廊下
『そうなら、器を廊下に出しておきます。食べ終えたら』
「なるほどね、回収は別に……」
「待っていれば回収してくれると思うけど、とりあえず律儀に」
これを聞いて、パッっと昔ながらのお寿司注文の後の返却を思い出した。
昔は、配達のすし屋が器を回収していたが、今の配達系は使い捨てパックである。
「ドアを開けて、ドアの外で廊下に置いて出たら」
『外に、廊下においておく』
「イメージは、出たら、そこに通路がぷわぁ―」
「で、ドアも向かいにあるしね」
「当然ね、隣まで見れないけど、顔を出した時点で」
「一直線のこの廊下、階段も奥にちょっとありそうだし」
「明らかに、金ありそうだ」
「ちょっとドアを開けただけで」
「食べた食器を、廊下のすみの所におきました」
『取りに来るまで待たないで』
『食べ終えたら開けて、戸を閉めます』
『書くかもしれないメモ入れるかもしれない』
食器下げておいてとか、美味しかったです、みたいなお礼でも書いておくのだろうか。
『器だけはここには置かない。出します廊下に』
「で当然ね、飯食ってね」
「夕方もぼーっと待ってます。トイレ行きたくなるよね」
『なる』
『とうぜんなる』
「どうする?」
日本がトイレに異常な執着があるだけで、普通の国は水洗やビデの文化は少なかった。
中世ヨーロッパの世界は、石炭も水蒸気もない垂れ流しやお丸の文化である。
水洗のない時代に対して、どう対応するのか聞いてみたのだ。
『トイレがないの?』
「だって、室内にずっといるからね」
『その建物の中の一角に共同のトイレとか』
『炊事場とかありそうなもんだけど、それも一切なく?』
「わからない」
『分からないんだ、私が出てないから!』
「そういうこと」
『出てないから何があるかわからない』
『ああ、じゃあ探す。まず』
『トイレへ行きたくなったから、この建物の中にトイレがあるとないか探す』
「だよね、じゃあもうドア……」
『開ける』
「で、どっちにいく?」
『階段もあったら、階段じゃない方へ行く』
「まあ下りの階段だね」
『じゃあまっすぐだったら、まっすぐ行ってみる』




