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愛思草  作者: 五月雨
Ⅰ 動き出す何か
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裏組織



「あ、お帰りなさい、ルー兄さんっ!大丈夫だった仕事~?危険な仕事だもんねっ、イスト凄く心配してたんだよ~?」



わざとらしい私の言葉と表情に、ルー兄さんの笑顔が固まり、半歩後ろにいたリオン兄さんの顔色が青くなった。



「でも無事に帰って来てくれてよかったぁ!誰かに刺されたり撃たれたり殴られたりしないか心配だったんだ~!」



絶対お前それ、とリオン兄さんの口が呟く。その顔色は、半歩前に立つルー兄さんの冷気に圧されて土気色に変色していた。



「…リオン、ちょっとあっちで話そうか?」



否とは言わせない力があった。

当然、リオン兄さんにルー兄さんに抗う力があるわけもなく。



「…はい。」



そのまま、リオン兄さんはルー兄さんに外へ連れられて行きましたとさ。















「リオンから聞いたんだね、僕たちのこと。」


「うん、まさかそっち系の仕事してるとは思わなかった…。」


「…軽蔑、したかい?」



私は首を横に振った。



「軽蔑したりなんかしないよ。兄さんたちのこと、信じてるから。だから、おかしなことはしてないって思ってる。」


「イスト…」



感激したらしいルー兄さんが抱き着いてこようとするのを押し返し、にっこりと笑って見せた。



「でも、黙ってたことには怒ってるからね。」



これだけは譲れない。

一気に情けなく、眉が八の字を描く。

そういえば、リオン兄さんが帰って来ないんだけど。



「(ま、いっか)というわけで、これからは、秘密ごとなしね。」



私が言えることじゃないけど。

でも私は結構我侭だから、自分だけが知らないなんて悔しい。

それに私の秘密は、一生誰にも話さないつもりだし。



「…わかった、全部話すよ。」



あれ、なんかまだ秘密ごとあったっぽい…?




「明日、一緒に来てくれるかい?」



どこに?

思わず素でそう返しそうになったけれど、話の流れ的には、兄さんたちの組織…かな?

