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利成君の・・。

フローライト第三十二話。

利成の結成したバンドが話題になり大ヒットとなった。ツアーも始まり明希は家で一人で過ごすことが多くなった。家探しは途中で中断となり、明希は時々開く利成の絵の個展や通販の管理などの他は特にやる事もなかった。


利成のバンドの全国ツアーの間は、ほとんど利成から連絡がなかった。以前ならこういうツアーの時にはしょっちゅうラインや電話をくれていたのに・・・。でも、忙しいのだろうと明希から連絡するのを遠慮していた。


そして冬に入る頃、ようやく利成のツアーは終了し数日間は休みをもらったと連絡が来た。


「ごめんね、全然連絡できなくて」と電話で利成が言った。


「ううん、忙しいんだから気にしないで」と明希は答えた。


そうは言えど本当は寂しかった。一人でいるにはこのマンションの部屋は広すぎるのだ。


そしてツアーが終了し帰宅の日の夜、利成はメンバーの一人を連れて帰宅した。


「明希、ただいま」と利成は玄関に迎えに出た明希を抱きしめた。


ふと見るとドアの向こうに男性が立っているのが見えた。その男性が明希に頭を下げる。


「バンドのメンバーのキーボードで安藤一樹さん。今日ちょっと泊めるから」と利成が言う。


「すみません、いきなり」と一樹が明希にもう一度頭を下げた。


「いいえ」と明希も頭を下げた。


 


食事はいいというので簡単なおつまみのようなものを出した。後は一樹はビールやウイスキーが好きだというので、ウイスキーを出した。


明希が自分は邪魔だろうと寝室に行こうとしたら「明希もいて」と利成に言われた。


(えー・・・)と内心思った。初対面の人は苦手なのだ。特に男性は苦手だった。


「○○(地名)が一番盛り上がったよね」と利成が言う。


「そうですね」と一樹が敬語を使っている。


(年下なのかな?)と明希が一樹を見ると、一樹と目が合ったので慌ててそらした。


ツアーや音楽の話で二人が盛り上がっているのを、 時々ウイスキーを作ってあげたりしながら 明希は利成の隣でただ聞いてた。


(退屈・・・)


音楽の話や芸能の話はよくわからない。明希は○○と言うバンドが好きだったが、それ以外はよく知らないのだ。


ちょっとボーっとしていると「綺麗な奥さんですね」と言う声が急に聞こえてハッとした。一樹がこっちを見ていた。顔が少し赤い。いい感じに酔っている様子だ。


「そうでしょ?」と利成が明希を引き寄せた。


(やだ、利成まで酔ってる?)


「どこで知り合ったんですか?」と一樹が聞いてる。


「どこだっけ?明希」と利成にふられる。


(どこって・・・)


家が隣でしょうがと利成を見た。


「家がお隣でした」と明希が答えると、「あ、そうか。幼馴染だって・・・」と一樹が言った。


「はい」と明希は答えた。


「天城さんってどんな子供だったんですか?」と一樹が聞く。


「どんな子供?」と利成がまた明希に振ってくる。


(もう、何?)と利成を少し睨んだ。


「絵がうまくて頭もいいし・・・ピアノもできて歌もうまい子供です」と明希が言うと、「ハハ・・・それじゃあ、今と同じですね」と一樹が笑った。


「そうですね」と明希が微笑むと一樹がちょっと驚いた顔をしてからうつむいてお酒を一口飲んだ。


「明希、一樹の寝るところ作っておいて」と急に利成に言われる。


「あ、うん」と明希は立ち上がってこういう風にお客さんが来た時用の部屋へ行って布団を敷いた。


たまにだけど、利成がこうやってスタッフの人や友達らしき人を連れてくることはあった。最近はほとんどなかったので久しぶりだ。準備が出来てリビングに戻ると利成の姿が見えず、一樹だけがソファに座っていた。


「あれ?」と明希が言うと「あ、天城さん、お風呂だって」と一樹が答えた。


「そう・・・あの安藤さんはお風呂入ります?」と明希が聞くと「いえ、ちょっと飲みすぎちゃったんで・・・」と一樹が照れくさそうに言った。


「そうですか・・・じゃあ、寝室に案内しますね」と明希が言うと「すみません」と一樹が頭を下げた。


「もしかして布団少し埃っぽいかも・・・」と客間に行くと明希は言った。


「いえ、全然どこでも僕は寝れますから」と一樹が答える。


「すみません」と明希が頭を下げて部屋を出ようとしたところで「あの・・・」と一樹に呼び止められた。明希が振り返ると「天城さんと幼馴染だったって・・・奥さんはずっと好きだったんですか?」と唐突に聞かれた。


