懐かしき夢
四人で話をして一夜明けた昼、ディンの提案通全員が家を出ずに過ごし、源太もそこにいた。
そして七人は待っていた、ディンが起きるのを。
ディンはいつまで経っても起きてこない、竜太が部屋に行き何度も起こそうとしたが、瞑られた瞳は開かない。
そのうち起きてくるだろう、今日のうちに雄也を連れてくるといったディンの言葉を信じ、子供達は待っていた。
時間は午後三時、九月と言えどまだ夏、じりじりと照り付ける太陽に雲一つない空。
子供達は、冷房を効かせたリビングに避難し過ごしている、そして竜太は、一人ディンの寝ている自室に来ていた。
「……。」
父ちゃんと言いはするものの、今傍らで寝ている青年は、本当に自分の父親と言えるのだろうか。
嬉しかった、確かにそうだ、しかし、それだけだったとは竜太自身思っていない。
不信感ではない、目の前で寝ている青年は、嘘などついていない、自分とそう変わらない年齢に見える青年は、堂々と真実を語っているように見える。
拒絶でもない、ディンが現れ、正直ホッとしている自分がいるの言うのが正直な所だ、兄弟達の事や魔物の事を、一人では抱えきれそうになかったから。
違和感、というのが一番正しい所だろうか。
拭えない違和感だ、部屋に染み付いた煙草のヤニのような、キッチンに染み付いた油の様な、拭いきれない何かがある。
外見的な年齢が近すぎるのだ、自分と大差ない、二、三歳年上にしか見えない。
実際は違うのだとしても、、どうしてもそう見えてしまう、それが違和感として現れる。
そんな竜太をしり目にディンはいびきをかいて爆睡している、幸せそうな寝顔で寝続ける、そして夢を見ている、昔の、遠い昔の思い出を。
……。
(ディン、きれいなとこだね。)
悠輔がディンの中で笑う。
(ああ、魔物が出てこなきゃもっとよかったんだけどな。)
それに対してディンが茶化すように返す、二人がいたのは琵琶湖の湖畔、冬の透き通った水の流れを遮る、桟橋の上。
(景色をきれいなんて思うの、いつぶりだろ。)
悠輔はディンの視界を通して見えている景色を見る、視界をリンクさせ、同じ景色を見ているのだ。
(そうだな、あれ以来そんな余裕もなかったからな。)
ディンが空から降って来る魔物の存在を探知し、苦々し気に笑う、そしてすぐ真顔に戻ると、そこから一気に跳躍した。
「竜神術、清風。」
ディンが唱えると、体の周りを風が包み本来落下するはずの体を宙に留める。
「さて悠輔、終わったら少しのんびりしようか。」
そういいながら右腕を背中に回す。
「竜神剣、竜の誇りよ!今ここに闇払う刃を!」
そう叫ぶとディンの背中に光が集まり、それが剣の形になる。
(お願いね、ディン。)
悠輔はそういうと視界のリンクを切り、ディンにすべてを委ねる、十二歳という年齢では、考えられない程に落ち着き払って。
「んー。」
ディンは夢を見ている、そして笑っている。
「はぁ、幸せそうな寝顔だね。僕の方が年上なんじゃないかな……?」
それを見てため息をつく竜太、見た目も言動もそこまで変わらず、そして幸せそうな寝顔、そんなディンを見ていると、自分より年下なんじゃないかと錯覚してしまう。
「でも……。」
わかっている、目の前で寝ている青年は、神であり父であり、そして壮絶な人生を送ってきているのだと。
「まったくもう……、僕も眠くなってきちゃった。父ちゃん、隣ごめんね?」
考え疲れたのか、そういうとディンの横に寝転がる竜太、ディンは竜太の方を向いて寝ていたので、向かいあう形だ。
「父ちゃん……。」
初めて間近で見る父の顔、眉間の傷が痛々しい、それには及ばずとも、顔の所々に傷があり、傍から見ると恐ろしい。
でもとても優しい、傍にいるとなぜか落ち着く、昨日出会ったばかりなのに、出会ってから一日もたっていなはずなのに、傍にいて呼吸を聞いていると、何故か落ち着く。
「……。」
ディンの胸にそっと額をつける、暖かい、そして安らぐ。
「……。」
そういえば、と竜太はまどろみの中で思う、今日ほど安らいだ日はあっただろうか、と。
竜太が襲われてから三か月、一日として心が休まる日などなかった。
「……。」
最初は恐怖、そして怒り、悲しみ、責務、憂い、そんな感情ばかりがぐるぐると回る毎日。
「……。」
そして昨日の事、結局、昨日は気が昂って眠れなかった、しかしそんな所を弟達の前では見せられない、無理をしていた、というのが一番正しいだろう。
「ふあぁ……。」
だけど、それなのに、目の前で寝ている青年の懐にいると、とても落ち着く、そして、無理しないでもいいんだと思える。
これがきっと、家族の絆というものなんだろう、先ほどまで感じていた違和感が、なくなっていくのがわかる、そんなことを考えているうちに、すっと眠りにつく竜太は、静かに寝息を立て始める。
