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狼少女と嘘吐き少女  作者: キノハタ
第4章 雪女

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第18夜 狼少女と雪女

 胸の中に沸騰しかけの水が入った、ガラスの瓶がある。


 ふつふつと泡が少しずつ沸いてきて、温度はゆっくりと上がっていく。


 その瓶には、どこかで必ず限界が来る。どれだけきつく蓋を閉めても、どれだけ必死に抑え込んでも、その時は必ず訪れる。


 その時になれば、そのガラスの瓶は粉々に砕け散ってしまうんだろう。


 そして、きっと、その時はもうそう遠くはない。


 それだけが、私にとって、どうあがいても変えることのできない真実だった。




 

 ※





 ちゆさんに連れてこられたのは、前に来たことがある、りこがバイトをしている繁華街の小さなバー。


 連れられるまま入った先に居たのは、驚愕に目を見開いたりこの姿と、その奥で佇むどこか冷たい匂いをまとった女性。


 「じゃあ、改めて自己紹介するね。


 波雪(なみゆき) ましろ。


 種族はね、雪女。


 つきちゃんやちゆさんと同じ、人から少し外れた生き物」


 ちゆさんは言った、その人は私達と同じ、人を傷つける性質を持った人だって。


 「私はね―――人の寿命を吸って生きてるの」


 そして、それでも尚、人と添い遂げることを選んだ人だって。


 漠然と、呆然と、優しく笑う、その女性を見つめる。


 脇目に映るのはりこの姿と、その白い―――首元。


 胸の奥でふつふつと何かが湧いていた。


 ガラスの瓶がかたかたと音を鳴らしてる。


 そんな私を、りこはどこか不安そうに見つめていた。






 ※






 結局その後、すぐ私たちは店の奥の個室に通された。


 りことはまた後で話すから、先に私と話がしたいと、その雪女―――ましろさんはそう言った。


 背の高い女の店員が持ってきた烏龍茶を漠然と見つめながら、改めて正面の人物と向き直る。雪女、ちゆさんとはまた違う、人から外れた何か。


 「初めまして―――だね。つきちゃん。……とはいっても、私の方はちゆさんからちょくちょく話を聞いてたから、あんまり初めてって気もしないけど」


 落ち着いた雰囲気の穏やかな女性に見える。優しそうで、大人びていて、それだけ見ればどこにでもいる年上の人って感じだ。でも醸し出される匂いは冷たくて、不自然なほどに澄んでいる。まるで大きな氷の塊がそこにあるみたいだった。


 「用件は……なんですか?」


 自分の喉から漏れる声にあまり覇気がない。どこかぼんやりとして、冷たくて、まるで感情がこもっていないみたいだった。


 「うーん、そうだね。いっぱい話したいことはあるけれど、あんまり時間もないよね、手短にいこっか」


 「………………」


 時間がないという言葉が、誰の時間のことを言っているかは、説明されなくても解ってしまった。


 「ねえ、つきちゃん、次、りこちゃんを噛んだ後、どうするつもり?」


 問われたのは静かで穏やかな問いのはずなのに、まるで私の胸はぼろぼろと何かを零していくような欠落感に襲われる。


 「……いなくなります、りこのそばから」


 わかってる。わかりきってる。


 あの夏の日、りこに出会ったあの時から、私たちの結末はもう決まっていたんだから。


 今更、何も覆らない。


 「……りこちゃんのこと、嫌いになった?」


 言葉は何も出てこなかった。胸の奥でつっかえて、蓋をされてしまったような。


 「………………」


 だから、ただ黙って首を横に振る。


 そんな私の答えに、ましろさんは少し天井を仰いで、ゆっくりと頷いた。


 「そっか、そうだよね。ごめん、嫌なこと聞いたね」


 そうやって言われる言葉に、もう一度首を横に振る。


 「………………」


 それから少し静かな、とても静かな時間が流れた。

 

 「…………つきちゃんにとって、りこちゃんは……大切な人?」


 私はまた何も言えなくて、言えないけど、でもその答えを迷うことはしなかった。


 「うん、そうだよね。……だから苦しいんだもんね」


 ましろさんは私の答えを、しばらく噛みしめるように目を閉じると、ふふっとどこか可笑しそうに笑った。


 「困ったなあ……本当はねちゆさんには、つきちゃんのことを説得するように頼まれてたんだ。自棄にならないように、ちょっとでも時間を伸ばして……みんなと、一緒に生きるための方法を模索しようって……」


