傷の真実
会議から一ヶ月が過ぎた、12月中旬。
本格的な寒波が街に冷たい北風を届け、ぬくもりが恋しくなる時期。
守護者達の戦いは苛烈を極めた。
際限なく湧いてくる魔物を相手に、たった4人で立ち向かう。
個々の戦闘能力が高いとはいえ、そう何度も続けば疲弊してくる。
その中で、ディンは他の3人を戦いから少し遠ざけた。
12月に入った頃から、竜太達が戦うのは多くて3日に1回。
対して魔物は日を置くどころか1日5,6度は出現。
そんな激しい頻度の中、犠牲となる人間はほとんどゼロだった。
ディンが24時間共鳴探知を発動し続け、出現ではなく予兆の段階で現地に赴いていたからだ。
本来の力を取り戻したとはいえ、彼にとっても大分辛い戦い。
「……。」
時間は夜の11時。
今日だけで7度の戦闘をこなしたディンは無言で帰宅し、部屋のパソコンを開いた。
(やっぱり分布に間違いはない、か。となると……。)
1人考え事をしながら、研究者から送られてきたデータを確認する。
(自殺者が多い区域では特に魔物の出現頻度、レベルが高い。)
データの中身は日本における毎日の死者の数と分布。
中でも自殺者をピックアップした分布図を確認し、推測を確定に変えていく。
(中でも子供の自殺後には多くの、強い魔物が現れる。)
自殺の分布は都市部に偏っている。
そして、魔物の出現も都市部に偏る。
これが偶然だとは、もう言えないだろう。
(海外のデータはまだ不十分、でもおそらく。)
国連に依頼し世界中で計測を行い始めたのが1週間前。
統計を取り確証を得るには、まだデータが足りないだろう。
しかし、明らかに紛争地帯や発展途上国での戦闘が多い。
先進国の中では、失業者やストリートチルドレンが多く居る地域に魔物が多く出現する。(とりあえず、日本だけでも減らせたら……。)
熟考に熟考を重ねる。
日本は確かに小さな島国だが、被害は先進国中一位だ。
それは、日本が抱えるストレス社会という物の現れだろう。
そして、日本は守護者の活動拠点であり、知ある魔物にとって、拠点として奪うには格好の的。
日本での魔物の出現頻度が世界一位なのは、決して偶然ではないと考えられる。
(デインが封印されていたのは日本、陰陽師達が昔からいたのも日本。更に異世界から魔物やらが迷い込んでくるのも日本。)
時折、外界から迷い込んでくる魔物が居る。
否、魔物に限定した話ではない。
他世界の住人が時折迷い込んでくることもある。
それのすべてが日本で起こっている、というところにディンは注目した。
(この島にはなにか特別な条件がある。おそらく先代より前の何者かの遺した物、先代や俺達でさえ理解出来ない年輪の外の世界の代物だろうな。)
先代竜神王の遺したものなら探知出来ないハズはない。
そしてなにより、そんな重要なことを話さないということもない。
ということは、遥か昔から存在する何か。
竜神達を作り出した何者かの遺した遺物だろうと仮定する。
そうでもない限り、全く探知出来ないという説明が中々つかない。
「あー、頭いてえ。」
「zzz。」
「はぁ、寝るか。」
悠輔が寝ている横で頭を掻き、ため息をつく。
そして、ベッドに横たわるかと思いきや、魔法陣を形成し始めるディン。
「異世界跳躍」
発動と共に、一瞬でそこからいなくなったディン。
悠輔は深い眠りについているのか、それに気づかずスヤスヤと寝息をたてていた。
「……。」
瞬間移動したディンがたどり着いたのは、薄闇に包まれた平坦な世界に1つだけある家の中。
異世界跳躍とは、文字通り別世界へと転移する事。
いつか使った、時空超越の下位互換。
「寝るか。」
その家にあるベッドルームに向かい、さっさとベッドに潜り込むディン。
3分も経たずに寝息をたて始めた。
「zzz。」
異世界跳躍には2つの種類がある。
1つは、その世界で過ごした時間分、元の世界でも時間が経過しているパターン。
つまり、別世界で1年過ごすと、元の世界でも相応の時間が経過しているというもの。
2つ目は、跳んだ瞬間に戻るパターン。