「……。」
ディンの瞳がゆっくりと開かれる、竜太の動作で目を覚ましたのだろう。
「竜太……。」
胸の中で眠る竜太を見つめ、その名を呼ぶ、浩輔に、悠輔にそっくりな我が子の名を。
「……。」
悠輔は怒っていないだろうか、最期に会ってから五百年もずっと眠っている最愛の人は。
このことを、怒っていないだろうか。
今でも覚えている、五百年前のあの日の事を。
悠輔を失ってしまった日、デインとの闘いで敗走したあの日、時を遡ったその日、悠輔の最期の願いを聞いたあの日の事を。
「その為なら消えたってかまわない、だから幸せになって。みんなと、一緒に。」
意識があったわけではない、自分が意識を取り戻した時には、悠輔はもう眠っていた。
しかし、覚えていた、聞こえていた、悠輔の願いが、見えていた、悠輔の笑顔が、涙が。
そして忘れる事はなかった、悠輔の願いを、ともに過ごした日々を、最愛の人を失った日の事を。
「……。」
そして思い出す、夢の中で見た光景、とても懐かしい、そして淡い思い出、ディンと悠輔が感覚を共有して、最初で最後の冬の出来事。
「あの後、夜までずっと帰らなかったっけな。」
戦いが終わってすぐ、悠輔と入れ替わったディン、そして、その情景から決して目を離さなかった悠輔。
戦闘があったのが昼過ぎで、結局悠輔が動いたのは日没頃、三時間ほど、そのから動かなかった計算になる。
「……。」
その時のことを思い出す、そう、夢の続きを。
二人揃って何も言わず、目の前の景色に没頭していたことを、美しい湖を、そして沈みゆく太陽を。
「遠い昔のよう、というか遠い昔の話か。」
あれから、夢に見たあの日から、六百年以上の歳月を、ディンは過ごした。
いくら百万年以上生きる種族の血を引いているとはいえ、ディンにとって長い時が過ぎたことには違いがない。
「長く生き過ぎた気もするんだけどな。」
悠久の時を生きる種族、自分がそうであることはわかっている、きっとその中で今まで生きてきた時間など、ほんの少しでしかないであろうこともわかっている。
しかし、忘れることはないことはわかっている、忘れたくないこともわかっている。
だから、いつまでも覚えているだろう、それは永遠に消えない宝物であり、永遠に取れない枷なのだから。
「ふぅ……。」
ため息をつく、これからの事を考えれば、それは当たり前といえば当たり前だ。
もう一度、デインと対峙しなければならない。
今度は勝てるのだろうか、それともまた、否、打ち勝つしか選択肢はない。
負けるという事は今度こそ、すべてを失ってしまう、それが嫌だったから、今ここにいるのだ。
全てを守り救い、そして幸せになってもらう為に、そして、幸せになる為に、悠輔の最期の願いを叶える為に、悠輔ともう一度笑いあう為に。
「もうひと眠りするか……。」
小声で呟くと、ディンは竜太に腕を回し抱き着いて眠りについた。
「……。二人揃って、なんだか幸せそうだね。」
一時間後、部屋に訪れた浩輔は一人呟く。
まあ大体予想はついていた、おそらく寝ているだろうと、しかし、この光景は若干予想外だ。
てっきり、竜太は椅子に座って寝ているものだと思っていた。
「むぅ……。」
そして、若干やきもちをやく、自分ではなれない立場、竜太に必要だったその存在、ディンが来てくれてほっとしたとともに、少し妬いている自分がいた。
「仕方ないなぁ、竜はこうなったら起きないし、きっとディンさんも起きないだろうし……。」
腰に手を当て、ため息をつく、どうしようもない、そっとしておこう、そんな言葉が似合うような顔をしている。
「でも、雄也君って子の事はどうするんだろう……。」
一つだけ心配な事、それは山内雄也の事、今日中に何とかするといっていたし、何よりも。
浩輔としても、一秒も早く何とかしてあげたい、会ったことはないのだが、聞いていた話からするに、事は急を要するだろう。
「源太君が言ってた事がほんとなら……。」
凌辱、雄也が今されている、いじめの内容。
男同士の交わり、それを自らの意志ではない、強制されているのだ。
自分達がした時でさえ、最初は抵抗があったというのに、それを受け入れてない相手にされる。
それは浩輔にとって、いや皆にとって許しがたい事、だから早く何とかしてほしい、でも寝ているのではそうもいかない。
「早く起きてよね、二人とも……。」
困り顔でそう告げ、部屋を出る浩輔、きっと今ここに居続けると、嫉妬心が大きくなってしまう。
仕方がない、そう、仕方がない。
「……。」
きっとうまくいく、今までだって色々あったのだから、浩輔は心の内で呟く。
竜太を、そして竜太を助けてくれたディンを信じているから、きっと何とかなる、そう思えたのだろう。