「え?いえ・・・えーと・・・子供の頃好きだったけど、利成は引っ越しちゃったんで・・・」


「そうなんですか・・・」


「はい、利成が小学六年の時から高校を出る辺りまではお互い会ってなくて・・・」


「そっか、じゃあその後再会したんだ?」


「ええ、まあ・・・」


「天城さん・・・こんな可愛い奥さんいるのに・・・」とつぶやくように一樹は言ってから、ハッとしたような顔で「すみません」と言った。明希は曖昧に頷くと部屋を出た。


(どういうことだろう・・・?)


やっぱりまだ女性としてる?今回まったく連絡なかったし・・・。


──  二回ほど寝た女が原因 ・・・。


前に利成が言った言葉・・・でも、あの後からは少し変わったのかもって思っていた。もしかしてそうじゃなかったのだろうか?


 


悶々としたまま寝室に行く。利成の姿はなかったのでリビングかもしれない。明希はそっと廊下を歩いてリビングのドアを開けようとしてハッとした。中から利成の声が聞こえた。


「そう、さっき帰ったところ。ん・・・美輪もたまにこっちに来たらいいよ」


(美輪?)


明希は一歩後ずさった。家のリビングでこんなに堂々と利成が女性と電話していることなどなかった。もしかしたら利成も酔っているのかもしれないと明希は思った。


(やだ・・・)


明希は寝室に戻ってそのままベッドに突っ伏した。


(家を買おうとか、愛してるとか、明希のところにいるとか・・・全部嘘ばっかり)


明希はベッドに入って泣いた。利成の女性との遊びはなくなったのかもとどこかで思っていた。心はずっと近づいたと思っていたのに・・・。


明希は初めて利成に対して、鈍い怒りや憎しみのようなものを感じた。


(あんなに優しいのに・・・)


私じゃダメなのだろうか?他の女性とセックスしないと満たされないのだろうか・・・。


何だか利成への嫌悪感とセックスへの嫌悪感が湧いてきた。


(誰かに触れた身体で私にも?)


今まで考えないようにしてきた。そうであっても仕方がないと思って閉じ込めていた思いが、痛みとなって心をいっぱいにしていった。


利成が寝室に入って来た。明希の寝ている隣に入って来る。利成の方へ背を向けている明希の背中から抱きついてきた利成に胸をまさぐられた。明希は初めて感じる嫌悪感に必死に耐えた。


明希が動かないでいると、利成の手が明希の頬に伸ばされ口づけられた。それからパジャマのボタンを外される。胸を両手で挟まれ利成の口が明希の胸をふさいだ時、耐えきれなくなって思わず明希は「やだ、やめて!」と大きな声を出してしまった。


利成が驚いたように手を止めた。


「明希?」


「・・・・・・」


「どうかした?」


「・・・どうもしない・・・」


「じゃあ何で?」


「・・・・・・」


明希が黙っていると、利成が無言でパジャマのズボンの中に手を入れてきて下着の中に手を入れてきた。


「やだ、ほんとやめて!」と利成の腕を押さえた。


利成を見ると、本気で驚いた顔をして明希の顔を見ていた。


「明希?もしかしてまたセックスが嫌になったの?」


「・・・・・・」


「怖い?」


「違う・・・」


「じゃあ何?」


「・・・何でもない」


「何でもないならさせてよ」


「だって・・・」とはだけた胸を直そうとしたら利成に無理矢理パジャマのズボンと下着を脱がされた。


「やだ、やめて!」


そう言っても利成はやめてくれない。無理やり足を開かされた。


「やめてよ!やだ!」


明希は叫んだ。


「明希?何なの?言って!!」


利成が怒鳴ったのを聞いたのは初めてだったし、利成を拒んだのも初めてだった。


明希は目に涙を溜めたまま利成を見つめた。


「他の人に触れた手で触らないで!」


そう叫んでいた。それから顔を枕につけて声をだして泣いた。


「明希・・・」


利成が起き上がって明希の下着とパジャマのズボンを履かせた。それから隣に来て明希の泣いている背中に手を置いた。


「誰にも触れてないよ、どうしてそう思うの?」


「・・・どうしても・・・」


「それじゃあ、答えになってないでしょ?何かあったんでしょ?」


「何もない」


「明希、ちゃんと言って」


「・・・さっき電話してたでしょ?」


「そうだね、してたよ」


「女の人と・・・」


「そうだね」


「・・・・・・」


「そのこと?」


「・・・・・・」


「あれはね、従妹だよ」


「え?」と顔を上げた。


「ツアーに来てくれたんだよ。あんまり付き合いはなかったんだけどね」


「それ嘘でしょ?」


そうだ、いつもいいように騙されてきたんだ。


「疑うなら俺の親にでも聞いてみて」


「・・・・・・」


(でもそれだけじゃないもの・・・)


