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5 最古の菌 前編


「この辺って、昔は海の底だったんでしょ……ブボッ」

「そもそもここ埋立地だろ?地層とかいうけど、その辺から持ってきた土砂を掘り起こしてるだけなんじゃないのか?」


 海沿いに新設された私立ハンテリアン学院。そこからさらに海に向かって数キロ歩いたところに、その発掘現場はあった。

 (ルイ)の言う通り、この辺りは埋め立て地である。本来ならば化石が出土するはずのない環境のはずであった。


 列の最後尾でのんびりと歩いていく二人に、さらに背後から声をかける者がいた。


「それがそうでもないんだな」

「ゲファッハー!?ショ、青蓮院(ショウレンイン)先生!?」


怯川(オビカワ)、叫びながら咳をするなんて。君も器用な真似をするなあ」

「おい、不良女教師。どうしてお前がこんなところについてくるんだ。引率なら担任がすでにいるだろう」


 自分のことを棚に上げて(ムセビ)の奇行に興味を示すジェーンに、(ルイ)は冷淡な突っ込みを入れる。

 しかし、その程度のことで怯むジェーンではなかった。優雅に髪をかき上げると、「フン、そんなの決まってるだろ」と前置いてからこう続ける。


「学校のトイレは水洗式だ。だが、発掘現場の仮設トイレならワンチャンあると思ってな……!」

「何を格好つけて下品極まりないこと言ってやがる!」

 

 「ケチケチするなよ、ちょっとだけでいいんだからさあ」となおも食い下がるが、無視して先に進む。

 ミーティングスペースに集まった生徒たちに、いつものように(キョウ)が檄を飛ばしていた。


「さあ、みんな!せっかく発掘のお手伝いをさせてもらえることになったのよ。やるからにはモササウルスの化石の一つや二つ、完全発掘やってやりましょう!」 

「おおー!」


 



「さっきの話の続きだけどな。このエリアが埋め立て地だったのは本当だ。だが、埋め立てられてたのはあそこまで。私らが立ってるこの場所は、数年前に海底から隆起してきたんだ」


 黙々と地面を掘り起こしながら、ジェーンは学院のあるエリアを指さす。

 ジェーンの言うことは正しい。数年前までは、ハンテリアン学院は文字通り海沿いに隣接していたのだ。


「だから、この地層は本当に古い。どれくらい古いかもわからないほどだ。本当に、恐竜の化石が出てくるかもしれないし。()()()()()()()だって出てくるかもしれない」

「ふーん。じゃあ、獅子門(シシカド)さんが言うこともあながち嘘じゃないんだ……ゴボボッ」


 隅っこで呑気に発掘作業進める3人。

 

「急に隆起してきたってことは、海底火山でもあったのかもしれんな。火山灰などに生き埋めにされた場合なんか、欠損の少ない完全な化石が見つかることが多いんだ」

「グッ、過去の火山噴火で無残にも死んでいった過去の恐竜たちか。なかなかの不幸っぷりだな。俺様もおいそれと負けてられんわ」


 何に張り合おうとしているのか分からないが、必死に地面を掘り返す。ひょっとしたら、掘った穴に埋まることで化石になるつもりなのかもしれない。


「でも先生。(ルイ)のウ〇チを狙いに来たにしては随分と熱心ですね。他に狙いでもあるんですか?……ブプッ」

「さっきも言っただろ?このあたりの地層はとんでもなく古いって。そういうところから、よく発掘されるんだよ」


 現場の土を握りしめ、指先でホロホロとほぐして見せる。

 その中に宝石でも隠れているかのような真剣さで土塊をのぞき込んだ。


「……探してるのは何の化石なんだ?」

「そうじゃあないぞ、(ワタリ)。私が探しているのは恐竜の化石じゃあないんだ。私が探してるのは、()さ」


「こんなところにいるものなのか?」

「いるとも。()()の中には、酸素を嫌い、地中深くに暮らすものだっている。そして、こういった極地に生存している菌には、とてつもなく古い細菌が混じってることがあるのさ」


「そんなものを見つけて、どうするんです?……グフ」


 そう問われると、不良女教師は妖艶にほほ笑んだ。保健室を無断で空けている時点で職務放棄もいいところであるが、その自覚はないらしい。


()()は、とても重要な存在なのだよ。我々がどこから来て、どこに向かえばいいのかを指し示してくれる」

「フン、細菌ごときにそんなことができるものか?」


「こらー。そこの3人、手が止まってるわよー!」


 隙のない監視の目に引っかかってしまったらしい。

 止む無く、3人はしぶしぶと作業に没頭することになったのだった。





 その日、考古学者の清田学は人生で最初にして最高の発見をすることになった。


(間違いない。この地層だ……。ついに見つけた)


