それぞれの形
僕は弟が好きだ。
弟としてじゃなくて、1人の人として好きだ。
それに、弟は応えてくれていた。
そう、あの日までは……。
竜太が不審者に襲われてから全部が変になった。
退院した竜太は1人で居たいって言って、電話も出来なくなった。
お母さんも、何も答えてくれなかった。
それから1か月経って、今度はお母さんと離れ離れになった。
竜太を襲った人に、殺されたって言われた。
信じられなかった、信じたくなかった。
だって、竜太が学校に来て僕を車に引っ張るつい2時間前に、行ってきますって言ったばっかりだったから。
竜太がふざけてるんだと思った、からかってるんだと思った。
でも、それは違った。
僕を車に乗せてから、竜は祐治を迎えに行った。
そのあと、大樹と大志、それに陽介を。
3人の事はよく知ってる。
昔からお母さん達が仲良くて、よく遊んでたから。
僕達の家でみんなでご飯を食べたり、一緒に遊んだり。
それで、僕達はおっきな家に連れていかれた。
そこには警察の人がいて、竜太は内緒話をした後どっかに行っちゃったんだ。
警察の人は、僕達にとても優しく話しかけてくれた。
でも、どうしたのかは教えてくれなかった。
3時間くらいして、竜太が帰ってきた。
泣いた跡が沢山あって、今日言われたことが本当なんだってわかった。
僕は、泣けなかった。
多分、ここにいるみんなの家族は殺されたんだ、それを竜太は1人で確認してきて……。
大事な弟の事を考えると、泣けなかった。
その日の夜、ほんとの事を聞いた。
やっぱり、お母さん達は死んじゃってた。
ちっちゃい子たちがいなくて良かった、僕は自分の涙を抑えるのに精いっぱいだった。
それと、手紙を見せてくれた。
それは、ディンって人からの手紙らしかった。
らしかったって言うのは、見たこともない文字で書かれた手紙だったから。
中身を竜太は知ってて、それを信じてるみたいだった。
竜太自身が襲われた時に、言われた言葉があるんだって。
「君には特別な力があるから、死なれては困る。」
って。
だから、信じてるみたいだった。
でもその前に。
これからどうしようってなった。
ちびっ子たちも、僕たちも。
もう家には帰れない。
結局、話すことにした。
手紙に書いてあったらしいことに従って、全部を。
みんなの家族の事、竜太の事、これからどうするのかとかそういう事も。
みんな泣いてた、僕も抑えられなかった。
涙が、止まらなかった。
悲しくて、苦しくて、辛くて、寂しくて、何もかもわからなくなって。
そんな中、竜太は泣かなかった。
陽介から順番にぎゅって抱きしめて、落ち着くまでそのまましてた。
順番に、順番に。
最後に、僕にもしてくれた。
ほんとは最初にしてほしかったけど、僕は一番年上だから仕方がなかったんだ。
みんなが落ち着いてから、竜太は手紙の事を話した。
不思議と、みんな嘘だと思わなかったみたいだった。
こんな状況の中にいるから変になってたのかな、ディンさんって人の手紙が、僕らを励ましてくれた。
励ましの言葉があったわけじゃないんだけどね。
それから2か月、あっという間に過ぎていった。
変死事件が多発して、それは魔物っていう存在の仕業で、竜太はそれを止める為に戦ってて。
僕たちに何が出来るかはわかんなかったけど、みんなで決めたんだ。
みんなで、竜太を支えてあげようって。
そして一昨日、ディンさんは現れた。
血だらけの竜太と、源太君を連れて。
竜太の事で僕はパニックになりかけたけど、ディンさんに大丈夫、これを弟たちに見せちゃいけないって言われて冷静になった。
洋服を着替えさせている時に、全然傷が見当たらなくて普通に呼吸してて、ホッとした。
僕は、この時点では誰かはわからなかった。
ただ片腕がない、怖い人が突然現れて竜太と源太君を連れて来たっていう感覚だった。
10分くらいして竜太が起きて、ホッとした。
正直大丈夫って言われてたけど、もしも目が覚めなかったらって思うと怖かった。
その間、ディンさんは源太君と話をしてた。
まるで、心配なんてしてないみたいに、起きることをわかりきってたみたいに。
いや、わかってたんだろうな。