「まだ何かある?」


「・・・ツアーの間に誰かといたんでしょ?」


「何でそう思う?」


「・・・さっき安藤さんが・・・」


「一樹?何か言ってた?」


「・・・・・・」


「言って」


「・・・「どうして奥さんがいるのに・・・」って聞こえたから」


「・・・・・・」


利成が沈黙した。


「そうか・・・まずじゃあ一樹に聞いてくるよ。それがどういう意味か」


利成がそう言ってベッドから出て行く。


「いいよ。もう寝てるでしょう?」


「叩き起こす」と利成が言ったのでハッとして明希も起き上がった。


「利成?」


利成がすごい勢いで部屋を出て行ったので明希は焦って追いかけた。


一樹が寝ている客間に利成が入って行く後ろ姿を追いかけて明希も客間に入った。一樹はやっぱり布団に入って寝ていた。その寝ている一樹の布団をめくって利成が言った。


「一樹、起きろよ」


利成がそういうと、一樹が目を開けて寝ぼけ眼で利成を見た。


「何ですか?」と目をこすっている一樹。


「俺に誰か他に女がいるみたいに言ったのか?」


「えっ?!」と一樹が思いっきり驚いて布団から起き上がった。


そしてドアの近くに立っている明希に気づいた。


「あ、俺何か言いました?」と一樹が焦っている。


「言ったから聞いている」と利成。


「すみません。何かわからないけど覚えてないです」と一樹が言うと、利成が無言のまま立ち上がった。それからドアの前に立っている明希に気がつくと、明希の横を通り抜けてまた寝室の方に向かった。


明希は一樹に頭を下げてから部屋を出て利成を追いかけて寝室に入った。利成はベッドの中に入って布団をかけていた。


「利成・・・」


「明日の朝もう一回一樹に聞くから、今日はもう寝よ」と利成が言った。


「うん・・・」


明希が利成の隣に入ると「明希」と顔を見つめられて頬を撫でられた。


「ツアーの間、連絡しなくてごめん。結構今回ハードだったんだ。俺も夜はフラフラでさ・・・でも、だからといって明希に連絡しなくていいって理由にはならないよね」


「い、いいの。それは・・・。疲れてて当り前だもの」


「でも、それが今回みたいな話に繋がるだろ?」


「・・・ほんとに誰にも触れてないの?」


「触れてないよ」


「そう・・・」


利成が抱きしめてきた。


「心臓に悪い・・・」


「え?」


「本気で焦った。またあれが復活したかと思って」


「・・・・・・」


「こないだトラウマの話ししたばかりだろ?」


「うん・・・」


「気がついたよ」


「何に?」


「俺にもトラウマなのかもって」


「利成にもって?」


「明希の恐怖症」


「利成が恐怖症になるの?」


「そう」


「・・・よくわからないけど・・・」


「また一からやるのはキツイからね」


「・・・・・・」


「少し休めるからずっと一緒にいれるよ」


「うん・・・」


「おやすみ」


「おやすみなさい」


何か物凄いことになった気がする。あんなに嫌悪感を感じたのは初めてだし、あんなに利成の前で号泣したのも初めてだった。利成が怒鳴ったのもあんなに血相抱えた様子も初めて・・・。


(安藤さんが言った言葉の後に、利成の電話の声が偶然聞こえて・・・)


けれど利成は従妹だと言った。疑うなら親に聞いてとも・・・。


(もうパニック・・・)


一つわかったのは、自分は利成の今までの女性関係に関して恨んでいるのかも・・・ということだった。


 


次の日の朝、一樹が平謝りに謝った。どうやら本当に覚えてないらしい。


(何だったんだろう、あれは・・・)


明希は謝っている一樹を見つめながら思った。


「口は災いの元ってほんとだな」と利成がにこりともせずに言った。


一樹が帰ると「俺の親にも聞く?」と利成が言った。それはきっと昨日の電話のことを言っているのだろう。


「ううん、いい」


「明希」と言って利成が抱きしめてきた。


「これからは我慢しないでよ」と利成が言う。


(我慢・・・してたのだろうか?)


