17 変身
「大丈夫か、渡!」
「千歳君!やめて!」
騒ぎを聞いて駆けつけたのだろう。ジェーンと杏が二人に駆け寄る。
「よせ……獅子門。今、あいつに近づくんじゃ、ねえ……!」
「そんなの見たらわかるわよ。でも、今止めないともっと取り返しのつかないことになるわ!」
「けが人は黙って看病されてなさい」と、涙をジェーンに託すと、果敢にも争いの中心に走り去ってしまった。
「バッカヤロウ……!」
朦朧とする意識のなか、腹部の激痛を頼りに意識を無理やり覚醒させる。
どうにか立ち上がる。バイクで引かれた人間がこうも動けるものかと思ったが、それはいったん忘れることにした。
「渡、無理をするな」
「うるさい。邪魔をするな」
「そんなこと言ったって、立ってるのもやっとじゃないか」
「俺様に不幸自慢のケンカを売ってきたやつがいるんだ。絶対に、負けるわけにはいかねえんだよ」
見つめる視線の先に、白い尻尾をふるって暴れる千里の姿があった。
その尻尾を見つめるジェーンに、涙は出し抜けに聞いた。
「俺様にもあるんだろ?あれと同じモンが」
「……!?」
(図星か……)と、内心苦笑する。
「ここ数日、いつにもまして体調がおかしかったし。今なんてバイクで引かれたのに立ってられる。普通の人間じゃ、ありえねえよな」
「渡……」
「あの尻尾はなんだよ?」とだけ質問して、すぐにかぶりを振る。
今必要なのは、そんな情報ではない。
「教えろ、どうやったらあいつと同じになれる」
「……」
しばしの沈黙ののちに、ジェーンはこう聞き返す。
「人に戻れなくなるかもしれんぞ」
「驚きだ。もう既に人間やめちまってたんだと思ってたのに」
皮肉気に笑うが、それでもジェーンの面持ちが崩れることはなかった。
仕方ない、と。涙は決意を言葉にする。
「売られたケンカは、買うのが流儀だ。どんなどん底に落ちたやつがいても、さらに底まで落ちてぶん殴る。それが俺の生き方だ」
沈痛な表情でしばし目を閉じる。涙の決意が伝線したのか、次に目を開いた時には迷いは消えていた。
「あれの元凶は、大抵の場合腸に住み着いている。それを活性化させることができれば……」
「そんなの、簡単じゃねえか!」
共鳴がさらに酷くなる。痛みに応するように、全身に力がみなぎってくるのが分かった。
骨折などなかったかのように、すっくと立ちあがる。
上着を脱ぎ棄て、懐に隠し持っていた”小柄”のケージをジェーンに託す。
そして、自分の腹部に視線を落とす。
肌身離さず身に着けていた、腹巻。”ナミダグマ伯爵”のアップリケが施された、彼の宝物。母親の形見。
それを、捲りあげる。
急激に外気に晒されて、お腹が冷えていくのが分かる。それに比例するように、腹の虫が大きく唸り声を上げる。
ドルルン!!!!!!
先ほどまでの暴走族のバイクの排気音がそよ風に感じられるほどの大音量が鳴り響く。
「いくぞ……!」
信じられない跳躍とともに、渡涙は戦場に赴く。




