少年は、こうして歩き出した
「今までどこに行っていたのですッ!!」
パシンッと大きな音と共に痛みが頬を走ったのを、どこか他人事のように受けて目の前の人を見上げる。
眉を顰め、恐ろしい表情で手を振り上げるその人に淡々と答える。
「分かりません。気付いたらあの者に助けられていました。」
あの者とはユーグ殿が上層部に潜ませていた人間の手の者で、今頃曾お爺様にわたしを保護し連れ帰って来た褒美を貰っていることだろう。
鈍い痛みを訴える頬へ手を添え、思い出す。
どうやら今回の誘拐はどこの誰とも知らない破落戸が身代金目当てにわたしを誘拐。その後、自分のやったことの重大さに気付いた犯人は隠れたが、そこを偶々通り掛かったその者がわたしを助け出したが、犯人は逃げたというシナリオらしい。
出来すぎた話だが、事を大きくしたくない曾お爺様はこれ以上長引かせることを危険だと判断したらしい。「そうか、よくやってくれた」と納得して見せたそうだ。
けれど、母は納得しきれるものでは無かったらしい。
「そもそもアナタが悪いのですよ!?王太子としての自覚を持ちなさいとあれほとッ…」
そう再びその手を振り下ろそうとしていた母を止めたのは、扉のノック音だった。
はっとして気まり悪そうな顔で手を下ろした母は、押し殺した声で入室を許可する。
静かに入って来たのは、恐縮した様子の侍女だった。どうやら城から迎えの者が来たらしい。
要件だけ伝えた侍女は、これ以上長居はしたくないとばかりに頭を下げてすぐに部屋を出て行く。
そのことで少し冷静になったらしい母は、改めてわたしを見下ろす。
「…このことは城の者には内密にしてあります。決して話してはなりません。いいですね?」
「はい、母上。」
よろしいと一度頷いた母は、ドレスの裾を捌き背を向けて扉へと向かう。
その後に、わたしは無言で続いた。
これしきのことで悲しんでいた自分はもういない。
これからは、もっと強くあらねばいけないのだから。
これにて二章は完結です。