25 優しくて格好良くて理想のお兄ちゃん
──怯川咽
身長165cm、体重53kg。少しだけ小柄な、渡涙の幼馴染である。
色素の薄い肌に、薄い栗毛色の髪の毛。やたらと咳き込む変わった癖を持つが、整った顔立ちも相まって薄幸の美少年と思われがちである。
実際、女生徒の中で彼に思いを寄せるものも多い。
温和な性格、かつ社交性も高いおかげでクラスの中で友人も多い。
そんな彼の欠点を上げるといえば──
「ねえ、涙~。今日くらいは一緒に帰ろうよ~……ゲフッ」
「うるさい!今日はどうしても早く帰らねばならんのだ。俺様に付きまとうな!」
そんな彼の欠点といえば、この学校で一番の嫌われ者を、この学校で一番好いているということくらいだろう。
「私たちの怯川君をあんなに無下に扱うなんて、信じらんない」
「不良品のポンコツのくせに……!」
下校時、いつものように幼馴染にしがみつかれる涙。心底うっとうしそうに彼を引きはがそうとするその態度に、彼のファンクラブのヘイトは順調に高まっていく。
もちろん、そんなことはお構いなしであるし、どうやらそれも望むところのようではあるのだが。
「駅前においしいヨーグルト屋さんを見つけたんだって~。ヨーグルトなら涙だってきっと大丈夫でしょ?……カファッ」
「俺、様、は、な!当分乳酸菌の顔は見たくねえんだ!」
訳の分からない断り方をされるのだが(もちろん、涙にとっては実に切実な理由なのだが)、それでも咽はひるまない。
今度は背後から思い切り抱き着く。
「じゃあ、和菓子屋さんはどう?京都の本格的な和三盆を使ったお茶菓子があるんだって……ボフッ」
「いい加減に覚えろ!俺様は甘いものは好かんのだ!甘いものを食うと三日は腹の調子が悪くなるんだ」
「それにしても、やっぱりちょっと太った?というより、逞しくなってない?抱き着いた時の感触がちょっと違うよ?……ゴッホ」
「気色の悪いことを言うな!」
執拗な愛情表現(?)にも、涙は動じることがない。
何度でも引っぺがして、とっとと帰宅していくのだった。
「あー。涙の甲斐性なし!明日こそ、絶対に付き合ってもらうからね……ブファッ」
校門の手前で人目もはばからずそう叫ぶと、しぶしぶ一人で歩き出す。
「──怯川君って、本当に渡君と仲がいいのね」
「ああ、敷島さん。こんにちは。良かったら一緒に帰る?……ゴホゴホ」
クラスメイトに話しかけられると、ケロッとした様子で返事する。振られたことはもう後を引いていないようだった。
誰にも見えないように、敷島はガッツポーズを決める。他にも機を伺っていた女子たちから嫉妬の目を向けられるが、お構いなしだ。
「幼馴染なんでしょ。いつも一緒にいるもんね」
「そうだよ。小さいときから、ずっと一緒なんだ~……ケポ」
「言っちゃなんだけど、渡君のどこがいいわけ?あんな──」
思わず本音を漏らしそうになってしまい、敷島が慌てて口をつぐむ。
校内でも屈指の人気を誇る咽が、あの渡と仲が良いことに疑問を持つ生徒は多いのだ。
「確かに、涙はちょっと人から誤解されやすい性格をしてるからね……ゲフッ」
「ちょっと?」
世間との認識のずれを把握できていないのは、咽の数少ない欠点の一つだ。
もっとも、それがあるおかげで涙との付き合いを続けてこられた面もあるだろうが。
「とにかく、ボクは涙のことが大好きなんだ」
屈託のない笑顔で、彼は言う。
それが、渡涙の幼馴染、怯川咽という少年であった。
そんなある日、またも唐突に転校生がやってきた。
千里の時とは違い、きちんと朝のHRに自己紹介をするだけまともであったが、今回はその転校生の自己紹介に困惑を隠せない生徒が多かった。
「怯川凍。14歳です!今日からこの2年1組に転校してきました。よろしくネ!」
金髪のツインテールに、血色のいい肌。
ばっちり決まった化粧に、雪だるまのピアスがきらりと映える。満面の笑みで、その少女は自己紹介を終えた。
先週の千里に続き、またも”特命スカウト”である。
「私は何度も校長に聞いたよ?『14歳ですよ。まだ中学生に通ってる年齢ですよ?』ってね。加えてこうも確認したさ『義務教育に飛び級はないんですよ』ともね。でも、あの校長が『手続きは済ませた。問題ない』というんだから受け入れるしかないじゃないか」と、何かを悟ったような表情で、のちに担任はそう答えたという。
「ええと、怯川さんは大変生成績が優秀らしく、今の学力なら君たちと同じ授業を受けられる、だそうだ。とにかく仲良くしてやってくれ。ええと、怯川さんの席は──」
投げやりに教室を見回す担任をよそに、凍はまっすぐに咽の横を目指す。
「先生。ワタシ、この席にします!」
そういうと、咽と隣の生徒の隙間に強引に机を叩き込む。
咽の隣に座っていた女生徒に「転校生なの、よろしくネ!」と図々しく笑いかけた。
「おにいちゃーん。やっと同じ学校に通えた~!」
「あはは、本当に来たんだね。凍」
椅子に座りながらギュッと抱き着く凍に、珍しく咽は苦笑して迎え入れる。
「フン、マセガキ。ついにここまでやってくるとはな」
「ゲッ……オマエも同じクラスだったの?アッチイケ!」
シッシッと、犬を追い払うような仕草で涙にベロを出す。
涙は仏頂面で「フン」とだけ鼻を鳴らして、それ以上関わろうとはしなかった。
「相変わらずだな、お前のイモウトは──」
なぜか同情するように、小声で咽に話しかけるのだった。
とにかく、その授業中は、ひたすら咽に抱き着く──いや、しがみ付きっぱなしであった。
「ワタシ、お兄ちゃんがだーい好キ!」
小声って、誤変換しがちです




