最後の王
その場にいた全員に、いや世界中の生物にその音は聞こえた。
ガラスのような何かが砕け散った音、数百万年に及ぶ負の螺旋が開放された喜びの声。
なにが起きたのかまったくわからない世界中の人達の頬から、何故か涙がこぼれた。
争いの終わりを告げる鐘はならなかった。
しかし、その鐘の音は世界に響いたのだ。
その中心部にいた子供たちも例外ではなく、涙を流しながら空を仰ぐ。
空というキャンバスにほどよく白雲を散りばめた美しい空模様のなか、徐々に大きくなってきた影を見つめる。
その姿に、誰も声を出すことは出来なかった。
「……。」
「……!?」
影はどんどんと大きくなり、その姿を現す。
「父ちゃん……!」
それは人間の6倍ほどの大きさの、金色の光を纏う美しい白竜だった。
翼を動かし周囲に風を起こしながら舞い降りた竜は、地上に佇む子供たちを見つめていた。
その双眼は翡翠と琥珀を帯びた優しげな瞳を持ち、目の間には一筋の傷が刻まれている。
「ディン……、バカ野郎……。バカ野郎!」
「え!?あれが父ちゃなの!?」
「……。」
竜は地上に降り立つと、静かに喉を鳴らして眼を細める。
どこかディンの面影が残るその竜の仕草に、目の前のドラゴンが誰なのかを理解した子供たちは衝撃を隠せない。
「父ちゃん……。なんで……?」
「お、オヤジ……?」
浩輔と雄也が声を出すと、竜は眼を細めたままそちらを向き、顔を近づける。
その行動に2人は一瞬身体をこわばらせるが、近づけば近づく程ディンにそっくりなその眼を見て少し落ち着いたようだったが、半年前に聞かされたある事柄を思い出し、胸を締め付けられる。
「とう……ちゃん……。」
浩輔が涙ながらに呼ぶと、竜は優しくその額を浩輔の額につける。
全ての仕草が皆に現実だと囁く。
似ているのではなく、ディンそのものなんだと。
「ディン、さん……。なんで、なんでだよ……?みんなが幸せになるまでそばにいたいって言ったのはウソだったのかよ!?」
「お父さん僕達と一緒にいたくなかったの!?」
「お父ちゃんと一緒に入れないなんてやだよ!」
子供達は悲鳴のような叫び声を上げる。
約束したのに、ずっと一緒だって言ったのに。
竜になってしまったら一緒にはいられない、それは子供だって理解出来る。
「みんな、やめろ。」
「悠にぃ!?」
「ディンがなんの為に力を使ったのか思い出せ。デインの為だけじゃない、みんなが魔物に怯えなくて済むようにって、ディンはずっと戦ってきたんだ。終わらせる為にはこれしかなかった、そうなんだろう?」
しばらく悲鳴があたりに響いていたが、悠輔の一言で皆の口は止まった。
ディンは悠輔の言葉にゆっくりと頷き、悲しげに喉を鳴らした。
「こうなる事は俺達が覚悟しなきゃいけないことだった、ディンはとっくにこうなることをわかってたんだ。俺もわかってたはずだった、でもどっかでそうならない未来を願ってみんなには伝えられなかった。ディンを責めたってデインを責めたって世界を恨んだって意味がない、ディンの意思が定まってた時点で俺達が覚悟しなきゃいけなかったんだ。」
「……。でも、そうならない可能性だって……。」
「なかったんだよ!ディンは人間として生きる道もみんなと居る道も全部、自分がしたかった事全部を捨てて俺達の未来を作ろうとしたんだ!そのためにはこうする他なかったんだよ!こいつは全部わかってたんだよ!自分のするべきことを!世界の未来の為にしなきゃならないことを!だから他の可能性がないことだってわかってたんだよ!でもな……、それを知った上で俺達に笑ってて欲しいからって自分にも嘘ついてたんだよ!」
悠輔は拳を握り身体を震わせ、涙をぼたぼたと流しながら怒鳴る。
一番傍にいたものとして、一番傍に居続けたかった者として、一番ディンの心境を知っていた者として。
「でも……、なんで言ってくれなかったの……?一緒に考えられたはずなのに……。」
「なんで……?なあ竜太、お前はわかるか?考えた所で変えられない未来を知った時の辛さが、自分以外に出来るやつがいないと知ったときの苦しみ……」
「―――!」
悠輔が竜太に掴みかかったその瞬間、ディンが咆哮を上げた。
悠輔を止める為に、しかしどこか悲しみが混じったような咆哮を。