だからあんなに怒りと嫌悪感が?


考えていると「明希ってすごいな」と唐突に利成が言ったので明希はきょとんとして利成を見つめた。


「何がすごいの?」


「昨日は完全に我を忘れたよ」


「利成が?」


「そう」


「それと私がすごいが関係あるの?」


「あるよ」


「ふうん・・・」


よくわからないけど・・・。


「じゃあ、今日は休みだから何する?」


「うーん・・・でも、利成は疲れてるでしょ?」


「大丈夫だよ」


そう言ってから利成が「でも先に明希にお土産」とそのままになっていた利成の旅行鞄を開けた。


行った先々で買ったその時の名物やお菓子の他に「はい」と渡された小さな包み・・・。開けるとケースの中にネックレスが入っていた。


「これは?」


「シトリンっていう黄色い水晶で十一月の誕生石なんだって」


鎖の先に花の形をかたどった黄色味ががったオレンジ色の天然石がついていた。


「え?そうなの?」


「うん、そう。その花びらの周りの石はダイヤだよ」


黄色い花びらの周りには小さな石が輝いていた。


「綺麗・・・」


「シトリンって名前、シトロンってフランス語からつけられた名前なんだよ」


「え?そうなの?」


「そう、日本語でレモンのこと」


「へぇ・・・」と明希はその黄色い水晶を見つめた。前に利成と旅行したフランスはとても素敵だったなと思い出した。


「気に入ってくれた?」


「もちろん。素敵。ありがとう」


そう言ったら利成が嬉しそうな顔をした。それから「つけてあげるね」と明希の首にネックレスをつけてくれた。


明希は利成にネックレスをつけてもらいながら涙が出てきた。昨日の自分の利成に対して感じた憎悪が悲しかった。


「綺麗だよ、明希」と利成がネックレスをつけた明希を見つめる。


「ありがと」と涙で顔を歪ませたら、「明希・・・」と利成に抱きしめられた。


「泣かないで」


「うん・・・」と答えるので精一杯だった。利成の背中に回した腕に力をこめた。


小さな不信感がやがて憎しみに、そして昨日ような恨みになっていく。自分の中にそんなドロドロしたものがあったと気づいて苦しくなった。


(でも、これからもずっとこんな風に利成を疑ってしまうのだろうか・・・?)


 


「家探し、中途半端になってるね」


結局午前中は荷物を片付けたり洗濯をしたりで終わり、二人で少し遅い昼食を取っていると利成が言った。


「そうだね」


「どの辺がいいだろう?明希はどんなところがいい?」


「んー・・・どうかな・・・」


本当のところ明希はそんなに引っ越ししたいとは思っていなかった。ここは便利だし引っ越すとなると色々大変で面倒だったのだ。


「・・・ツアーの途中で夏目と会ったよ」と突然利成が言ったので明希はびっくりして利成を見つめた。


「彼、子供出来たから結婚するみたいだね」


「・・・そう」と明希は目を伏せて料理を口に入れた。


明希が黙っていると、利成はそれ以上は言わなかった。その日は結局時間が中途半端になったからと出かけるのはやめて、夜に二人で買い物に出た。


利成が車を出してくれて少し離れた大型のスーパーまで買い物に出た。


スーパーって不思議だと明希は思うことがある。利成みたいなスターも総理大臣だって食べ物は必要なのだ。そう言う意味では誰もが庶民的だ。きらびやかな世界にいる利成を見ててそんなことを思うようになった。


明希がスーパーのカゴをカートに乗せて押そうとすると利成が「いいよ」といって押してくれた。明希は利成の横顔をそっと見た。利成は有名になる前もなってからも基本的には何も変わらなかった。どこに行くのも平気で出かけたし、休みの時は明希を必ず一緒に連れて歩く。明希はまた誰かに見つかって騒がれないかと不安なのに・・・。


ハッと気が付くと、利成がどんどんカゴの中に突っ込んでいってるので明希は焦って止めた。


「利成、何でもかんでも入れたらすぐにいっぱいになっちゃう」


「そう?カゴなんて必要ならまた持ってくればいいだろ?」


「そうだけどでも、どっちにしてもこんなに二人で食べきれないよ」


「食べきれなくてもいいじゃない?」


「・・・・・・」


(やっぱりこういうところが庶民じゃない・・・)と明希は思った。


「明希、一回そういう感覚をオフにして、何でも手に入ると思ってごらんよ。先に無駄になることばかり心配するんじゃなくてさ」


そういいながらまた目に付いたものをカゴに入れている利成。


(もう・・・)


