一話 不具合の補填はお詫び石です
1,
「なんでこんな目に……」
マデリーネは滑空し草原を進んでいる。
両手を前に突き出し魔法を一気に放つ。
彼女の後を追うように爆発が連続して起きる。
ドドドドドド……!
まるで絨毯のように隙間なく大地を焦がす。
魔法の威力を示すには十分すぎるだろう。
燃え残った大地に巨大なイノシシの魔獣の姿がある。
雄叫びを上げマデリーネに向かって突進する。
暴走する殺戮トラックのような猛スピードだ。
飛行する彼女との距離を縮める屈強な脚力で砂煙が上がる。
「ひっいぃぃぃ。
ソロで来るような場所じゃないんですよ!」
ここは凶悪な魔獣が湧き出る経験値稼ぎ用の草原だ。
本来なら数百の軍勢を率いて、住み着く魔獣を討伐する。
それを彼女一人で挑まなくてはならないのは、彼女の性格が災いした為だ。
「確かに私なら軽く生贄となる魔物を取ってこれるって言ったけど。
本当に一人で行かせること無いじゃないですか」
頭を下げて撤回し、手伝ってほしいなんて言えたら楽だっただろう。
それが出来ない謎のプライドが邪魔した。
だからこうして一人で魔獣と戦っている。
「ラインマジック! ストーンバレット!」
ラインマジックは線を引くように点々と魔法を設置する連鎖起動の魔法だ。
ストーンバレットは石を飛ばす魔法である。
低空に次々と石が現れ、巨大なイノシシの頭へと飛んでいく。
石は砕けて行く。
しかし勢い止まらずマデリーネの足に食らいつこうかと迫っていた。
「ひっいぃぃっ、何で効かないのよ。
そこそこ強い魔法なのに」
ピコン!
マデリーネは何か閃くような音が聞こえ、新たな魔法が頭に浮かぶ。
「彼奴、魔法創生を使ったの?
ええっい、一か八か使ってあげます」
マデリーネは一気に上空へと飛ぶ。
その際に靴が巨大イノシシに接触し落ちた。
「ああっ、私のお気に入りなのに……」
踏みつけられてぐちゃぐちゃの泥だらけになっている靴は未来の自分の姿のようだった。
こんな目にあっている不幸を感じることで怒りが込み上がる。
マデリーネは渾身の力を込めて魔法を放つ。
「爆裂霊球弾!」
手のひらの前にスイカ位の大きさの光る玉が現れる。
その玉を放つ魔法だ。
「あれ……、飛ばないんだけど……」
光る玉は徐々に眩しく輝き収縮するとビー玉ほどの小ささになった。
巨大なイノシシは垂直跳びで迫ってくる。
「ひっいぃぃぃぃぃ、待って! この使えない魔法何なの? いやぁぁぁぁ来ないで!」
大きく開く口、マデリーネは食われることを覚悟した。
その時だ、光玉が飛んだ。
刹那、巨体イノシシは地面に叩きつけられクレータのような穴が出来ていた。
「はあぁぁ?」
発動してからの謎の効果に遅延と酷い魔法だ。
それに半端ない威力と意味不明すぎてマデリーネは呆然としていた。
すると巨大イノシシが膨れ上がり光が体を貫いて行く。
爆音とともに、光の柱が上がる。
マデリーネは間一髪のところで回避し直撃せずに済んだ。
「私を殺す気ですか。
何ていうオーバーキル……、って何もかも消し飛んでますよね」
コツッとマデリーネの頭に何かが当たる。
空を見上げると魔石が降って来ていた。
「どうして?!
