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愛思草  作者: 五月雨
Ⅱ 過去と今
16/20

契約





「あなたがわたしを信用できないのは分かる。わたしは、非力な子供だ。」



怪訝そうな顔をしたユーグ殿は、きっと何をいきなり言い出すんだとでも思っているのだろう。自分から自分は使えないなんて言い出すなんておかしくなったと思われても仕方ない。



「しかし、そんなわたしを信じてくれる人たちがいる。期待してくれている人たちがいる。」


「ガイのことか。」


「ああ。ガイは掛け替えのないわたしの友であり剣だ。」


「だが、それがどうした?あいつは確かに組織の人間だが元々は王子サマ側の人間だ。しかも言ってみればあんたの育ての親みたいなのものなんだろ?親の欲目がないって言い切れるか?」



話にならないと思われているのは分かっていた。

それでもわたしは引き下がるつもりはないのだ。こんなわたしを愛してくれた彼女の為にも、彼女に恥じない自分でいたいから。



「もう一人、わたしにとって大切な人がいる。その人は、わたしを信じると言ってくれた。そんなあの人のことをわたしは裏切れない。」


「はっ!口では何とも言えるぜ?」


「その通りだ。でもわたしは信じてくれとしか言えない。」


「…言っておく。俺はな、この世で心から信じてる奴なんて数えられる程しかいねぇ。悪いがな、ガイも組織の人間も仲間だとは思ってるが信用はしちゃいねえんだよ。仲間でもなんでもないあんたなんて余計に信用ならねぇし、あんたを信用してる人間だって信用ならねぇ。」



鼻で笑うユーグ殿の言葉に、カッと頭に血が上った。



「…では、わたしのことは信用しなくてもいい。でも少なくともわたしを信じてくれている人たちのことは信用してくれ。」


「あんた、何言ってるか自分で分かってるか?」



馬鹿なことを口にしている自覚はあった。これでは頭の悪い子供でしかないことも。

それでもユーグ殿の言葉は、わたしだけでなくわたしを信用してくれている人までも馬鹿にされているような気がして我慢ならなかった。

案の定、ユーグ殿は呆れた表情で煙管を置いた。



「あのなぁ、あんたを信用してないのにどうやってあんたを信用してる奴を信用しろと?って、舌噛みそうだなこりゃ。」



嫌そうに舌を出し、彼は再び煙管を手にする。そして口直しとばかりに早速煙を吸った。



「分かっている。けれど、わたしはあの人を馬鹿にされるのは嫌いだ。」


「あーあー悪かったって。別に馬鹿にしてる訳じゃねぇよ。ただ、俺はあんたをよく知らないのに、その知り合いなんて余計知らないって話だ。分かるだろう?」



彼の子供に言い聞かせるかのような言葉に、唇を噛むことしか出来なかった。

分かってはいる。分かっているが、やっぱり納得出来るものではない。



「…子供じみた言い分だということは分かっている。けれど、あの人はわたしに勿体ないくらいの人なんだ。皆の為に頑張っている人なんだ。皆が、スラムの未来が少しでも明るいようにと、沢山のことを教えている。わたしは、あの人に応えてみせたい。あの人の助けに、いや、あの人を助けたいんだ…!」



視線を床に落とし、熱くなる目頭に気付かないふりをする。

ここで泣くことだけは許されないと思った。



「わたしを信用しなくてもいい。でも、スラムの為に頑張っているあの人を信用してないなんて言わないでくれ。」



ふと、足元に影が落ちる。

驚いて視線を上げれば、ユーグ殿が複雑そうな表情で立っていた。



「………なんで、そんなにそいつのことを信用するんだ?数日の付き合いだろ?」


「分からない…、けど、あの人はわたしを見てくれたんだ。わたし自身を、まるで友人の子供のように。王族でも王太子でもなく、ただの子供である“クリフ”を見てくれたんだ。」



そして、ただただ愛情をくれるのだ。

なんでもないことのように、無償の愛を。



「そんなわたしに、あの人は頑張れる子だと言ってくれた。その言葉を裏切りたくないと思った。…気付いたら、あの人がわたしの中にいたんだ。」


「あんたはそいつを愛してるんだな。」



そう言ったユーグ殿は、小さな溜息の後、乱暴な手つきで頭を掻いた。

そして、恨めしいような目でわたしを睨んだ。



「餓鬼ってのは卑怯だ。直ぐに母親に泣きつくんだからな。」


「?」


「あーはいはい分かりましたよ、こっちの負けだ!ちくしょう、“親の欲目”なんて言うんじゃなかったぜ…ちっ」



いきなり憮然とした様子で舌打ちをする男に、目を丸くしてしまう。

一体全体どうしたっていうんだろうか。

そして徐に彼は手を伸ばしたかと思うと、状況のついていけないわたしの頭にそれを乗せた。



「子供は親を信用してる。そんなの親が子供を信用してるからだろ?」



頭に乗せられた手が少し乱雑に、しかしどこか優しげに動く。



「じゃあ俺は、“娘”を信用しなきゃな。」



瞬間、わたしは理解した。

目の前の男が、何を思ったのか。



悔しそうな表情で、しかし今までとは違う優しげな瞳でわたしを見たユーグは、徐に一歩下がるとわたしの手を取り腰を落とす。



「我が唯一の王、クリフォード・F・アウグストに誓う。我、主の敵を討つ剣とならん。」



騎士のように跪いた彼は、神聖な儀式であるかのように恭しく誓いの言葉を口にした。

誓いの儀式。わたしの前でそれを口にする人間は何人もいた。

けれど、これ程覚悟を強いられたことはない。これが、わたしの第一歩だ。



「許す。」



にやり、と不敵に笑った男に、わたしも笑い返した。

















妖艶な女性に見送られ店の外に出てみれば、もう空の色は茜色。

ふと横を見れば、待っていてくれたらしいアレンが店の壁に寄りかかっていた。



「話は終わったかい?」


「ああ。アレン、礼を言う。」


「ふーん、ってことは上手くいったんだね。」



面白そうに笑ったアレンは、そっと壁から身を離す。

わたしたちを照らす夕日が足元の影を長くする。



「じゃ、そろそろ帰ろうか。」



そう言って背を向けたアレンは歩き出そうとしていた足を止め、徐に振り返る。



「…一つ忠告だよ、クリフ。」



先程までの笑みが嘘のように、にこりともせず口を開いた。

夕日の影が濃くなる。



「スラムの人間全てが裏組織の人間って訳じゃないんだからね。」



間違えないでね、とアレンはまた笑って言った。









短いのは区切りを間違えたからです(笑)

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