26 可愛くて我儘な兄想いの妹
いったい、この怒涛の転校生ラッシュはどうしたことだろうか。
先日の千里も大概ではあるが、今回の凍の場合は規格外──いや、規則外である。そもそも年齢が違うのだ。
そして、彼らが2年1組に与えたインパクトもそれぞれ違う。
千里の場合は、圧倒的な斥力。だれ一人寄せ付けない無言の迫力を周囲に放っていた。
対照的に、凍の場合はとんでもない引力。周囲の人気を無尽蔵に引き付ける魅力を放っていた。
天真爛漫という言葉がふさわしい。
誰彼構わず、無造作に愛嬌を振りまいている。
「凍ちゃんっていうんだ。可愛いね」
「怯川の妹なんだって?やっぱり血筋かな。二人とも美形だもんね」
「えへへ、アリガト。お兄ちゃんに似てるって言われるの、嬉しい!」
(いや、別に二人とも美形とは言ったけど、似てるとはいってないんだよな……)
事実、兄妹とは言っても顔立ちは随分違う。
兄の咽はどちらかといえば中性的で儚い印象だが、妹は目鼻立ちもはっきりしており、力強い宝塚俳優を彷彿とさせた。
「実は、お兄ちゃんとは異母兄妹なの。だからあんまり似てないって言われることが多いんダ」
「え、そうだったの?」
「でも、血はつながってないから結婚はできるんだよ!幼馴染でもあるし、帰国子女でもあるんだ。最近アメリカから帰国したの。しばらくぶりに会えて、超嬉しイ!」
「設定が複雑すぎない!?」
「そもそも、異母兄妹で血がつながってないってどういう意味……?」
あまりの情報量の多さに、クラスメイト達も困惑気味である。
そんな中、クラスメイトの一人が咽の方に話しかける。昨日、幸運にも彼と下校する権利を獲得した、敷島花恋である。
気を伺いながら、恐る恐る教科書を手に近づいていく。
「あの、怯川君。さっきの授業で、ちょっとわからなかったところが──」
「オッケー!そんな問題、怯川凍がパパッと解いてあげるネ!」
そういうと、敷島の手元から強引にノートをひったくると、ものの数秒で答えを書き上げてしまう。
「この方程式は、よく加法定理と混同されがちだから気を付けてネ」といった、注意書きまでご丁寧に書き加えられていた。
「あ、ありがと……」
「どういたしましてー。これからは、わからない問題があったらお兄ちゃんじゃなくてワタシに聞いてネ!」
そういって可愛くウィンクする凍。しかし、それを受け取った敷島は、なぜか底知れぬ恐怖を感じたのだった。
──お昼休み
「怯川君。よかったら一緒にお弁当食べ──」
「ゴメンネ~!今日は、転校初日ってこともあってワタシがお兄ちゃんの分も作ってきちゃったノ~!」
机の上に積み上げられた重箱の山。これでは、物理的に他の生徒がお弁当を置く余地がなかった。
「ねえ、怯川君。ご飯食べたら私たちとバトミント──」
「ゴメンネ~!お昼休みは、転校初日のワタシに、お兄ちゃんが学院の中を案内してもらう約束なんダ!」
咽の腕をひっつかむと、引きずるように廊下に連れ出していく。
──放課後
「怯川君、一緒に──」
「ゴメンネ~!転校初日で帰り道がわかんなくなっちゃって。お兄ちゃんに家まで送ってもらうことにしたの~」
絶対防御
一寸の虫すら入り込む余地のない、完璧な防護壁が、咽の周囲に張られていた。
とにかく、絶対に兄には近づけさせない。愛嬌のある笑顔はそのままに、底冷えのする視線で相手──主に女子生徒を威嚇している。
「まったく、昔とちっとも変わってねえな」
そんな二人を、遠巻きに眺めている涙。
今日も家の事情で早く帰る予定だったために、そもそもあの二人に付き合うつもりはなかったのだが。
妹に引きずられながら、咽がこっちを向く。
「ねえ、涙~。昨日約束したじゃないか。途中まででいいから一緒に帰ろうよ~……ゴフ」
彼の幼馴染に対する執念もなかなかのもので、かろうじて妹の引力に逆らってみせた。
すぐそばにまで接近すると、案の定二人の間に小柄な金髪少女が割り込んでくる。
満面の笑みを浮かべたままで、ほかの誰にも聞こえないような──しかし、一度耳に入ってしまうと二度と忘れられないような声でこう呟く。
「テメエ、分かってんだろうな?このゲリチビ。ワタシの邪魔したらただじゃおかねえからな。二度と人様の前に出れねえようなツラにしてやっからな。覚悟しとけよ」
「……相変わらず小汚え喋り方しやがるぜ」
どうやら凍とのやり取りは慣れているらしい。さして驚くこともなく、自然にその脅しを受け入れていた。
「安心しろよ。俺様は、自分から不幸なライバルを増やすような真似はしねえよ」
「!?」
図星を突かれたように、一瞬動きが止まる。
凍の距離がさらに近づく。もはやゼロ距離。ここまでくれば、表情を他に見られることもないだろう。
とびっきりドスの効いた声で、
「余計なことを口走ったら、マジでぶっ殺すからな!?」
「──オーケイ。マセガキの邪魔はしねえさ」
勘弁してくれ、と言わんばかりに両手を上げる。
観念したようにズルズルと引っ張られていく幼馴染を黙って見送る。
──と、背後から別の声
「おい、渡。話がある」
「俺様にはない。さらばだ、変態不良女教師」
一片たりとも相手の顔を見ることなく、スタスタと校門をくぐる涙。
「まあ、そういうな。お前にとっても悪い話じゃない」
「そんなセリフを吐いた直後に、俺様に下剤を飲ませたことをもう忘れたのか?」
「あの転校生についてちょっとお前に言っておきたいことが──」
「あのマセガキについては、何も言うことはねえし。聞きたいことなんてのもねえよ」
(さっき、無理やり約束させられたばかりだからな)
話を強引に打ち切ると、さっさと涙は帰宅していってしまった。
一人残されたジェーンは、やれやれと肩をすくめる。
「まいったな。随分と、嫌われたもんだな」
あれだけのことをしておきながら、どこからそんなセリフが出てくるのかは甚だ疑問ではあったが。
とにかく、手元に持っていた書類の束に一瞬目を通し、やがてあきらめたように保健室に戻っていく。
「まあ、いますぐにというわけでもないだろう。これほど連続して保菌者が覚醒することもあるまい」
彼女の手元あったのは、転校生の調査報告書であった。
タイトルは──調査報告書。怯川凍の腸内環境の特異性について──