魔石は神様に生贄として捧げないと手に入らないのに」
こみ上げる力を感じマデリーネはステータス紙を出す。
特殊状態に主の加護と言う謎の状態が付与されている。
プレイヤーの常活スキルの恩恵を受けるという効果だ。
獲得系スキルの恩恵によって、魔石が手に入ったのだろう。
だが違和感に気づく。
「……あの魔力でこんな高度な魔法を使えるはずがないです。
どういう不正をしたっていうの」
不正発覚は即制裁が入る。
最悪の場合は永遠の死もありえ、身代わりスキルが発動しても死に続ける事になる。
「オートコレクション!」
戦利品を回収する便利そうな魔法だが、滅多に使われることはない。
大量に散らばって回収に困る場面が無いからだ。
2,
数百年もの大国であり続け大都市して数十万人が暮らした面影は廃墟と化した残骸だけだろう。
崩壊したレンガの壁を草木が覆い隠す。
殆が森の中へと消え、そこに文明があったとは思わないだろう。
都市の中央にそびえ立つ城すらも、一階を残し殆どが崩れ去った。
そんな城内に風太は引きこもっている。
知恵の書を開き創生系のスキルを試していた。
魔法によって床に光る魔法陣が浮かぶ。
謎の古代文字が幾重の円の中に規則的に並んでいる。
「この魔法陣はどうも違う気がするな」
普段見慣れない異国の文字を見たのと同じような感覚だろうか。
知らない言語では意味すら分からず、ただの並んだ記号でしか無い。
見慣れたものに直しても魔法は効果を示すのだろうか。
そんな疑問が風太の中で湧き上がっていた。
翻訳するように文字を改めていく。
それは単純な置き換えでは済まない。
意味を考え同じ文脈にしなければならない。
字数も限られ、簡単ではない。
完璧な図形を変更しようとすれば歪になるのは当然だ。
歪さを直そうとすればするほどより不自然に歪んでいく。
「くっ、無限に壊れてしまう……。
そういえば式神を召喚する為の儀式は出来るんだろうか」
召喚の術式は渦を書くように中心へと気の流れを集める。
指先に気を集め床に刻むように手を動かす。
それは舞を踊るような不思議な動きに見える。
「……反応がないな」
式神の住む霊界は凍てつく程の極寒の世界であり、その扉を開くのだから影響はもろに出る。
本来なら肌寒さを感じるほどに冷えるのだ。
そういった変化は現れる様子はなかった。
風太はこの時、大きな間違いを犯していた。
式神契約を行ったのは前世の風太である。
死んだ時に契約は終了となり、転生後は無縁となってしまう。
そう契約した式神が居ないのに召喚出来るはずがないのだ。
「やっぱり、この世界の言語か。
とりあえず解るところだけ置き換えてみるか」
何度も解いた簡単なパズルをするように何処に配置すれば良いのか手に取るように解る。
完成図が頭の中に見えているからだ。
「いでよ、鬼火!」
鬼火とは、火の玉の妖魔である。
墓の周りにフワフワと漂い人々を恐らがせる程度の存在だ。
それでも嫌がる人がいるという事で処理される。
不快と言うだけで排除する人の方がよほど鬼だろう。
突然、召喚陣の文字が変化して行く。
青く光だすと、辺りから風が吸い寄せられて陣の中心へと流る。
ブォアン!
謎の音と共に青い火の玉が現れる。
その火の玉の中心には鬼のような顔が浮かんでいた。
「なんか違う……、何でキモい顔があるんだ?」
突然めまいに襲われ風太は倒れた。
同時に鬼火が消え去る。
魔力が少ない為に魔気を使い切ったのだ。
魔気の回復はそう時間はかからない。
風太は立ち上がり、椅子に腰掛けて休憩する。
「能力アップはやっぱり必要だったか。
でも何ですぐに回復するんだ?」
魔気は体から湧き上がるだけでなく大地からも吹き出ている。
特にこの城の地下には龍脈が通っており魔気が漲るようになっていた。
風太はそれを前世の経験から感じ取る。
