第16話 それぞれの思惑
アンドルフ辺境伯は異世界から来た4人の兵士を部屋に残し息子と王都の騎士団所属の2人を連れて先程まで居た応接間から近い別の部屋へと移動した。
移動した部屋はややこじんまりとした小会議室と言った赴きの部屋で全員がそれぞれ席に座ると4人に同行していた執事のザガットがお茶の用意を始めた。
「アンドルフ辺境伯、先程の事は如何なる理由ですか?」
「アンドリュー殿、そう睨まれたら話せるモノも話させなくなるぞ?」
「辺境伯ともあろうお方がお戯れを。 この程度の威圧でどうにかなる様な方ではありますまい」
先程までの穏やかな雰囲気から一転してアンドリューは辺境伯に向けて鋭い威圧を飛ばしていたが、辺境伯はそれを軽く受け流し冗談まで言ってのけた。 その様子を己の存在感を消す事に注力しつつ注目する残りの2人。
「まぁそう攻撃的になる事もありますまい。 儂はただ、検査を受けて見ないかと持ち掛けただけですぞ」
「その意図をお尋ねしています」
「大した意図は無い、ただの興味だよ」
「……それは何に対しての興味ですか?」
辺境伯の答えを聞いたアンドリューは更に辺境伯に対して威圧を強めた。 いや警戒心を、と言った方が良いのかも知れない。
「ふむ、どうやら自覚が無いようなのであえて言うがアンドリュー殿はあのレーコ嬢が相当大事と見える。 気を付けねば足元を掬われるぞ」
「…それとこれとは関係ありません。 話を誤魔化さず話して下さい」
辺境伯に指摘されたアンドリューは一瞬目を見開いたが直ぐに表情を取り繕った。 その様子を見た辺境伯は肩を竦めザガットが居れたお茶を一口飲み存在感を消そうとしてる2人に視線を向けた。
「これから話す事はこの部屋を出たら他言無用だ。 迂闊に話せば… 良いな、2人とも」
「「はっ‼」」
辺境伯から視線を向けられて告げられた事に2人は椅子から立ち上がり敬礼をしながら返答した。 尤も2人のこの時の心境は、
「「そんな重要な話をするなら部屋から退出させてくれ」」
と、見事に一致していた。 その様子を見て頷いた辺境伯とアンドリュー殿はそんな2人の心境は恐らく見抜いていただろうが互いに素早く視線を問い、頷いて巻き込む事にした事に2人は気付いて居なかった。
「2人とも座りなさい」
辺境伯からの指示に2人は素直に従い椅子に座った。 2人は椅子に座った事を確認した辺境伯は2人に問いかけた。
「この世界で知らない人間は居ないとすら言われる人間とは誰だね?」
辺境伯から問われた2人は互いの顔を見た後、辺境伯を見た。
「それは4属性の魔法を使えた伝説の魔法師、マスター・マクマだと思いますが」
「如何にも。 だが、彼の出自については謎が多く、色々な説があるのも知って居るな?」
辺境伯に問われた2人はやや困惑しながらも頷いた。 その様子を苦々しくアンドリューは見ていたが口は挟まなかった。
「その説の一つにあまり知られていないが、マスター・マクマは異世界から来た、と言うのもある。 異世界から来たからこそ彼の出自に関する情報が一切無いのも説明できる、とな」
「「なっ?!」」
「此処まで言えばもう分かるであろう?」
辺境伯から告げられた事は2人は驚いたがその後に問われればアンドルフ辺境伯が異世界から来たあの4人の兵士達に魔力適性検査を受けて見ないかと、進めた意図が何と無しにでも2人にも理解出来た。
「それでは父上は… 」
「いや、其処まで重く捉える必要は無い。 儂のは言ってしまえばただの好奇心だ」
「その好奇心が身を亡ぼす事もありますよ、アンドルフ辺境伯」
「分かって居る。 正直な所な、検査で反応が出ない事を願って居るよ」
「ならば検査等進めなければ良かったではありませんか」
「耳が痛いの。 だがどうしても好奇心を押され切れなんだのだ」
「あぁ、父上はマスター・マクマの根っからのファンでしたっけ」
「うむ!」
「…其処で其処まで力強く頷かないで下さいよ。 それで父上、反応があった場合はどうするので?」
