14 会議
──その日の放課後
駅前の喫茶店で、二人は今日の反省会を執り行うことにした。
“昨今の不良生徒の学院におけるあり方について”という、昨日の討論会の議題をそのまま引き継ぐような形となっている。
「あたしは、アイスコーヒーをブラックで。それと、おからドーナッツをお願いします」
注文を受けたウィエトレスが、視線を涙に移す。
「ご注文は?」というその問いかけに、彼は座ったまま相手を睨み上げながらこう切り返した。
「俺様は水だけだ。氷は入れるなよ?腹が冷えるからな」
と、繊細なのか横暴なのかよくわからない注文をする。
露骨に嫌そうな顔をするウェイトレスに、杏はすまなそうに会釈をして苦笑いする。
(まったく不釣り合いなカップルだこと)といった心の声がにじみ出てきそうであったが、二人はきっぱりとそれを無視した。
実際、姿勢正しく凛とした容姿の杏と、だらしなく制服を着崩し、いかにも不良といった涙の組み合わせは、確かにこの店の中でも浮いていた。
「まったく、こういうお店に来たならせめて飲み物くらいは注文しなさいよ」
「水なら注文したろうが。それに、俺様は金を持ってねえんだ。大体、誘ったなら貴様が奢ってくれればいいだろうが」
「まあ、コーヒーのような劇物を飲もうものなら、ものの数分でトイレから出てこれなくなるがな。ガッハッハ!」と、自慢なのか自虐なのかよくわからない笑い声をあげる。
大きくため息をつき、心の中で(どうしてこんな男を誘う羽目になったのか)と早速後悔するのだった。
しかし、今回の件では他に相談できる相手はいない。昨日の一件で、すっかり他の生徒は千里と関わろうとしなくなってしまったのだ。
「それで、渡君。アンタの意見を聞かせて。彼──千勢君が学校になじむためには、どうすればいいと思う?」
「さてな。俺様には、あいつが自分で望んであのポジションにいるように見えるが。放っておくのが一番じゃねえの?」
ドンッと乱暴に置かれた水を、小鳥のようにゆっくりと口に流し込んでいく。どうやら、一気に飲むとお腹を壊すらしい。
「それじゃダメなのよ。彼は昨日の一件ですっかりクラスで浮いてしまった。そんなの、彼も望んでいるはずがないもの」
「不良の一匹狼ってのはそんなもんなんじゃねえの?」
今日一日、クラスで千里に声をかける生徒は一人もいなかった。教師ですら、恐れおののいて問題を当てようとしないのだ。
本人が無口なのも相まって、教室の一部に穴が開いたような違和感が生じている。
そして、完璧なクラスを目指す杏にとって、そんな歪さを許容できるわけがないのだ。
「そういえば、転校初日の彼は、真っ先にアンタのところに向かったわよね。なにか、心当たりがあるんじゃない?」
「今朝も、俺様のポジションに興味があるって言ってたな。あの野郎、身の程知らずにもほどがあるぜ」
「あたしも最初はそう思ったけど、ひょっとして違う意味があったんじゃないかしら。彼は、アンタの何か別のものに興味を惹かれた。もしそうなら、それが彼の居場所を作るきっかけになるかもしれない」
「俺様の……何に惹かれるってんだよ?」
そう突っ込まれて、改めて向かいに座っている涙のことを観察する。
成績は最低(テスト中にすぐトイレに行くせいもあるのだが)。遅刻を繰り返し、素行も悪い。友達もほとんどいない。幼馴染の咽を除けば、彼に話しかける生徒もほとんどいない。
杏が徹底的にやめさせたが、2年の始まりの時期などは机を隠したり上履きを水に漬けたりなどの陰湿ないじめにあっていたこともある。
「……確かに、アンタの何に興味を惹かれるのかしら……」
改めて愚かなことを口走ったのではと自己嫌悪に陥る。思わず机に突っ伏して頭を抱えてしまう。
それでも、杏は諦めない。やるとなったらとことん本気のこの少女は、目の前の不良品ポンコツ生徒のいいところを探そうと躍起になった。
(よく見てみれば、顔は悪くないのよね。めちゃくちゃ不健康そうなうえに、目つきが悪いからそうは見えないけど……)
そして、決して不潔なわけでもない。服装はだらしないがきっちりと洗濯が行き届いている。死ぬほどお腹が弱いのは知っているが、彼が漏らしたという話を聞いたことがないのも事実だ。
なにより、これだけ悲惨な状況に置かれていながら、本人は堂々と生きている。そのメンタルの強さは称賛に値する。彼は嫌われ者だが、なぜかクラスで浮いているわけではないのだ。
「そのメンタルの強さを、千勢君も見習いたいのかもね……」
「この精神力は、俺様の日ごろの鍛錬のたまものだ。一朝一夕で身につくもんじゃねえな!」
結局、ろくな対策が出てこなかったわけだが……。
それでも、この件は涙が突破口になる。彼女はそう確信していた。
「おっと、もう時間だ。俺様は帰るぞ」
「え?まだ30分も経ってないのに?」
「こうみえて、俺様は忙しいのだ。それじゃな」といって、席を立つ。
思い返せば、涙は遅刻こそ多いが早退はしない。そして、下校時刻はきっちりと守っていた。何か習い事でもしているのだろうか?
「ちょっと待って。明日は、是非千勢君に少しでも話しかけてみて!アンタなら、ひょっとして心を開くかもしれない」
「おう、任せてておけ。このままだと、学校一の嫌われ者の座を奪われかねないからな……!」
「明日、またここで話を聞かせてね」
「ああ、また明日な」
思った以上に慌てて店を後にする涙の背中を見つめながら、杏は唇に残った「また明日ね」という言葉の舌触りを思い返していた。
(また明日……。アイツは、ひょっとしたらあたしの仇かもしれないのに、どうして……?)
気のせいか、一人残されていくような一抹の寂しさが胸をよぎる。
クラスの中でみんなをまとめているときにも、生徒会室で学校の方針について議論をしているときにも感じたことのない、仄かな温かさがあった気がしたのだ。
“黄金の尻尾”は彼女の仇である。
その相手が涙かもしれないと疑っていたはずなのに、今の今まで千里について熱く語り合っている間は、そんなことをすっかりと忘れてしまっていた。
(そんなわけない。あたしにとって、”黄金の尻尾”を探す以上に大切なことなんて……)
心の中できつくそう思うが、胸の奥がなぜかそれを否定するのであった。