別世界でどれだけの時間を過ごそうと、元の世界では飛び立った瞬間に戻ってくるというもの。
時間経過はゼロに等しく、見ているものからすると、消えた瞬間に戻ってきたように見える。
「zzz。」
ディンが使っているのはディンは異世界に向かうときには前者を使っている。
今いる世界は常闇の世界で、生物がいない。
世界分割の際に出来てしまった、所謂捻じれのような世界。
年輪を飛び回っていた時にディンが見つけた世界の1つ。
太陽は昇らない、月は存在しない、星は煌めかない。
次元の狭間の如く暗い、何もない世界。
寝る為だけに来るのに都合が良いと感じ、ディンはそこに家を一見出現させ、睡眠用として使うようになったのが1ヶ月前。
「……、ふあぁ。」
時間にして12時間、半日眠り続けたディンが目覚める。
ここ一ヶ月のサイクルは、24時間の活動の後12時間寝るという流れ。
実はその前にも、1度ここに来ているが。
力を取り戻すため、実に50年眠り続けていた。
「さて、たっぷり寝たし戻るか。異世界跳躍」
大きな欠伸をしてから術を唱え、そこから消えるディン。
常闇の世界で一瞬だけ光が出現し、また闇が世界を支配する。
「ただいまっと。」
消えた瞬間に帰ってきたディンは、誰にでもなく帰宅の挨拶をする。
横を見れば時計は夜11時のまま、悠輔は全く同じ格好で寝ている。
「さて、たっぷり休んだところで、始めますか。」
ディンはパソコンを再起動し、更にデスクの棚から5個のノートパソコンを取り出し、起動した。
「んー、ざっくり5つにわけで情報処理させるか。大陸ごとにすれば……。」
それぞれのパソコンを魔力による遠隔操作で動かし、世界各国から送られてきた情報をまとめ始める。
キーボードが勝手に動き出し、カタカタと音が鳴る。
「悠輔、起きちゃわねえかな……。」
コーヒーを飲みに一階におり、お湯を沸かしながらディンは首をかしげる。
そして起きた時の想像をして笑いながら、馴染みの喫茶店からもらった豆をだし、ミルで挽き始める。
「んー、この香り、やっぱいいわぁ。」
独り言をブツブツと喋りながら、のんびりと挽いた豆をフィルターに移し、ゆっくりとお湯を注ぐ。
注ぎ終わったコーヒーに牛乳と角砂糖を加え、一口啜ってほっこりする。
一連の流れがディンの寝起きの楽しみであり、この流れがないと頭がシャッキリしない。
「はぁ、この時間が過ぎればまた情報処理の時間かぁ。」
膨大な量の情報にゲンナリするディン。
例え纏める作業を自動でやっているとは言え、結局最後にはすべてを頭に入れなければならない。
量が量なだけあり、それだけで時間と気力を持っていかれる。
「っと、泣き言言ってても仕方ない……。あれ、大志?」
「あ、お父さん……。」
「こんな時間にどうした?寝とかないと明日起きれないぞ?」
「お父さんこそこんな時間まで起きてて、体大丈夫なの?」
「……?大丈夫だぞ?」
「そう……。」
どことなく素っ気ない言葉の響き。
一階で唯一明かりのついている台所のライトに照らされた大志は、どうしてかディンと眼を合わせようとしない。
「大志もなんか飲むか?」
「いい。」
「そっか……。じゃ、早めに寝るんだぞ?」
「わかった。」
「……?」
普段と全く違う応答に首をかしげながらも、コーヒーを啜りながら台所を離れようとするディン。
心は読めるが普段は読まないディンにとって、今の大志の態度は不思議でならなかった。
「……。あのさ、お父さん。」
「ん?なんだ?」
「ううん、何でもない。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
振り向くことなく大志の言葉に応えるディン。
これから待つ作業が憂鬱で、こくりと頭をかしげる。
「……。」
そんなディンを見た大志の心の中では、ドス黒く渦巻く感情があった。
(やっぱりお父さん、僕のことなんてどうでもいいんだ……。ほかのみんなだったら、絶対こんなふうに言わないのに……。いっつも、いっつも、いっつも。僕はどうでもいいんでしょ?)
