始動
本当にお久しぶりです…。
またゆっくりと更新していければなと思います。
よろしければお付き合いください。
何人かの人間が、その部屋には集まっていた。
中心の長椅子に座っているのは、ここにいる人間たちのボスとして君臨するユーグ。そしてその後ろ、左右に立つのはリオンとルーだ。
「つーことで、王太子と手組むことになった。」
何でもないことのように言い放ったユーグの言葉に困惑する者、沈黙する者、安堵する者と様々な反応を返す部下たちの様子を気にすることなく、彼は手の中の煙管を回す。
「新たな指示は追って連絡する。各自平時通りにしてろ………あ、お前は別な。」
そう言って煙管で部屋の隅の棚にだらしなく腰かけていた男を指した。
「“賭場”の特別営業は、休止だ。」
皆の視線を一身に集めた男は、いつものニヒルな笑みを浮かべて徐に立ち上がるとゆったりとした足取りでユーグの元へと歩き出す。
男が近付くと、自然と人々は左右に道をあけた。
「それマジで言ってんのかよぉ?」
目の前に立った男は、ユーグを見下ろす。その顔は笑っていたが、目は一切笑っていない。
ユーグの左後ろに立っているリオンが、隠してあったナイフをいつ何があっても動けるようにとばかりに素早く手にするが、気付いているくせに視線をちらりとも男は寄越さない。
リオンは眉を顰めたが、ユーグ、そして反対側に立つルーも平然と男を見ていた。
「マジに決まってるだろ。そもそも特別営業は許されるもんじゃねぇしな。しなくていいならしないに限るだろ?」
「…はーん、本気でその坊ちゃんのこと信用してんのかよぉ?あんな甘ったれの言うこと真に受けるなんてボスらしくないぜぇ?いつからそんな腑抜けに成り下がったんだぁ?」
腰に手をあて、芝居がかったように嘆いてみえる男にリオンが思わず口を開く。
「てめえ!ボスに向かってなんて口きいてんだ!」
まるで犬のように吠えたリオンに、男は鼻で笑う。
それがまた気に食わなかったリオンは、長椅子を飛び越えて男の胸倉を掴もうと手を伸ばした。
「やめろ、リオン。」
ぴた、とリオンの手が止まる。
彼を止めたのは、眉間に皺を寄せたルーだった。
「ボスの前で見っともない真似は止せ。」
「………分かった。」
渋々と言った様子で脇へと下がるリオンを確認し、ユーグは煙管を咥えた。
ぷかーと煙を漂わせながら右手をひらひらと振ってみせる。
「これは決定事項だ。なあバンカー、分かったな?」
バンカーと呼ばれた男は肩を竦めて見せると、これで話は終わりだとばかりに踵を返しドアへと向かう。
呼び止めようとするリオンをまたルーが止め、皆の視線を集めた続けたバンカーは不敵な笑みを浮かべて振り返った。
「ああ、ボスの命令は絶対だろぉ?」
そう言って手を振りながら、バンカーは周りの様子など気にもせずに扉の向こうへと消えて行った。
そして慎重バンカーの気配が遠退くのを確認し安堵の息を吐く者たちを見回して、リオンは唸る。
「本当あいつ気に食わねえ!なあボス!あんな奴組織の一員にしてていいのかよ!?」
一人腹を立てるリオンの肩をルーは落ち受けと叩く。
そんな兄弟を見上げながら、ユーグは煙管を吸う。
「気持ちは俺も分かるが、仕方ないだろう?あの男は性質は悪いが、癖のある人間を纏めるのが上手い男だしなぁ。それに、人の弱味を握ったり付け込んだり脅迫したりといったことが上手い。ああいう男でないと、“賭場”を率いるのは無理だ。」
「ただの最っっ低野郎じゃねえか!」
「うーん、商売も上手いしなぁ。」
「呑気なこと言うなよボス!」
「ま、兎にも角にも話は終わりだ。お前らも解散しろ。」
兄弟以外を見渡して言ったユーグの言葉に、その場に集まっていた幹部たちは、ぞろぞろと兄弟とユーグを残して部屋を出て行く。
残ったルーは、憂い顔で口を開いた。
「しかし、何事もなければいいですか…。」
「あいつがこのまま大人しくしてると思うか兄貴?」
思わず黙るルーに、リオンは苛々とした様子で腕を組む。
やっと煙管をテーブルに置いたユーグも困った顔で腕を組んだ。
「…やっぱ何かしでかすよなぁあいつ。」
「では、“賭場”に潜らせた者たちに監視させますか?」
困った困ったと溢すユーグに、すぐさま部下としての顔をしたルーがそう進言した。
裏組織は、ユーグを頂点として数々の小組織がその下に組している。
ルーやリオンが所属しているのは“本部”と呼ばれる組織で、ユーグの傍でその他小組織に指示を出したりする所謂総務担当の組織だ。
その為、それぞれの組織に自分たちの部下を潜入させている。所謂間者、スパイだ。
「そうだな。頼む。」
「了解です。行くよ、リオン。」
まだ納得しかない顔をしていたリオンの首根っこを掴んで出て行くルーたちを苦笑で見送り、ユーグは天井を仰ぐ。
嫌な予感しかしなかった。
「…あー、選択ミスったかぁ俺。なぁ、ルグレ…」
俺、間違えてねぇよな…。
颯爽と会議部屋から出て来た上司を、男は笑顔で出迎えた。
そのまま廊下を歩き始める男、バンカーの後に続く。
「本部は何て?」
「あーっと、ボスは、王太子につくってよぉ。」
へ?と部下は思わず立ち止まってしまい、バンカーと距離が空いたのに気付き、慌てて小走りで追い掛ける。
決して横を歩くことなく、斜め後ろで止まった。
「ほ、本気っすか!?あんな盆暗王子に!?」
「冗談に聞こえたのかぁ?あ?」
「い、いいえ!そんなことは…!で、でも、まさかそんな…」
「ほんと興ざめだぜぇ。いつからこんなに甘っちょろくなりやがった…。昔のあいつの方がまだ面白かったぜ!くそっ、サレンダー!!」
「はっ、はいっ!!!」
いきなり立ち止まったバンカーに、サレンダーと呼ばれた部下は直立不動で返事をした。
そうして振り返ったバンカーの顔に凶悪な笑みが浮かんでるのを見て、サレンダーの額に汗が浮かんだ。
「俺はなぁ、甘っちょろい奴が大っ嫌いだ!愛とか正義とか虫唾が走るし、反吐が出る!」
「お、俺もっす!」
「当たり前だろぉが!じゃなかったら俺が殺してる!」
殺されてたのか、とスレンダーの頬に汗が伝った。
しかし、ギラギラとした瞳のバンカーに仄暗い欲望が刺激されるのも事実で。
サレンダーは、自分の口角が上がるのを抑えることは出来なかった。
「そろそろ、俺たちが舞台に立ってもいいよなぁ?」
「え、ええ!ボス!」
「じゃあ手始めに、目障りな“教団”からどうにかすっかぁ。」
何かが、大きく動き出した。