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終わりの火  作者: 縁花ノヂ
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英雄時代

神話っていいな。その殆どが作り話だと分かっていても、人を惹きつける何かがある。

私は神話を作りたいと思ってここに一つの話を書いた。

批判に罵倒なんでもござれとはとてもとても言えませんので、どうか小心者の私には温かい言葉を。

待ってまーす。

 夢を見ていた。

 数多の人間が天に向かって吠えている。

 己の存在を主張するように、はたまた、その存在を否定するように。

 そんな彼らは武器を手に取り、天に向かって駆けていく。届くはずもない。届ける相手もいない。

 しかし、彼らはそんなただ光があるだけの天界を睨み、涙を流し、そして笑い、吠え続ける。それは狂気にも似た感情だろうか? 分からない、ここから見ているだけでは何も。

 彼らは何度も天に挑んだ。天へ昇る彼らと入れ替わるように、先に挑んだ彼らが堕ちていった。何人も何人も、数え切れないほどに。

 そんな時、彼らは決まって笑って言う。

 「情けない」

 本当に可笑しそうに、涙を浮かべて腹を抱えて笑っている。何も面白くない状況下で、天高くから落下しているその最中で、それでも力強く笑う。

 「時代が終わるな」

 彼らの中の誰かが言った。いや、目の前の彼がそう言った。

 天から俯瞰したような視点が、いつの間にか一人の男に焦点を当てていた。

 「僕らでは無理だったか」

 どこか清々しいようにそう言う男は、大岩に腰掛け、今も天に昇ってる同胞を眺めていた。すると、火を纏いながら何かがこの大岩の男に目掛けて堕ちてきた。

 「ぁぁぁああぁうおぉぉぉぉぉ!!」

 そう叫び声を上げて、天から堕ちてきた同胞は凄まじい土埃と共に地の下に消えていき、静寂が訪れる。

 「……」

  自分のすぐ横に誰かが墜落したというのに、大岩の男は特に気にも留めずに、天を睨んだ。

 「僕らでは無理だったよ」

 「黄昏てるとこ、悪いんだけどよっ……」

  沈んだ同胞がひょいと地面の割れ目から手を出し、その手で地を掴み、身体を引き上げながら言う。

 「無視は酷くねぇか? 無視はよ」

 地面から出てきた大男は「あぁー、体痛ぇ」と呑気に伸びをする。

 「しっかし、黄昏るにはちと眺めが最悪すぎだな」

 その大男は身体についた土を手で払う。見れば大男の身体は真っ黒に焦げており、今もなおその身体が音を立てて焼け続けているのが分かる。

 「同意見だ。どうせなら女の一人や二人を置いて、もう少し華やかな景色にしたい」

 「かっ! お前が女を語るとは、世も末だな!」

 大男はそう言いながら、男の身体を見た。大きく貼り付けたその笑みが一瞬悲痛なものに変わる。が、大男はそんな思いも憂いも吹き飛ばし、豪快に言った。

 「お前、暴れ足りないんじゃないのか? せっかくの機会なんだ、お前も来いよ」

 「はっはっ、そうしたいのは山々なんだけどね。生憎と身体がいうこと聞かなくて」

 そう言って、男は笑って己の身体を見下ろした。

 「おいおい、冗談じゃあない! 俺に一人で行けってのか? お前、それはあまりに酷い、酷ぞ……」

 大男が芝居がかった仕草で泣くふりをする。しかし、その口角が下がっている様子は芝居のようには見えなかった。

 「……あぁ、確かに私は酷い男だ! 友を泣かせ、それどころか死地へ送り込もうとしていたなんて!」

その様子を知って知らずか、男も大袈裟に腕を振るう。

 「よし、私も共に行こう! 我が友よ! お前の流した涙を全て笑顔に変える為に!」

 「おぉ、我が友よ! お前のことを信じていたぞ!」

 「よし、行こう! 共に駆けよう、あの空へ……と、その前に足を探さないとな」

 男の口調が元に戻り、その顔が哀しく歪む。大男はそんな男を見て、真顔に戻った。

 「……やられたのか?」

