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追跡する令嬢には小さいコンプレックスがありまして

作者: 夕凪ナギ
掲載日:2025/10/06

「セドリック! アナタのような浮気者との婚約は破棄します! 深い森でもどこへでも行きなさい。アナタがやりたいことを自由にすればいい。私はもう知りませんわ!」


「そっか。テイジー、わかったよ」


 両家が集まる食事会にて、堂々と私から別れを告げて差し上げたわ。セドリックったら、悲しむどころか、まるで天使のような無邪気な笑顔ね。



 そう。私の追跡ストーキングは、この日から本格的になった。元婚約者がコソコソと遠出をするときには、必ず追跡する。それが、私の新たな役割のようなもの。


 セドリックは、ファクトル男爵家の子息として育てられた。でも男爵夫妻とは全く似ていない。国王がどこかで生ませた子だという噂もあったわ。


 彼は、もうすぐ16歳になるけど、私は18歳。私より2つ年下の彼が、スフィア伯爵家に婿入りすることが決まったのは、私が5歳のときだったらしい。


 子供の頃の私は、セドリックをかわいい弟のように感じ、仲良く接していたわ。婚約者だと聞かされたのは、私が魔術学校に入学した12歳のときだった。


 正直なところ、私は嬉しかったの。セドリックは、とても優しくて良い子だし、天使のように綺麗な顔をしている。それに、武術の練習にも学問にも熱心に取り組んでいたわ。将来は、きっと良き夫になる。そう確信していたの。


 だけど半年ほど前、セドリックが武術学校を卒業する少し前に、私の考えは変わったわ。私は、彼とは結婚できないと思った。彼を自由にしてあげなきゃと考えるようになった。


 世間には今も隠されているけど、彼が王家の血を引くという噂が、ただの噂ではなく事実だとわかったの。王家の血を引く彼が、伯爵家に婿入りだなんて、あってはならないことだわ。


 それに何より彼はモテるのよ。つい何でも指摘する癖のせいで、すぐに敵を作ってしまう私とは、釣り合わないのよ。



 ◇◇◇



「テイジー様、また、お出掛けですか」


 私が魔法で派手な金色に髪色を変え、冒険者風に変装していたら、また、侍女のミルバに見つかってしまったわ。


「ええ。セドリックが一人で、森の中に入って行ったのよ。放っておくと簡単に殺されてしまうわ」


 セドリックは、なぜか休みになると、顔を泥で汚して、森の中に入って行くの。そして、必ず女性と知り合いになって、いろいろなことが起こるのよ。


「私も、ご一緒いたします」


「ミルバは、仕事があるでしょ? 私は、毎日が夏休みだもの」


「テイジー様を一人にはできません。セドリック様との婚約を解消すると宣言されてからは、特に行動が怪しすぎますから」


「私は、何も怪しいことはしていないわ」


 そう反論してみたけど、侍女のミルバは、はぁ〜っと大きなため息を吐き、気だるそうに口を開く。


「テイジー様は、王都の大商会サラムを潰し、トード伯爵家の悪政を公にしましたよね? シンラの森に隠れ住む山賊を壊滅状態にしたのも、テイジー様の仕業でしたか」


「ミルバは、何を言っているの? 私は、そんなことはしていないわ。セドリックに降りかかる災いを取り除いただけよ。付いてくるなら、バレないようにしなさいよ? まぁ、セドリックは鈍いから、余程のことがない限り、気づかないでしょうけど」