大志はあまり泣き言を言わない。
ディンはそんな大志を心配している反面、どこかで手がかからないと思っていた。
だから、よく泣く大樹や小さい陽介、他の子供に手を焼きがちだった。
(僕だけ、なんで僕だけ……。)
それを、大志は愛されていないと感じてしまっていた。
しっかり者の悩み。
手がかからない分、後回しにされていると。
実の両親もまた、大志をそういった風に見てしまっていた。
それも相まって、どす黒い感情は加速度的に溜まっていた。
「……。」
どうかしている。
大志は、自分自身でもそう思った。
しかし、止める事はしない。
その感情に身を任せ、すべてをめちゃくちゃにしようと考えた。
そして今。
それを、現実にしようとしていた。
「お父さん……。」
「なんだ?」
呼び止められ、振り向こうとするディン。
それをみて、大志は台所に置いてある包丁を手に取り、握り締めた。
「お父さんなんて……、お父さんなんて死んじゃえ!」
「たい……し……?」
ディンが振り返った瞬間。
懐に駆け寄った大志が突き出した包丁が、腹の真ん中に突き刺さる。
いきなりのことに、思わずディンの手からマグカップが離れ、ガシャンという音とともにコーヒーが辺りに飛び散った。
「死んじゃえ!僕の事見てくれないなら死んじゃえ!」
「……!」
「死んじゃえ!死んじゃえ!」
そして刺された勢いで後ろに倒れるディン。
それにのしかかるように上乗りになり、何度も何度も叫びながら包丁を突き刺す大志。
「なんで……、なんで僕を見てくれないの……?」
「たい……。」
「僕だって……、甘えたいよ……。わがまま、言いたいよ……。」
何度刺したか、もう片手では数えられなくなったころ。
大志は大粒の涙をこぼしながら、掠れるような声で訴える。
「なんで……、僕は放っておかれるの……?」
「……。」
「お父さんも竜太兄さんもみんな、なんで僕を見てくれないの……?」
脱力したように頭を垂れ、血に濡れた手で顔を覆い、涙を流し続ける。
「……、大志……。」
「大志、どうした!?」
「悠、兄さん……。」
「ディン!?大志、何があった!?」
「……。悠輔…、少し、待ってくれ……。」
余りにも大きな声で泣きじゃくる大志。
その声で飛び起きた悠輔が、慌てて向かった先での光景に驚く。
「大志……。ごめんな、お前の事、ちゃんとみれてなくて……。」
ディンは静かに身体を起こし、大志を優しく包み込む。
傷の止血もせず、刺さった包丁も抜かず。
「お前は、しっかりしてる子だからって……。寂しい想い、させちまったな……。ごめんよ、大志……。この傷は、お前が苦しんできた証だもんな……。お前の傷は、こんなんじゃすまねえもんな……。」
只々、優しく包み込む。
苦しみを、悲しみを、痛みを、憎しみを。
大志のすべてを包み込むような、優しさのこもった声を掛ける。
「ほんとにごめんな……。」
大志はただ泣きじゃくる。
今までの辛さを、すべて吐き出さんとするように。
「大志……、ごめんな、俺もお前の事しっかり見れてなかった。」
何が起きたのかを察した悠輔は、2人の前に座り、2人共を抱きしめる。
「……。」
ただ無言で、2人は大志を包む。
悲しみの涙をすべて受け入れる、盃のように。
生まれ来る命のすべてを包み込む、母のように。
1滴の涙も、欠片の苦しみも取りこぼすまいと。
「……。」
そんな2人の中で、大志は泣きじゃくる。
