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【第21話】何かを作りたい



「外崎さん、どうしたの? 表情冴えないけど、何かあった?」


 速水さんが訊いてきたのは、私の部屋で一時間半ほどのギター練習を終えて、これから勉強に入ろうかというところだった。虚を突くような言葉に、私はつい「そうかな。別に普通だと思うけど」と答えてしまう。速水さんに余計な心配はかけたくない。


 それでも、速水さんは「いや、別に平気なふりしなくていいから。ギター弾いてる間も、ずっと表情が重たそうだったよ。何かあったんでしょ?」と、私の心を見透かしているかのように反駁する。本当に心配している目に、嘘はつきにくい。


 少し迷った挙げ句、速水さんなら素直に聞き入れてくれるだろうと信じて、私は「あのさ」と前置きをしてから、話し出した。


「今日、帰るとこを呼び止められたんだよね。たぶん速水さんのテニス部の先輩? に」


「それって誰? なんとなくの特徴でいいから教えて」


「えっとね私、元は速水さんだけど、と同じくらい背が高くて、髪はショートカットだった。ぱっちりとした二重まぶたが、印象的だったかな」


「なるほど。たぶんそれ、百瀬(ももせ)先輩だ」


 速水さんが思い出したように言っていたから、私にも呼び止めてきた先輩の名前が分かった。だからといって、今さらどうすることもできないけれど。


「ねぇ、なんて言われたの?」


「簡単に言うなら、部活に戻ってきてってことかな。速水さんがいないせいで、他の部員のモチベーションが下がってるみたいに言われちゃって。あと、文化祭に出ること認めてないって言われたときは、ちょっとショックだったかな」


「そっか。あの人、厳しいとこあるからなぁ。ごめんね、外崎さん。怖い思いさせちゃったよね?」


「ま、まあそれは……。でも、私やっぱり部活行った方がいいのかな……」


「別にいいよ。無理して行かなくて。だって百瀬先輩、もう女テニ引退してるんだよ? だから、嫌なら聞かなくてもいいと思うよ。だって、もう部活とは関係なくなっちゃってんだから」


 速水さんが百瀬先輩に下した評価は思いのほかシビアで、私は内心驚いてしまう。貶しているわけではないけれど、速水さんがそこまで他の人のことをドライに捉えているのが意外だった。


 もしかしたら、もともと速水さんは百瀬先輩のことが、得意じゃなかったのかもしれない。こうなる前に抱いていた八方美人な速水さんの印象が、私の中で少しずつ削り取られていく。


「で、でも、もし明日また部活行かなかったら、そのときはなんて言われるか分かんないし……」


「うーん、まあそれはそうだね。じゃあさ、外崎さん。スマホ貸してよ。あたしのスマホ。私からラインで、百瀬先輩にはうまく言っとくから」


 私一人では事態を解決できそうにないので、私は素直にスマートフォンを速水さんに渡した(いや、もともと速水さんのものだったから、返すと言う方が正しいのかもしれない)。


 速水さんはスマートフォンの電源を入れると指を動かしていて、百瀬先輩にラインを送っていることが察せられる。でも、角度的に何と打っているかは分からない。


 百瀬先輩もちょうどスマートフォンを見ていたようで、わりかしすぐにスマートフォンが振動して、返事がなされたことを伝える。そんなやり取りが何回か続く。


 速水さんが指を動かすたびに、スマートフォンが振動するたびに、どんなやり取りがなされているのか気になって仕方なかったけれど、それでもただ待つことに努めた。二人の会話に、私が首を突っこんではいけなかった。