レジが混んでいたので「利成、私が並ぶからいいよ」と小さい声で言うと「何で?」と聞かれる。こんなに人がいるところで見つかるのが嫌なのだ。そこのこところをまったく理解してない利成を見てため息が出た。


「何でも」と言ったら「俺が並ぶから明希は向こう側に行ってていいよ」と言われた。


(違う、逆だから)と明希は利成の横顔を見た。


(あー・・・どうか見つかりませんように・・・)


仕方なくレジを回って荷物を積める台の方に回った。


利成がカードで支払っている。家計は利成が基本的に見てたのでお金の心配はなかったけど、やっぱり明希としては無駄になった食材を捨てるのはちょっと罪悪感なのだ。


台の上で食材を詰めていると、ちらちら見始める人が増えていった。


(あー・・・やっぱり?)


明希は袋に詰めるのを少し急いだ。利成は見つかって声をかけられてもいっこうに気にしてないが、明希はちょっと怖いのだ。


けれど出口の自動ドアを出ると待ち構えていた二十代くらいの女子達に声をかけられた。


「ファンです」と言ういつもの言葉に「ありがとう」という利成のセリフもいつものセリフだ。明希は利成のファンだというその女性たちを見た。利成を見る目がキラキラと何だか輝いてるなぁと思った。表玄関からは利成がどんなふうに見えるのだろう。明希は表から利成を見ることができないので、女性たちが利成に何を見ているのか少し不思議だった。


買い物を済ませてマンションに帰り、食材を冷蔵庫にしまった。


「夕食俺が作ってあげる」と利成が言うので明希は任せて仕事用ではない自分用のパソコンを開いた。それでユーチューブを久しぶりに開いて見た。何気なく見た自分のユーチューブにコメントが入っているのに気が付いた。


<少し古い動画も見ました。○○ってバンドが好きなんですね。自分も好きです。○○年の○○の会場でのライブのDVD持ってますか?これは限定でなかなか手に入らないものだったんですが、事情あり手放すことになりました。もしよろしければお譲りします。下記まで連絡下さい>


(え?)


それはかなり古いライブのものだ。確かに限定販売だったので明希は持っていない。それに○○会場は翔太と一緒に行ったところだった。


コメントが入っていた日付を見ると、もう三週間も前だった。明希が連絡下さいというリンク先をふむとツイッターに飛んだ。


特にツイートはなかったが、最近作られたアカウントのようだった。


(連絡って・・・)


明希はツイッターのアカウントは持っていたがほとんどやっていなかった。それでもその人のアカウントにメッセージを送ってみた。


<コメントありがとうございます。そのDVDはおいくらくらいで譲っていただけますか?>


本当かどうかは怪しかったので、まずそれだけ送ってみた。でももし本当なら欲しいなという気持ちもあった。


熱心にパソコンをのぞいていたので、利成の声が聞こえていなかった。


「明希、ご飯できたから食べよ」と急に近くで声が聞こえてドキッとしてツイッターを切った。利成に隠すことでもないのに、何故かいけないことのような気がした。


食事を終えてから入浴を先に済まし寝室に入った。スマホを開いてさっきのツイッターを見た。


(あ・・・)


もう返信が来てるとメッセージを開いた。


<メッセージありがとう。DVDは直接お渡しします。都合のいい日を教えてください>


(え?直接?)


大丈夫かな・・・詐欺?料金などは書いていなかった。


<〇日以降なら空いてます>と返信をした。


スマホをベッドの脇のサイドテーブルに置くと、ちょうど利成が入って来た。


「明日はどうする?」とベッドに入りながら利成が言った。利成は三日間は完全に休むと言っていた。


「んー・・・どうする?」と明希は何も思いつかなかった。


「やっぱり引っ越し先探すの再開しようか?」


「ん・・・いいよ」


「うん、じゃあ、そうしよう」と明るい声を出して利成が明希に口づけてきた。昨日、セックスを拒んで泣いたことを思い出す。利成が「今日は大丈夫でしょ?」と言った。


「うん・・・」


そう答えると激しく利成が口づけて来た。強く乳房をつかまれる。何だか昨日のことが夢みたいに感じた。今日はまったく嫌悪感がないのだから。


(私はどこに行くのだろう・・・)


急に変なことを思った。


利成が今日はかなり乱暴に抱いてくる。


(私は誰に抱かれたいのだろう・・・)


