15 反撃
──翌日
千勢千里はいまだかつてない攻撃にさらされ、困惑していた。
それは、16年生きてきた中で類を見ない経験だった。
渡涙の猛攻が始まったのだ。
「おう、コラ。トイレに行くつもりか?腹を下して可哀そうアピールじゃねえだろうな?こざかしい真似してんじゃねえぞ、コラ」
そういっては、なぜか一緒にトイレについてきた。
用を足している間も、「小便の切れの悪さで不健康アピールじゃねえだろうな?負けねえぞ!」などと口走っては躍起になって便器に排尿する始末だ。
続く社会の時間。グループワークでチームを作るように指示が出ると、
「ケッ、どうせ一人ぼっちで寂しいアピールをかまそうって魂胆だろうが、そうはさせねえからな!」
などと言っては席を隣にくっつけてきた。
産業革命時代の医療について調査を始める。当時の麻酔なしの残酷な手術現場の写真を見るなり「ワリい、俺様。血は苦手なんだ」と言ってトイレに逃げ出したわけだが……。
昼休みになって、弁当を広げる。
“漢気”を体現したかのような日の丸弁当を食べようとしていると、
「カーッ。やってられねえな、オイ。質素な食事で貧乏アピールかよ。古典的過ぎてむしろすがすがしいぜ、だがな、俺様の弁当には到底及ばねえな」
そういって涙は、千里のとなりでチビビチと白湯を飲むばかり。
何も言わずに必死に形相でお湯を胃に流し込んでいた。彼の場合、飲む分量やペースを間違えるだけで途端にトイレ送りになってしまうのだ。
午後の授業も、帰りのHRもその猛攻は続いた。
(この男は、いったい何が狙いなのだろう?)
四六時中張り付いては訳のわからない張り合いを初めて、勝手に「俺様の方が不幸だったようだな」などとドヤ顔で敗北宣言をしながら去っていくのだ。
敵意は感じない。あれだけ悪し様に言われているのにそれだけは分かった。
それが逆に彼を困惑させる。
これまで千里の腕っぷしの噂を聞きつけて、意味の分からない決闘を申し込むものは何人もいた。
だが、こんな訳の分からない絡み方をしてくる相手は初めてだ。
ひょっとしたら。
千里の脳裏に淡い期待がよぎる。
「ポジションを……譲る気になったのか?」
「何言ってやがんだ。そうさせないためにこうやってテメエに勝負を挑んでんだろうが」
よくわからないが、飼育委員の座を譲るつもりはないらしい。
誰にもわからない程度に、がっくりと肩を落とす。
放課後、下校途中にもその攻勢は続いた。
駅と真逆の方向に歩いていく彼の後を執拗に付け狙ってくるのだ。
「テメエの家はこっち方向なのか?」
「いや……違う。ただ、学院の近所に用事がある……だけだ」
一日もこうべったりと張り付かれてしまっては、多少なりとも会話するものらしい。
いつの間にか、涙にだけは少し口を開くのが苦ではなくなっていた。
「こんな原っぱに何の用だよ?」
「本当は花屋に寄りたいところだが、この一帯には無いようだったからな」
そういって、草原の一角にしゃがみ込む。
「己は運がいい。まさか、こんなところで百合の花が咲いているとは……」
「花を拾いに来たのか。何に使うんだ?」
涙の問いに、くいっと後方の大きな施設をさす。
「あそこには、ここら一体の保健所で処分された動物たちの霊園がある。そこに花を捧げようと思ってな」
「……昔飼ってたペットでもいたのかよ?」
「……」
その問いには答えず、無言で花を摘む。
すると、その隣にしゃがみ込む涙。一緒に花を摘もうとしていた。
「貴様……」
「勘違いすんな。俺様はこう見えて忙しい。テメエの仕事を早く終わらせなけりゃ、約束の時間に間に合わねえ、それだけだ」
放っておいて帰るという選択肢は微塵もないらしい。
「なぜそこまで?」という言葉も飲み込んで、千里は静かに苦笑した。
「……好きにしろ」
「言われるまでもねえ」
花を摘み始めてしばらくすると、涙の懐から何かがモゾモゾと動き出す。
「おい、動くんじゃねえ。まだ家についてねえんだからよ」
「何か懐にいるのか?」
「おう、今日はこいつを家に連れて帰るつもりだったんだ。もちろん、学校の許可はもらってな」
そういって懐から取り出したのは、小さなケージに入ったモルモットだった。
「モ……モルモット……!?」
千里の背に稲妻が走る。あれほど憧れていた小動物が、今目の前にいるのだ。
触りたい……!頭を撫でたい……!ほっぺをモフモフしたい……!
様々な情動が一気に噴き出すが、それらをすべて強靭な自制心で抑え込む。
それには理由があった。
「今は……そいつに手で触れるな」
「あん?なんでだよ」
二人が抱えている百合の花束を指さす。
「こいつは、ハムスターにとっては猛毒になる。少しでも手に触れたのであれば、しっかりと手で洗うまでは直接触れてはいけない」
「げ……知らなかったぜ」
そういうと、手で触れずに器用に懐にケージをしまう。
「モルモットといえど、寿命はそう長くない。その時が来たら、捧げる花は別のものにしたがいい」
「そりゃそうだな。まあ、こいつらの好物のヒマワリの花にでもするか」
「それはいいアイデアだ」と同意しようとしたその時だった。
ブオオオンンンン!!!!
いつか聞きなれた、不愉快な爆音が二人を取り囲む。
同時に、「ガンッ!!」という鈍い音が涙のすぐそばで鳴る。
「な……!?」
絶句する千里の表情を見て、涙は自分が金属バットで頭を殴り飛ばされたのだと理解した。
続けざまにバイクで弾き飛ばされ、原っぱの隅っこにまで吹き飛ばされる。
「俺たちがあの程度で諦めると思ってたのかよ?こうやって、人気のねえところでボッチになるのを待ってたんだぜ~!?」
フルスイングしたバットを高々と掲げ、暴走族のリーダーは、絆創膏だらけの顔で不気味にそう叫ぶのだった。