「この湧き出る力を吸い出すことができれば魔力不足を補えるんじゃないのか?」
前世では龍脈から力を引き出し結界を張っていた。
それを応用すれば出来ると言う確信があった。
一度掴んだ成功に手応えを感じからだ。
「四方を守護する聖獣を配置して……」
渦巻きを書くように内側に向かって気を流す。
この時、魔法創生のスキルが発動していた。
風太の脳内では魔法の力が鎖として視覚されている。
効果を持つ鎖をどう繋いでいけば、綺麗に見えるか。
それを意識して網状に組み上げ、蜘蛛の巣のような形を作り上げていた。
「祝福を与える増強の陣の完成だ」
魔気を回復させ、様々さな恩恵を受ける効果を広範囲に付与し続ける。
百数十キロ離れた草原で巨大イノシシから逃げまわるマデリーネにも、その効果が届く程である。
それでも全く自らの魔気を消費しない。
「目に見えた変化がない……効果があるのか実感が湧かないな。
うーん、魔法創生でも試してみるか」
風太は単純な作りにして直ぐに試せる形にしようと、直線的な魔法を連想する。
気を集め、凝縮し、更に気を増幅、放つ、そして一気に開放する事で爆発を起こす。
「後は名前を付けるんだったな。
解り易いほうが後で困らないだろう一番重要なのは爆発するってところだろう……」
魔法の効果には形状の概念がない。
それは術者が持つ想像によって形成される為だ。
風太の中では、光の玉を作り出して飛ばす絵が出来上がっていた。
余計な想像、意識が入り込まなければ回避不可能な突然爆発する魔法になっていただろう。
「爆裂霊球弾」
効果のどこにもない霊球が名前に入っているのは、無意識な思い込みからである。
名前による刷り込みによって、他の物、例えば火の矢や氷の刃を連想しづらくしている。
このような欠陥を持った魔法は忌法と呼ばれ忌み嫌われている。
忌法を操るのは三流である。
いかにも初心者が作ったとありありと解るものなので使用すれば失笑ものだろう。
「効果の説明がいるのか面倒だな……。
爆発するのは名前で解るだろう」
風太は、光の玉を投げつけると説明を入れた。
ピロリン!
脳内に響く音と共に知恵の書に新しく魔法が追加されたのである。
記録されれば、魔法を意識し名称を唱える事で発動出来る。
そう魔法の完成である。
「試し打ちしてみるか。
爆裂霊球弾!」
風太の手から光る球が現れる。
狙いを定めて、放つ!
ボン!
壁に当たって軽く爆発したが目立った損傷はない。
「なんだこれ。
思ったのと違って威力弱すぎ」
爆発は内部圧力が強いほど、開放された時に放出する威力が増すのである。
当然、圧縮する量を増やせば反発力が増え威力が肥大する。
風太は溜める時間を延長しようと魔法の改ざんを行った。
すでに完成した魔法の改変は基本的には禁忌である。
魔法を使っている最中に効果が変化すると暴走し何が起きるか解らないからだ。
この時は運良く、誰もその魔法を使っていなかった。
もし数分、遅ければマデリーネが使用し暴走した魔法によって命を落としていただろう。
「さて改良したし、試し打ちするか。
爆裂霊球弾!」
風太は手を正面に突き出す。
光の玉が周囲の魔気を集め輝く!
風太の魔気が一気に失われ、大地が回るような感覚に襲われた。
「うわっ……」
魔法は解除され消滅した。
「しかしMPが足りなかったって事か。
おいおい、消費量とか情報なさすぎだ」
風太は横になり、暫く休むことにした。
上手く行きそうだと思っていた事が失敗に終わると火が消えたような寂しさがある。
急に冷めてやる気が無くなってしまう現象はなんというのだろう。
「そういえば祝福も失敗なのか?」
魔法を構成する術式の消費にはセーフティーがあり、術者の魔力以上を吸い上げることはない。
だが効果による吸収は無差別に無限に吸い取ってしまう。
風太は生命の危機に陥るほどに消耗していた。