「いや、儂からはそれ以上どうもせんぞ。 其処から先はレーコ嬢達が決める事じゃ。 更に詳しく調べ、魔法について学ぶか、先に進まず検査だけで終えるかはな」
「じゃぁ何で副団長は其処まで警戒したんですか?」
それまで話を聞いていただけだったマルコスニアは上司であるアンドリューに不思議そうな顔をしながら訊ねた。
「北の帝国だ。 もしもだ、帝国以外で4属性のレベル5の魔法師が現れたとしたらどんな手段に出るか分からない」
「あぁ、成程そう言う事ですか」
「帝国はマスター・マクマが晩年を過ごした国と言う事で有名であり、それ故に帝国は魔法士の育成に他国よりも力を入れている。 優秀な魔法士の誘致も国ぐるみで行ってもいる。 故に帝国周辺の国々も魔法士育成に力を入れざる負えないし、我が国とて周辺国と同盟を結んで対帝国体制を築いている」
「確か4年前に即位した今の皇帝は3属性のレベル4の魔法士でもあるからの、今もし4属性のレベル5の魔法師、それも女性で現れたら妃に、と話が来かねん」
「辺境伯、其処まで理解していて本当に何故検査を進めたのですか」
「すまん、好奇心を抑えきれなんだ」
辺境伯はアンドリューから視線を逸らしながら気まずげに答えた。 その様子を見たアンドリューは深い溜息を付きながら自身の胸の奥にモヤモヤしたモノを感じていた。
その時部屋にレーコ嬢達から話が纏まったので呼んでいる旨を告げに一人のメイドが部屋に訪れた。 辺境伯はザガットに念の為に検査に使う器具を用意する様に伝え、応接間に戻る為再び他の3人と移動を開始した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方其の頃日本政府の【裂け目】の対処に当たってる官僚達と自衛隊幕僚長達は今後の対策についての話合いを官邸の広い会議室にて行って居た。
「取り合えず、第一次接触は概ね成功と言えるでしょう。 予想した通り現地民との意思疎通が困難だった様ですが、アーティファクトなる道具により現地の自衛隊員の1人とコミュニケーションが取れる様になりました」
「その報告書は読んだ。 よもや空想上の産物と言われる魔法なんてモノがある世界とはな」
「全くだ、だがそのお蔭でコミュニケーションが出来る様になったのも事実だ。 事実は事実として受け止めるべきだろう」
「今は前線拠点とした村から一番近い城郭都市を収める領主と接触出来、相互言語研修の為の人材を受け入れる、となったのだったか?」
「まぁ現地民と問題を起こさなければ良いさ。 それよりも、だ。 未知の資源があるらしいとの情報は無視出来んだろう。 それに今の時代では左程使わなくなったと言えども石油があるかも知れん。 もしあちらの世界でも石油が確認出来れば【裂け目】を閉じずに正式に国交を結び貿易するのも良いんじゃないか?」
「それはかつての西洋国が行っていた植民地時代の真似事を我が日本が行うと言う事か?」
「対等な条約を結んでの貿易だ。 植民地化では断じて違う‼」
「どうやって対等な条約を結ぶ? 少なくとも【裂け目】の向こうは我々よりも数世紀は文明レベルが遅れてる世界やも知れんのだぞ。 それで対等な条約等結べるのか?」
「それは今後次第では?」
「外交官としては安易にその様な話をするのは危険であると注意したいですね。 しっかりと相手国の情報を入手してからでも条約等々の話をしても良いのでは?」
「それよりもだ、そもそも自衛隊を【裂け目】の向こうにまで派遣したのは【裂け目】を閉じる為だろう。 何故【裂け目】を維持する方向に話が進んで居る?」
「全くだ。 【裂け目】を確認して以降、日本での地震の発生件数が徐々に増加傾向にあるのは皆さんもご存じの筈です。 一部学者も増加してる地震の原因は【裂け目】にあると言い始めてるんですよ」
「何故【裂け目】と地震が関係がある?」