罪悪感と苦しみ、悲しみすべてが流れ、盃に零れる。
「……。お父さん、ごめんなさい……。」
「いいんだよ、悪いのは俺達なんだから。」
「でも……。」
「いいんだ。」
10分程経って、涙と嗚咽を抑えながら、大志はゆっくりと口を開いた。
ディンの血まみれになった寝巻きをギュッと握り締め、顔をうずめながら消え入るような声で謝罪をする。
しかし、ディンはそれを一蹴した。
「大志はなんにも悪くない。やっと気持ちを伝えてくれた、そのことが嬉しいよ。」
「でも……、お父さんを……。」
「大志、ディンは不器用で真面目だからさ、こんなでもされなきゃ気がすまないんだよ。だから、いいんだよ。」
「悠兄さん……。」
「そうそう。刺されるくらいしないとけじめがつかねえからな。ありがとう、教えてくれて。」
嘘偽りない言葉。
大志にきちんとそれが伝わるように、2人は優しく言葉を繋ぐ。
「本当にありがとう、気持ちを伝えてくれて。ごめんな、今まで気付けなくて。」
「そんな……。」
「俺達はみんなが大好きだ。勿論、大志のことも大好きだよ。」
「ほんとに……?」
「ほんとさ!だから、どうでもいいなんて思うな。寂しかったら遠慮なく伝えてくれ!」
「うん……。」
少しおどけて見せる悠輔に、思わず笑みをこぼす大志。
そんな大志を見て、ディンも思わず笑う。
「さ、今日は一緒に寝ようか。なんなら、子守唄歌ってやるぞ?」
「そんなちっちゃくないよ。」
「はは、それもそうか。」
「悠輔の子守唄か……。魔性の歌が帰ってきたのか。」
「どーゆうことだよ!?」
「いや、聞くとすぐ眠くなるから、なんか魔力でもこもってんじゃねえかって。」
「そうなの!?」
「んー、確かに俺が子守唄歌うとみんなすぐに寝るけど…。きっと、眠いときに歌ってるからだろ。」
他愛のない会話で大志の気持ちを和らげていく。
ディンはその隙に、傷を癒し血を消した。
せっかく落ち着いたのに、見せてしまっては元も子もない。
「そんじゃ、寝ようか。……と言いたいとこなんだけど、魔物共のお目見えだ。」
「……。お父さん、すぐに帰ってきてくれる?」
「ああ!ささっと片付けて、帰ってくるよ。」
「じゃあ、悠兄さんと待ってるね?」
「ディン、気をつけろよ。」
「おう、行ってくる。」
魔物の気配を探知したディンは大志の頭を撫でると、纏う気配をガラリと変えて消えていった。
「さ、俺達は寝よう。」
「うん。」
悠輔と大志はディンを案じつつも、2階の寝室へとむかっていった。
ところ変わって宮城は仙台。
仙台駅のほぼ真上、上空500メートル地点。
人間から抜け出した負の感情は闇の集合体となり、魔物に姿を変え始めている。
なぜ魔物は空から現れるのか。
それは、人間から抜け出た負の感情が、空へと去っていくことが原因だった。
勿論例外はある。
地上に貯まれば地上で。
地下で貯まれば地下で魔物となるのだが、基本的には上空だ。
ほとんどの魔物は浮力を持っている為、上空で生まれてもなんの問題もない。
そして、空には魔物が形作られるのを邪魔する障害物がない。
それも、上空から出現する事が多い一因だった。
「ちょい数が多いかな。まあ、大丈夫だろ。」
ディンは闇の集合体のすぐ近くで浮かんでいる。
先ほどまで着ていた寝巻きではなく、いつもの戦闘用の服装…、フード付きのローブを羽織った姿で。
このローブ、袖などが明確に分かれているわけではない。