「かしこまりました」




 ◇◆◇◆◇




「あの男、また来てるよ」


 深い森の中にある小さな村。住人の視線の先にいるのは、ボロボロなコートを身につけた冒険者風の若い男。


「また、ただ飯を食いに来たんだろ。ジフィ、あんたが呼び寄せたのかい?」


 ジフィと呼ばれた女性もまた、粗末な服を身につけていた。彼女は、住人の問いかけを笑顔でかわし、若い男に近寄っていく。


「冒険者さん、お腹が空いてるの? ウチでごはんを食べていく?」


 ジフィの問いかけに、若い男はコクリと頷いた。



 ◇◇◇



「俺は、人を捜しているんだよ」


 ジフィに質素な昼食を振る舞われ、ゆっくりと食事をしながら、若い男はそう口にした。


「名前は? どんな人を捜してるの?」


「それは話せないが、そろそろ見つかると思う。ジフィは、この村で生まれたのか?」


「生まれはわからないわ。馬車が盗賊に襲われて、この村の人に助けられたの。私には、その前の記憶がないの」


「ここもか。少し前に行った深い森にある小さな村も、同じだった」



 冒険者風の若い男……セドリックは、ジフィの右手に古い火傷のあとがあることを見つけると、フッと笑みをもらした。


 その視線に気づいたジフィは、右手を隠す。


「ジフィ、その火傷の記憶もないかな。誰かを庇って熱湯をかぶったとか?」


「ええ、何も覚えてないの。毎日、記憶が戻るようにと、村長さんから薬をいただいているんだけどね」


「その薬は、まだあるの?」


「テーブルの上にある小瓶よ。今日の分はまだ飲んでないの」


 セドリックは、小瓶に視線を移すと、微かに頷き、腰に下げていた袋から、別の小瓶を取り出した。


「ジフィ、同じ薬ばかりを飲んでいると、効きが悪くなることがある。これは少しニガイけど、万能薬として冒険者ギルドが販売している薬だ。食事のお礼に受け取ってほしい。今日は、こちらの薬を飲んでみてくれないか」


「えっ? 冒険者さんは貧しいのでしょう? そんな高そうな薬なんて……」


「俺の気持ちだ。ジフィが記憶を取り戻す助けがしたいんだよ」


 セドリックの必死な様子に、ジフィは根負けしたように微笑んだ。


「わかったわ。今日だけよ? こんな高そうな薬なんて、もう買ってこないでね」


 ジフィはそう言うと、万能薬を一気に飲み干した。そして、頭が痛くなったのか、こめかみを押さえている。


「ジフィ、大丈夫? 毒消しの効果もあるはずだけど」


「え、ええ……冒険者さん、私は……」


「ジフィじゃないよね? マーガレットさんかな」


 セドリックが、彼女の背中を優しくトントンと叩きながら問いかけると、彼女はコクリと頷いた。


「そうだわ。私は、ジフィではなく、マーガレット。とある場所で、本に関わる仕事をしていたわ。それに、この火傷は、あるお屋敷で私が粗相そそうをして、お嬢様を怒らせてしまったときの事故によるものだわ。なぜ、冒険者さんは……」


「マーガレットさん、俺は貴女を捜していたんです。俺の大切な人が、マーガレットさんが消息不明になったことを、とても心配しているのです」


 そう話しながら、セドリックは窓の外に視線を移した。そして、パッと木の影に隠れた金髪を見つけると、ホッと安堵の息を漏らす。



「そうなのね。私は帰らないといけないわ。これから、村長さんに記憶が戻ったことを話して……」


「マーガレットさん、いえ、ジフィ。村長に話してはいけない。俺と一緒にここから逃げよう。貴女が飲んでいた薬は、薬ではなく毒薬だ。記憶が薄れることはあっても、戻ることはない。奴隷商人が使う幻覚薬なんです」


「えっ? なぜそんな……」


「この村は、人身売買をしているみたいだ。おそらく森の中で盗賊に襲わせている。記憶が戻ったと知られると、何をされるかわからない」


「どうしましょう……」


 セドリックは、部屋の中を素早く見回すと、意を決したように口を開く。



「ジフィ、大切な私物だけを持って、今すぐ出よう」


「特に大切な物はないわ。あっ……あぁ、あれは盗賊に盗られたんだったかしら」


「何を盗られた? 高価な物?」


「高価かどうかはわからないの。ただ、私が本に関わる仕事を始める前に、可愛いお嬢様から頂いたスカーフよ。私の火傷を気にされて、火傷が隠れるようにと結んでくださったの」


 セドリックは、幼い頃の記憶を必死にたぐり寄せた。


 屋敷の中庭で、テイジーが何かに怒って、紅茶を淹れるための熱湯が入ったポットをひっくり返した事件があった。そのとき、熱湯がテイジーにかからないように、身を挺して守ったのが、テイジーの家庭教師をしていた彼女だ。