双眼から涙をこぼしながら、ディンは悠輔を止めた。
「……。ディンさんはずっとこうなるってわかってたんだよな……?なら、今の状況もなんとなくわかってたんじゃないか?それでも話さなかったのは、やっぱりみんなと居たかった、から?」
「……。」
「そう、だよな。なあ、ドラゴンになったからって離れ離れにならなきゃいけないのか?みんなと一緒にいること、できないのか?」
ふと出てきた源太の問いに静かに頷くディン。
二つ目の問には首を横に振り、それは出来ないと伝えた。
「お別れ、なの?」
「……。」
「……、やだよぉ……。父ちゃと一緒にいたいよぉ、ドラゴンでもなんでもいいから一緒にいたいよぉ……!」
「どうにかならないの…?人間の姿に戻る事は出来ないの!?」
「……。」
ディンは子供達の悲痛な叫びに悲しげに首を振り、それ以上は辛いだけだろうと翼を広げた。
「いっちゃダメだ!」
「行かないで!」
子供達は口々に叫ぶ。
「ディン……!行くな……!」
悠輔がひと目もはばからず号泣しながら叫ぶとほぼ同時、ディンの四肢が地を離れ、そして止まった。
「…?」
ディンは不思議そうに首をかしげた。
翼を動かしている感覚はある。
しかし、浮上しない。
「行ってはならぬそうだぞ?我が子孫よ。」
「だ、誰だ!?」
「我は竜神の長、その一代目。最後の王よ、幼き王よ、貴様にはまだここにいねばならぬ理由があるようだな。」
威厳のある声がその場に響いた。
全員がその方向を見ると、手のひら大の小さな黒竜が皆の目線に合わせて飛んでいた。
「幼き王よ、よくぞ使命を果たした。しかし、それを終えるために愛すべき者達を涙させるのは感心せぬな。」
(なぜあなたがここに?あなたはとっくのとうに死んだはずじゃ?)
「我はこの時の為に魂の欠片を結界に結びつけておっての。ほうれ、我が子孫たちも現れおったわ。」
「い、いつの間に!?」
テレパシーで初代に疑問をぶつけている間に、黒竜の周りに色とりどりの同じサイズのドラゴンが7体。
黒竜を含め、全部で8対の小さな竜が現れていた。
「我は未来を見通す力を持つ。しかしな、貴様がこうする前後がどうしても見通せなんだ。であるからしてその先を見定める為に結界に魂を結んでおったのだ。まさか、命を賭して我らが8つの結界を破壊するとは、な。」
(それで、初代様達はわざわざそれを見届けに?)
「否、我らの宿命を幼き貴様に背負わせてはならんと思ってな。命を賭し竜と化した時、それを戻す手立てを伝える為に残した。」
(随分ご都合主義なんだな、未来予知。)
「まあそう言うな幼き王よ。」
「……?」
傍から見れば黒竜が独りで話をしているように見える。
ディンは喋るということが出来ずテレパシーを使っているわけだが、それを子供達に聴かせるつもりもないようだ。
「さて、それでは目的を果たさねばならぬな。幼き王よ、竜の御霊は呼び出せるな?」
「……。」
その後少しの間沈黙が続いたが、そろそろいいかと初代ディンは口を開く。
ディンは首をかしげたまま竜の御霊を発現させ、初代のすぐ近くに漂わせた。
「竜の世界の守護者アイラよ、貴様は幼き王を救いたいか?」
「わ、私かい?……、そうだね、ディンは私の大切な甥だ。そしてこの子達の大切な家族だ。私に出来ることがあればなんでもしよう。」
「よいよい。次にその娘ケシニア、愚かな竜の息子レヴィストロ、賢き竜アリステスよ、貴様らはどうだ?王の為に己の全てを捧げる意はあるか?」
続いてアイラに問うた黒竜は、その返答に頷くとその子供たちに続けて問う。
ケシニアはフラフラと立ち上がると力なく頷き、レヴィストロとアリステスはあたり前だと言わんばかりに首を縦に振った。
「よいよい、では貴様らの剣をだし、我が前に差し出せ。それらを全て一つとし、力を発現しようぞ。当然のことだが、剣を纏めれば己がどうなるかは分かっているな?」
「……。」
無言で頷く竜神達、ざわつく子供達。
そしてなにも言わずにただそこにいるディン。
竜神達はいつかこうなることを分かっていたのではないか、対立闘争の時から覚悟していたのではないか。
あまりの即断即決に、そう見えてしまったから。
