいレベルだ。


 先輩がその気になって私を突き飛ばしたら、私はめでたく屋上からの自由落下実験の被験者になってしまう。下がコンクリートじゃないといいけどね。


 でもまあ、そんなことをつき先輩は絶対にしない。


 これはそういう甘えも込みのじゃれ合いだから。


 「じゃあ、いきますよ」


 「うう…………りこがなんかえっちだ」


 うるさい口だなあと思ったから、左手の指でそっと唇に蓋をする。つき先輩はどこなく不満そうにむーって口を尖らすけれど、それだと指にキスをするみたいになってるよ。


 まあ、そんなことは口にしないけど。


 私が抱くこの想いは、好きとか、愛してるとか、そういうのではないはずだから。


 「―――ぁん」


 これは都合のいい自己投影。


 「…………ゃん」


 これは誤魔化しのための他者依存。


 「―――ぅむ」


 これはただ私の欲を満たすためだけの自己満足。


 「………………ひぃん」


 ドキドキと胸の奥が不健全な音を立てる。抵抗できないとわかっている相手に、無理矢理触れ合いを強要する。その背徳感に身体が震える。


 唇をその鎖骨に当てる、舌でそっとその隙間をなぞる。


 柔らかくて白いその場所の、奥の硬い骨の感触をなぞるように舌を這わせる。


 少ししょっぱいのはきっとあなたの汗の味。少しあまいのは一体何のせいだろう。


 胸の奥で不自然に動悸を起こす心臓の音が、あなたの甲高い音に合わせて跳ねていく。


 「――――」


 「………………ゃ、……りこ……っ」


 首を食む。耳を食む。うなじを舐めて、あなたの首元に涎をつける。


 …………つき先輩が、私の鎖骨を舐めたいって言っていたのが、少しわかった気がする。なるほど、これはやりたくなるのもわかるかも。つき先輩の眠気で緩んだ顔から、甘い声がするのもなかなか悪くない。


 頸動脈の拍動をそっと舌でなぞる。喉が震えるのを唇で感じる。あなたの呼吸と声を触れあいながら感じ続ける。


 つき先輩は喰人衝動でこれをしていたわけだけど、私の場合はどうだろう、なんだろうね、いやらしい衝動かな。なんて考えながら少し笑う。


 指を絡ませる。恋人が繋ぐように、指と指の隙間を、滑らかで、暖かいその感触を一つたりとも逃さないようにするみたいに。そうやってあなたと触れ合う場所を、一欠けらだって惜しむように。


 触れ合いながら自然と触れる身体の震えを感じる。首元に唇をつける弱く震えて、指絡ませるたび微かに揺れて、胸とお腹がこすれ合うたび強く跳ねる、その感触を。


 まるであなたを犯すみたいに、指と唇を、触れさせ続ける。


 ああ、ダメだね、これ。本当にいけない気分になる。


 私達みたいな非合法な関係じゃなかったら、一発でセクハラものだ、訴えられたら100%私が負ける。


 でも、まあ、だからかな。余計に心地いい。背徳感と高揚感がごちゃ混ぜになる。


 最後にあなたの鎖骨辺りに、少し強く唇と歯を触れあわさせる。


 「………………っ!!」


 あなたの抑えた息が一際高く震えるのを聞き届けてから、少しだけ身体を離した。


 気づけば息は荒れていて、私の身体もどこか浅く震えている。お互い汗が首元に滲んでるけど、先輩のは汗か私の涎かよくわからなくなっている。


 「………………はぁ……はぁ」


 「………………えろりこ」


 恨みがましそうなあなたの視線に、あえてすまし顔で応対する。まだ身体が少し火照っているから、すぐに動かすことはできないままだけど。


 「…………はぁ、先輩がいつもやってることですよ」


 「私そんなにいかがわしくやってないよ……」


 そうだろうか、いっつもこんなものだと思うけど。


 「たまにはいいじゃないですか、日ごろの仕返しということで」


 「…………うう、それ言われると、何も言えないじゃん。……ていうか、首元跡ついてない?」


 そう言って先輩は少し胸元のリボンを開けて、心配そうに俯ている。私もついでに先輩の首元を見てみると、確かに少し紅くなって虫刺されのようになっている。


 はてさて誰があんな跡つけたのやら。どうでもいいけど、リボンが緩んでるから、服の中が少し見えそう。


 「ついてますね、キスマークみたいです」


 「…………やっぱり? うう、この後の授業どうしたらいいんだろ」


 「…………昼休みに後輩と致していたという体でいればいいのでは?」


 「そう思われたらダメだって話じゃん?!」


 そう言ったつき先輩は今日一声が大きくて、内心睡眠薬が効かなくなったんじゃないかとひやひやしていた。ま、数分も経てばまた眼がとろんとしていたから、効いてることに変わりはないみたいで、少し安心。