祝福がなければ即死だっただろう、ギリギリのところで命を救われたのだ。
だが過剰消費による精神疲労は簡単に癒えるものではない。
いつの間にか風太は眠っていた。
3,
「起きてください」
「うぅぅん……」
風太が目を覚ます。
「何があったのです。
すごく衰弱していたので、私の力を分けました」
放ったらかしにしていても目が覚めただろう。
マデリーネは一刻も早く、不正の真相を確かめる必要があった。
そんな事情を風太は知る由もない。
ただ助けてくれたのだと思っていた。
「魔法を作ったが、試し打ちしようとしたらこんな有様だ。
君がいるって事は肉料理が食べられるな」
「あの、それが……手違いで……」
赤い宝石が床に山のように積み上げられている。
風太が手に取ると中から泥だけの靴が現れる。
「これを食えって事か?」
「いえ、それは私の靴です。
慌てて戻ってきたので……、それはそうと、ちゃんと食べ物なら取ってきました」
マデリーネは林檎を風太に手渡す。
城の周囲に林檎の木が植えられてる。
籠城の際に、少しでも食料の足しになるように植えられたものだろう。
収穫できる量と兵の数を考えれば一食分程度。
しかもそれは一個ではなく、何等分に切り分けられた欠片しか貰えない。
もしかすると保存食ばかりでは飽きるから、果物で気分転換する目的があるのかもしれない。
風太は林檎をかじった。
林檎の甘みと水々しさ、甘い香りが口に広がる。
遠足に出かけた幼少の頃、弁当に兎を模した林檎が入っていた。
皮ごと食べたそんな懐かしい記憶が蘇る。
「大船でも沈む時は沈むものな。
大した成果だ」
風太が皮肉を言うのはマデリーネが大口を叩いていたのが原因だ。
大量の肉をご馳走すると言っていたのが、林檎一個で済まそうとすれば誰だって不満だろう。
余計な事を言わなければ素直に感謝したのだから、人の心は醜いものだ。
期待を裏切ってしまい不利な状況で話を優位に進めなければならない。
マデリーネは方向性を変える事にした。
「成果といえば、魔法は私が試してあげました。
威力はとても凄まじくクレーターが出来るほどです」
風太は冷や汗が出た。
もし魔力が足りていれば、近くに大穴が開いただろう。
ごく自然に疑問が湧く、風太はそれを口に出していた。
「どうして君が俺の魔法を使えるんだ?」
「魔人族の特性に魔法の共有があります。
専有したければ最初に非公開の効果をつけておけば誰にも知られないです」
「先人の知恵は役に立つなぁ。
これからもよろしく頼む」
好感触にマデリーネは安堵する。
ここで直ぐに不正をしたかと聞いて、そうですと素直に答えるだろうか。
不正の自覚がアレば間違いなく隠すだろう。
問題の対処は、原因を探ることから始まる。
どんな不正を行ったか知る必要があった。
マデリーネは興味津々な感じで微笑み聞く。
「それよりどうやって魔法を作ったんです?」
「一度試したら弱くて、ちょっと溜める事にした。
それで修正を……」
「ちょっと、待ってください。
改変する時はちゃんと禁術指定しましたか?」
「なんだそれ」
「ちょ、ちょっと、まじで……。
魔法を使っている時に、いきなり改変したら暴走して危険なんです」
「今後は気をつける。
それでどうやって禁術に指定できるんだ?」
「知恵の書を持って、禁術にする魔法を検索するの。
そして指で触って消すように指を横に動かして禁術指定と唱えるんです」
「面倒だな」
「……それなら開発中の魔法は非公開をつけておいて、出来たら非公開を外せば良いです」
「流石だ。
これからはそうする」
「ちょっと確認するので知恵の書を貸してください」
創生された魔法は知恵の書に全て記録される。
術式や効果等が詳細に記されており、閲覧することは誰にでも出来る。
マデリーネはサッと目を通し確認する。
創生された魔法は一つしか無い。
「一つだけ?
