11 飼育
──昼休みの後半戦
「まったく、あの番長は何がしてえんだかな」
体育館のすぐ脇にある生物室の一角で、涙は一人でブツブツと文句を垂れながら黙々と作業を続けていた。
ケージの中にいる小動物──モルモットに一匹ずつ餌をやっていく。
何を隠そう、彼はクラスでたった一人の飼育委員だったのだ。
飼育委員とは言うが、このハンテリアン学院で飼育している唯一の動物が、この生物室にいる巨大なハムスターたちである。
遅刻はするが、欠席だけは一度もしたことがないという変わった出席特性を持つ涙にとっては、毎日欠かさぬ餌やりが求められる飼育員は天職であった。
「まったく、こうして毎日飯が食えるなんて、うらやましい奴らだぜ」
あろうことか、涙はモルモット達にでさえ睨み上げるようなヒネた視線を送っていた。
言葉の通り、本当にうらやましく思っているようである。
「今日はすこぶる調子が悪いから、俺様に至っては朝も昼も食事抜きだってのによ」
夢中になってヒマワリの種や野菜くずを食べているモルモット達を、心底妬ましく見上げていた。
おなか一杯ご飯食べるなど、彼にとっては夢のようなことなのだ。そういわれてみると、彼の文句もあながち理不尽には思えない。
ケージの中にエサを放り込むたびに、皆が我先にと群がっていく。
その中から、何度もはじき出されるサイズの小さな個体がいた。
体格な立派で丸々太ったモルモットの中で、目立って小さく、そのせいで満足に餌にありつけていないらしかった。
「また貴様か、"小柄"。お前はチビなんだから無理せずに他のやつらが食い終わるのを待ってりゃいいのによ」
エサは十分用意している。最後には満腹になった他の個体は餌場を明け渡すのだが、"小柄"はそのことを学ばないのか、いつも必死になって群れの中に突入していくのだ。
(余談ではあるが、"小柄"というのは涙がつけた小型モルモットのあだ名である。彼は、ネーミングセンスが絶望的に悪いのであった)
「仕方ねえ……」
無駄に争って怪我でもされたら厄介だ。やむなく、"小柄"をつまんでケージの外に出す。
昔使っていた、小さめの鳥かごに放り込む。
「ここならライバルはいねえ。好きなだけ食いな」
別の生き物を買っていた時の名残だろうか、モルモット用ではない柵の大きな籠である。
餌箱に適当に見繕った品を放り込むと、残りの個体の世話を始める。
「ん?なんだ貴様ら、ちょっと腹を下し気味か?まさか風邪でも引いたんじゃねえだろうな」
いつもよりも少しばかり食欲のない個体が混じっているのを、涙は見逃さない。
同じ苦しみを持つ仲間はすぐにわかるのだった。
すぐさま、涙の顔から血の気が引く。
「オイオイオイオイ、勘弁しろよ。こんな弱小生物が病気になっちまったら、瞬く間に俺様よりも不幸になっちまうじゃねえか。この学院で、俺様よりも不幸な目に会うことは許さねえからな」
驚くべきことに、涙のライバルは人間だけにとどまらないらしい。
潜在的なライバルを見つけようものなら、自分の土俵に乗ってくる前に早めにつぶすのが彼の戦略だった。
手早く排泄物を処理し、清潔な水に取り換え、特に栄養価の高そうな(しかも消化によさそうな)餌を用意してやるのだった。
「フン……!貴様らみたいな下等生物が、この俺様と同じ土俵に立つなんざ百年早いわ。これに懲りたら、二度と体調を崩すなんて舐めた真似はよすんだな!」
嘲りなのか気遣いなのかよくわからないセリフを吐いて、いつもの時間に委員の仕事を終えるのであった。