表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/42

【第11話】中華レストラン



「ところでさ、文化祭来月じゃん。みんな、どう? クイズ考えてる?」


 満席で厨房もいっぱいいっぱいなのか、注文した料理はまだ運ばれてくる気配はなかった。映画の話をしばらくした後、宇都宮さんが唐突に話題を変える。


 来たる来月の文化祭で、私たちのクラスは、学校を舞台にしたクイズラリーを企画していた。学校の各所にクイズを散りばめて、全問正解した人には豪華賞品(とはいっても予算は限られているから、たかが知れているけれど)を贈呈する予定だ。手間もさほどかからないし、受付係以外は自由に他のクラスの展示を見て回れる、効率的な企画と言っていい。


 そして、そのためにクラス全員が最低一つずつはクイズを考えるという運びになっていた。


「えー、私まだ何も考えてない」


「私も。まだ時間はあるし、そんな急いで考えなくてもいいかなって」


 高木さんと稲垣さんはあまり良くはない、悪く言えば無責任な返事をしていた。


 でも、宇都宮さんが「何それ」と気楽に笑っていたので、テーブルの雰囲気は悪くはならない。


「由海はどう? 何か考えてる?」


 高木さんが、隣に座っている流れで訊いてくる。


 でも、今の私はそんな半ばどうでもいいことを、考えられるような状況ではなかった。


「あたしも、今のところは何も思いついてないかな」


「えー、由海もなの? まあ由海は色々忙しいかぁ。ねぇ、外崎さんはどう? 何かクイズ考えた?」


 再び高木さんに話を振られて、速水さんは申し訳なさそうに、小さく肩をすくめてみせる。


「ごめん。私も何も考えついてない。もちろん協力したい気持ちはあるんだけど、なかなかね……」


「いいのいいの。外崎さんが謝る必要なんてないよ。まだ時間はあるんだし、ゆっくり考えてこ」


「ねぇ、そう言う茉里奈(まりな)はどうなの? なんか考えてんの?」


「私? 正直言うと、私も何も考えてないかな」


「なにー、みんな考えてないんじゃん」


 高木さんたちは一斉に笑う。私と速水さんもその笑いに乗っかった。大らかなアリアが流れる店内で、私たちは満足がいく時間を過ごせていた。


「別にクイズって、学校や勉強に関係なくてもいいんだっけ?」


「うん。単に知識を問うクイズでも、暗号でもなぞなぞでも、何でもいいって言ってたじゃん」


「でも、何でもいいって言われると逆に難しくない? 考えるとっかかりが掴めないというか」


「分かる。何でもいいが一番難しいよね」


 高木さんたちの話に、私も不自然にならない程度に混ざる。正直、まだ負担に感じる部分はあるものの、それでも少しずつ慣れてきてはいた。


 でも、速水さんは何かを言い淀んだような表情をしている。それは私のキャラによく合った演技だった。


「ねぇ、本当にそれだけでいいのかな」


 唐突に差しこまれた速水さんの(といっても私の)声に、私たちの会話はいったん止まる。私たちの視線を一身に浴びて、速水さんはまるで本物の私かのように軽く縮こまっていた。


「外崎さん、それどういうこと?」


「高校生活でたった三回しかない文化祭のそのうち一回が、クイズラリーだけで終わっていいのかな」


「確かにクイズは全員のが採用されるわけじゃないし、学校の各地に貼りだしちゃったら、後は受付係ぐらいしかすることないもんね」


「でも、いいじゃん。楽できて。文化祭なんて、必ずしも全員が参加しなきゃいけないわけだし」


「それはそうだけどさ、でもやっぱやるからには楽しみたくない? お客さんとしてフラフラ歩いてるだけじゃ、文化祭に参加してる意味がないじゃん」


 速水さんは私たち全員に向けて言っていたけれど、私にはその言葉の真意が分かった。きっと速水さんの言葉は、私に向けられたものだ。未だにステージへの出演を渋っている、私を動かそうとしてのものだ。


