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19 決着


 暴走族のリーダー、木島鉄平は大声を張り上げる。


「負けんじゃねえ!千勢(チセ)をぶっ飛ばせ!」


 正体不明の力で体の自由を奪われた(正確には、あまりにも体がだるくて動かせないだけなのだが)彼にできることはそれだけだった。

 奇妙なクマのアップリケの腹巻を被った、ある意味では千里(センリ)よりも危ない奴ではあったが、背に腹は代えられない。


 理由は分からないが、あのクマの男は千里(センリ)と敵対関係にあるらしい。

 敵の敵は、つまり味方である。少なくとも、こうして二人が争っている間は自分たちに被害が及ぶことはない。


 一見して千里(センリ)の有利はゆるぎないように見えた。あの体格から繰り出される規格外の暴力は、自分の愛車を──鉄でできたバイクをやすやすと砕いてしまったのだ。

 あのように華奢な男が勝てるようには見えない。しかし、応援する以外に自分が生き残るすべはない。


「がんばれー!クマのやつ!」


 思いは他のメンバーも一緒だったのだろう。今や、全員がクマの男を応援していた。

 しかし──


「……」


 突然、クマの男の動きが止まる。


「なんだ、そんな簡単なことでいいのか……!」


 意味の分からない独り言をつぶやいたかと思うと、千里(センリ)から突然距離を開けた。

 すると──


「やめろおおおお!?」「なにすんだよお!」


 周囲の仲間たちが悲鳴を上げる。

 一瞬で姿が掻き消えたせいで理解が追いつかなかったが、クマの男は急に仲間のバイクを破壊して回っていた。

 千里(センリ)のように拳で本体を打ちぬくわけではない。むしろ、ブレーキの配線や排気管、タイヤといった地味に嫌な箇所を優先的に破壊している。


(どういうことだ?なんで急に狙いを俺たちに変えたんだ?)


 困惑している鉄平。それは、千里(センリ)も同じだったらしく、クマの男が一通り破壊を終わるのを呆然と眺めていた。

 すると──


「突然だが、自己紹介をさせてもらおう!」

「……本当に突然だな。今更過ぎる」


 突如として現れ、戦い始めてしばらく経ってからの急な自己紹介に、その場にいた全員が困惑する。

 クマの男は、何やら全身をのけぞらせるような意味深なポーズをとってこう名乗った。


「俺様──いや、()()は悪の秘密結社”エニグマ”の首領。名を”ナミダグマ伯爵”という!」


「秘密結社って言ってるのに自分で組織名を名乗っちゃってるよ」

「しかも、首領自らいきなり前線に出てくるって、どんだけ貧弱な組織なんだよ」


「やかましい!」


 冷静な突っ込みを入れる輩には、クマの男──もとい”ナミダグマ伯爵”の鉄拳が飛ぶ。


「貴様らは勘違いしているようだから言っておくぞ。吾輩の目的は、この世界の破滅だ。手始めに貴様らを血祭りにあげてこの一帯を支配しようとしていたのだ!!ぐはははは」


 本人は邪悪な笑い声のつもりだろうが、慣れていないのかかなりぎこちない。

 

「その吾輩を、この男が邪魔しようとしたから戦っていたまで。ゆえに、この男を倒した暁には、次は貴様ら全員を皆殺しにしてくれるぞ!」

「最初に暴れだしたのは千勢(チセ)の方じゃ──ゴアッ!?」


 またも冷静な指摘をする族に容赦ない制裁を加える。


「どうだ、ようやく状況を飲み込めたか?貴様らが、()()()()()()()()()()()()()()