 大男が一転して静かに問うた。

 「あぁ、まんまとやられた。雷に焼き消されたよ」

 大岩に腰掛けている、という表現は間違ってたのかもしれない。なんせ男の、この大岩に背を預ける男には腰掛けるはずの下半身が無かったのだから。

 「諦めるか? 俺たちの悲願を」

 「馬鹿なことを言うな、誰も諦めてないよ」

 二人の男は天を見上げた。

 「言っただろう。これはきっかけに過ぎない」

 周りから聞こえる雄叫びが大きくなる。武具を揺らし駆けていく英雄の影が天の光に飲み込まれていく。

 「僕たちは神じゃない。ただの無力な人間だ」

  雄叫びに包まれ、血に塗れ、下半身を失っても、それでも男は静かに語る。

 「だから、想いをつなぐんだ。神には無くて、人間にはある。この力が僕らの希望だから」

 大男は天を睨んだ。男の言葉で己の心が再び燃え上がる。胸の奥の火が、最期の火がふつふつと燃え上がり、焼けて灰になりかけている身体を突き動かす。

 「そうだな、諦めるわけにはいかん」

 大男は得物を担いだ。巨人の腕のように太く、竜の尾のように長い、その「意志の柱」を手に大男は最期の死闘に臨む覚悟を決めた。

 「お前は、休んでおけ。どうやらその岩もお前に惚れてるらしいしな!」

 「まだ場所は空いてるから、僕が君のスペースを確保しておくよ」

 男がそう返すと、大男はまた豪快に笑った。たいして面白くもない軽口に、笑って、腹を抱えて、涙を流して、それでも天だけを見据えて。

 「じゃあな、相棒。お前達と過ごした日々、悪くはなかった!」

 最後にそう言い残すと、大男は一っ飛びで天に昇っていった。

 「……」

 そして、その影が光に呑まれたのを見届けると、男は静かに目を閉じる。

 「そうだな、悪くはなかった」

 再び目を開いた男は微笑んだ。そして、それから息を大きく吸い込むと大地を轟かす声量で叫んだ。

 「……同胞よ! 今も神に抗う者たちよ! 今こそ見せつけろ! 下界の可能性を、私たちの世界を!」

  世界が震えた気がした。その発破は世界を渡り、地に伏した何人もの英雄達の耳を震わす。

「英雄時代は終わる! だが、今私は……私達は確かにここにいる!」

 それが最後の合図だった。全ての同胞が不敵な笑みを浮かべて最後の火を燃え上がらせ、一人、また一人と英雄が立ち上がる。

 「まったく、下手くそな言葉だ。まるでリーダーらしくない」

 世界の何処で誰かが言った。

 「これが最後の合図だよね? あぁあ、楽しい生活もこれで終わりかぁ……ま、残念ではあるけど」

 「こんな最期も悪くない。死ぬには惜しいが、これを逃したら一生だらだらと生きてしまいそうだ」

 彼の言葉は空を渡り、大地を駆け、数多の同胞に火をつけた。

 そして、その全ての英雄が声を上げて天に、神に挑んでいく。

 天が少し揺らいだ気がした。


 「これが、本当に最後だよ」

 最後の鎌掛けを終えた男は、誰かに話しかけるようにいう。

 「これからは君たちの時代だ」

 それが自分に向けての言葉だと気づくのに時間は掛からなかった。

 「勝手で申し訳ないけど、君たちのことも巻き込まさせてくれ」

 彼は申し訳なさそうにそう言うと、こちらを見て笑った。


 「じゃ、後は任せたぜ。英雄さん」


 そして、夢は終わる。

 視界に黒い幕が降り、意識が切り離されるように遠のいていく。彼らの叫びも段々と遠いものになっていき、天の光も見えなくなった。

 この夢の意味は分からない。これが夢なのか現実なのかも分からない。ただ、想いは受け取った。それはきっと意味があるものだろう。


 想いは届き、器は揃った。火は小さくなったが、想いは確かにここにあり、それを守り続けると誓う英雄達がいた。

 これは物語だ。世界が滅び、生まれ、その中で弄ばれる人間を描いただけの物語。


 そして、これより始まるは鉄の時代。

 紡がれることのない、忘れ去られた神話だ。


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