そんな言葉が浮かんで(え?)と思う。


「明希・・・」と耳元で聞こえる利成の声に我に返る。


「中に出すよ」と言われる。最近は利成の気分で中に出したり外に出したりだ。ただ避妊具はいつもつけない。


手を伸ばすと利成がその指を口に含んでいく。ああ、きっと男はセックスに感情なんて必要ないんだ・・・。精が吐き出されてただ脱力して自分に覆い被さる重みは何だろう・・・今日は誰でもない性欲が吐き出されただけに感じる。


後始末を終えて利成が布団に入ると「気持ちよくなかった?」と聞かれた。


「え?何で?」


「何か他のこと考えているみたいに感じたから」


「・・・そんなことないよ。気持ち良かったし・・・」


「そう?ならいいけど」


利成の勘の良さはいつも舌を巻く。何かを隠していてもすぐにばれてしまうのだ。でも自分は利成のことを何もわかっていない。利成が人それぞれフィルターを持っているのだと教えてくれたけど、明希には利成のフィルターが何なのかわからなかった。


 


次の日は一緒に家探しというか場所探しに車で出かけた。


「都内がいいよね?」と利成が言う。


「ん・・・でも、あのマンションの部屋はほんとに売っちゃの?」


「うん、やだ?」


「ううん、そうじゃないけど」


「最上階に上るほど、地上が見えなくなるでしょ」


「そうだね。でも、景色はいいよ」


「そこから見る景色はいいけど、毎日同じ景色だよ」


「同じじゃ嫌なの?」


明希には利成の言いたいことがいまいちわからない。


「そうだね。退屈」


「退屈?」


「つまらない。俺の風景画みたくね」


「・・・あの絵だってつまらなくないよ」


「そう?でも俺にしてみればつまらないからね」


(また難しいな・・・)


 


ドライブをしながら色んな場所を見るのは楽しかった。昼食は利成がラーメンが食べたいというので、途中でラーメン屋に入った。


「明希は毎日家にいて退屈じゃない?」


ラーメンを食べ終わると利成がいった。店内はさほどこんではなかったが、店員がチラチラこっちを見ていた。


「んー・・・退屈な時もあるかな」


正直、仕事に戻ろうかと考えてるくらい、今回は利成のいない間時間を持て余した。


「そうだよね」と利成が何か考えるような顔をした。


利成は何か思いついたことは必ず実行する。なのでまた何かやらないかと言われそうで、ちょっと身構えた。こないだのモデルみたいなのはもう御免だった。あれのせいで週刊誌に明希の記事が載ったのだ。あの時にいた中に、利成と関係を持ってる人がいたなんて・・・。


「名誉棄損で訴えることもできる」と利成は言ったが、明希はもう早く世間の人が自分を忘れて欲しかった。何か行動を起こせばまた注目される。もうそういう方がうんざりだった。


ラーメン屋を出るとき、やっぱり店の人にサインを求められていた。利成は機嫌よくサインに答えている。それを横目に明希は表に出た。表でスマホを開いてこないだのツイッターをチェックしたら、メッセージが来ていた。


<〇月〇日 AM十一時頃はどうですか?よろしければ○○というカフェまでおいでください>


(え?)と明希はそのメッセージを見つめた。そのカフェは翔太とよく待ち合わせをしたカフェだった。


(翔太と行ったライブ会場・・・翔太との待ち合わせに使っていたカフェ・・・)


──  明希、あいつにわからないように必ず何とか連絡する。明希は俺の番号拒否でも何でもして。あいつには完全に切れたように見せて・・・。


あの翔太のバンドのライブに利成と行った日、翔太が言っていた言葉を思い出した。


(でも、まさか・・・)


それに翔太はもう結婚するのだ。他の女性と会うなんてしないのではないかと思った。それでも偶然にしては出来すぎてるとも思った。


利成が店から出てきた。


「ごめん、おまたせ」と利成が言う。明希は「うん、大丈夫」と答えた。


(大丈夫・・・もう、未練なんてないもの・・・)


そう自分に言い聞かせた。


次の日も利成が休みだったので、家の場所探しがてら横浜の方までドライブした。


「国内の旅行もいいよね。今度行こうか?」と横浜の海を見つめながら利成が言った。


「うん・・・」


結局また家の場所は決まらない。


「急いでいるわけじゃないから、ゆっくり探そう」と利成が言った。


そしてまた次の日か利成の忙しい日々が始まった・・・。

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