覚悟や意思に口は出さない、自分の時にここにいる彼らはそうして付き従ってくれたのだから。
「そして哀れな子デインよ、貴様はどうしたいのだ?」
「え、僕!?」
黒竜は全員が剣を自分の傍に発現させたのを確認し、今度はデインに問いかけた。
「そうだ、貴様だ。貴様は幼き王に命を、魂を救われた。その返しを今する気はあるか?もちろん、貴様も消えるということではない。しかし、貴様は人の姿を保てなくなり、長い眠りにつくことになるだろう。」
「……。そうすれば、ディンは戻れる?」
「確証はないが、我らと貴様らの魂の力を合わせれば、可能性はあるだろう。」
「……。わかった、僕の力を使ってディンが戻ってこられる可能性があるのなら。」
「……、デイン……、お前……。」
「ごめんねみんな。助けてもらっておいてアレなんだけどさ、僕は僕に出来ることをしたい。今出来る事はディンを元に戻して、みんなと過ごせるようにすること。それに、僕はもう十分幸せだから。」
デインは子供たちをぐるりと見回しながら微笑んで見せた。
幼いはずのデインが、急に大人びて微笑んだその姿に、子供達は思わず言葉を失う。
ディンはなにも言わない。
デインが本当にそうしたいと願うならば、止める術はないと分かっているから。
「では始めるとしようかの。」
黒竜は宣言すると同時にとじていた双眼を開く。
青水晶のような美しい瞳にはディンの姿が映り込み、その小さな身体から魔力が溢れ出す。
「では歴代の子孫たちよ、貴様らの最後の勤めだ。」
色とりどりの竜達は無言で首を振ると、身体と同じ色の光となって黒竜の中に消えていった。
すると黒竜の姿が変化し始め、竜の翼を生やした老人になった。
「今生きし者達よ、貴様らの剣と魂、我が貰い受けるぞ。」
そう言って順番に周りを漂っていた剣を一本一本握っていくと、剣が光に姿をかえ吸収されていく。
「じゃあ、あとは頼んだよ。」
「みんな、元気でね!」
それと同時にそれぞれの剣の持ち主が一言ずつ皆に思いを告げ、光となって消えていった。
老人はまた光に包まれ、今度はディンより少し大きいくらいの青年へと変化した。
青水晶の美しい眼を持った筋肉質な青年は、デインの元へと歩み寄り目の前に手をかざす。
「さあデインよ、貴様が願いとともにこの剣で幼き王を刺せ。貴様の願いが本物であれば、必ず幼き王は元の姿へ、いや完全な竜神王として竜から人へとなろうぞ。」
翳した手の先にディン達のものより一回り大きな、虹色の宝玉が填った剣が現れたかと思うと、青年は光となりその中へと消えていってしまった。
「……。僕は、ディンに人でいてほしい。僕が竜になってしまったとしても、またみんなと会えるから。僕は十分愛をもらって、十分幸せだから。だからディン、僕の願いはディンを元に戻す、それだけだよ。」
「……。」
誰もなにも発さない、声を発することが出来ない。
これからなにが起こるのかは想像がつく。
しかし、止める事はない。
今更止められない、止めてはいけないとデインの姿が、言葉が訴えているから。
「ディン、戻ってきて……。みんなの為に、僕の為に、ディン自身の為に!」
ゆっくりと近づいたデインが、ドラゴン体のディンの胸に静かに剣を刺した。
「……。」
痛みはなかった。
心地よく、安らぎを与えてくれる暖かさがディンの中に流れ込んでくる。
その感覚は胸からじんわりと全身に周り、ディンは心地よさの中で眼を閉じた。
(この感じ、なんだろうな。みんなの気持ちが流れ込んでくるような、みんなの優しさに包まれたような……。)
目を閉じたはずが暖かい光を感じ、精神の中で裸体になったディンはその暖かな光をやさしく抱擁する。
するとディンの胸の中で光は輝きを増し、ディンを覆い更に眩く輝いた。
感じるよ、みんなの優しさ。ありがとう、俺はみんなの為にも生きていくよ。人間として、竜神王として、みんなの父として……。
眩い光の中ディンは微笑む。
すると、その微笑みの先に数多の竜神の姿が現れ、消えていった。
それに呼応するようにディンの全身を覆う刻印が引いていき、左腕から描かれた炎は全て消え去った。
そして皆微笑みながら、最後の王を讃え消えていった。
「ディン!」
「……。ただいま、みんな。」