「考えても見て下さいよ、全く異なる世界が【裂け目】によってつながって3年も経ちます。 それぞれの世界に全く影響が無い方が不自然なんですよ。 現に【裂け目】が原因と思しき地磁気の異常等徐々に目に見えない範囲で観測され始めています」
「それは原因不明だから学者共が【裂け目】が原因だと騒いでるだけだろう」
「ならば騒いでる学者達に【裂け目】を徹底的に調査する許可を出せば良いでしょう。 何故調査申請を却下され続けてるのですか?」
「そ、それは安全が確保出来ないからだろ!」
「現状では出来てますよね? 少なくとも日本側では。 向こう側に自衛隊を派遣し、拠点とした後に日本側に巨獣や巨虫は確認されて居ないのですから」
「だが何時向こう側の自衛隊拠点を突破した奴が出て来るか分からないだろうが」
「ならば何故、一部自衛隊員に指示してして向こう側の防衛陣地の弱体化など指示されたのかご説明願いますかな? 安全を確保出来ずに約2500名近くの自衛隊員が今なお【裂け目】の向こう側で危険に晒されている現状を」
「幕僚長、それは本当ですか?」
「先日捕えた士官自衛官を尋問した結果分かった事ですが、現地拠点の防護壁は当初計画の半分、防衛火器すら削減されております。 皆さんの本日配られた資料からもその部分が何故か、ごっっそり抜け落ちておりましてな。 私は今腸が煮えくり返る程の怒りを身にたぎらせておりますよ」
「幕僚長、詳しく説明を」
「良いでしょう。 【裂け目】直下の現地拠点の防護壁は現在ただの鉄筋コンクリート製で厚さ40㎝。 高さ3mですが、当初計画されていた内容は覚えておいでかな? 皆さん」
「ちょっと待て、それは本当なのか?!」
「挟間陸将補が現地視察して事実と確認して来てますので間違いありませんな。 それで当初計画で決まった内容は言えますかな?」
「た、確か… 」
「私は覚えてます。 特殊複合合金製使用のコンクリート壁で厚さ80㎝、高さ5mで予算を可決しています。 それがただの鉄筋コンクリート製で厚さ40㎝で高さが3m? これでは相当建築費に差額が出ますよ」
「流石は経済産業省の官僚ですな、その通りですが、今はお金よりも現地の隊員の命を優先したい」
「あ、すまない」
「話を続けますが、先程話にも出た最前線拠点の防護壁は特殊複合合金製板に擬装用木材を合わせた物で厚みは10㎝にも満たない物だった。 そして現地民とのファーストコンタクトした夜に巨大猪の襲撃を受けていとも簡単に突破され重傷者8名軽症者12名の被害も出ています。 死者が出なかったのが不思議でした。
しかもだ、最前線拠点の防衛火器は当初12.7㎜重機関銃10丁、110㎜対戦車弾相当数、対戦車誘導弾相当数と大中の迫撃砲に地対空誘導弾。 それと各隊員携帯の自動小銃に拳銃。
そうでしたな?」
「申し訳ないが詳しい内訳までは覚えて居ませんがそれなりにあったのは覚えて居ます」
「だが実際は12.7㎜重機関銃が4丁と対戦車弾がそこそことしか言えない数と小銃と拳銃のみ。 サーチライトすら無かった。 しかもだ、その報告を途中で改竄する様に指示を出した政治家と指示を受けた官僚、士官が居たのだ。
指示を受け実行した官僚と士官は防衛大臣と統合幕僚部、陸上総体直轄部隊と情報課と警務課が全力を挙げて特定した上で全員捕えました。 さて、残すはその様なふざけた指示を出した政治家達だけですな。 勿論この事は首相も陛下もご存じですし、陛下に至りましては怒りを露わにすると共に悲しまれてもいらしたと私は聞き及んで居ります。
この場にも心当たりが在る方も多数居る様ですが、数多くの人命を己が欲の為に危険に晒したのです、その罪を其の身を持って償いなさい」
幕僚長のその言葉を機に会議室に警察が雪崩れ込み容疑者の政府官僚を次々と逮捕して行った。 その人数は【裂け目】対策会議出席者86名中14名にも及んだ。
「これからが大変だな」
幕僚長は逮捕される政府官僚達を見つめながらポツリと呟いた。
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