少し話をして、ディンさんの事を知って。
竜太が嬉しそうな顔をしてて、良かったと思った。でも心のどこかでちくって痛む何かがあった。
でも仕方ないと思った、竜太にとって唯一頼れる人なんだから。
でも……。
昨日の晩、山内君が家に来た。
それで、ディンさんとエッチなことをしたみたいだった。
なんでかは知らないけど、きっとディンさんには深い考えがあるんだと思う。
それでその後、ディンさんは竜太とも……。
苦しかった。
竜太は誰かとエッチな事してる声なんて聴きたくなかった。
でも、耳を付けた扉から離れられなかった。
悔しい。
僕だってこんなにも竜太の事を心配してるのに、こんなにも好きなのに。
それを、会って2日の人にとられるなんて……。
全部仕方ないって思えたら、どれだけよかっただろう……。
「それじゃ、行ってくる。」
「はーい。」
雄也が帰ってきてから1時間後、時間は午後1時。
目を覚ましたディンさんは、雄也君を連れてまたどこかに出かけて行った。
「あのさ竜、話があるんだけど、いい……?」
2人が出かけてから、竜太を和室に呼ぶ。
「どうしたの?改まって……。」
「いや、あのね……。」
「……?」
言い出せない、どうしても聞きたいのに。
でも、言わなきゃ。
「あの、ディンさんの事なんだけどさ……。」
「父ちゃんの?」
「うん……。」
「父ちゃんがどうかした?」
「ううん、どうかしたわけじゃ……。」
「ん?」
言葉がうまく出てこない。
苦しくて、胸のあたりがきゅって絞められて、言えなくなっていく。
「あのね……、竜太はディンさんをどう思ってるの?」
深呼吸をして、締められてるのを緩めながら、言った。
怖かったけど、しっかりと竜の眼を見ながら。
「どうって、どう?」
漠然とし過ぎてわからない、そんな顔をしてる。
「だから……、竜は僕よりディンさんが好きなの……?」
「え?」
「だから……!ディンさんと僕のどっちの方が大事なの!?」
自分でもびっくりした、こんなおっきな声だすつもりなかったのに。
「答えてよ!ディンさんが来てからそればっかり!僕の事好きって言ってくれてたのに!僕の事なんて……。」
「……。」
「僕の事なんて、どうでもいいの……?」
言い終わって、もっと怖くなった。
怖くなって涙が出てきちゃって、止めようと思っても止まらない。
「……。ねえ、浩。」
少しして、竜が口を開いた。
僕はもうどうすればいいかわかんなくて、うつむくしか出来なかった。
「僕……、俺はさ、父ちゃんの事好きだ。だって父ちゃんはずっと俺を心配してくれてたし、助けてくれた。源太も雄也も助けてくれた、浩達の事も守ってくれる。」
聞きたくない。
でも耳をふさぐ勇気もなかった。
「最初は信じられなかったけど、俺も魔物と戦って来て、いろんなことがあって、父ちゃんはすごい人だと思った。」
嫌だ、嫌だ、いやだ……。
「でもさ、浩の事はもっと好きなんだ。」
「え……?」
「だって浩は誰よりも優しいし、俺の事一番好きって言ってくれる。一緒にいた時間も長いし、何より双子だしね。」
「そんな……!」
「あの手紙見て、俺はみんなと違う、変なんだって思った。でも、浩はそんな俺でも変わんないって言ってくれた。俺は、その一言に救われたんだ。」
「竜……。」
「だから、俺は浩が一番好きだ。いつまでも、一番好きだ。」
「そんな……。」
「それに、浩の中でも一番でもいたいな?」
「竜…!」
泣きながら顔を上げると、竜は照れくさそうに笑ってた。
僕はそんな竜を見て、嬉しいのにどんどん涙が出てきた。
「だめ、かな?」
「ううん、だめじゃない……!だめじゃないよ……!」
嬉しくて、ぎゅって抱きしめた。
嬉し涙が止まらなくて、ちょっと恥ずかしかったけど。
「だめじゃないよ……!僕はずっと……!」
「ありがと、浩。」
「ごめんね、ごめんね……!」
子供みたいに泣きじゃくってると、竜もぎゅって抱きしめてくれた。
それで、頭を優しくなでてくれた。
嬉しくて涙が全然止まらなくて、僕はそのまま寝ちゃったんだ……。
「……。」
浩輔が寝息をたて始めて、竜太は浩輔から離れた。