 そんな姦しいやり取りを経た後に、私たちはまたいつもの姿勢に戻って、夏風の中でぼーっとしていた。


 「実は私、首フェチかもしれません」


 遠く向こうでたくさんの生徒が、がやがやと喋る音がする。


 「あー、言われてみれば。好きだよね、首。私もだけど」


 屋上で蒸し暑い風がごうっと吹きあがる、誘われるままに見上げた先には、高く伸びていく入道雲があった。


 「先輩のはちょっと違うじゃないですか」


 蝉の音がみんみんと響いてる。最近は少し涼しくなってきたから、また虫も鳴くようになってきた。


 「うーん、そうかな……そうなのかな、なんか同じ雰囲気を感じるんだけど」


 遠く向こうでそんな日常の音がする。


 「気のせいですよ」


 私達とは少し遠く向こうの、そんな現実の音がする。


 そんな音を聞きながら、あなたとくだらない話を、ただ、ぼんやりと続けていた。


 まるで、普通の先輩と後輩が、いつものやり取りをしているような。


 そんな、まるで当たり前のような、時間を過ごす。


 うーん、ただ、それにしては、ちょっとふざけすぎたかな。


 なんて舌をちらっと出しながら。


 「ねえ、りこ」


 「なんですか、つき先輩」


 あなたが、もうっとくに限界なことは知っているけど。


 「……今度の週末、一緒にどっか出かけない?」


 その誘いの意味を、私はすぐに理解する。


 今度の週末、か。


 まだ、絵が描きあがってないのだけが、心残りではあるけれど。


 「いいですよ、何処行きますか」


 きっと、それが最後の時間。


 「海がいいなあ」


 そんなことは解ったうえで。


 「いいですね、どこの海にしましょうか」


 あなたと何でもないように、言葉を交わす。


 「遠くがいいよ」


 まるでいつもの時間を過ごしているかのように。


 「そうですね、遠くが、いいですね」


 ふっと見上げた先には青い空。


 風がごうっと吹いていく。


 蒸し暑くて、勢いばかりで、なのにどことなく涼しさを微かに孕ませた。


 私達の現実をどこか遠くへ吹き飛ばしてしまうような。


 そんな夏の終わりの風が吹いていた。


 遠く向こうでチャイムが鳴っている。


 この微睡みの終わりを告げる音が鳴っている。


















 ※



 「りこちゃんは、つきちゃんのことが大事なの? それとも―――自分のことが大事じゃないの?」


 それは酷い問いだった。


 元も子もないような、嘘吐きの浅い魂胆なんて、全部お見通しみたいな問いだった。


 人外ってみんなこうなのかなあ、それとも、ただ単純にこの人が鋭いだけなのか。


 でも、まあ、バレてしまったものは仕方がないね。



 だから、私は笑って答えた。



 「それじゃあ、ダメですか?」


 

 「自暴自棄じゃ、ダメですか?」



 「私、こう見えて、嘘吐きでわがままなので」



 「つき先輩が、望んでないのなんて解ったうえで決めたんです」



 「私が逆の立場だったら、そんなこと絶対に許さないけど」



 「でも私にとって、自分の価値なんてほとんどないから」



 「だからこんな命で、こんな人生で、あの人の寂しさが紛れるなら」



 「私はそれでいいって想うんです」



 笑う。



 嗤う。



 まるで、何の気負いもないように。



 まるで、何の憂いもないように。



 そんな私を見て、ちゆさんは唖然としたように口を開けていて。



 ましろさんは、いたずらっ子のような笑みで私を見ていた。



 「りこちゃんは、嘘吐きだねえ」



 それからそっと私の手に、その冷たい手を優しく重ねて。



 「―――でも、きっと、そんな君だから、つきちゃんは選んだんだね」



 祈るように、願うように。



 そんな言葉を言われてしまった。



 私は何も言えないまま。



 ただ曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。



 そうして私は、また嘘を吐く。



 いつも通り、他愛なく。

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