 でも、それが分かっていても私はそんな簡単に、「うん。やろう」と首を縦にふることはできない。私の人前に立つことに対しての恐れは、そんなに浅い問題ではなかった。


 熱っぽく語っている速水さんに、高木さんたちも目を瞬かせている。速水さんの(私の)口からそんな言葉が出るなんて、信じられないという風に。


「でもさ、クイズラリー以外に何かやるって、何やるの? 今から準備できることなんてなくない?」


「そ、それは……」


「ていうか、外崎さんそんなに文化祭に熱心なタイプだったの? なんかちょっと意外なんだけど」


「そ、そうかな……」


「外崎さん、文化祭なんて適当でいいんだよ。楽できるなら、それに越したことないじゃん」


「で、でも……」


 速水さんが反論しかけたところで、私たちのもとに店員が注文した料理を持ってやってくる。それを機に会話はいったん中断されて、私たちは遅めの昼食を食べ始めた。


 もちろん食べている間も、会話は依然としてあり続ける。


 でも、私の見た目で出しゃばってしまったと感じたのか、速水さんは食事中は積極的に話すことはなかった。


 私もがんばって高木さんたちの話に混ざろうとするも、話題は私が得意とは言えないファッションに移っていて、私は生返事をすることしかできなかった。母親がファンションデザイナーだから、本来は速水さんの得意分野のはずなのに。


 私たちが普段通りに振る舞えない中でも、テーブルは、店内はつつがなく回っていく。やっぱり私がクラスの中心にいる高木さんたちの輪に交ざることは難しいのだと、私は改めて思い知らされていた。





 ファミレスを後にした私たちは、歩いて一分もかからないところにある、すぐ近くのアパレルショップを訪れていた。


 そこは私の今までの人生で一度も訪れたことがないようなところで、洗練された雰囲気に、私は入る前から内心怖じ気づいてしまう。


 店内には私が聴いたことがないような洋楽が流れ、垢ぬけた内装に、デザイン性の高いアイテムがずらりと並んでいて、私たちみたいな子供が来るようなところでは、とてもないように思われた。


 普段服はあまり買わないか、買ってもファストファッションで済ませてしまう私には、正直言って荷が重い。ちらりと覗いて見た値札にも、遠い記憶の印象からは倍近い値段が記載されていて、私はひそかに慄いてしまう。


 でも、高木さんたちは「ここわりと安いんだよね」と言っていて、私は自分がまったく知らない世界に足を踏み入れた気分になった。


 高木さんたちは店員さんとも顔見知りのようで、服を選びながら軽く雑談までしていた。当然、そこには私も含まれていて、「今日はどんな服をお求めですか?」と訊かれ、私は見た目以上に慌てふためいてしまう。


「とりあえず一通り見て、いいのがあったら買おうかなと」と思いつく中で一番無難な答えを返すと、店員さんは「そうですか。どうぞゆっくり見ていってくださいね」と笑顔で応えてくれた。もっとグイグイ来るイメージがあった私は、安堵で腰が抜けそうな心地さえ味わってしまう。


 そんな中で速水さんは一つ一つのアイテムをじっと見て、気になったものは手に取ってみたりもしていた。それは私のキャラからすれば、ギリギリありえなくもない行動で、本心は高木さんたちとももっとワイワイ話しながら選びたいのだろうと考えると、私の胃は少しだけキュッと縮んだ。


 結局、アパレルショップには一時間半近くいた。それぞれが気になる服を試着してみて、「可愛いー」「似合ってるー」などと感想を言い合った結果だ。


 最終的に私はカーディガン一つしか買えなかったのだが、それは高木さんたちも似たようなもので、やっぱり私たちはいくら背伸びしてみても、財力に限りがある子供だった。


 アパレルショップを出た後も、まだ解散という空気にはならなくて、稲垣さんの発案で、私たちはカラオケに行くことになった。


 でも、今晩遥さんと一緒に志水さんと食事をする私は、その予定を断って、帰らざるを得ない。私が志水さんの名前を出さない程度に正直に事情を打ち明けると、高木さんたちもすんなりと理解を示してくれた。