皆の親が殺されてから、初めて浩輔の本音を聞いた気がする。
それは、竜太自身に他人を見るほどの余裕がなかったから。
そして、浩輔が気を張って隠そうとしていたからだ。
「ごめん、浩。」
竜太は寝ている浩輔に謝り、立ち上がった。
「いつまで聞き耳たててるの?」
「あれ、ばれてたか。」
「そりゃ、僕だって少しはわかるよ?」
首を振りながらふすまを開けると、そこには出かけたはずのディンがいた。
「父ちゃん、出かけてたんじゃないの?」
「ん?雄也を親御さんのところ連れてって、邪魔だからっていったん帰って来たんだ。」
「そうなんだ。」
「んで、帰ってきたらなんか浩輔の怒鳴り声が聞こえたから、ね。」
「ふーん。」
すんなり話すディンと、若干あきれ顔の竜太。
ディンとしては、浩輔が何故そんな声を上げていたのかが心配なだけだったのだが。
「それで、誤解は解けたか?」
「うん、まあね。」
「それはよかったな。」
「んー。」
話題を戻され恥ずかしがる竜太、怒鳴り声から聞いていたとなると、自分の言葉も聞かれていたのだろうと。
「やっぱ、浩輔っていい子だよなぁ。」
「でしょ?」
「ああ、悠輔も浩輔大好きだからな。」
「悠輔さんも?」
「そだよ。」
へー、と口をすぼめる。
悠輔の話は少しだけ聞いた、前の世界で自分と同じ立ち位置にいた、ディンのもう一つの魂だと。
「今悠輔が起きてたら、嫉妬してたりしてね。」
「それは怖いよ……。」
「冗談だよ。」
「真顔で言わないでよ……。」
実際冗談でもないあたり、ディンとしては複雑だ。
悠輔は皆を愛していたが、やはり浩輔は別格というのが正しいだろう。
一番深く愛情を注いでいた、というのは間違いない。
「ところで父ちゃん、雄也はいいの?」
「やべ、そろそろ時間だ!」
「あ、ちょっと!」
時計を見て慌て、転移魔法でどこかに行ってしまうディン。
「もう、しっかりしてよね……。」
ため息交じりに声をだし、少し笑う。
「だから、あんたの事嫌いだったわけじゃないのよ!」
「そんなの嘘だ!ずっと俺の事死ねって言ってたじゃんか!」
「だから!それはついカッとなって!」
「かッとなって息子に死ねっていうのかよ!」
鳴り響く怒声、お互い譲り合うつもりなど毛頭ない。
それが、ピリピリした空気から伝わってくるようだ。
「俺は出てく!新しい家族と一緒に暮らすんだ!」
「あんた!家族を捨てて恩を仇で返すっていうの!?」
「恩なんかねえよ!」
「それが今まで育ててきた親に対する言葉!?」
「育てた!?虐待してきたの間違いだろ!」
今まで我慢してきたものをすべて吐き出すように叫ぶ雄也。
彼は、小学生時代から虐待を受けていた。
4人姉弟の末っ子だった雄也は、末っ子にしては意外にも愛情を与えられずに育ってきた。
「母さんに向かってよくも!」
「母親だなんて思ってねぇよ!」
理由は親の離婚に始まった。
7年前両親は離婚し、雄也以外の姉3人は父親とともに消えていった。
原因は、雄也に対する姉3人による異常な行為。
少女趣味な服を着せて外に連れまわし、嫌がれば殴る。
そして、それを見て見ぬふりしていた父親。
「あんたなんて生まなきゃよかったよ!」
今叫んでいる母親は、もともとは雄也を守ろうとしていたのだ。
だが、2人になってしまってからというもの、変わってしまった。
働くようになって抱えたストレスを、雄也に向けてしまうようになった。
「こんなことされるくらいなら生まれたくなかったよ!」
それが虐待の始まりだった、母親は毎日雄也を殴った。
元々力があるわけではなかったが、雄也にとってそれはとても痛いものだった。
愛してくれていたはずの母親が、いきなり変わってしまったから。
「もう、あんたなんて死ねばいい!」
中学に上がり、雄也は家に帰らなくなった。
悪い連中、雄也をいじめていた連中とつるむようになり。
そして、待っていたのは強姦だった。
「あたしの不幸は!全部あんたのせいだ!」
嫌だと思っていた。
しかし、母親に殴られるよりはましだと、どこかで思っていた。
だが、もうそんな思いをする必要はない。
だからこそ、怒りのままに叫んでいる。
「そうかよ……。」