 幼かったセドリックは驚き、大声で泣いてしまったという恥ずかしい黒歴史でもある。


 あのとき、近くにいた侍女が慌てて、セドリックとテイジーを保護したため、彼女の火傷の手当てが遅れた。泣いてしまった自分の責任でもあると、セドリックは申し訳なく思っていた。



「ジフィ、さりげなく出よう。そうだな。小川の近くに薬草を摘みに行くことにしようか」


「たぶん、村の人がついてくるわ」


「大丈夫だよ。俺は、運がいいんだ」


 子供っぽく微笑んだセドリックに、ジフィは、見覚えがあるような気がした。だが、そんなはずはないと、すぐに考えを振り払った。



 ◇◇◇



「ジフィ、どこへ行くんだ?」


 セドリックがジフィと並んで、村の門をくぐろうとすると、数人の住人が駆け寄ってきた。


「えっ、あの薬草を……」


「薬草なんて必要ないだろ」


 即座に否定されて、彼女は口を閉じた。


「俺が、小川のとこに傷薬になる薬草があるって教えたんだ。食事のお礼に、手の傷を消せるかもしれないからさ」


「あぁ、火傷の痕か。消える方がまぁ……しかし、魔物がいるぞ。護衛が必要だろう」


「強い魔物は居ないから、護衛はいらない。あの薬草の群生地は、俺が見つけたんだからな。他人には知られたくない」


「ふぅん。まぁ、冒険者が扱うような薬草なんて、金にならねぇけどな。勝手にしな」


 そう言いつつ、住人達がコッソリと後をつけることは明らかだ。


「ついて来ないでくださいよ? ジフィ、行こう」


 セドリックは、彼女の腕を掴んで、森の中へと歩いていく。またチラッと見えた、派手な金髪の誰かがいる方向に視線を向けると、クスッと無邪気な笑顔を浮かべた。



 そして、セドリックは彼女の手を引きながら、小川とは別の方向へと向かっていく。


「冒険者さん、小川は右の方から行くと近いわ」


「ジフィ、小川には行かないよ。俺の国に連れていく。馬を隠してあるんだ」


「そんな、すぐに追って来るわ」


「大丈夫だよ。もうすぐ火柱が上がると思う」


「えっ? 火柱?」


「俺は、いつまでも弟じゃないのに、信用されてないんだよな。いや、試されているのかもしれない」


 彼女には聞こえない小声でブツブツと呟くと、セドリックは、後ろを振り返った。サッと隠れる金色の髪が見えると、頭をポリポリと掻き、歩く速度を上げた。




 ◇◆◇◆◇




「今回は、セドリックは慎重ね。突然振り返るから、焦ったわ。普通に歩くミルバの足音のせいじゃない?」


 私が侍女のミルバに文句を言うと、ミルバはふぅ〜っとため息を吐いた。


「セドリック様は、その前から、気づかれているのではありませんか」


「まさか! 気づくわけないわ。私の変装は完璧よ。それに、セドリックは鈍いのよ」


「それなら、よろしいのですが……あっ、追手ですね」


 村の住人が数人、私達が隠れている茂みの前を通り過ぎたわ。ただの村人の動きではないわね。


「セドリックは、また、つけられているじゃないの。あーあ、あの道に入ったってことは、森を出る気だとバレバレだわ。ほんと、何をやってるのかしら」


「テイジー様、行くんですか? それとも……」


「行くに決まってるじゃない! セドリックなんて、まだ実戦慣れしてないもの」


 私は、転移魔法を発動し、セドリックを追っていた者達の前を塞ぐように移動した。




「は? 何だ? お嬢ちゃん達は?」


「誰がお子ちゃまですって?」


 彼らはストレートに本音を言わないけど、私には、心の声が聞こえるのよ!