「ひとまずこれでよし、と。また何か言われたら、あたしに連絡してね」


 一つ息を吐いてから、速水さんはスマートフォンを私に戻してきた。画面はホーム画面を表示している。


 どんなやり取りをしているかは別に今すぐ見なくても、速水さんが帰った後で、また確認すればいい話だった。


「うん。速水さん、ありがと。じゃあ、気を取り直して勉強しよ。今日の四限の日本史で、ちょっとよく分からなかったところがあるんだけど……」


「ねぇ、外崎さん。その前に一つ訊いてもいい?」


 そう言葉を遮った速水さんに、私は心当たりがなかった。知らず知らずのうちに、速水さんの気に障るようなことを言ったり、したりしてしまっていたのだろうか。


「何?」


「あのさ、催促するようで悪いんだけど、文化祭でやる曲の歌詞、まだできてないんだよね……?」


 私は言葉に詰まってしまう。その通りだから、速水さんに会わせる顔がないと感じてしまう。おずおずと頷く。


 速水さんは配慮するような目をしていたけれど、それがかえって、私の首に手をかけるようだった。


「悪いんだけど、進捗聞いていい? 今ってどれくらい書けてる段階なの?」


「……ま、まだワンフレーズも書けてない。ごめん、本当。文化祭まで時間もあまりないっていうのに」


「いいよ、そんなに自分を責めなくて。経験ない私でも、ゼロからイチを作り出す大変さは、ちょっとは想像できるつもりだから」


 速水さんが私に示してくれる理解は正当で、たぶん今の私の心情は、「痛み入る」と言うのだろう。


 私はただうなだれることしかできない。どんなに申し訳ない表情をしても、今の速水さんに対しては足りなかった。


「ならさ、これは一つ提案として聞いてほしいんだけど」


「……何?」


「よかったら歌詞、あたしにも書かせてくれないかな」


 その言葉は数秒前からは想像もできなかったから、私は驚いて顔を上げてしまう。


 でも、呆気にとられる私とは対照的に、速水さんは平然とした表情をしていた。突拍子もないことを言ったとは、思っていない様子だ。


 いや、それでも。


「えっ、速水さん、今まで歌詞とか書いたことあるの……?」


「いや、ないんだけどさ、あたしも何か作ってみたいなって、ギター始めて思ったんだ。曲は無理でも、歌詞なら書けるかもしれないなって。あっ、別に歌詞を書くことを軽んじてるわけじゃなくて、あくまでも可能性の話ね」


「いやいや、歌詞を書くってのは速水さんが思ってるよりも、ずっと難しいんだよ? ましてや先に曲があって、そこに歌詞を載せていくのは、ギターを始めてまだ二週間しか経ってない人間ができることじゃないんだけど」


「それは私もそう思うよ。だからさ、たたき台でもいいから。あたしが書いた歌詞を、外崎さんが実際に歌える形に直すの。いわば共作って感じで。それでもダメ?」


「いや、でも……。速水さん、何か書きたいことあるの? こういう感じの歌詞にしようかなって、もうイメージできてたりするの?」


「それは正直まだない。でも、これからどうにか考えるから」


「いや、どうにか考えるって……」


「じゃあ、逆に訊くけど、外崎さんはこのままの状態で歌詞が書けるの? 書けそうなの?」


 すぐに「書けるよ」と答えられるほど、私は明るい見通しを描けていなかった。明日、急に歌詞が書けるようになる可能性もないとは言い切れないけれど、現状だとその可能性はかなり低い。