腕の当たりは手が出るくらいの長さで、そこから踝当たりまで伸びている。
ローブは目深にかぶっている為、正体がバレることはまずない。
「……。」
ディンは無言で左手を前にかざす。
そして、いつものように心の剣を取り出した。
が、その時。
「……?」
体に痛みが走る。
右肩の後ろから左脇腹にかけて、背中を撫でるように痛みが流れた。
「まさか……。」
痛みが走った部分に心当たりを感じるディン。
「まあ、後でいいや。」
集中力が切れる程の痛みではなかった為、気にせず出現した魔物へと接近する。
「まずはお前ら倒さない、と!」
残像を残しながら振るわれる剣と、次々に木霊する魔物の悲鳴。
数百いたはずの魔物がみるみる内に減っていく。
切り裂かれた魔物はその場で塵のように消えてゆく。
「ッツ!うわっ!」
残り少しというとき、疼いていた傷の痛みが強くなり、一瞬動きが止まる。
その隙を突いた魔物の火炎魔法が、思い切りヒットし、炎がローブに燃え移る。
「あっつ!」
背中の痛みに耐えながらローブを脱ごうとするが、炎はあっという間にローブを燃やし尽くし、ディンの服にも引火する。
「っちぃ!」
魔術で炎を消そうにも、傷から来る痛みは薄れることを知らないかのようだ。
どんどんと痛みは増していき、耐え難い痛みと変化していく。
「くぅ、まずい……。」
久々に痛みで集中力が切れる。
少し気を抜けば痛みで気絶しそうな、それほどに強く痛覚を刺激される。
「うわあぁ!」
ついに清風を維持する事ができなくなり、火だるまになりながら落下していくディン。
重力に従い加速していくディン。
みるみる内に地面が近づいていき、今まさに衝突しようとしたその時。
「水泡!」
ディンの落下地点のすぐ近くで怒鳴るような声が聞こえるとともに空色に光る五芒星が現れ、そこから大量の水が溢れ出した。
その水は球状に纏まり、ディンを受け止めるとともに炎を消した。
「大丈夫か!?」
声の主はその塊をすぐに霧散させ、ゆっくりと地面に落ちたディンのもとに駆け寄った。
「ゆう……、すけ……。」
「ディンしっかりしろ!リュート、デイン!魔物は任せたぞ!」
「はい!」
「ディンの事頼んだよ!」
突然現れた悠輔、竜太、デイン。
悠輔は倒れているディンを抱き抱え、竜太とデインは残った魔物を倒しに跳んだ。
「しっかりしろ!」
「ゆう……。」
ディンの衣服はほとんど燃え尽き、体中は爛れていた。
全身を炎に包まれていた為か、呼吸器系を熱にやられ声が掠れる。
背中の傷の痛みは、ディンから自らの身体を包む魔力を練る余裕さえも奪っていた。
火傷で爛れた身体をみて、悠輔は顔を歪ませる。
「今治すからな。神術 再生治癒」
ディンと悠輔を中心に、淡い黄色の光が五芒星を描き、ディンを光が覆う。
すると、ゆっくりではあるが、皮膚が再生していき、呼吸も安定し始めた。
「悠輔……、どうして……?」
「デインが起きてきて、嫌な予感がするって言ったんだ。あんまり真剣な顔だから、竜太叩き起こしてきたら、ちょうどギリギリの場面だった。」
悠輔は早口で経緯を話すと、空を見上げる。
上空では、竜太とデインが戦っていた。
「デイン!後ろ!」
「わかってる!」
お互いがお互いをカバーしあいながら戦う2人。
共に死線を乗り越え、いつの間にか呼吸を合わせるのが当たり前になっていた。
「リュート!でっかいの使うから離れて!」
「はい!」
「行くよ!雷咆斬!」