「俺達は、ちょっと……いや、コイツらでもいいか。ガキでも二人いれば、一人分の値段になる」


「ミルバ、この人達は失礼だわ! 私達が彼女の半分だって言っているわ」


 侍女のミルバは、私の発言を華麗にスルーして、剣を抜いた。戦闘能力の高い護衛でもあるけど、彼女は戦うつもりはないみたい。



「は? 抵抗するつもりか? こっちは5人いるんだぞ」


「何を訳の分からないことを言っているの?」


「ちっこいガキは魔力が高い。先に捕まえろ!」


(また小さいと言ったわね!)


 彼らは剣を抜き、一気に距離を詰めてきた。



 チュドーン!



 だけど彼らが、私に触れることはなかった。彼らが振り上げた剣に雷撃を落としたから、一撃で瀕死の状態になってる。


「お、おまえ……なぜ……」


「アナタ達が、私達が半分だって言うからよ! ちっちゃくて悪かったわね! まだ反撃してくる気なら……」


「お嬢様、また村を壊滅させる気ですか」


「ハッ! おまえ、まさか、シンラの森の山賊を潰した魔導士か? 二人組の小さな……」


「私は、そんなことはしないわ。何度も何度も失礼ね! 死にたいのかしら?」


 何を失礼だと言われているか、無神経な彼らにはわからないみたい。だけど彼らは、目の前にいる私が、小さな悪魔と噂される人物だと悟ったらしい。


(噂も失礼なのよ!)



「ひぃぃ〜! 助けてくれ」


 彼らは、瀕死の状態にも関わらず、回復薬を飲み、必死に逃げようとしているけど、どうでもいい。


 私は、村の方角の空に照明弾の魔法を打ち上げると、彼らに背を向けて、スタスタと歩き出した。


 彼らはホッとしたみたいだけど、甘いわね。照明弾によって、すぐに盗賊狩りの冒険者が大勢集まって来るわ。



 ◇◇◇



「はぁ、顔はハッキリとは見えなかったけど、セドリックって、似た雰囲気の女性ばかりを見つけるわね。そんなに胸が大きい人が好きなのかしら」


 帰り道、私は、また、ミルバに愚痴ってしまった。


「長い金髪で、胸のふくよかな女性がお好みなのかもしれませんね」


「ほんっとにセドリックってば、マーガレット先生みたいな人ばかりを捕まえてるわね」


「私は、その方は存じませんが……いつも、テイジー様がお話してくださるので、あのような雰囲気の方だとわかりましたが」


 いつも同じ愚痴を繰り返している私だけど、今日は、なんだか昔話をしたくなった。


「マーガレット先生は、王都の図書館に勤めている学者さんなのよ。私が火傷をさせてしまって、その直後に王都での仕事が決まったから、私はちゃんと謝ってない。やっと一年程前に、覚悟を決めて手紙を書いたのに、返事がないの」


「その方は、怒っておられるのでしょうか」


「マーガレット先生は、常識のある大人よ。それに、長い休みに故郷に帰った後、もう一年も欠勤しているらしいの。何かあったのかもしれないわ」



 ◇◇◇



 侍女のミルバは、テイジーが魔法で派手な金色の髪に変えることを、不思議に思っていた。森の中で金髪は目立つから、隠れるには不利だ。だが、テイジーの追跡ストーキングに同行する中で、ふと、その理由に気づいた。


 幼い頃に憧れていた先生の真似をしたい気持ちと、セドリックが連れている女性の特徴から、彼の好みに近づきたいという、テイジーの恋心に。




 ◇◆◇◆◇




 それから数週間後、別邸の屋敷に、突然の来客があった。私は普段はここに居ないのに、来客なんて変ね。


「私に来客? 誰かしら」


「セドリック・ファクトル様が、来られました」


 その名前に、トクンと胸が跳ねた。だけど、顔には出さない。


「セドリック? もう私とは婚約者でも何でもないわ。何の用なのかしら。一人で来ているの?」


「いえ、女性とご一緒です」


(そういうことね)