 もしかしたら一人だけの頭で考えるのには、限界があるのかもしれない。


 今まで私は自分の曲は全部、自分で歌詞を書いてきた。でも、今だけはそのこだわりが邪魔になっているのかもしれない。


 それに「何かを作りたい」という速水さんの思いは、大事にすべきだろう。


「じゃ、じゃあ、歌詞書くのお願いしようかな……」


「本当に!?」


「あくまで一応だよ、一応。速水さんが書けなかったときのために、私も歌詞考えるの続けるから。それでいいね?」


「うん、大丈夫だよ。歌詞書くチャンスをくれて嬉しい。私、がんばって書くよ」


「うん、楽しみにしてる」


 決意を湛えた目をしている速水さんを、私は暖かな眼差しで眺める。「何かを作りたい」という初期衝動が生まれた瞬間を、目の当たりにできて喜ばしかった。


「じゃあ、勉強しよっか」と速水さんが言って、私たちは机に教科書やノートを広げる。勉強をしている間も、私は速水さんがどんな歌詞を書くのか、ずっと気になっていた。





 クッションに寝そべって天井を見上げる。煌々と光っている照明が眩しい。私は上に向かって、大きくため息をついた。


 机の上には楽曲制作ノート。夜も一二時半を過ぎた今になっても、私はまだ新曲の歌詞を書けずにいた。断片的な取っ掛かりさえ、未だに掴めていない。


 文化祭に向けて早くしなければと気持ちは焦る一方で、私は自分の才能の無さに、すっかり打ちのめされていた。にっちもさっちもいかない現実に、もどかしさを抱いていた。


 明日も学校はあるし、今日これ以上起きていても、歌詞が生まれてくるとは思えない。


 私は明日の自分に期待を託して(それが報われる可能性は低かったとしても)、ベッドに入って寝ることにした。スマートフォンを充電器に繋いで、照明を消して、目を瞑る。


 しかし、寝ようとする私の試みは、間もなくしてスマートフォンの振動音によって中断された。気になって、スマートフォンに顔を向ける。


 すると待ち受け画面には、速水さんからのラインが表示されていた。


〝外崎さん、まだ起きてる?〟


 答えるかどうか私は少し迷い、結果としてラインを起動することを選ぶ。速水さんだって、こんな夜中に長々と話はしないだろう。


 私は〝うん、起きてるよ〟とシンプルな返信をして、速水さんの出方を窺う。


 すぐに返ってきたメッセージに、眠たくなりかけていた私の目は、一気に覚めた。


〝歌詞、書いてみたんだけど見てくれない?〟


 その短いメッセージに、私は身体を起こしていた。速水さんが歌詞を書きたいと言い出したのは、つい昨日のことなのに、もう第一案を書いてしまったとは。そのスピードに、私は畏敬の念すら覚えてしまう。


 私が返信する間もなく、速水さんは立て続けに一枚の画像を送ってきた。スマートフォンにあらかじめインストールされているメモアプリのスクリーンショットだ。一目見ただけで、並んでいる文字列は速水さんなりに書いた歌詞だと分かる。


 タイトルはまだつけられていないそれを、私はタップして拡大した。ワンフレーズワンフレーズを、書いた速水さんの心情を想像しながら、丁寧に読んでいく。


 速水さんの書いた歌詞は、自らの心情をストレートな言葉で表現していて、普段どれだけオシャレなことを言おうか、深いことを言おうか、レトリックばかりに凝っている私には、とても新鮮に映った。間違いなく速水さんの中から出てきた、唯一無二の言葉たちだ。


 歌詞を書いたのが初めてだからか、ところどころ文字数が合っていないところや、曲に載せづらいところも見受けられたけれど、私はなるべくこの歌詞を尊重したいと思う。手を入れるのは、最小限にすべきように思えた。


〝どうかな? 今日一日ずっと考えて書いたんだけど〟


 そう訊いてきた速水さんの不安げな表情が、私には目に見えるようだった。


 だから、そんな顔をしないでほしいと伝える意味も込めて、私はすぐに返信する。


〝めっちゃいいと思う! 速水さんの気持ちが伝わってきて、感動したよ!〟


 高揚感をメッセージに込める。実際私は、一〇〇パーセントそのままというわけにはいかないけれど、この歌詞を歌うことにワクワクしてさえいた。


〝ありがと。でも、このままじゃ歌えないよね。どれだけ手を加えてくれても大丈夫だから。それこそガラッと変えたって、あたしは全然構わないよ〟


〝いや、最低限形を整えるだけにするよ。できるだけ速水さんが書いた歌詞を、そのまま使いたいと思う。だって掛け値なしにいい歌詞だって、私は思ったから〟


〝そう。ありがとね。あたしもどんな曲になるか、楽しみにしてる〟


〝うん、なるべく早くメロディをつけて、歌の形にして速水さんに聴かせるよ。だから、もうちょっと待ってもらっていい?〟


〝分かった。焦らなくても大丈夫だからね。外崎さんの納得がいくようにやってくれていいから〟


〝ありがと。私、がんばるね。じゃあ、おやすみ〟


〝うん、おやすみー〟


 速水さんが送ってきたラインを最後に、私たちのやり取りは終了した。


 私は暗い部屋の中で、今一度速水さんが書いた歌詞を読む。私からはなかなか出てこない表現に溢れていて、速水さんの個性がいかんなく発揮されていた。


 私は気を引き締めた。どれだけ、速水さんが込めたニュアンスを損なわずに歌にできるか。


 あまり経験はないけれど、それでも私の腕の見せ所だと思った。



(続く)

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