エマと魔法使いのレオン 〜奇跡の魔法薬と真実の想い〜
本作は、現在連載中の『エマと魔法使いのレオン 〜魔力を与えられた少女〜』のスピンオフ作品です。
ここは魔法界で最も歴史のある超名門魔法学校、その名も『アルカナ魔法学校』。1000年以上の歴史を誇るその学校に、初めて入学した人間であるエマ・ブラウン。天才魔法使いで幼馴染のルイからもらった魔力の源であるネックレス『ソルヴィール』を身に着け、今日は魔法薬学の授業に参加している。
「今日から数週間、皆さんには特別課題に取り組んでもらいます。テーマは『奇跡の魔法薬』。これは完成させるのが極めて困難な薬です。しかし、成功すれば一つだけ願いを叶える力を持ちます」
魔法薬学のコーベル教授がそう話すと、教室がざわつき始めた。
「絶対ほしい……!」
「何をお願いしようかな〜!」
教室がざわめく中、教授は説明を続けた。
「課題の一環として、まずは森で必要な薬草を集めてもらいます。注意しなければならないのは、星涙の花。これがなければ薬は完成しませんが、採取には特別な注意が必要です」
コーベル教授は、課題を発表した後、特別に星涙の花について話を続けた。
「星涙の花には、古い伝説があります。かつて、強大な魔女がいた。その名はリュミエル。彼女は自分の全てを捧げた恋人を戦争で失い、深い悲しみに暮れた。そして彼女の涙が星空の下の大地に染み込み、そこからこの花が咲いたのだと言われている」
学生たちはその話に聞き入っていたが、教授の声がさらに低くなる。
「しかし、星涙の花は簡単にその身を差し出さない。この花を摘もうとする者には、リュミエルの悲しみが試練として降りかかると言われている。それを乗り越えることができなければ、花に近づくことすらできない。覚悟して臨むことだ」
エマは教授の話を聞きながら、自分の心の中に問いかけていた。
(私の願いは、それほど強いものだろうか?)
彼女がネックレスに手を当てると、わずかな温もりを感じた。
授業が終わり、教授の言葉を思い出しながら、エマは早速森へ薬草を取りに行こうとした。すると、クラスメイトから声をかけられた。
「エマ、この後一緒にお昼でも食べに行かないか?」
同級生のクリス・グレーだ。貴族出身の彼は、その整った顔立ちとカリスマ性で周囲の女子たちを魅了していた。
「ありがとう、でも早速課題に取り組みたいから、また今度ね!」
誘いを断られ、驚いた顔をするクリスに気づかず、エマはその場を後にした。
アルカナ魔法学校の森は、古代からの魔力を宿した神秘的な場所だ。森の中は薄暗く、魔法界独特の生物がそこかしこに潜んでいる。エマは周囲を警戒しながら歩みを進めていた。
「星涙の花って、どんなところに生えてるんだろう……」
エマが小声でつぶやいていると、背後からルイの声が聞こえた。
「星が見える場所に咲くんだ。だから森の中でも、木々が開けた場所を探すといい」
ルイが微笑みながら現れ、エマのすぐそばに立ち、周囲の安全を確認した。
「ありがとう、ルイ。でも、どうして一緒に?」
「エマが困ってるなら手伝おうと思ってな」
エマは「大丈夫だよ」と答えたが、ルイがそばにいてくれる安心感は格別だった。
しばらく歩いた二人は、ついに木々の隙間から星空が見える小さな開けた場所にたどり着いた。そこには、青白く輝く星涙の花が静かに咲いている。
「これが……!」エマは感動して花に近づく。
しかし、手を伸ばそうとしたその時、別の声が響いた。
「待った、その花を摘むのは僕が先だ」
現れたのは、エマの同級生のクリスだった。その端正な顔立ちは月明かりに照らされ、いっそう際立って見える。