デインが後ろに構え、魔力を蓄積させた剣を一閃させると、そこから扇状の雷が放たれ、敵をなぎ倒していった。
そして、一瞬遅れて雷が落ちる時の轟音が鳴り響く。
残り少なくなっていた魔物のほとんどが塵となり、残すは1体だけとなった。
「後1体!」
「リュート!あれで決めるよ!」
「はい!」
「「真空十字斬!」」
阿吽の呼吸で残された獅子型の魔物のすぐ近くまで飛び込むと、竜太は上に、デインは右に飛び、それぞれ構えて全体重を込めて身体ごと剣を振り切った。
音速の剣が交わるように十字の残像を描き、風圧が更なる刃となって魔物を4つに切り裂く。
「やったぁ!」
「初めて成功したね!」
最後の魔物を切り裂き、喜ぶ2人。
急ぎ下の2人のもとに向かいながら、ハイタッチをした。
「二人共大丈夫だったか!?」
「うん!それより、ディンの様子は?」
「火傷は上手く治せたんだけど……。」
「……。」
確かに火傷はほんのりと跡が残っている程度まで癒えている。
が、ディンの表情は険しく、脂汗をかいている。
「どこか治せないようなところがあるの?」
「多分、背中の傷。治ってる、はずなんだけど……。」
「父ちゃん……。」
眼をキツく閉じ、痛みに耐えているディン。
背中の傷の痛みは全く収まる気配を見せない。
「だい、じょうぶ……。帰ろう……。」
「わかった、取り敢えず帰ろう。ここじゃちゃんと見ることも出来ない。」
魔物が消え、深夜とは言えざわつきを見せ始めている駅前で、これ以上話は出来ない。
そう判断した悠輔は、急ぎ転移を発動。
4人の姿は消え、群衆はざわつきながらも元の生活に戻っていった。
「父ちゃん、大丈夫?」
「はぁ、だいじょう、ぶ。」
「どう見ても大丈夫じゃねえよ、どこやられた?」
「……、せなかの…、傷……。」
「やっぱりそうか。ディン、ちょっとごめんな。」
家に戻り、ディンをベッドに寝かせてから少し経った。
が、ディンは相変わらず苦悶の表情を浮かべている。。
呼吸は乱れたまま、脂汗は拭き取ってもすぐに垂れる程吹き出す。
「これ……。」
「どうしてこんな……?」
悠輔がディンをうつぶせにさせ、3人は背中の傷跡をみて絶句した。
それは、黒々と背中に居座り、脈動していた。
そう、傷跡が心臓のように脈動しているのである。
しかも、傷の至る所から細く黒い筋が続いており、まるで何かに蝕まれているような印象を受ける。
「明らかに普通の傷じゃない。ディン、この傷はいつ受けた?」
「多分……、竜神達との……。」
「竜神達?対立闘争の時か!」
「……。」
肩を大きく動かし、乱れる呼吸の中何とか言葉を吐くディン。
その言葉に、悠輔は心当たりを見つける。
そしてゆっくりと傷に触ると、やはりなにかが脈動を繰り返している。
「対立闘争って?」
「ディンがここに来る前、レヴィノル達との戦いのことだ。ディン率いる穏健派数名と、レヴィノル率いる鷹派数千人の。」
「父ちゃんが前に話してくれたやつだ。でも、なんで今になってその時の傷が?」
「もしかして、レヴィノルおじいさんと繋がってた誘拐事件のせいでディンの身体にこんな異変が起きてるのかな。」
「どうだろうか。原因究明は勿論大事だけど、その前にディンを何とか楽にしてやらなきゃだ。」
とは言え、悠輔の治癒術でも治らなかった傷だ。
竜太とデインは治癒術を使うことは出来ない。
楽にしようにも、方法が見つからない。
(どうすればこの傷を癒せる……?)
