表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/39

24 全身全霊の言い訳


「待て、獅子門(シシカド)!」


 彼が追ったのは、トイレではなく(キョウ)の後ろ姿であった、

 呼び止められた(キョウ)は、仏頂面で睨みかえす。


「……なによ、この変態」

「変態は俺様じゃない。あの不良女教師の方だ!」


青蓮院(ショウレンイン)先生に限って、そんなことするわけが……ないで……しょ……」


 言い返しながら徐々に声が小さくなっていく。

 ジェーンと交流が深い者であればあるほど、彼女の底知れぬ闇に触れる機会もまた多い。

 (キョウ)の雰囲気から、次第に刺々しさが消えていった。


 やがて──


「……まったく、あの先生は自分の趣味のことになると本当に歯止めが効かなくなるんだから……」


 と、やれやれ取った様子で頭を抱える。

 誤解が解けたようで、(ルイ)もホッと胸をなでおろす。


「フン、ようやく。自分の間違いに気づいたか。いいか、あの変態不良女教師にはくれぐれも気をつけろよ」

「よくわかんないけど、先生があんなに興奮して興味を示すのはアンタくらいなのよ。他の生徒には、全然無関心なんだから。そのアドバイスは無意味ね」


「……そうなのか」

「よほど、アンタのお腹に興味があるみたい」


 ジロリと、(ルイ)の下腹部をにらみつける。

 興奮すると見境をなくすが、そうでない時の彼女は(キョウ)の理想に近い。尊敬しているというのは、本心から出た言葉だった。

 そんな彼女に、異常なまでに執着を示される(ルイ)に、少しだけ羨ましさを覚えるのであった。


 そんなことを夢にも思わない(ルイ)は、ぎょっとして制服の上からお腹をガードする。

 彼のお腹には、今も”ナミダグマ伯爵”の腹巻が巻かれたままだ。昨日のあの場にいた者であれば、すぐに正体がばれてしまうだろう。

 

 しかし、変態不良女教師とは違って、(キョウ)は無理やり彼の衣服をはぎ取ろうとはしなかった。(当然といえば当然だが)

 代わりに、睨むように細めていた目から、ふっと力を抜いて視線を上げる。

 長身の彼を、少し見上げるようにしてこう続けた。


「もう、()()()()は止めておきなさいよね」


「なんの……ことだ?」


「アンタの嘘は分かり易すぎるのよ。あたしの洞察力を見くびってもらっちゃ困るわ」


「だから、何のことだ?」


「……あくまでシラを切るつもりね。それならそれでもいいわ。確かに、あれがなければ千勢(チセ)君の居場所はなくなっていたかもしれない。でも……」


 ツカツカと、何の躊躇もなく(ルイ)の前に立つ。

 彼女はいつもそうだ。誰に対しても、真正面から向き合う。引け目も、負い目も、ひいき目もなく、まっすぐに相手を見るのだ。


 意志の強そうな瞳が柔らかく緩み、引き締まった口元はフ──とほどける。

 つまり、彼女が自分に対して微笑みかけたのだと、しばらくたって気づいた。


「でも、アンタはもっと自分を大切にしなさい。それだけよ」

「余計な……お世話だ……」


「そういえば、さっきからお腹を押さえてたみたいだけど、お腹の様子は大丈夫なの?」

「──!?」


 言われて初めて思い出したのか、急に腹鳴が響く。


「そうだった。こうしてる場合じゃねえ!ここから一番近いトイレは──!」


 脱兎のごとくその場を走り去る(ルイ)

 相変わらず、トイレに向かう時だけは凄まじいスピードである。


「こら!廊下を走るんじゃない!」


 そう言って、彼の背中を見送る。やがて、両手に腰を当ててやれやれといったように、ひとり呟く。


「本当に、馬鹿なんだから……」





 一方の(ルイ)は、ようやく下剤の効果が表れたらしい。急にのっぴきならない状態に追い込まれてしまっていた。


「くっそ!この階のトイレはどこも遠い……!持ってくれよ、俺の身体……!」


 全力で駆ける(ルイ)に、不意に腹の虫──エニグマが声をかけた。


『なんじゃ、主。今は随分と妙なことをしたな?』

「何がだよ!?」


『あの(めす)の認識を改めにワザワザ出向きおったわ』

「それのどこがおかしい?」


 エニグマの声は(ルイ)以外には聞こえない。

 人気のない廊下であったため、人目を気にせずに(ルイ)は腹の虫に話しかけていた。


 エニグマは、出し抜けにこんなことを尋ねる。


『吾輩の力の源は、他者の恐怖、怒り、憎しみといったであろう?それはお主も同じだと思っておったのだが。()()()()()()()()()()()()()()|か?』

「……」


 問われて、(ルイ)はとっさに沈黙してしまった。

 

『吾輩は、()()()()()()についての知識はない。どうやら、吾輩の知らぬところで生物たちは随分と様変わりしたらしい。ゆえに、吾輩は知りたいのだ。お主たち人間のことを』

「そんなことを言うからには、てめえも相当()()んだろうな」


『吾輩の知る生物とは、他者を支配し、喰らい、自己を増やす。それの繰り返しで成り立っておった。あの乳酸菌とてそうだ。奴は下等で若造の第九階層の菌であったが、他者を恐怖させ、憎しみを(すす)って生きておった。だが、どうやら人間という種族は違うらしい』


 『故に興味があるのだ』と、エニグマ。

 涙には、彼が本心で疑問に思っているがよく分かった。同じ体を共有しているのだ、心もつながっているらしい。


『あの青蓮院(ショウレンイン)とかいう(めす)も、お主を喰らおうとしておった。生物としては、あれが自然な姿であろうに』

「いや、あの女をして標準というのは違う気がするが……」


『では、応えよ。最も新しく、()()()()()()よ。お主らは、なぜ喰い合わぬ?憎みあわぬ?』

「……」


 しばらく沈黙したのちに、いつの間にかトイレにたどり着いていた。

 流れるように個室のドアを開け、用を足す。


 一息ついて、やがて涙はこう切り返した。


「憎み合うさ。喰い合うことだってある。でも、きっとそれだけじゃ()()()()()()()()んだろうよ」


 なぜか、脳裏には小さく微笑む(キョウ)の顔が浮かんでいた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