分からないけど、とりあえず頷く。

兄さんたちが私を危険なところになんか連れて行かないだろう。…多分。



「あ、でも勉強会があるから、夕方にしてね。」


「あ、うん。…なんか挫かれるなぁ。」


「でもこれだけは譲れないもん。」


「ああ、分かってあるよ。」



なんか、大変なことになってきた気がする。

でも、前世で一人生きていく決意をした時に比べれば、今の私には家族がいる。



「さて、そろそろ夕飯にしよう?リオン兄さんを呼んで来てね。」


「ああ、あいつなら急用があって出掛けたよ。ご飯はいらないって。」



…本当だろうか。



「…そっか。」



ま、リオン兄さんだから、いっか。







この時の私には、これから知ることの重大さなんて、分かる筈がなかった。




















ちょっとした不安と好奇心で、昨日はよく眠れなかった。

授業中もよくウトウトして、子供たちに笑われるくらい。


裏組織。

危ないのは分かってるけど、兄さんたちがいるのなら、悪くない組織なんじゃないかな、なんて思ってしまうのは、ここでもずっと守られ続けていたからかもしれない。


この無法地帯なスラムを実質牛耳っている組織。

そのくらいしか知らないのも、問題かもしれない。



でも、前世の私とは違う。

だって、この目で実際に確かめることが出来る。

もう、箱の中じゃないから。



「…準備は、いいかい?」


「うん。」



今私は、目隠しをされてます。

隣には、ルー兄さん。

ぎゅっと繋いでいる手だけを頼りにここまで来た。

ここまでと言っても、どこだかしっかり分かってるわけじゃないけど。


何故目隠し?と思って聞けば、曖昧に濁された。

でも、何となく分かった気がする。


家を出て暫く歩いてから、聞こえて来た男の人の豪快な、悪く言えば下品な笑い声と、女の人の艶やかな声。あと、お酒の匂い。



兄さんたちが、私に必死に隠そうとしてた場所。

子供たちの中には、ここに母がいると話している子もいた。




多分ここ、娼館街だ。



スラム街の西の方に広がる、花たちの街。らしい。

多分、私に兄さんたちがいなかったら、私がいたかもしれない場所。


名前だけは知っていたけれど、まさか兄さんと来るとは思わなかった。



「…どこへ行くの?」



今更な問いだった。

でも、今頃になって少し不安になってしまったのだ。



「ここの先に行くと、黎明館っていう店があるんだ。そこに、お前に会わせたい人が、待っているんだよ。」



…確実に、娼館だよねその店。

なんか少し恥ずかしいというか、なんだか微妙な気持ちで頷く。


兄さんと繋いでいる手に力を込める。

暫く歩いて、兄さんが立ち止まった。



「着いたよ、行こう。」


「うん。」



さあ、ここからだ。



その店の中は、甘ったるい香りと笑い声に包まれていた。

入った瞬間に、目隠しをしていても分かる。ここは、別世界だと。

その真っ只中を歩いている気がする。


でも暫くすると、騒がしい空気が段々と離れて行った。どうやら、人の少ない方へと向かっているようだ。



そして、立ち止まった。



「…大丈夫だよ、悪い人ではないから。」


「…でも、いい人じゃないんだね。」



兄さんからの返事は無かった。

無言で、繋いだ手に力が込められる。


スパン、と扉が横にスライドしたような音が聞こえた。

それと同時に、兄さんの手が離れ、視界を覆っていた布が取り払われた。


いきなり飛び込んで来た光に、目を眇める。


ぼやけた視界の向こうに、人影が見えた。



「よう、別嬪さんになったな、イスト嬢ちゃん。」


「きゃっ、本当に立派になってぇ~。」



渋い男の人の声と、艶やかな女の人の声だった。

次第に光に慣れた視界に、今度こそはっきりとものが映る。


目の前に居たのは、五十代くらいの如何にも親父!という感じの男の人と、その人の腕に腕を絡ませた、着物姿の女性だった。


兄さんが、一歩前に出て頭を下げる。



「連れて来ました。イストです。」


「んなこと分かってるってぇの。」



ニヤニヤと笑う男の人に、兄さんは苦笑を返す。

この展開に付いて行けないのは、私だけだった。



「…ルー兄さん、この人だれ?」


「イスト……まあ、仕方ないかな。」



まだ小さかったから、と呟く兄さんを見てから、視線をまた戻す。

男の人は、ニヤニヤと私を見ていた。



「あら、悲しいわぁ~。私のことも覚えてないわよねぇ。」



隣の女性が、悲しそうに言う。

茶化すような声音だが、どこか本当に悲しまれている気がして、申し訳なく思った。



「すみません、あの、どこかでお会いしたことありますか?」



私の問いに、二人は顔を見合わせてから笑った。



「そりゃもちろん。お前のおしめを変えてやったことだってあるんだぜ?」


「あら、アンタなんかまだまだよ。私なんか母乳あげたんですからねっ」



おしめ?母乳?

何のことだ、とルー兄さんを詰問するように見上げた。

すると、意外な返事が返って来た。



「お前が赤ん坊の時、ここでお世話になっていたんだよ。」



言われて思い返してみれば、確かに途切れ途切れの赤ん坊時代の記憶の中に、あの二人がいないでもない。かもしれない。



「あの男の人が、ユーグさん。隣の女の人が、その恋人のヘレネさんだよ。」


「ユーグだ。ここの取締り役みたいなことしてる。」


「ヘレネよ。ここの女主人をしてるわ~。」



どうやら凄い人な気がしてきた。


改めて室内を見渡せば、そこは絢爛豪華な一室だった。

前世で一度だけ見たことがある、赤い格子と色鮮やかな模様の調度品の数々。確か異国のものだ。

異国情緒溢れる中、長椅子に座る二人は、どこかの貴族のように悠然としていた。



「おい、いつまでも扉の前に突っ立ってんじゃねえよ。こっちこい。」


「ほら、向かい側にお座りなさいな。」



そう言ってヘレネさんが立ち上がって私の手を引いて導く。抵抗もなしにされるがままにユーグさんの向かいの長椅子に座らされた。

良かったことは、隣に兄も座ってくれたことだろうか。



「さてと、バレちまったみてぇだな、おい。」


「すみません。リオンが気を抜きました。」


「ま、しゃあないな。」



ヘレネさんから何か長細い棒を受け取り、それをユーグさんはくわえた。白い煙が吐かれる。



「イスト嬢ちゃん、お前はどこまで裏組織のことを分かってる?」



突然の問いだった。

答えられずにいた私に助け舟を出したのは、ルー兄さんだ。



「よく知らないと思います。きっと、スラムを牛耳る組織、くらいの知識でしょう。…だろう?」



こくり、と頷く。あまり釈然としないというか、知らないことがいけないことのように感じた。

知らない、というのは前世のこともあって、なんだかいい気はしない。知らないのは罪のような気がして。



「そうか。ま、当たらずとも遠からず、か?」



ソファーの前に置かれた低い足のテーブルの上の箱の中に、煙管の灰を捨てながらユーグさんは笑う。



「…ま、いい。ヘレネ、ちょいと美味い酒と肴頼む。」


「はぁい。ちょっと失礼するわねん。」



ヘレネさんは、ウインク一つあっという間に部屋から出て行った。

完全に気配が消えた瞬間、ユーグさんが煙管を置いた。



「…これから、組織の真実を話す。お前さんは本当に聞きてぇか?仲間外れが嫌だ程度の気持ちなら、やめとけ。」



ほの暗く輝く真剣な瞳に、圧倒され、息を呑む。

でも、答えは決まっていた。



「…確かにそれが一番の理由です。でも思うんです。“知らない”ってことは、取り返しのつかないことになるんです。」



だから、今度はそんな自分になりたくないから。だから。



「教えてください。兄さんたちは、組織は、何をしているんですか?」



負けないように、逸らさないように、ユーグさんの目を真っ直ぐに見詰める。

数秒、見つめ合った。

そして、ふとユーグさんが笑い出した。



「ハッハッハッ、こりゃ傑作だ!あの赤ん坊がこんなイかした目するようになるなんてなぁ!親父さんは嬉しいぜ!」



誰が、親父さんだ。誰が。



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