悠輔は険しい表情で考える。
脈動する傷など、見たことも聞いたこともない。
呪いの類であればなくもないかもしれないが、誰が、いつ、どこで。
仮にディンの言葉通り対立闘争の時の傷であったとして、死人が何年も経った後に発動する呪いを解く方法を、3人は知らない。
「悠輔?」
「ああ、ごめん。どうしたもんか……。」
「……。もしかして、なにか入ってたりしないかな?」
「デイン叔父さん、それは流石に……。」
「いや、可能性は否定できない。脈動してるのが呪いの力だと仮定して、なんかが仕込まれてる可能性だってなくはない。」
「だとしても、そんな丁寧に切れるものなんてないし、今の父ちゃんが耐えられるかどうかも……。」
「でも今のまま何もしなくても状況は変わんねえ。ディン、やってもいいか?」
「……。」
浅く乱れた呼吸をしているディン。
しかし、何とか首を縦に振り、肯定のサインを送る。
「よし、ならすぐに。」
「まって!どうやるの?」
「どうって……。」
竜太の問いに応えるように、悠輔は刀を出現させる。
「これでやるしかないだろ?」
「そんな、危険だよ!」
「……。いいか竜太、おそらくだけど、これでやるしかない。救急搬送して切開しようにも、まず変な方向に話が進む。それと、呪いの類なら俺しか対処出来ない。」
「でも……。」
「ほかに方法あるか?」
「……。」
悠輔が聞き返すと黙ってしまう竜太。
両手を膝の上で握り締め、己の無力を呪う。
「ごめんな、俺だってほかに方法があるならそうしたい。でも、現状確かめるにもこうするしかないんだ。デイン、フェイスタオル持ってきてくれ。」
「分かった。」
指示を受けたデインは、バタバタと脱衣所に走り、すぐにタオルを持って戻ってきた。
「いいか、2人でディンの身体を押さえつけてくれ。暴れちまったときに手元が狂わないように。」
「うん……。」
「タオルはどうするの?」
「ああ、俺にくれ。」
デインからタオルを受け取ると、ディンの口を少し開けさせ、タオルを猿轡替わりにする。
こうしないと、叫んだ拍子に舌を噛んでしまうかも知れないから。
ディン本人は悠輔がなんの為にやっているのか理解しているようで、されるがまま口を塞がれる。
「始めるぞ。」
「……。」
まず、デインがディンの足を、竜太が肩をキツく押さえる。
悠輔はディンの腰の下に乗り、刀の先を左手で支え、傷跡の末端につけた。
そしてゆっくり、力を入れながら傷跡に沿って切り始めた。
「……!」
「ディン、我慢してくれ!二人共、しっかり抑えろ!」
「う、うん!」
一瞬ディンの身体が跳ね、悠輔は咄嗟に刀を上にあげた。
すぐにディンはおとなしくなったが、悠輔は怒鳴るように2人に指示をする。
「もう一回。ディン、耐えてくれ……。」
悠輔はもう一度刀を傷跡につけ、今度は先ほどよりも早く傷を開いていく。
ディンの口から弱々しいうめき声が聞こえるが、暴れるだけの気力がないのか、我慢しているのか、身体はぴたりとも動かなかった。
刀でなぞった跡を追うように血が流れるが、傍目にもわかるほどに出血量が少ない。
「もう少し、もう少しだ……。」
「……。」
半分を超えたあたりで、励ますように口を動かす悠輔。
相当神経を使っているのか、汗が5°Cという寒さの中で汗をかく。
「もう少し……、こりゃなんだ!?」
「どうしたの!?」
「悠輔!?」
7割程傷を開いた当たりで、悠輔は驚きの声を上げる。
それに釣られ、2人も声を上げるが、悠輔の耳には入っていなかった。
「ディン、痛むぞ!」
「……!」
「わぁ!」
「父ちゃん!」
突然悠輔が切ったところに指を入れ、中から何かを取り出す。
その痛みに耐え切れず、ディンは大きく跳ね、押さえている2人は手を離してしまった。
「こいつのせえか!」
「……!」
痛みで暴れ始めたのもお構いなしに、悠輔は刀を床に放り投げ、取り出した太い紐のような物を一気に引き抜いた。
ディンは一際大きく身体を揺らしたかと思うと、脱力し気絶してしまった。
「な、なにこれ!?」
「こんなの……、見たことない……。」
悠輔の手には、蛇のようななにかが掴まれていた。
なにか、とは形状こそ蛇のようだったが、黒々とした表面に、赤黒い線がいくつも走り、 それがドクンドクンと脈動していたのだ。
そして、動いている。寄生虫が突然宿主から引き抜かれたように、蠢く。