 そう言いながら、彼女は少し目線を伏せて、ゆっくりと首を横に振る。


 「なのに、困ったなぁ……。私も『そっち側』だったから、手放しで大丈夫だよって言えないや……」


 そう言って、ましろさんはやれやれと肩をすくめる。


 「…………そっち側って、どういう意味ですか?」


 そう口から零れた問いに、蒼い眼の彼女は少しだけ微笑んだ。どこか悲しそうに、どこか懐かしそうに。


 「さっきも言ったけど、雪女は他人から寿命を吸い取って生きてるの」


 それからすっと私の前に、指を二本出す。


 「誰からも命を貰わなかったら、寿命は27歳まで。それで私は今、29歳……パートナーから命を貰ってるんだけれど、単純に考えれば私は彼女から2年の寿命を奪ってることになる」


 そう言って、目の前でそっと二本の指が降ろされる。


 「しかも困ったことにね、愛してる人限定なの。本当に好きで大切にしている人じゃないと命を貰えない。今はいろんな人の協力で、負担は大分減ってるけど、それでも大切な人の命を奪ってることに変わりはないの」


 胸の奥がぎゅっと何かに掴まれるように、少し傷んだ。


 「だから、私は―――27歳で死のうと思った」


 彼女はゆっくりと言葉を続ける。


 「愛する人の命を奪うくらいなら、その人の人生の重りになるくらいなら……そうして、その人に嫌われてしまうくらいなら、死んだ方がいいやって想ってた」


 少しずつ、一つずつ、言葉を確かめるように彼女は告げる。


 「どうして……想いが変わったんですか?」


 そんな私の問いに、彼女はゆっくり首を横に振る。


 「……実は、あんまり変わってないよ。今でも、私は本当は大切な人の重りになって、生きていちゃいけないんじゃないかって思う時がある。


 嫌われちゃったらどうしようって、不安で不安で仕方ないまま生きてる。


 ………これみんなには内緒ね?」


 わからない。彼女の言っていることは、矛盾しているようにも思える。


 「じゃあ、どうして……?」


 ましろさんは、もう一度、ゆっくりと首を横に振った。


 「わからない……。結局、死にたくなかっただけかもしれないし、寂しかっただけなのかも。今の彼女が強引だから、そのせいもあったかもしれないし。泣き落としされちゃってさ、もう引くに引けなくなっただけなのかもしれない」


 一つずつ、想いと言葉を照らし合わせて、確かめるように彼女は告げる。


 「きっとね、私たちが死ぬまで、今の選択が正解かどうかなんてわからないの。正しい答えがあるとも限らない。


 未だに後悔だってするけれど、それでも、生きててよかったなって想えることもあるの。だから、私もまだ答えを探してる途中かも…………」


 わからないと彼女は言った。わからないと、私も小さく呟いた。


 「だからね、つきちゃんがどんな選択をするべきだとか、どれが正解だとか私には何とも言えないの。


 つきちゃんの言う通り、相手のことを想うからこそ離れようって気持ちが私にもあったから…………その気持ちが間違いだなんて、口が裂けても言えない」


 そう言った彼女の言葉に、私も何も言えなかった。


 「だから……もし、私から一つだけ、あなたにお願いさせてもらえるのなら」


 そうして雪女の彼女は、私の眼をじっと見た。蒼く、黒く、澄んだ眼が私を見つめる。



 「どうか―――どうか、自分のことを責めないであげてね?」



 ―――――。



 「私の主治医の先生が言ってたけれど、人間は……結局その人が出来る最善を常に尽くしているんだって」



 「環境とか、産まれ持ったものとか、性格とか。たくさんの上手くいかないことの中で、それでも自分が一番善いと思った選択を、みんな繰り返しているの」



 「だからね、どれだけ間違って見えても。きっとつきちゃんがした選択は、つきちゃんなりに最善を尽くしたものだったはずなの。あなたなりに考えて、あなたなりに悩んで、あなたなりに選んだはずなの」



 「たとえ、それが後からどれだけの後悔を連れてきても。たとえ、それが他人から見てどれだけ間違いに見えたとしても。それでもあなたは、あなたりの最善を尽くしたはずなの」