もう言葉が出てこない。
雄也は無言で母親を一瞥した後、自室へ向かった。
「……。」
それを無言で睨む母親。
渦巻いている感情がなんなのか、自分が何を言っているのかもはや理解していなかった。
「……。」
無言で荷造りを始める。
洋服などはそのままでいいと言われたから、最低限本当に必要なものだけを鞄に詰めていく。
学校に必要な勉強道具、小学生の頃野球クラブのみんなで落書きしあったグローブにバット、ボール。
クラブ最後の日に撮った、思い出の写真。
父親に貰った最後のプレゼントである、もう小さくて入らないユニフォーム。
「これ……。」
タンスの中に何かないかと探していると、1枚の写真があった。
そこには今よりずっと小さい自分と、母親が写っていた。
離婚直後、母親と撮ったものだ。
2人で頑張っていこうと、約束した日の写真。
「……。」
写真を撮ってから1か月もしないうちに母親は変わってしまった、今でもこの写真が残っているのは何かに縋りたい気持ちがあったから、だろうか。
「もう、終わりなんだ。」
それを机の上に置き、紙に軽い手紙を書いた。
最後まで分かり合えなかったけど、昔姉たちから守ってくれてありがとう。
でも、もう一緒にはいられない。
と。
「……、終わったか?」
「うん、終わった。」
ふと声をかけられそちらを見ると、ディンがいた。
何か複雑そうな顔をしていたが、それでも何も聞かずに。
「いいのか?」
「ああ、いいんだ。」
「それじゃ、行こうか。」
「うん。」
お互い思いつめた顔をしながら受け答えをする。
雄也にとって好きな人でも、今だけは笑えない。
「あのさ、ディン……。」
「なんだ?」
「……。いや、あとでいいや。」
「そっか。」
「もう行こう。」
言うだけ言って雄也は俯く。
ディンは雄也の気持ちを察し、黙って魔法陣を用意した。
「同時転……。」
「雄也!まって!」
「……。」
ディンが同時転移を発動させようとした、その瞬間。
母親が勢いよくドアを開け、入ってきた。
ディンは黙り、魔法の発動を止める。
「お願い雄也!もうあんたしかいないの!」
「……。」
「母さん頑張るから!昔みたいに、あんたを守れるように!」
「……。」
「だから……。」
涙しながら崩れ落ち、縋りついてくる母親を見て雄也は口を開いた。
「もう、無理なんだ。感謝はしてるけど、もう。」
「そんな……!」
「俺は母さんを不幸にする、だからここにはいられない。」
「あれはつい勢いで……!」
「勢いでももう無理だよ、俺はあんなことを言われて一緒にいたいとは思えない。」
「そんな!雄也……!」
泣きじゃくる母親と、俯く雄也。
「ディン、お願い。」
「……。」
「雄也……!」
「同時転移。」
ディンが唱えた瞬間、2人の足元が光りそして消えた。
「雄也……、雄也……!」
何が起きたのかは理解できなかった。
しかし、息子がもう帰ってこない事だけは理解できた。
先ほどの言い争いで、どれだけ息子を傷つけてしまったのかも。
「ごめんなさい……。」
母親は泣いた。
泣きながら1枚の写真を見つけ、その涙は勢いを増した。
まるで、止まる事など知らないかのように。
「……。」
「ディン……、ディンは俺の事嫌いにならないよな!?俺の事、好きでいてくれるよな!?」
「……。」
「なあ、ディン!」
戻ってきてすぐ、雄也は泣いた。
必死で堪えてきた涙が、堪え切れず溢れてきた。
そしてディンに縋る、泣きじゃくりながらディンの服の裾を掴む。
「……。」
「……!」
それを、無言で抱きしめた。
正直な所言葉をかける気はなかった、言葉では思いを伝えきれないから。
だから抱きしめた、それが一番伝わる答えだと知っていたから。
雄也はさらに泣いた。
その声に竜太と浩輔が気づき、部屋に入ってきた。
そして雄也の横に座ると、2人とも無言で雄也を抱きしめた。
何故泣いているのか、なんとなくわかった。
何か、大切なものを無くした痛みに泣いているのだと。
それは、2か月前に自分達が同じ思いをしたから。
3人に包まれ、雄也はひたすらに泣いた。
全ての涙を流さんと言わんばかりに、ただただ泣き続けた。