 私はアパレルショップの前で四人と別れる。速水さんは高木さんたちと一緒にカラオケボックスに向かっていったけれど、きっと速水さんのことだからうまく乗り切ってくれるだろう。私はそう、信じこむことしかできなかった。


 私が速水さんの家に戻ってきたのは四時を過ぎてのことで、何をするにも身が入らない散漫な時間を過ごしていると、遥さんは私が戻ってから一時間ほど後に、自分の家に帰ってきた。


「今日は早く上がれたんだね」と軽く話しているだけでも、遥さんは志水さんとの食事に浮かれているような、緊張しているような、一言では言い表せない心持ちでいることが分かる。


「ちょっと待っててね」と言って私からいったん離れていって、三〇分後。戻ってきた遥さんは、元々十分綺麗だったメイクをさらに好印象を与えるように直し、薄緑色のブラウスに紺色のロングスカートを合わせていた。帰ってきたときの普段着とは違う装いに、私は思わず息を呑んでしまう。


 遥さんも速水さんと同様に背がすらっと伸びていて、足も長い。だから、初めて見る遥さんの正装に近いファッションに、私は見惚れてさえしまいそうだった。


 遥さんが呼んだのだろう、間もなくして家にやってきたタクシーに私たちは乗る。目的地である中華レストランの名前を伝え、タクシーは走り出す。


 遥さんは助手席に乗ったので、後部座席に座る私との間に、大した会話は生まれなかった。遥さんにとっては、もう何回か会っているから、今さら取り立てて話すこともないのだろう。私も私で「志水さんってどんな人?」とは聞けない。志水さんのプロフィールや趣味などといった基本情報は、既に速水さんから教えてもらっている。


 私はぼんやりと窓の外を眺めた。少し走っただけで、知らない街の光景が目に映る。日は沈んで、空は少しずつ夜に向かいつつあった。


 タクシーには三〇分近く乗っていて、私たちが目的地である中華料理店に到着する頃には、空は完全に夜になっていた。


 そのレストランは、外観からしてシックで大人の雰囲気を漂わせていて、私はかすかに身震いさえしてしまう。遥さんが志水さんの名前を伝えると、店員も承ってくれて、私は遥さんの後についておそるおそる店内に入った。


 控えめな天井照明に照らされた店内は、正方形と円形のテーブルがいくつも並んでいて、既に多くの人が食事を楽しんでいた。Tシャツにジーパン姿という客はもちろん一人もおらず、壁には絵巻物のような模様が描かれていて、目に映るもの全てが、私を緊張させる。いつか見た香港映画みたいだと、場にそぐわないことも頭の片隅で考えた。


 志水さんは真ん中よりも少し奥の席で、既に座って待っていた。店員に案内されてやってきた私たちを見るなり立ち上がっていて、私は誠実さを感じてしまう。


 糊のきいた黒いスーツに身を包んだ志水さんは、身長は私たちより少し高いくらいだったが、わりあいがっしりとした体形をしていて、短く切り揃えられた髪に銀縁の眼鏡が、理知的な印象を与えてくる。


 速水さんから写真は見せてもらっていたものの、いざ目の当たりにしてみると、体格から来る迫力と落ち着いた雰囲気が同居していて、やっぱり大人の男性なんだと、私は当たり前のことを感じていた。


「お久しぶりです。遥さん、お変わりありませんか?」


「ええ、おかげさまでありがたいことに忙しくさせてもらっています」


「そうですか。活躍は常々お聞きしていますよ。先月発表されたアウター、評判いいらしいじゃないですか」


「はい、おかげさまで。既に予約も結構な数入っているみたいで。ありがたい限りです」


 二人はテーブルに着くやいなや、親密に言葉を交わしていた。言葉自体は丁寧だが、その距離の近さに、私はどこか微妙な気持ちを抱いてしまう。


 速水さんになってからの一週間余りは、短い時間ではなかった。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