それには血が多量に付着していたが、垂れることなく内部へと吸い込まれていく。
「デイン、刀を!」
「う、うん!」
悠輔は怒鳴る。
デインは急いで刀を拾い、悠輔に渡した。
「てめえこんなことしやがって!」
悠輔の腕に絡みつこうとしたそれを放り投げ、空中で一刀両断した。
それは切られるとともに、口と思しき部分から不愉快な音をあげ、霧散した。
霧散して出来た霧は、逃げ出すようにしまっている窓を通り抜け、どこかに消えてしまった。
「ありゃ一体何だったんだ。」
「わかんない……。」
「父ちゃん、あれがいたから……。」
ディンの傷を治癒させながら、3人は疑問を呈する。
ほぼ背中の傷と同じ大きさのなにかが蠢いていたのなら、なぜ今までそれに気付かなかったのか。
そもそも、何故あんなものがディンの体内にいたのか。
「ん……。」
「ディン、大丈夫か!」
「ああ……、痛みはほとんど、なくなったよ……。」
「父ちゃん!」
「竜太……、心配、かけたな……。」
ゆっくりと眼を開け、小さい声で受け答えをするディン。
その姿をみて、ひとまず3人は安心する。
「そんで……、何があった……?」
「ああ、なんか、蛇みたいなのが入ってた。そいつが動いて苦痛を与えてたんだろう。俺の刀で切ったら霧散したから、闇に関するものってだけはわかってる。」
「そうか……。わかった、ありがとう。」
「でも、本当になんであんなのがいたんだろう?父ちゃんの身体で成長したから痛くなったのかな?」
「でも、闇に関わるものならディンや僕達が気づかないってあるかな?」
「んー……。」
解けない難題にぶつかる4人。
当人であるディンでさえ、それがなぜなのか、それがなんなのか思い当たらない。
眉間に皺を寄せながら4人が考えていると、ふと部屋のドアが開かれた。
「あれ、みんな起きてるの……?」
「ああ、大志。ごめんな、一緒に寝るって言ったのに。」
「ううん。それより、悠兄さんの大きい声聞こえたけど、どうしたの……?あと、お父さんなんで裸なの?」
「いや、何でもないんだ。さ、寝よう。」
大志の疑問には答えず、悠輔は大志の手をとって部屋から出て行った。
流石に、蛇のような何かがディンの中にいた、とは言えない。
「俺達も寝よう。」
「父ちゃん、平気なの?」
「ああ、火傷は跡が少し残ってるくらいだし、背中のも悠輔が治してくれた。だから大丈夫だ。」
「本当に……?」
「また痛み出したり、変だと思ったらすぐに相談するよ。」
「んー、約束だよ?」
「ああ。今日はおやすみ、明日も学校あるんだし。」
「はーい、おやすみなさい。デイン叔父さんも、おやすみ。」
「うん。おやすみ、竜太。」
竜太は怪訝な顔こそすれど、取り敢えずなにかあったら相談するというディンの言葉を信じて寝室に向かっていった。
「僕は隣にいてもいい?」
「ありがとうデイン。俺は寝ないけど、そばにいてくれると落ち着くよ。」
「寝ないの?」
「魔物出る直前まで半日寝てたからな。悠輔の治癒で、体力も回復してるし。」
「やっぱり、跳躍使って体力回復してるんだね。そのうちもたなくならない?」
「大丈夫。それに、今はそうでもしないと、魔物の勢いが凄いから。」
「そうだけど……。辛くなったら言ってね?僕もそうするから。」
「わかった。でも、今日は寝な。」
「うん、おやすみ。」
ベッドから起き上がり、洋服を取り出すディンの代わりにベッドに横になるデイン。
ディンの体調を案じながらも、1分程で寝付いてしまった。
「……。蛇みたいな、か……。」
大概の呪いならば気づくし、対処もできる。
しかし、気付かなかった。
余程腕の立つ者の仕業か、余程の恨みの念か。
「……。あー!データがぁ!」
結局今は分からない。
そう考えたディンは、統計作業に戻ろうとデスクに座り、絶句した。
「嘘だろ、全部やり直し?」
途中で魔力が切れたからか、乱れてしまった影響か。
ノートPCの画面すべてが黒くなり、operating system not foundの文字が浮かんでいた。
「まじかぁ、勘弁してくれよ……。」
ため息をつきながら、もう一度コーヒーを入れようと動き始めるディン。
リビングにおり、飛び散ったコーヒーがカーペットに染み込んでいるのをみて2度目のため息をつくまで、そう時間はかからなかった……。