 「だから、たとえこれからあなたが、どんな選択したとしても、どうかあなた自身を責めないであげて欲しいの」



 「だって、あなたは、苦しくて堪らないはずの中で、充分、頑張っているんだから」



 「それだけを、どうか覚えておいて」



 「それから、もし……もし少しだけ気持ちが許すなら」



 「りこちゃんにね、あなたことを話してあげて?」



 「今の気持ちでもいい、どんなことを感じてたかでもいいの、少しでいいからあなたの心を教えてあげて?」



 「あなたの苦しみは、きっとあなたにしかわからないけど」



 「それでも少しだけでいいから、あの子に分けてあげて欲しいの」



 「私たちは、人より感覚が鋭いから、すぐに何でも通じ合ったような気になってしまうけれど」



 「それでもね、やっぱり言葉にしないと伝わらないことがあるから」



 「だから、うちの可愛い店員さんによろしくね」



 「そして、どうか―――たとえどんな選択をしたとしても」



 「あなたのことを、許してあげてね?」



 「―――ありがとう、つきちゃん、最後まで話を聞いてくれて」



 「私が言いたいことはこれだけだから」



 「また、一緒にご飯とかいけるのを、私、楽しみにしてるね」



















 ※



 あの後、結局、私はりこの顔すらまともに見ないままバーを後にした。


 わからない、結局何が正しいんだろう。


 りこから全てを奪ってでも、一緒に居続けることが正しいのか。


 それとも、りこをこれ以上、私の道連れにしないためにやっぱり離れるべきなのか。


 離れるべきだと想ってた、でもそれすら段々とわからなくなる。


 どうすればいいんだろう、結局、答えを誰も教えてはくれなかった。


 自分のことを責めないで? でも、こんな化け物の私を、どうやって肯定したらいいの?


 私が人狼じゃなければ、私が化け物じゃなければ、誰も不幸にはしなかったのに。私自身だって、こんなに不幸にはならなかったのに。


 なのに、今更、どうしたら。


 胸の奥でカタカタとガラスの瓶が揺れる音がする。


 りこのことを見るだけで、段々と心臓は早鐘を打ち続ける。


 ふと見上げた空に浮かぶ月は、ゆっくりと真円に近づいていっていた。


 私達の残された時間を示すように。


 あと、1回。


 もう私たちの結末は決まってる。


 なら、そのたった1回で、私は何をすべきだろうか。


 りこは……何をしようとするだろうか。


 別れ際、ましろさんは錠剤の入った袋を私に手渡してくれた。


 「これね、私の主治医から貰ってきた、人狼の衝動を抑える薬。…………って言っても、ただの睡眠薬なんだけどね。飲んでる間は、意識がボーっとする代わりに、少し衝動がマシになるって。ずっとは効かないけど、少しの間だけなら、これでりこちゃんと一緒にいれると思う」


 この残された僅かな時間を、りことどう過ごそうか。


 私の心を伝えてと、あの人は言っていた。


 今更なような気もしたけれど、どうしてかその言葉が私の中から消えて無くならない。


 君に何を伝えられるんだろう。


 君に何を遺せるんだろう。


 君は……どんな結末を望んでるのかな。


 帰り道、月明かりに照らされながら、独り、ビルの屋上で考える。


 あと。


 君に。


 何を。


 眼を閉じたら、まぶたの裏に君の小さな横顔が見えた。


 残された時間は、もう、少しだけ。


















 ※



 「説得、上手くいきました? ましろさん」


 「うーん……ごめん、ちゆさん。上手くはできなかったかも」


 「……………………」


 「……そんな悲しそうな顔しないで。本当の最後までどうなるかは、誰にも分からないんだからさ」


 「そうですけど、でも…………」


 「………………」


 「………………」


 「…………一つだけ、気になったこと言ってもいい?」


 「……なんですか?」


 「私達、雪女や吸血鬼もそうだけど、人外に共通して言えること」


 「………………?」


 「どうして、()()()()()()()()()()()()()()()()


 「…………え?」


 「別に、襲うだけなら、牛でも豚でも、犬でも猫でもいいじゃない? でもちゆさんが牛や豚の血を飲んでるとこ見たことないし、私も犬や猫からは命を貰えない。多分、つきちゃんもそうだよね。でなかったら、あんなに悩むわけないし」


 「………どういう意味ですか?」


 「……さあ? わからない、わからないけど、きっと何か理由があるんだよ。だって私達は、そう生まれついてきたんだから」


 「………………」


 「どうしてだろうね、どうして人間じゃないと―――大切な人じゃないとダメなのかな。別に他の何でも、誰でもいいはずなのに」


 客もほとんど出払ったバーの中、雪女と吸血鬼の二人は、グラスを片手にそんなことを口にしていた。


 静かな閉じられた空間は、時々、微かな息遣いと氷の音だけが響いてる。


 「―――まるで寂しがりの子どもみたいだね」


 そうやって漏れた小さな声に、誰も答えを返さないまま。


 夜はゆっくりと更けていく。現実と夢の境を溶かしていくように。


 やがて誰も喋らなくなったころ、遠く向こうで虫の鳴く声が聞こえた。


 残された夏は、確かに移ろい始めてる。


 そんなどこか寂し気な時間を、人ならざる二人はアルコールで、淡く溶かしていった。


 ただ雪女はふとした瞬間に、少しだけ微笑んだ。


 嘘吐きな少女が、最後に吐いた嘘を思い返しながら。


 結末はまだ誰も知らない。


 

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