「父ちゃん!」
剣を刺されたディンが光に包まれ1分ほど。
眩い光は木漏れ日のように霞んでいき、中からは微笑みを浮かべる人間体のディンが現れた。
真っ先に気づいた悠輔と竜太がディンに飛びつくと、それを皮切りに子供達がディンに抱きつこうと駆け寄った。
「ディン、みんなの事もう悲しませちゃダメだよ?」
「デイン……。ありがとな、デイン助けるはずが俺が助けてもらっちまった。」
「ううん、僕はディンに……。ううん、みんなに救われたから。4ヶ月っていう短い時間の中で、僕はいろんな事を知ったし、みんなの愛をもらった。だから、今度は僕がお返ししなきゃね。じゃあ、そろそろ……。」
しばらくディンの取り合いになっていたが、ふとデインが口を開くと皆少し下がり、ディンとデインは抱きしめあいながら言葉を交わす。
「デイン、眠いだろ?ゆっくり休め、起きたらまた一緒に笑おう。」
「うん……。おや……すみ……。」
デインはあくびを一つすると、ウトウトしてディンの腕の中で寝息をたて始めた。
「デイン、お疲れ様。」
ディンはそんなデインに微笑みかける。
デインの身体は少しずつ光に包まれ、姿を変えていく。
「長い眠りって、そういうことだったのか。」
「ああ、恐らくデインの力全部を使わせたんだろうな、この姿になって永い眠りについて、いつか目覚めてまた、ってことなんだろうよ。」
気が付けばデインの姿はなく、ディンの手のひらの中に小さな小さな白竜が一体。
デインのドラゴン体、力を使い切って赤子に返ったのだろう。
「デインおじさん、幸せそうに眠ってるね。」
「そうだなぁ、邪魔が入らないようにどこか静かなところに送ってやるか。」
「え、じゃあ一緒にいられないの?」
「寝ぼすけが起きるまで静かな場所に連れてくだけだよ、起きたらまた会えるさ。」
「そっか。じゃあ、しばらくおやすみだね。」
「そうだ。」
ディンは親指で赤子の竜を1度撫でると、魔力を練って手のひらに魔法陣を描いた。
「異世界を旅してる時に、この世界の裏まで行ったことがあってな。ちと特殊ではあるけど平和そうだったんだ。それに、確か8竜は元々そこを守護してたはず。だから、そこに送ってやろう。」
いつの間にか消えていた8竜の拠点を思い出しながらディンはデインの眠る場所を決める。
「そこはなんていう世界なんだ?」
「ディセントっていう所だ。」
「ディセント、か。まあいいんじゃないか?」
「だな。さあデイン、目が覚めたら会いにいくからな、ゆっくり休めよ。」
……時空超越……
ディンは完全な竜神としての完全開放を使い、クォーターヒューマンであった時には回数制限のあった時空を超える術を発動した。
左腕の刻印は伸びることなく、それがディンの力が無尽蔵になった事を知らしめる。
デインは小さな寝息を立てながら、永く遠い世界へと旅立っていった。
皆の愛に包まれながら、皆の愛を感じながら。
「さて、と。俺達も帰るか。」
「さてとじゃないぞディン!皆心配したんだからな!」
「ごめんごめん。でも、戻ってきたろ?」
「そういう問題ではなあぃ!」
「げ、村さん怒った。めんどいからせーの!」
「「同時転移!」」
村瀬が爆発しそうな気配を察知したディンは、掛け声と共に全員を元いた場所へと飛ばした。
それと同時に避難させていた人間たちを戻し、戻された人々はざわつきながらも終戦を喜んだ。
ただひとりだけ、どこか別の所に飛ばされてしまったとも知らずに……。
「というわけで、魔物はこれ以降ほとんど出現する事はないかと思われますが、皆様くれぐれもお気をつけください。万が一魔物や魔術に関係のある物と接触された場合には、警察に連絡後安全な場所まで避難をお願いいたします。それでは…、私ディン・アストレフからのお知らせはこれにて終了といたします。皆様、1年間正体を明かさずに活動してきたことに関しては深く謝罪をさせて頂ければと存じます。」
「ありがとうございます。ではアストレフさん、今後はどのような活動をされていく予定で?」
「はい、今後はNPOの現場と保護施設での活動、それに魔物魔術に関する対処、あとは今まで通り警察や救急への協力をしていこうかと思っています。」
