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愛思草  作者: 五月雨
序 転生者の話
2/20

終わりと始まり

主人公が死ぬなんて!な方は、お戻り下さい。

それから話の都合上、身分差や貧富の差など、差別的なことが出てきます。

作者にそういった意図等は御座いません。

以上のことを注意してください。

はじめに、どこかの世界のどこかの地に三柱の神が存在しました。

三柱は、海や空や生物や大陸を三つ作り、それぞれ自分たちで見守ることを決めました。


はじめは、三柱と動物たちがそこで仲良く暮らしていましたが、そのうち誰からともなく言い出しました。


<話せるモノを創ろう>と。


動物たちはとても心良いものばかりでしたが、話せませんでした。

そこで神々は話す為だけに、それぞれ人間を創りました。

始まりの三人の人間は、それぞれよく話しました。

神々はいたく満足し、話せる人間を気にかけるようになりました。


そのうち、神々はその人間が大陸に一人ずつしか居ないことを哀れに思うようになり、それぞれ番いを創りました。


それが、はじまり。






後、神々は人の前から姿を消した。


見えないことを憂いた当時の王たちは、国でそれぞれの神々を奉り上げ、末永く信仰していくことを決めることになる。


それが、何千年も昔のこと。





そして今、神官により下る神々の神託は、絶対視されていた。













---君にだけ、僕の真名を教えるよ。



懐かしい声が聞こえる。



---本当は婚儀をあげてからにすべきなんだろうけど…



そんなに昔のことでもないのに。



---せっかちにもなるさ、やっと君を選べたんだから。



幸せでした。

貴方に選んで貰えて。



---はは、君の真名は婚儀まで楽しみにとっておくことにするよ。その方が早く早くと式が早まりそうだ。



だから、殿下



---では言うよ。



どうか、



---僕の真名は…



お元気で。















「お-い、大丈夫か嬢ちゃん-?」



ここ最近で聞き慣れた声に、今まで夢うつつだった意識が戻って来た。

視界に映る青年の姿に、知らず肩の力を抜く。黒い瞳をした猫目の青年は、申し訳なさそうな顔をしていた。



「元大貴族の令嬢サマをこんな安宿に泊まらせた上、男の俺と同室なんてわりぃな。でも路銀が足りないんだ、勘弁な?」



その表情と違い、声は軽い。悪いと言ってはいるが、仕方ないことだと割り切っているのだろう。それに私がそういうことを気にしないことを、ここ何週間かで青年は学んでいる。

それに私は、そんなことに文句を言える立場でも状況でもない。



「気にしないで下さい。貴方は私を助けてくれているのですから。」


「んーそりゃちょっと語弊があるな、俺は善意でやってるんじゃねぇって何度言えば…」


「それでも、貴方は神託を反故にするような仕事を引き受けて下さいました。」


「それは依頼料が破格だからで…」



尚も言い募ろうとして口を開くが、諦めたようにため息をつく。

頭に手をやり、綺麗な黒髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。



「…あ-はいはい分かりましたよ。俺は確かにこんな国や世界に反する依頼請けましたよ、無謀だよ、人間失格さ。」



そこまで言うことないのに。

半ば自棄になっている青年をぼんやり見る。



「でもそれに見合う金は貰ってるし、そもそも俺は神を信じちゃいねぇしな。」



宗教国家であるこの国の国民の八割は信者である。

無神論者はあまり生きやすい場所ではないこの国で、彼は彼なりに生きて来たのだろう。



「…やはり、依頼主が誰なのか教えては頂けませんか?」



気になっていた、ずっと。

でも尋ねる度に、彼は答えてくれなかった。ただいつも曖昧に笑うだけで。



「聞いてどうすんだよ?ありがとうございます-って言いたいってか?」



冷たい目が怖くて、思わず目を背けていた。



「…いえ、それは」



嬢ちゃん、と呼ばれ彼を見れば今まで見たこともないくらい真剣な顔をしていた。

青年は、真っ直ぐに私を見る。



「…なあ、このまま俺と行かないか?」



息が止まる。



「ずっと思ってた。あんた、このまま一人国外追放されて、来るかわかんない王子待って、んで一生終えるのか?」



言葉が心に痛かった。



「それよりは、俺はお前を幸せに出来ると思う。」



じゃないとお前、一人だぜ?