加護の魔法は……」
「魔法は一つしか作っていない」
風太は嘘を言っているわけではない。
魔法が創生されると、成功したと実感する為に記憶に残る。
術式が間違っていると当然だが魔法とは見なされず実験中だと認識される。
実験中の魔法は、それが間違った術式でも効果が発揮することがある。
マデリーネは風太が何かを隠しているのだと勘違いした。
このまま隠匿されると手がかりは闇の中だ。
そして神様の制裁が訪れるだろう。
そうなる前に不正を認めさせ、謝罪し許してもらわなくてはならない。
「じー、何か隠している」
「おい、顔を近づけるな。
召喚陣を試したんだ」
誰でもそうだが個人空間を侵害されると不快に感じる。
親密度が高ければ、それは狭くなるが二人はそれほど親密ではない。
当然、風太はマデリーネから離れる。
「他には?」
マデリーネはしつこく風太に詰め寄り壁際まで追い詰める。
そして逃げようとする風太を阻むように壁をドンと叩く。
「なっ、なんだよ、だから近づくなって。
魔力が足らなくて龍脈を利用した陣を書いた」
「ふーん、それだけ?」
「何なんだ。
全部話したんだ、離れろ」
「他に言うことは?」
これ以上何もないのに、要求されると困ってしまう。
困り果てた風太は、じっと目の前を見て感想を言う。
「お前、可愛いな」
マデリーネは顔を真赤にし慌てて離れた。
「ちょっと、何でそういう事言うのです」
「……それで何って言葉が聞きたかったんだ?」
「私に加護が付いているのです。
その理由が知りたい」
「たぶん、それならそこの陣だろう」
床に描かれた陣は青く輝いている。
マデリーネは解析し調べる。
術式は滅茶苦茶で絡まった糸を辿るような難解さだ。
「これは暴走状態……、それで弾けて魔法が広い範囲に飛んだ……。
それでは説明がつかないです」
魔法は術者から離れると力が弱まっていく、一定距離を離れると急速に弱まり消滅する。
マデリーネの全力でも、十数キロ先に魔法を放て届くかどうかである。
いくら暴走して意図しない挙動でも偶然、百キロ近く離れた対象に当たるとは考えにくい。
的はずれな想像を膨らませるマデリーネだった。
それもその筈、現世の知識と魔法の融合は初見だったからだ。
4,
風太とマデリーネの前に、青髪の天使が舞い降りる。
「私はエリーズ です。
問題が発生したのでやって来ました」
マデリーネは青ざめ、邪魔をするように風太の前に割って入る。
「エリーズ、ちょっと待ちなさい。
今、調べているところです」
「先輩、流石です。
いち早く問題に気づいていらしたのですね」
エリーズは指を鳴らし、魔法陣を消した。
「後少しで解析出来て改善策が取れたのです。
だから貴方は……」
「改善は私達の仕事なので、先輩に頼る事なく問題を解決して見せます」
「そう、それで何もなしと言う事ではないのでしょう?」
当然、マデリーネは罰が下るものだと思っていた。
不正に近い魔法の効果によって不当に戦利品を得てしまったのだ。
没収で済むならマシだろう。
そんな見当違いな事を考えているとも知らずエリーズは微笑む。
「先輩は何でもお見通しですね。
私の判断ではなんとも言えません」
様子を見ていた風太が割って入る。
「俺の魔法陣を消すのか。
もっと手を加えて調整する予定だったんだ」
「それなんですが、制限させてもらおうと思います」
「勝手だな」
「修正が入るまでの間だけです。
その間は魔法もスキルも使用できなくなります」
「何にも出来ないじゃないか。
これから魔法の実験を……」
マデリーネは背後から風太の口をふさぐ。
エリーズは神様の使いとして、様々な権限を持っている。
態度が気に入らないと言う理由で命を奪うことも出来る。
絶対に怒らせてはいけない相手なのだ。
「ううぅぅぅうぅぅぅっ」
そんな様子が哀れに感じエリーズはマデリーネに言う。
「先輩、戻ってきませんか。
こんな奴の下で働くのは辛いでしょう」
「いえ、これは神様が与えてくださった試練。
だから逃げ出す訳には行かないのです」
「先輩の意志は硬そうですね。
ではまた後ほど」
エリーズは羽ばたき、瞬く間に空の彼方へと消えた。
マデリーネは迂闊なことを言って戻れるチャンスを失ってしまった事に後悔の念を感じていた。
「ううっううぅぅっ……」
風太の力はマデリーネにとっては赤子同然だ。
逃げることも出来ず手も足も出せない。
マデリーネは抑えていた手を離す。
風太は不満げに言う。
「口封じとは良い身分だな」
「使いは基本的には干渉しない決まりになっています。
それでも接触して来たのは重大な問題があったということです」
「それで何が問題だったんだ?」
「調査が終われは発表されます。
検討はつくけどこういう情報を伝えるのは原則禁止です」
「配下になったのに教えてくれないのか?」
マデリーネは勿論、予測すらついてない。
予想が外れれば信用を失いかねない。
そんなことは彼女のプライドが許すはずもなかった。
だから沈黙を選んだのである。
回答がないことに風太はガッカリして椅子に座る。
「こうしている間にも残り時間が減っていくだけだ。
何か出来ることはないか?」
「体力を鍛えるために運動するのはどうでしょう。
城内の探索でもして歩くだけでも違います」
風太の能力では、そこら辺にいる魔獣に襲われ死に至る危険性がある。
だから安全な室内で引きこもるのが得策であった。
探索をするということは護衛が必要だ。
「つまりデートか?」
「違います。
ですが一緒に行きたいというのであればお供します」
「嫌なのか?
