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3 幼馴染と不良女教師


「まったく、なんでアンタは毎朝毎朝遅刻してくるのよ!」

「俺様はきちんと同じ時間に家を出ている。学校に遅刻したくないという意思だってある。だが、こいつが俺様の言うことを聞かんのだ」


 ジャージに着替えた(ルイ)は、自分のお腹をビシイッと指さす。


「アンタのお腹が人並外れて弱いってのは知ってるわよ。でもだったら、それも考えて早く家を出るとかしなさいよ!」

「フッ、愚かな。それができれば苦労はないわ!」


 カッ、と目を見開き、(キョウ)をにらみつける。


「何を勝ち誇ってるのよ!結局はあんたの努力が足りないだけじゃないの」

「どう捉えてもらっても構わん」


「アンタねえ……」


 さらに詰め寄ろうとする(キョウ)に、背後から誰かが声をかける。


「ゴフッ……ゴフッ……獅子門(シシカド)さん、今日はそれくらいにしなよ……ゲフッ」


 今にも倒れてしまいそうなか細い声で(キョウ)をなだめるのは、クラスメイトの怯川(オビカワ)(ムセビ)

 中肉中背で、中性的な顔立ちをした少年だが、(ルイ)に負けず劣らず顔色が悪い。しかしながら、整った容姿のせいで薄幸の美少年といった体裁を保てている。

 とにかく、不健康そうなところは(ルイ)そっくりである。


(ルイ)だって、ああやって反省してるんだし……グフッ」

怯川(オビカワ)君。あなた、幼馴染だからって甘すぎるわよ。それに、これのどこが反省してるっていうのよ」


 机に脚を投げ出し、堂々とふんぞり返っている(ルイ)を指さしながら、(キョウ)は抗議の視線を(ムセビ)に送る。


「会長に立候補した時にも言ってたじゃないか。いろんな個性を認め合える、素晴らしい学校にしましょうって。ちょっと遅刻が多いのだって、立派な個性だとは思わないかい?……ブハッ」