「そうですか。もう一つ、1ヶ月前のあの巨大なブラックホールはなぜできたのですか?」
「それはお答え出来ません。答えられるとしたら、あの闇の渦は何百万年とかけて溜まってしまった全ての生物の闇そのもの、ということだけです。」
「お答え頂けない理由は?」
「お答えしたところで理解出来るものではなく、またお答えした後の対処が面倒、というのが正直な所です。あの渦の事を解説するだけで半日程使うでしょうし。」
「なる程、ではそれはまたの機会があれば、という事で。では、本日のゲストはディン・アストレフ氏でした。皆さん、良い一日を。」
「はぁ。疲れた……。」
「お疲れさん。」
「お、悠輔―。」
あれから1ヶ月が経った。
1ヶ月間沈黙を続けていたディン一行だったが、首相との議論の結果ことを公表することにしたのだ。
ディンの素性を含めた概要と事件の収束を告げ、国民を安心させようという首相の計らいだった。
高校に通い始めた悠輔はこの日学校をサボり、ディンと共にテレビ局に足を運んでいた。
30分間とはいえ長く話したディンは少し疲れたようで、ぐったりと悠輔にもたれ掛かり口を尖らせる。
「今日はゆっくりするべ。」
「そうも言ってらんないのが仕事人よ。」
「何、また電話?」
「さっき来てたっぽい、行ってくるわ。」
「ほいよ、行ってらっしゃい。」
ディンは笑いながら肩を竦めると、1人転移で飛んでいった。
残された悠輔はテレビ局の社員に軽く会釈をすると、自分も転移を使い飛んでいった。
「ほら坂崎!行くぞぉ!」
「バッチこーい!」
竜太はあれから浩輔と同じ野球部に入り、中学生活を謳歌していた。
もちろん能力は封印せず、いつでも使えるようになっている。
ディンの施した段階封印は少しずつ解け、自身の成長を喜びながら日々を過ごしていた。
「竜、センスあるね!」
「そうかなぁ?まあ、ひとりだけチートモードだからね。」
「お、いうなあ竜太!でもエースピッチャーの座は簡単に渡さねえぞ?」
「なにおぅ?すぐに引きずり下ろしてやる!」
部活帰り、源太と浩輔、雄也と4人で帰りながら他愛のない会話で盛り上がる。
1ヶ月前までは考えられなかった日常、それを手にした竜太は喜んだ。
竜太だけではない。
皆が日常を喜び、笑いながら日々を過ごした。
結局雄也は家に帰らず、源太も両親が海外で永住するという報せを聴き、正式にディンの息子として養子縁組をした。
1年間一緒に過ごしたら本物の家族になっちまった、と源太は寂しそうに笑ってみせたものだ。
「さあて、今日の晩飯は何かな?」
ディンは瀬戸内海を渡る大橋の歩道の手すりにのり、ある人物と笑いながら話していた。
「ディンさん、ほんとにすごいですよ。」
「そうかい?雄谷が俺と話して気持ち落ち着かせてくれたからだと思うぞ?」
夕焼けが映える海を見下ろしながら、坊主頭にブレザーの高校生と笑うディン。
彼の仕事は自殺防止プロジェクト。
自殺を考えた青少年が電話をかけ、それに応じて直接会い話をする仕事。
「ほんとにあの魔物と戦ってた人だなんて思えないですよ、こんなに穏やかな人が。」
「魔物と戦ってる時は修羅の顔とかよく言われるけどな。」
「ははは、こうやって話してると死ぬ気失せちゃいます。責任とってくださいよ?」
「おうおう、じゃあ一緒に帰ってみんなで飯食うか!」
「いいんですか?」
雄谷は乾いた笑い声を上げながら冗談を言ったつもりだが、ディンはいたって真面目なようで驚かされる。
「だって責任取らなきゃだしな。責任取って幸せにせにゃ、竜神王の名折れってもんだ。」
「じゃあ、お願いしますね。」
雄谷に向かってディンはにっこりと笑うと、雄谷は少し恥ずかしそうにはにかみ差し出されたディンの手を取った。
「じゃあいくべ。」
「はい。」
「同時転移。」
「たっだいまー!」
「あ!父ちゃおかえりぃ!お客さんもおかえりぃ!」
「まったく、今日も一人追加ね。坊や、からあげ好きか?」
「あー、また恋のライバル増えんのか?オヤジー!」
「じゃかしい!取り敢えず飯だ飯!」
帰路についたと思えばどかどかと出迎える子供達。
その数に圧倒される雄谷をみて笑いながら、皆は家の中へと消えていった。
暖かい家庭の、暖かい食卓へと。