 学院の生徒たちが夢中で化石採取している傍らで、足元に広がる地層の美しさに打ち震える。

 今までで見た中でも、最も複雑で、最も美しい。


 ミルフィーユ状に幾重にも折り重なる地層。

 地質学を修めた清田は、見ただけで自分が何年前の地層の上を歩いているのかが手に取るようにわかった。


「ジュラ紀……三畳(トリアス)紀……ペルム紀……」


 普通の地層は縦に積み重なるものだ。それゆえ、普通の発掘は地面を掘り進めながら行う。

 だが、いま清田が行っている発掘はそうではない。彼はただ、まっすぐ地面を歩いているだけ。


 火山活動によって歪に隆起した地面のおかげで、地層が真横に寝そべるように露出しているのだ。

 それは、地質学者にとっては夢のような場所だった。歩くだけで、時間をさかのぼっているような気分になる。


「オルドビス紀……カンブリア紀……」


 地層の時間旅行は次第に終わりを迎えようとしていた。

 海岸がすぐそこにまで迫っていたのだ。清田は天に祈る。


「どうか、神よ。この地層の終点に、私の目指す最も古き地層に導き給え……!」


 地質学者は恵まれない学者だ。学問として日の当たる機会もなく、稼ぎもあまりない。

 それでも懸命に研究をつづけたのは、いつかこの場所を見つけてみせるという野望があったからだ。地質学者の中でも、清田の研究分野は"生命の起源"だ。

 

 最も古き生命は、最も古き地層に眠る


 当然といえば当然の理屈であるが、その最も古い地層というのは、この地球においては幻と呼べるほどの存在だった。

 当時の岩石が見つかっただけでも宝石と呼ばれるほどの希少さで取り扱われるのだ。その地層そのものを見つけることなど、夢物語とも呼べるかもしれない。


「しかし、ついに私はたどり着いた……」


 確信した。ここがゴールだ。

 この地にたどり着くために、どれだけの苦労があったことか。


 この湾岸地区の特異性にいち早く気付き、粘り強く交渉を続けた。

 私有地であるこの土地での発掘許可を得るため、仕方なく学院の生徒の発掘補助などという腐れ仕事でも甘んじて受け入れた。


 今頃、生徒たちはジュラ紀の地層で恐竜の化石でも発掘しているころだろう。


「あんなもの、今、私が立っているこの地層に比べればゴミのようなものだ」


 彼の夢の果ては、海岸の淵、波打ち際に静かにたたずんでいた。

 パッと見はただの赤茶けたただの土塊であったが、清田にとってそこは宝石の山に見えた。


「ここが……」


 冥王代(ハデアン)──地球最古の地層の上に、ひょっとしたら最初に立った人類であるかもしれない。

 そんな感慨をよそに、清田は早速発掘に取り掛かることにした。


「急がねばならん、生徒たちの発掘が終わるまでの短い時間だ。可能な限り簡潔に行わなければ」




 興奮と焦りで、清田はいくつかのミスを犯した




 一つ目は、自身を呼び止める生徒の声を無視したこと。


「清田先生~。ティラノサウルスと、ヴェロキラプトル、そしてモササウルスの完全な化石を見つけたんですけど、見に来てくれませんか!?」


 こんな人目のつかない隅っこにいる自分をどうやって見つけたのか、赤毛の生徒会長が専門家の意見を聞きに駆けてくるのが見えた。

 だが、あのド変人の校長から許された時間は残りわずかだ。清田は、聞こえないふりをした発掘に取り掛かるべく地面にしゃがみ込む。


 もしも、その時に杏の声に振り向いてさえいれば、清田はもっと長い間発掘を続けることができたに違いない。


 二つ目のミスは、自分のカンを信じすぎたこと。


 一流のスナイパーは、極限まで集中すると彼我の距離が縮んで見えるという。ここにきて、清田の発掘者としての嗅覚は限界まで研ぎ澄まされていた。

 目的とするモノがいる場所を、なんと一目で見抜いてしまったのだ。


 それは、その時の彼にとっては幸運であったのだろうが、振り返ってみれば不運でしかなかった。


「さあ、姿を見せてくれ……!私の夢──L()U()C()A()()……!」


 地層に向けて貫手を突き刺す。


 そう、それこそが彼の最大のミスだった。彼は、手袋を使わずに()()()()()()()()()()()()()のだ。


 本来ならば手袋をはめ、刷毛などを使って慎重に土壌をはぎ取っていくのだが、まさか彼自身もいきなり目的のものを探り当てるとは夢にも思わなかったのだろう。


 指先が、何かに触れる。


「なんだ。この硬質の手触りは……まさか、この時代に化石はないはずだ……」


 思わず、それを握りしめてしまった。


「やたらと硬い。それに、ずいぶんと鋭利だな。石器がこの時代にあるわけ──」


 刹那、手に触れた何かから意識が流れ込んでくる。


『吾輩の眠りを妨げるのは、何者か?さぞかし、()()()()()()()を用意したのであろうな?』

「え……?」


 流れ込んできたのは、意識だけではなかった。


『では、さっそく試してやるとしようか。貴様の住み心地をな』

「ギャッ……!?」


 上げかけた悲鳴は、すぐに止められてしまう。


「先生~!なんなら、始祖鳥みたいな不思議な化石も見つかったんですよ~?」


 すぐそばにまで駆け寄ってくる(キョウ)の声は、もはや耳に届かなかった。

 夢に触れた瞬間、清田は天にも昇るような気持であったが、すぐにそれも消え去ることになる。



 その日、考古学者の清田学は人生で最高にして最後の発見をすることになった。



清田先生の次回作にご期待ください

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