だったら一人で行くか」
「是非、同行させてください」
「まあ良いか、案内頼む」
破壊され略奪された後だ。
役に立つものは余り残っていない。
見るものもなく、ただ瓦礫を避けて歩くだけ。
マデリーネは片方の靴が脱げており石を軽く踏んただけで飛び上がった。
「いっ痛い……」
「歩けないなら抱っこしようか?」
「これぐらい大丈夫」
床に血が落ちる。
「無理するな。
抱っこが嫌なら肩を貸そうか」
風太は自分の衣を破ると彼女の足に巻いた。
衣は貴重品であり文明が発展しなければ作ることも出来ない。
それは風太も理解している事だ。
「ありがとうです」
「さて行こうか」
マデリーネは肩を借り、密着して歩く。
探索は日が暮れるまで行ったが、得るものは殆どない。
「もう夜だな。
寝る場所もないみたいがどうする?」
「私の翼で身を包むと温かいです」
「別々に寝たほうが……」
「私は横になって寝ることは出来ないんです。
何時もは壁を背に座って寝ています」
「解った、そうしよう」
風太は壁を背に寝る。
すぐ隣でマデリーネが寄りかかるように眠る。
もし風太が不用意に彼女の体を触れば、腕をへし折られるだろう。
それぐらい力に差がある。
次の日、目を真っ赤にしたエリーズが鳴らす鐘の音に二人は目を覚ます。
カランカラン~♪
「不謹慎です。
なんでベタベタとしているんです!」
「ただ寝ていだけだが……」
「あー、見てましたよ。
肩を組んで、ホント貴方って人は立場を利用してパワハラです」
「プライベートを監視している暇があったら、
アレはどうなったのか説明しろ」
「それは、その、まだです」
「何のために来たんだ?」
「先輩の事が気になって、目が離せなかったんです」
「おいおい、自分の仕事をしてからだろう。
こんなところでサボって良いのか?」
正論にエリーズは悔しそうに歯を食いしばった。
余計なことを口走って問題を起こせばただでは済まない。
二人を引き離す為に鐘を鳴らし起こす行為自体が禁止事項に触れている。
目に余る行為を続ければお目溢しして貰えず降格、あるいは処分されることもありえた。
「コホンッ、一時的な処置として、魔法陣は私達が用意した物を利用して貰います」
「それは創生する楽しみを奪っていることにならないか?」
「言いたいことは解ります。
ですから補填として、魔石を用意しました」
エリーズは魔石の入った袋ごと、風太に渡す。
「こんな物を貰ってもな……」
「前世で言うと、百万相当の価値です」
「それなら布団と交換してくれないか?」
「私も布団ぐらいは与えでも良いと思っていますが決まりですので諦めてください」
いや布団だけではなく部屋を与えて別々に寝れるようにしたいとエリーズは思っていた。
「仕方ないな。
でも彼女の予備の服装を用意してくれないか?」
「それも出来ません」
「配下に加わる前に持っていた私物はどうなったんだ?
それを返してほしいと言っているんだ」
「気遣う位の最低限の事は出来るようですね。
ですが期待に答えることは出来ないです」
「彼女に恨みでもあるのか?」
「ここだけの話、神様に色目を使って地位を得ていたと思っていたんです。
でも居なくなってからてんてこ舞いな忙しさで戻って来て欲しい……」
マデリーネは寝ぼけてぼんやりしていたが、やっと目が覚めた。
「エリーズ、徹夜したのですね。
ちゃんと休養を取らないとミスをしてしまいます」
「はい」
「では戻りなさい」
エリーズは寂しそうに飛んでいく。
「何で追い返したんだ?」
「彼女が罰を受けて欲しくないからです」
綺麗になった靴が机の上に置いてある。
エリーズが魔法で洗ったのだろう。
「成る程な」