 数週間前に森に入って以降、セドリックが冒険者のフリをして外出していないことは、わかっていた。これまでなら、次の休みには、必ず変装して出掛けていたもの。


「わかったわ。着替えて、中庭で会うわ」


「かしこまりました。中庭にお通し致します」


 セドリックは、私に、新しい婚約者を見せに来たのね。幼い頃から姉弟のような関係でもあったから、セドリックは、お姉ちゃんに報告しなきゃとでも考えたのかしら。



 私は、普段使いのワンピースに着替えた。おそらくセドリックは礼装だと思うけど、それに合わせる気にはなれない。


 ふと、中庭から吹く風が、古い記憶を呼び起こした。幼い頃に、この別邸の中庭で、マーガレット先生に勉強を教わっていた光景が浮かぶ。


(あの頃から、頑張り屋さんだったわね)


 まだ文字を知らないセドリックが、本に興味を持ったのも、この中庭だった。


 私は、頭をフルフルと振り、気分を切り替える。そして、姉らしく毅然とした態度で、セドリックの新たな婚約を祝ってあげようと決意した。


(でも、胸が痛いわ……)



 ◇◇◇



「お待たせしたわね。セドリック、私に何か用かしら?」


 中庭には、昔と同じように、白いテーブルが置かれていて、侍女達が紅茶を用意しているようだった。


 私が声をかけると、セドリックは勢いよく振り返り、誇らしげに微笑んでいる。きちんとした礼装は、彼によく似合っていて、今日は大人っぽく見えた。


(ドヤ顔しちゃって……)



 セドリックが連れていた女性は、私に深々と頭を下げた。金色の美しい髪、そして豊満な胸を隠すように、ゆったりとしたシンプルな水色のワンピースを身につけている。


(悪くないわね)


 体型を強調しないワンピースを着ていることに、好感を抱いた。そういえば、マーガレット先生も、こんな服が多かったかしら。



「テイジー、見つけたよ!」


「なぁに? 新しい婚約者かしら?」


「ん? 何の話? 彼女はマーガレット先生だよ! テイジーがずっと気にしていただろ? 先生は、テイジーの手紙を無視していたわけじゃない。移動中に事故に遭って、記憶を失っていたんだ。おかしな村で、ずっと軟禁されていたんだよ」


(えっ! マーガレット先生?)


 顔をよく見ると、以前よりも少し痩せていたが、確かに懐かしい顔だった。


「嘘、マーガレット先生? えっ、記憶を……」


「テイジーさん、随分と大きく美しくなられましたね。それに、私を捜してくださっていたなんて、本当にありがとうございます」


(大きくはないんだけど……)


 私はチラッと胸元に視線を移した。大きくなったと言われた言葉の意味が背丈のことだと、頭では理解していたけど……。


「先生、私、全然大きくならないんですけど!」


「えっ? あ、確かに、私より背は低いかしら?」


 思わず子供のような反論をしてしまった自分に、私は、ため息を吐いた。



「あはは、テイジーがこんな反応をするのは、マーガレット先生にだけですよ。俺も、子供の頃の感覚に戻りそうになります」


「ふふっ、セドリックさんは、あの頃は、まだ文字が読めなかったですね。あの坊やが、こんなに大きくなっていたなんて、驚きましたよ」


「俺がテイジーの婚約者だということの方が、驚いたんじゃなかったでしたっけ」


(何を言っているの?)


 私は、セドリックに婚約破棄を宣言した。あの場所には、両家の親族が集まっていたのだから、婚約破棄は成立しているはずよね?



「ちょっと待って、セドリック。私は、アナタに婚約を破棄すると宣言したわよ?」


 私の爆弾発言に、マーガレット先生は動揺したみたい。だけどセドリックは、涼しい顔をしている。


「テイジー、あの後、俺から婚約の申し込みをしたから、今も婚約者だよ? スフィア伯爵から聞いてないの?」


「は? 聞いてないわよ! あー、でも……」


 あの後、婚約破棄に関して、両親から一切咎められていないことに気づいた。年頃のひとり娘が婚約者を失うと、普通なら大騒ぎをするはずなのに。



「そっか、俺から伝えると言ったんだっけ。俺は、16歳になったからね。大人としてのあらゆる行為が可能になった」


「ちょっと待ってよ。なぜ、セドリックから婚約の申し込みができるの? ファクトル家は男爵家じゃない」


「俺自身が爵位を得たんだ。今の俺も伯爵なんだよ」


「どういうことなの?」


「俺は、現王の血縁者、まぁ、隠し子だからね」


(そうだったわ)


 王家の血を引くセドリックは、16歳になれば、本人が望めば爵位を与えられるはず。だけど、伯爵って言ったわよね? 伯爵の爵位を得るには、様々な条件が加えられるはずだわ。セドリックは、それをすべてクリアしたってこと?



