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13 対話


 ──翌朝


 あれだけのことがあった翌日ではあったが、千勢(チセ)千里(センリ)は遅刻することなく朝のHRの時間に間に合うように登校していた。


 "漢気(おとこぎ)"をモットーとする彼の家庭環境を鑑みれば、無断欠席など言語道断。

 学校を休みたいなどと言おうものなら、鬼よりも恐ろしい父親から鉄よりも固い拳を見舞われるのは火を見るより明らかだった。


 だが、校門をくぐった先に待っていたのは、昨日の放課後と同じ光景だった。


「見ろよ、流血番長がきたぞ」

「昨日あれだけの騒ぎを起こしておきながら、よくもまあ堂々と登校できたものね」

「聞いたか?昨日のやつら、何人かは入院したらしいぜ」

「なんで警察沙汰になってないの?私、いやよ?あんなのと同じ学校に通うのなんて」


「……」


 周囲の生徒たちがヒソヒソ声で話しているのが聞こえる。

 ここ最近、何故か五感が鋭くなっているせいで何を話しているのか手に取るようにわかってしまう。


 人から恐れられるのは慣れているし、昨日のように望まぬ喧嘩(けんか)に巻き込まれるのも日常茶飯事だ。

 しかし、昨日の出来事を振り返りながら自分の拳を見つめる。


(たしかに、昨日のアレはやりすぎだ。いつもはもっと手加減しているのに、どうして……)


 振るった拳の手ごたえ。吹き飛ぶ相手の様子。いずれもが千里(センリ)に警鐘を鳴らしていた。

 

(昨日の連中が、あのモルモットに手をかけようとした瞬間だ。頭の中が真っ白になって、抑制が効かなくなったんだ)


 こんな見た目ではあるが、実は彼は無類の小動物好きなのだ。

 家庭の事情で家でペットを飼うことは許されていないが、本を読んで飼育(ブリード)のやり方は頭に叩き込んでいた。


 いつかは飼育委員として小動物の世話をするのがささやかな彼の夢であった。

 彼がこれまで在籍してきた学校はどこも不良校ばかりで動物を飼育する環境など皆無だったのだ。


 今回の転校は彼にとってもいい機会だった。

 校長に聞いた限りでは、本当に僅かではあるがこの学院では飼育委員があると聞いていた。動物を飼うという、長年の夢がかなうかと思ったのだ。


(あいつ──確か、(ワタリ)とかいう名前だったか。思った通り、あいつがこの学院で飼育委員をしていたわけだ)


 鋭敏になっているのは聴覚だけではなかった。教室に入るや否や、獣──小動物の匂いをプンプンとまとっている生徒がいれば、そいつが飼育委員に違いないと踏んだのだが、予想通りだった。


「クソ……羨ましい……!」


 思わず恨み節が口から漏れ出る。

 何のことかわからない周囲の生徒たちが、より一層おびえる始末である。


 周囲の排斥の念が一気に強まる。


「フ……」


 誰も彼に声をかける者はいない。それでもいい。とっくに慣れている。


 この見た目が原因で周囲から異様に恐れられ、望まない腕力のせいで不要な争いに巻き込まれる。

 そして口下手なせいで、人と会話することもままならない。


 いつも一人で、それが当たり前。


 そう思っていた──


 ──しかし


「おはよう。千勢(チセ)くん」

「おう、コラ。今日ものこのこと学校に来るなんざ、いい度胸してんな、コラ」


「……!?」

 

 思いがけず、同時に二人にも声をかけられたせいで気が動転する。それこそ小動物のように背筋をピクリと震わせてしまった。


「せ、生徒会長があんな奴に声を……!?」

「それに、もう一人はあの腹痛ポンコツ不良生徒……!?」


「おう、コラ。俺様のほうだけ随分と酷い物言いじゃねえか?」


 周囲のヒソヒソ声に堂々と因縁をつける(ルイ)。ただでさえ遠巻きに見ていた他の生徒たちとの距離は、より一層開く羽目になった。


「やめなさい。(ワタリ)君。まったく、どうしてアンタはそうガラが悪いの」

「うるせえな、獅子門(シシカド)。余計なお世話だってよ」


 (ルイ)の素行の悪さをたしなめる(キョウ)