 そういうと、”ナミダグマ伯爵”は大きく跳躍し、手当たり次第に暴走族の命ともいえるバイクを破壊して回った。


「ぐははははは。もろいものだな。こんなつまらない、他愛もない乗り物に執着するなど、貴様らもまた同様に他愛もない連中ということだな」

「なんだと!?」「この野郎……」


 “ナミダグマ伯爵”の挑発に、次第に族の仲間の怒りに火が付いた。


 「くたばれ!」「死ね!」「負けろ!」というヤジが弾丸のように伯爵に向けて飛ばされる。

 すると、不思議なことが起こった。


 仲間が罵声を浴びせれば浴びせるほど、伯爵の背後から延びる青い尻尾がより太く、強大になっていく。


『そうだ、その調子だ。貴様らの恐怖、憎しみ、怒りこそが吾輩の糧。もっと憎め、怒れ!』


 それに反比例するように、彼らは応援の声を千里(センリ)に向けるようになる。


「がんばれ!千勢(チセ)!」

「もう二度とお前を狙おうなんて思わねえ。だから、勝ってくれ!」


「お前の力が必要なんだ!」

「俺たちの命よりも大事な、バイクを守ってくれ!」


 随分と都合の良い話ではあるが、彼らは今、本心から千里(センリ)を励まし、応援していた。それは、声援を受けた本人が一番よく分かった。

 そして、それに一番動揺していたのも、声援を受けた本人であった。


「みんなが、(オレ)に……。(オレ)の力を必要としてくれている?」


 自分に不幸しか運んでこなかったこの腕力を、今は必要としてくれる人がいる。その事実は、彼の価値観にヒビを入れつつあった。

 彼の中の腹の虫が慌てたように声を上げる。


『よせ!自分が他人に必要とされているなどと勘違いするな!?貴様が自分を憎まなければ、我の力の源が……』


 自らの栄養源を失いつつある腹の虫が必死に千里(センリ)を闇の中に引きずり込もうとする。

 しかし、そんな誘惑を断ち切る鮮烈な声が響く。


「力は力!良いも悪いもない!だから、もう一度言うわ。千勢(チセ)君、あなたの居場所は、あたしが作ってみせる。あたしを、信じて!」

『余計な真似を……!』


「さあ、決着をつけようぜ。どっちが不幸か──」

『──どちらが強いか。勝負といこうか』


 先ほどと比べ、見違えるような力を身に着けた”ナミダグマ伯爵”。まさしく王者の風格を漂わせ、悠然と千里(センリ)に近づいていく。


「負けるな!千勢!」「あたしを信じて!」


 周囲の応援の声が、見る見るうちに彼の腹の虫から気力を奪い去っていく。

 それでも、千里(センリ)は戦う意思を曲げなかった。


 理由はすっかり変わってしまったが、目の前のこの男を倒すことに変わりはない。

 かつて憎んだ、この腕力で、それを成し遂げるのだ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 雄たけびを上げ、渾身の力で拳を振り上げる。


「上等じゃねえか」


 伯爵が真っ向からそれに応じる。力を増したとはいえ、この体格差はどう見ても覆しようがないように見える。

 それに加え、千里(センリ)の腹の虫もさらに抗う。


『再び喰らえ!我が幻眩腸(リーク・ガット)の威力を!!』


 真正面から踏み込む”ナミダグマ伯爵”にカウンターを入れるような角度で純白の尻尾──幻眩腸(リーク・ガット)が迫る。

 しかし──


『待たせたな。ようやく思い出したぞ、貴様の正体──』


 迫りくる純白の竜巻を、”ナミダグマ伯爵”は片手で払いのけた。

 左手に触れた幻眩腸(リーク・ガット)は、日の光にさらされた朝靄のようにたちまち霧散していく。


『馬鹿な!?他者の幻眩腸(リーク・ガット)を無効化する能力など、聞いたことがない!?』

『貴様のような下等な菌に、吾輩の能力の偉大さを理解できるはずもない』


 懐に飛び込んだ、”ナミダグマ伯爵”。全体重で踏み込み、全身全霊を右掌に込める。

 間近にいた千里(センリ)だけが見えていた。

 ──その掌は、淡い金色に包まれていた。


「教えろ!やつを無力化するにはどうすればいい!?」

『吾輩の能力は、触れねば発動せん。奴の居場所に目掛け、全力で打ちこめい!』


「悪いな、千勢(チセ)千里(センリ)!!貴様の不幸、俺様が頂く!!!」


 言われるままに、掌底を千里(センリ)のお腹に叩き込む。

 同時に、ものすごい衝撃が千里(センリ)の全身を揺らした。


『”エニグマ”秘奥の一つ──失活パスチャライゼーション。これで、貴様もただの細菌に戻るじゃろう』

『そんな、馬鹿なことが……』


『そうそう、貴様の名前、思い出したぞ。()()()とか言ったか……?確か、ラクトバチルス属の末裔であったな』

『な……!?なぜ貴様が、我が菌主(マスター)の尊名を!一体、何者なのだ』


『言ったであろう?吾輩の名は”エニグマ”。この星すら滅ぼす、最強の菌よ──』


 崩れ落ちる千里(センリ)の巨体を、”ナミダグマ伯爵”が優しく抱きとめる。


「負け……た……?」


 その様子を見守っていた全員が、絶望的な表情で崩れ落ちる。

 唐突に現れた秘密結社の首領とやらは、彼らの守護者を倒してしまったのだ。


 確かに、その首領はこう言っていた。「次は、貴様らだ」と──


「に、逃げろ!」


 そうはいうものの、体のだるさは残ったままだった。

 このままでは次の獲物は自分たちだ。あの恐ろしいほどに強い千里(センリ)すら倒した相手に、勝てるわけがない。


 しかし──


「ぐあああああああ!?やられた!?」


 何もないところから急に苦しみ始める悪の秘密結社の首領。

 いまだかつて、本当に倒された人間が挙げたことのない叫び声を上げた。


「ど、どうやら相打ちだったようだな……」

「いや、どう見たってアンタの一方的な勝利だったろ」


 こんな状況でも冷静に突っ込む族に律儀に制裁を加えると、”ナミダグマ伯爵”はよろよろとよろめきながら、しかし恐ろしく素早い仕草でその場を立ち去るのだった。


「今日のところは、その男の活躍に免じて退散してやろう。だが忘れるな。光ある所に影あり。秘密結社”エニグマ”は、何度でもよみがえる!」


 棒読みの捨て台詞を吐いて、あっという間に消え去ってしまった。

 あとに残されたのは……


「……助かった。のか?」

「よくわからんが、悪の親玉は逃げちまったし。大丈夫なんじゃねえの?」

「結果的に、千勢(チセ)の奴に助けられちまったようだな」

「もう、あんな奴の相手をすんのはよそうぜ」

「そうだな。さっきのリベンジだとか言って、また"ナミダグマ伯爵"が襲ってきたら嫌だし……」


 結局のところ、なぜ自分たちがこんな目に遭っているのかよくわからないが、窮地を脱したことだけは確かであった。



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