「クリス? どうしてここに?」
エマが驚いて尋ねると、クリスは余裕の笑みを浮かべた。
「君に星涙の花の採取なんて無理だと思って、見届けようと思ったんだ。だが、見つけられたなら、それを僕に譲るのが賢明だよ。君はただの人間だろう?」
ルイが前に出て、冷たい声で返す。
「エマはお前の挑発には乗らない。それに、この花を摘む権利はエマにある」
クリスは軽く笑った。
「それなら見せてもらおう。人間がどれだけこの森のルールを理解しているかを」
エマはクリスの挑発を無視して星涙の花に手を伸ばした。しかし、その瞬間、周囲の空気が変わり、森全体が揺れ動き始めた。
巨大な氷の精霊が現れ、星涙の花を守るようにエマたちを取り囲む。
「これが花の守護者……」
エマは驚きつつも、意を決して魔法で対峙した。
ルイは強大な魔力で精霊の攻撃をかわしながら、エマに指示を出す。
「エマ、花を摘むタイミングを見逃すな!」
一方のクリスも、自分の魔力を使って精霊に立ち向かうが、どうにも攻撃が効かない。焦る彼を横目に、エマは冷静に隙を見つけ、星涙の花を無傷で摘み取った。
精霊は消え、森は再び静寂を取り戻した。
エマが摘んだ星涙の花を抱え、ルイと共に戻ろうとしたその時、クリスが再び近づいてきた。
「エマ、その花を僕に渡してくれ。僕の願いは、君を幸せにすることだ」
エマは困惑しながら首を振った。「この花で作る薬は、私の願いのために使うつもりです。だから、ごめんなさい」
クリスの表情が曇る。しかし、彼が何か言おうとする前に、ルイがその場の空気を一変させた。彼の魔力が一気に解放され、辺りが震える。
「クリス、これ以上エマに近づくな。次は容赦しない」
クリスはルイの圧倒的な魔力に恐れをなして、一言も言えずにその場を去った。
数日後、エマはコーベル教授の指導の下、奇跡の魔法薬を完成させた。その薬瓶は、金色の輝きに満ちていた。
「ついにできた……!」
奇跡の魔法薬を完成させた夜、エマはアルカナ魔法学校の天文塔に登った。星空が広がる静寂の中、金色に輝く薬瓶を手にする彼女の瞳には、決意と不安が混じっていた。
「本当にこれでいいのかな……」
エマは魔法薬をじっと見つめながら、自問自答を繰り返す。自分の願いを叶える権利があるのか。それとも、この薬をもっと他の大きな目的に使うべきなのか。
ふと、彼女はルイとの思い出を振り返った。魔法界で初めて不安に押しつぶされそうだった自分を支えてくれたこと。試験前に夜遅くまで勉強を見てくれたこと。そして、何よりも「エマなら大丈夫だ」といつも自信をくれたその言葉。
「やっぱり……この願いしかない」
エマは目を閉じて深呼吸をした。薬瓶の蓋を開け、小さな祈りを込めて飲み干す。
その瞬間、薬の光が彼女の体を包み込み、星空が一層輝きを増した。風が吹き抜ける中、エマの心に確信が生まれる。
翌朝、エマが寮から出ると、ルイが彼女を待っていた。
「おはよう、エマ。昨日は遅くまで何してたんだ?」
彼はいつもの柔らかい笑顔を浮かべている。
しかし、エマが何も言わずに彼を見つめていると、ルイの目がふと驚きで見開かれる。
「なんだ、急に……」
「ルイが、ずっと強くいられますようにってお願いしたの。だって、ルイがいなければ私はここでやっていけないもの」
彼女の言葉に、ルイは一瞬言葉を失った。そして、わずかに微笑んだ。
「……そんなこと、願いに頼るまでもないさ。でも、ありがとう。エマのその気持ちが、何より俺を強くしてくれる」
その時、エマの胸の中で、星涙の花の魔法が確かにルイに届いたと感じられた。彼の背中が、どこかいつもより少しだけ大きく、そして力強く見えた。