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愛思草  作者: 五月雨
序 転生者の話
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転生




炎天下続く夏の日差しが降り注ぐ日。

私は路地裏にある小屋の中で笑顔を振り撒いていた。



「…というわけです。解らない方いますか?」


「イストねーちゃーん、これわかんねー!」


「はいはい、それは…」


「あー、了解!」



納得顔で再び紙面へ向かう少年に満足げに微笑み、辺りを見渡す。

そこには数人の子供が、揃って紙面に向かい鉛筆を握っていた。

どの子供も身なりが良いとは言えず、そう言う私も、着ているのは簡素なワンピース一枚だ。


“前”の私からは考えられない格好だと思う。



そもそも“前”の私が、こんなスラム街と言ってもいいような場所で、子供たちに文字を教えるなんて有り得ないことだろう。


でも“今”の私は違う。

絢爛豪華なドレスを着ることも、柔らかいベッドで寝ることもなく、毎日食べて行くのも大変な、そんな私。


でも、それを嘆いたことなんて一度もない。



ドアの開く音が聞こえた。



「イスト、順調かい?」



突然呼ばれて振り返った先には、優しい表情をした兄が居た。

私の“今”の家族の一人で、大黒柱。

私を産んで母親が死んでから、この兄は私を育ててくれた。


そして薄茶色の短い髪をした兄の後ろから、焦げ茶色の髪をした次兄も顔を出す。

こちらは、穏和そうな長兄に比べて少しやんちゃそうなイメージを人に与える。事実そうだけど。



「ヤッホー、ちゃんとやってるかチビどもー?」


「あー、ルー兄ちゃんとリオン兄ちゃん!」


「お仕事終わったのー?」



子供たちの歓声に、笑顔で兄たちは入って来た。

長兄のルー兄さんは私の横に、次兄のリオン兄さんは子供たちの中心に立つ。

早速、リオン兄さんは勉強を放り出した子供たちに囲まれて、楽しそうな声を上げている。


それを仕方ないと苦笑して見ていたルー兄さんが、私を見た。



「いきなり来たから騒がせちゃったね。でもちょっと時間が空いたんだ。それで、いつも見れないお前の先生姿を見ようかなあ…と。」


「私の先生姿見たって面白くないでしょうに…。」


「いやいや、結構面白いさ。現に今、面白いしね。」


「…兄さんたちが来てから、先生らしいとこ見せられてないんですけど?」



少し離れた所から歓声が上がり、ルー兄さんは申し訳なさそうな顔をして私の頭を撫でる。大きな手が気持ち良い。


なんだか心地良くて、瞼を閉じる。一度死んだ私に、今の自分がある奇跡を思った。

これは本当に凄い奇跡だと思う。









あれは、今から十五年前。

“前”の私が、死んだ日のこと。
















(ここは…)



意識が浮上する。



(私…そうか…)



フラッシュバックする最期の記憶。

けれどこれを思い出しても、私を殺した少年にも、神にも怒りを感じない。

凪いだ心でいられることが、自分自身でも信じられない。


水の中に浮かぶような心地。ずっとこうしていたいとも感じる。



―――イストワール



名前を、呼ばれた気がした。

柔らかい女性の声音に、自然と身体から力が抜ける。



―――イストワール、貴女は一度死にました。



やっぱりそうだったようだ。

じゃあ、ここは黄泉の国なのだろうか。



―――貴女にはお詫びしなければ。ごめんなさい、貴女が今死んでしまったのは、わたくしの手違いだったのです。



はい?

手違い?



―――でも安心なさい。貴女にはもう一度人生を…



いえいえいえ、そんな安心できませんっ

手違いなら、生き返らせて下さい!



―――…生き返らせることは理に反するので出来ないです。

だから最善の話として、転生をさせてあげましょうと…



そんな…、じゃあ、普通は転生出来ないんですか?



―――いえ。死んだ人間皆さん転生しますよ。ええ。



それって…

じゃあ私は普通に死んだのと変わらない扱いなんですね。



―――そうとも言います。オホホ。



………。



―――…分かりましたっ、こうしましょう!

貴女は特別に、記憶をそのままに生まれ変わることを許可しましょう!



段々はじけた物言いになって来たとは思ってたけど…。

なんだか泣きたくなってしまう。私の人生って何だったんだろう?

好きな人と、やっと他の婚約者候補を押し退けて、結ばれる筈だったのに。


なのに、いきなりあんな神託を……あれ、でもこの声…。



意識が急速に遠退く。

頑張って起きていようとするが、どうしても意識が飲み込まれて行く。



―――貴女に、幸おおからんことを。



最後に聞こえた女性の声は、とても優しいものだった。


















真っ白な世界に突然放り出された。温かいものに包まれたものの、瞼が重く、何より眩しさを感じ目を開けられない。

思わず口を開けて、次いで意識しないで泣き声を上げてしまう。恥も外聞もなく力一杯泣くなんて、自分らしくない。分かっていたけれど、もう自分では止められなかった。



「まあまあ、可愛い子…」



おぎゃあおぎゃあ、と泣く私の声の他に、違う声が聞こえた。優しい優しい、女性の声。掠れていたけれど、綺麗な声なのは分かった。



「貴女に会えて…お母さん、嬉しいわ…こほっ」


「母さん!」


「だいしょうぶ!?」



咳込む女性にびっくりして瞼を開けようとするけれど動かない。

新たに聞こえた二つの男の子の声が、不安そうに揺れている。



「…ルー、リオン…この子を…貴方たちの妹を、よろしく…ね?」


「かあちゃん!」


「…っうん!安心して、母さん…」



この子は、僕たちが守るから。



その言葉を聞いて安心したのか、女性は落ち着いたようだ。咳込む声も聞こえない。



温かな手が、私の頬へ触れる。



「強く、お生きなさい」


「…か…あちゃん?」


「母さんっ!!」




それが、彼らの、いや。



私の母の最期だった。





こうして、私はこの世に再び転生した。

決して恵まれた環境ではないだろう。でも、不満も不安もない。

だって、こんなに素敵な家族が居るから。

前の時のような、外聞を意識した家族じゃない、素直に接することができる家族。

前の家族が嫌いなわけではないけれど、寂しかったのは否めない。


亡くなった母のことは、とても残念だけれど…。



「イスト?ぼうっとしてどうしたんだい?」



心配顔のルー兄さんが視界に映る。

どうやら長くぼうっとしてしまっていたようだ。

ルー兄さんの言葉に、子供たちに囲まれていたリオン兄さんがくるりとこちらを向いた。



「イストがボーッとしてるのなんかいつもじゃん。こいつ鈍臭いし。」



意地悪い顔をするリオン兄さんを睨み付けて、訴えるようにルー兄さんを見上げる。

ルー兄さんは困ったように私に笑ってから、リオン兄さんを見た。



「リオン、イストは女の子なんだからそんなこと言っちゃダメだよ。…ね?」


「うっ、わ、分かったからその顔止めろ!笑ってるのが逆にこえーよっ!!」


「兄さんに向かって失礼だなあ。」



ルー兄さんがどれほど怖い笑顔をしているのか、丁度私の位置からは見えないが、どうやら相当怖いらしい。

これに勝てる奴は居ない、とリオン兄さんが青い顔で言っていたくらいだし。



「(まあ、それを分かっていて利用する私も私か…)」







二回目の人生で、どうやら私はちょっぴり大人になったらしい。




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