 しかし、余計に反発するだけで不毛な口論が際限なく続いていく。


「要件は、なんだ?」


 動揺が収まり、ようやくそれだけの言葉を絞り出す。

 その言葉に、ようやく本来の目的を思い出したらしく、二人の動きがぴたりと止む。


「そうそう、あたしはこれをあなたに見てほしくって」


 渡された紙の束に目を通す。

 そこには、いくつかの"スタッフ募集"の要綱が記されていた。


「あたしのおすすめは風紀委員ね。あなたのその迫力ある風貌なら、校門に立っているだけで全生徒が緊張感を持った生活を営めると思うの。もちろん、そのためには我が校の制服をルール通りに着こなしてもらうのが前提だけど」


 言いながら、いくつかのビラをめくりながら熱心に委員会や部活動の紹介を始める。

 フルコンタクトの空手部が部員不足で困っていることや、来たる運動会に向けて体育委員が新規でメンバーを募集してるなど、事細かに学院の現状も交えて。


「と、まあこんな感じね。どう?気に入ったところはある?」


 ひとしきり説明を終えてそう締めくくるが、千里(センリ)はまだキツネにつままれたような面持ちのままだ。


「どうして、こんな……?」

「決まってるでしょ」


 ドンっと自分の胸をたたき、(キョウ)は真正面から千里(センリ)を見据える。

 1キロ先の赤子ですら顔を見ただけで泣き出してしまうといわれる彼にとって、それは初めての経験だった。


「昨日、あたしは()()()()()()()()といった。一度宣言した以上は、必ず実現するのがあたしの主義なの。確かに、昨日のあなたの振る舞いは決して褒められたものではなかったけど、そんなあなたでも必ず必要とする場所がきっとある。なければ、あたしが作って見せる。それだけよ」


 ──この女、本気だ


 口先だけでない。彼女の全身が自身の主張を真実だと訴えていた。

 まぶしくて、直視できないほどだった。


 ガンの飛ばしあいで、彼が先に目をそらすことなど初めてのことである。

 そして、そらした視線の先には、もう一人。瘦身の男子生徒が立っていた。


 (キョウ)とは打って変わって、真下から睨み上げるその視線は捻くれまくって暗く淀んで見えるほど。負のオーラをプンプンに漂わせたその男子生徒はこう続けた。


「昨日の俺様との決着がまだだろうが?幸いにも今朝は珍しく腹の調子が良かったんだ。とっとと続きをやんぞ、コラ」


 なんということだ。

 この男は、昨日あれだけの目に遭っておきながら、しかも自分の圧倒的な暴力を目の当たりにしてもなお、戦いを挑もうというのだ。いったい、何の勝算があってそんな勝負を挑もうとするのか。


 むろん、この時の千里(センリ)には(ルイ)の異端極まりない戦略のことなど知る由もないのだが。いずれにしても、あれだけのことがあってもなお平然と自分に話しかけてくる二人に戦慄を禁じえなかった。


「それはそうと、千勢(チセ)君。どこか気に入ったポジションはないの?」


 そう問われると、答えは一つしかない。

 節くれ立った指を、目の前の男子生徒に向けてたった一言をようやく絞り出す。


「この男の……ポジションを……!」


 乾坤一擲の願いを口にすることができた。


 ──だがしかし


「絶っっっっっっっ対にやめなさい!この世の不幸を煮詰めて乾かして圧縮したような男なのよ、こいつは!皆に嫌われるわよ?蔑まれるわよ?軽んじられるのよ?そんなの、普通の人間じゃ耐えられないわ!悪いことは言わないから、考え直して!」


「貴っっっっっっっ様!やっぱりこの俺様のポジションを狙ってやがったのか!?俺様より不幸になるだと?そんな横暴な考えがまかり通るわけねえだろうが!この、学院一不幸な男のポジションを維持するのにどれだけ俺様が苦労してると思ってんだ!?出直してきな!」


(何故かはわからんが猛反対された……)


 数秒前まで行けそうな雰囲気だっただけに、今度こそ千里(センリ)は肩を落として落胆するのであった。



 


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