「だったら、好きな人を選べば良いじゃない。どうして私なんかに婚約を申し込んじゃうのよ」


 思わず叫んだ私は、両手で口を押さえた。後悔しても発した言葉は消えない。私の感情と言葉が真逆だわ。嬉しいのに、嫌なことを言ってしまう。


 一瞬、セドリックの表情が曇ったように見えた。私の失言だわ。余計なことを言ってしまう嫌な癖。



「テイジーが、婚約を破棄するって言ったのは、俺を自由にするためだってことくらい知ってる。俺は、いつまでも弟じゃないんだ。背だって、テイジーは、俺の肩までしかない。俺は、もう大人なんだ!」


「でも、それなら、どうして」


「テイジーがあんなことを言うから、俺が爵位を得なければならなくなったじゃないか。もしものために準備していて良かったよ。テイジーは、すぐに文句を言うけど、それが本心じゃないことも知ってる」


「そんなに文句なんて言わないわよ。どうして、そんな風に考えるの?」


「テイジーだけじゃなく、誰にでも共通すると思うんだけどさ。人の本心は、口から発する言葉じゃなくて、その人の行動がすべてを表していると思うんだ」


「行動って……」


「誰かを心配しているという気持ちは、ただの綺麗な言葉よりも、行動の方が伝わるだろ? 大丈夫かとサーチ魔法を使ったり、危ない場所に行くんじゃないかと密かに護衛したりしてさ」


「えっ? ちょっと何を言ってるのか、わからないわ」


 私は、セドリックの視線から逃れるように、目を逸らした。まさか、休みのたびにサーチ魔法を使ってセドリックの居場所を確認したり、彼が森の中に行くときには変装して追跡ストーキングしていたことが、バレていたの?



「たとえ話だよ」


「なーんだ。セドリックが変なことを言うから、驚いたじゃないの」


「ふふっ、ごめんごめん。あー、それから、俺達の結婚式には、マーガレット先生も来てくれるって」


(はい? 結婚式?)


 マーガレット先生の姿を捜したけど、いつの間にか私達から離れて、侍女達としゃべってる。



「セドリック、本当に私と結婚する気なの?」


「当たり前だろ。俺は、そのために爵位まで取ったんだよ? 結構、大変だったんだからな」


「でも、私、小さいのに……」


 ポツンと呟いた私の言葉に、セドリックは首を傾げている。


「そんなの知ってる。俺の肩までしかないじゃないか。まぁ、まだ伸びるかもしれないけどな」


(まだ、成長するのかしら)



 突然、セドリックは、私を抱きしめた。背の低い私は、彼の肩くらいまでしかないから、彼の腕の中にすっぽりと包まれている。


(ドキドキしてる)


 セドリックのドキドキが伝わってくる。こんな風に密着したのは初めてだから、私はどうすれば良いかわからない。顔が熱い。私のドキドキもバレているかも。


 抱きしめる腕の力がゆるんだ。腕の中から逃れると、セドリックの顔は、真っ赤になっていた。私が何を言うのか不安なのか、目が少し潤んでいる。



「本当に私でいいの?」


「テイジーがいいんだよ」


「そっか。じゃあ、結婚してあげる」


 私がそう言うと、セドリックはホッとしたような、大人びた微笑みを見せた。もう彼はすっかり大人なのね。


「あぁ、俺を幸せにしてくれ」


 目をキラキラと輝かせて、ニカッと少年っぽい笑みを浮かべるセドリック。大人なのか子供なのか、わからないわね。


 でも、私は、どちらのセドリックも大好きだわ。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

タイトルにある『小さいコンプレックス』を、念のために答え合わせしておきますと、テイジーは『胸が小さいことがコンプレックス』でした。そのため物語の中では、テイジーの被害妄想が多少入っております。

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