 吐血しかねない勢いでせき込む(ムセビ)。しかし(キョウ)は心配するそぶり一つ見せない。

 どういうわけだか、健康診断の結果は常にオールA。本人はいたく苦しそうであるが、健康そのものだから不可解極まりない。


「そういうのは個性とは言わないの。たとえお腹が常識外れに弱くったって、本気になれば遅刻の一つや二つしなくなるのよ!」

「そんなもんかなあ……ゲッフ」


「ところで獅子門(シシカド)、俺様はそろそろトイレに行きたいのだが、行っても構わんな?」

「偉そうに言うんじゃないわよ!少しくらい我慢しなさい」


 いよいよ混沌としてきた3人のやり取りの中に、もう一人乱入者が現れた。


獅子門(シシカド)……いるか?」


 教室の入り口から、気だるそうな声が聞こえる。

 少しハスキーで落ち着きのある女性の声に、教室内がにわかに沸き立つ。


青蓮院(ショウレンイン)先生だ!」

「朝から先生に会えるなんて、なんてついてるのかしら……!」

「ジェーン先生~。こっち向いて~」


 男女を問わず黄色い歓声が上がるが、本人はまるで聞こえないといった様子でノソリと3人の元に近寄ってくる。

 とはいうが、身長176cmの長身と、モデルのようにスラリと伸びた足のおかげで見かけ以上に歩みは早い。無造作に伸ばした金髪がさらりと風になびく。


 青蓮院(ショウレンイン)ジェーン。この学校の保険医をしており、基本的に保健室にこもりきりで怪しげな研究に没頭しているのが常だった。

 たまにこうして教室にふらりと現れては、思春期の男女に不条理な劣情を抱かせるのだが、今回は何かが用事があるらしい。


「お、今日は(ワタリ)がいるじゃないか。いつもに比べて登校が早いな」


 億劫で死んだ魚のような眼をしていた翠の目が、(ルイ)の姿を認めるときらりと輝きを取り戻す。


「ゲッ……。おい獅子門(シシカド)、俺様はトイレに行くぞ」

(ワタリ)、逃げるな。相変わらずげっそりと痩せてるが、いい肌艶をしている」


 逃げ出そうとする(ルイ)の腕をがっしりと掴む。

 診察をするように、ジェーンは(ルイ)の顔を間近にのぞき込む。


「あの野郎……!俺たちの青蓮院(ショウレンイン)先生にあんなにお近づきになりやがって」

「ただでさえ、朝から獅子門(シシカド)さんと会話できるだけでもうらやましいってのに……!」


 知らぬ間に周囲のヘイトが高まっていくのだが、(ルイ)は今それどころはない。


「朝飯は食ってきたのかぁ、(ワタリ)?どうせその様子じゃ抜いてきたんだろ」

「仕方ないだろ。朝から食事なんてとろうもんなら、学校につくのが昼になってしまうんだから」


「ハッハッハ。お前のお腹は本当に変わってるなあ。いくら食ってもちっとも太らないんだろう?先生は少しうらやましいぞ」

「先生、それはちょっとあんまりですよ。(ルイ)だって好きでこんな体質になったんじゃないんですから……ゴッホ」


 割って入ろうとする(ムセビ)をひらりとかわすと、(ルイ)のお腹を掌でまさぐる。


「先生の専門は腸内細菌の研究でなあ。お前のその特異な腸内環境には常々興味を持っていたんだよ。どうやったらそんなに劣悪な腸になるのか、教えてくれないか?」


 医師免許も持っているジェーンだ。正式な触診をやっているだけなのだが、妖艶なジェーンの見た目も相まって、女生徒がなぜか顔を赤らめている。


「やめんか、気色悪い!俺様の腹部に触れるな」

「そういうなよ、(ワタリ)。先生の研究に協力する気はないか?ちょっとだけ提供してくれればいいんだからさあ」


「……何をだ?」


 グイっと(ルイ)のお腹を握りしめ、真顔でジェーンはこう続けた。


「お前の排泄物だ」

「公衆の面前で何を言っとるんだ!この変態教師!!」


「腸内細菌の研究でこれ以上に重要なサンプルはないんだぞお。排泄物を、舐めるなよ?」

「舐めるかっ!」


 さわやかな朝を台無しにするような下品な会話を見かねたのか、(キョウ)はジェーンにそっと耳打ちする。


「……先生、あたしを呼んだってことは、()()()で何か進捗があったんじゃないんですか?」

「おっと、そうだった。ついつい貴重な研究対象が目の前にいるもんだから、当初の目的を見失ってしまったぞ」


 名残惜しそうに(ルイ)のお腹から手を離すと、(キョウ)に引きずられるように教室を後にする。


「気が変わったら、いつでも保健室に来るんだぞお。いいか、腸内環境は千差万別、まさに多様性の極致だ。特にお前のは他に類を見ないほどに貴重なんだ。自分の個性は、大事にしろよ~」

「うるさい!さっさと職場に戻れ!」


 不良教師に中指を立てて見送ると、やれやれといった様子で席に着く。


「ゲッフッフ、面白い先生だね」

「お前、それ笑い声か?」


 せき込みながら笑う幼馴染に、(ルイ)は静かにそう突っ込む。

 (ルイ)の隣に座ると、(ムセビ)は少しだけ声を潜める。


「それはそうと、(ルイ)。今朝の件、ちゃんと料金は立て替えといたからね。あとで返してよ?」

「……お前、見てたのか?」


「見てたも何も、同じバスに乗ってたからね。(ルイ)と違って、前の方に乗ってたから」

「余計なお世話だ。放っておけ」


 突っぱねる(ルイ)に、(ムセビ)は食い下がる。心配そうに幼馴染の顔を覗き込む。


「そうはいかないだろ?学校の中ならいざ知らず、君が外で騒ぎを起こしすぎると()()()()()()()にまで影響が及ぶんじゃないか?」

「……」


 痛いところを突かれたな。というように、(ルイ)は少し沈黙する。

 やがて、さらに声を潜めてこう問い返す。


「あれから、どうなった?」

「ん?なんのこと?」


 すっとぼけたような表情の(ムセビ)

 

(こいつ、わかってて聞いてるな……!)


 長い付き合いだ。一見ひ弱で臆病そうな美少年の、底意地の悪い一面をよくわかっていた。

 だが、(ルイ)は誘いに乗らざるを得なかった。今朝の勝負に、完全に決着がついたのかを確認したくなったのだ。


「整理券をなくしたご老体のことだ」

「ああ、あのお婆さんなら大丈夫だったよ。バッグの外にパスが入ってるのを僕が見つけたんだ。大体、あの年齢ならバス料金は無料だからね」


「フッ……そうか」


 安心したように、(ルイ)はため息をついた。


「所詮、整理券をなくしたふりをして周囲の反感を買おうなんて低レベルな戦略で俺に勝てるわけがなかったのだ。フフフ……ハーッハッハッハ!」


 (いたわ)りなのか(あざけ)りなのかよくわからない高笑いを上げる(ルイ)

 困ったような顔で(ムセビ)は苦笑する。


「本当に、君のそういうところは変わらないね……ゴフゥ」





苗字は一緒ですが、ジェーン先生はあの人とは無関係です。

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