思わず俯き、彼を拒絶した。


分かっている。

彼は依頼主に依頼されて私を国外まで逃がす…いや、連れて行ってくれているだけ。


だから、国境に着く明日には彼とは別れなきゃいけない。

そうしたら、私は見慣れぬ土地で一人で生きて行くしかない。

住む所も、食べるものも、仕事も全てどうにかしないといけない。


不安じゃない筈が無かった。



「俺は、大貴族の令嬢なんて面倒見切れねぇ…。でも、旅路を急いでるってのに弱ってる奴見捨てられなくて、泣き虫で意地っ張りで強がりな女の子くらいだったら、一生くらい面倒見てやれる。」



真剣な言葉だからこそ、苦しかった。

脳裏に、彼の姿が浮かぶ。



「神託なんかであんたを手放した奴らなんて、こっちから捨ててやれ。」



彼は本気だ。そこに嘘も偽りもない。



「なぁ、俺と逃げよう…?」



手が伸ばされる。

ベッドに腰掛けた私を、彼は抱きしめた。

私は何故か凪いだ心で受け止め、瞼を閉じた。



「…ありがとう、ルグレ。」


本当に、彼の気持ちは嬉しかった。

でも、浮かぶのはあの人の姿。



---待っていてくれっ、僕が王になって君を迎えに行くから!!だからっ…!



どうかその日まで、健やかに。

そう滅多に涙を見せない彼は、涙を流して言ってくれた。

そんな彼を、私は信じていたい。



「ごめんなさい。貴方のこと、大好きです。でも私は、殿下のことを信じていたいんです。」



最初は、なんて意地悪な人だろうと思った。

貴族をあまり好きでは無かったみたいだし、無知だった私を彼は忌まわしく思ってたんだろう。そう思ってた。



「…ったく、馬鹿な奴だなあんた。」



ゆっくりと、ルグレが離れて行く。

離れる温かさに、一瞬追い縋りたいと思った気持ちを押し堪えて瞼を持ち上げた。



「ほんと、ばかだなあ…」



視界に映ったルグレは、泣きたいくらい優しい顔をしていた。



「ありがとう、ルグレ。」



私も多分、優しい笑みを浮かべられたと思う。

だって、ルグレが優しく微笑んだから。



「どう致しまして。安心しろ、ちゃんとあんたを国境まで送って行ってやるよ。」


「ふふ、頼りにしてます。」


「おう」



綺麗に笑ったルグレを、私は忘れない。





例え、死んだとしても。











お世話になりました、ありがとう。

そう彼に深く頭を下げて踵を返した。

別れは寂しかったけど、ルグレが笑顔で送り出してくれたのが嬉しかった。


なのに。



----関所の列に並んだ私に、小さな影が近付く。



出国許可証を提示すれば、国を出られる。



----小さな影は子供だった。



私は一度振り返って、関所を通る人々の列から離れた所に居るルグレを見た。

彼は、眩しいものでも見るかのように私を見ていて。そして。



---視界に銀色に光る何かを見た。



「イストワールッッ…!!!」


ルグレが怖い顔をしてこちらに駆けて来ようとしたのを見た瞬間だった。

最初、何が起こったのか分からなかった。


ドンと子供が正面からぶつかって来て、あ、と声が出る。



下を見れば、子供が銀色に光るナイフを握っていた。


そしてそのナイフの刺さる先にあるのは私の腹。


刺されたと自覚した途端、じわりと熱さを感じ始めて視界が揺れる。


痛いのかどうなのか、自分でも分からなかった。

ただ、じわりと赤い染みが広がって行くのを見て、がくんと膝が曲がって地面に落ちる。



呆然と今度は子供を見れば、少年が無表情で私を見ていた。



「…あくがいなくなって、これでこのくにはへいわになるでしょう?」



淡々とした少年の言葉に、愕然とした。

私は悪なんだろうか?

だから神託が下ったの?



思い出すのは、彼と婚約出来ることになり幸せの中にいた私たちを奈落に突き落とした神官の言葉。



---その者を、今までの縁を全てを切らせ、国の外へ追放すべし。


もし縁を切らねば、この国に災いを齎すであろう---



(あぁ…そうか、わたしは…)


「っおい!!くそっ…どうして…?!嬢ちゃんっ!!!」



温かい腕が、倒れようとしていた私を抱き留める。

ルグレの必死な表情が見えた。ぬるりとした水溜まりを地面に放り投げていた手に感じ、悟る。


ああ、もう私は…



「…きに…しな…いでね…」



視界が霞んで、もう録にルグレの顔も何も見えない。

だから、彼の顔があるだろう方に向かって、微笑んだ。

額に汗が浮かぶし、綺麗に微笑めたとは思えない。

でも、本心からの笑みだった。


ありがとう、ルグレ。

貴方が居なかったら、私は今日まで生きれなかった。

本当に、ありがとう、ありがとう…



「……あ…りが…と…」



もっと沢山言いたいことはあった筈なのに、それだけしか言えない。


ルグレの私を呼ぶ声が聞こえる。

でも、それも段々と聞こえなくなる。



身体に力が入らない。

自分が立っているのか横になっているかも分からない。

ただ、酷く眠かった。



(……ああ、もう…)



瞼が完全に落ちて、視界が闇に覆われる。



---イストワール



最期に瞼の裏に浮かんだのは、愛しい人の、アルカーノ殿下の微笑みだった。











「イストワールッッ-!!!!」



愛しいと思った少女を守れなかった男は、その骸を抱きしめ、血を吐くような声で慟哭した。





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