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6.君も一緒に。

「え、それなら大丈夫。ティガー、キミも連れて行くよ」


 そういうユーニさんは本当になんとでもなる、というような顔だ。

「要はティガーを本体から一度別の持ち運びできるハードに移動させて、新しいボディを用意すればいいんだよね。さすがにすぐに稼動できるボディは持ってないから、街に着くまでは休眠状態になっちゃうけど……」

『ワタシの本体は250年前のものになります。現行の機材では読み取りすら困難ではないかと予測されます。』

「んーまあ、そうなんだけど、200年位前のものなら今でも充分現役だったりするし……それにうちには、ナナちゃんがいるしね!」

「全く、人使いが荒いね」

 だから大丈夫!と気軽に言い放つユーニさんと、隣で呆れたように溜息をつくナナさん。でもその口元は緩んでいて、俺の方を見るとゆっくりと瞬きをして頷いてくれた。

「そういうわけだ。うちのユーニはこうみえて頑固だからね。まあ、折角なんだ。ここで朽ちてしまうくらいならやってみてもいいだろう。君だって、トラジと一緒に居たいんじゃないかい?」

 立ち上がって筐体の傍までやってきたナナさんが、コンコンと軽く白いボディを叩く。

『それは……――でも、宜しいのでしょうか。』

「ユーニが良いと言っているんだから、僕は構わないよ。それに、キミは学習型なんだろう?外に出たら、トラジと一緒にこの世界を勉強すればいい」

『――ありがとうございます。』

「礼は、無事に再起動できるまでとっておいてくれ」

 最初はちょっと恐い、なんて思ってしまったけれどそれが申し訳ないくらい、筐体を撫でるナナさんの手は優しかった。







「とりあえず、手持ちの道具で外せるところまで見てみようか。もしかしたら反対部分を取り外せるかもしれないし、駄目なら一度街に向かう必要がある」

ぐるりと筐体の周りを確認しながら、ナナさんが言う。

 ユーニさんとフェリーチェは「車から工具を取ってくる」といって出て行ってしまって、今はナナさんと二人きり――いやティガーもいるから三人か。

 あれ、そういえば。

「俺の寝てた以外のやつって……」

「見ない方がいい」

 他の7個を見渡したところで、強い口調でぴしゃりと止められた。

「電源が生きていたのは君の入っていた医療ポッドだけだ。どうしても、というなら止めないが……」

 それは、つまり――

「い、いえ……やめとき、マス」

「それが賢明だね。まあ、此処はキミの為の施設との事だからそもそも『中身』は入っていないかもしれないけれど……聞かない方が、良いだろう」

 聞いても恐らくティガーは『入っていない』と答えるだろうからね。

 ……いや意味が分かると恐い話みたいなのはやめてくれ。俺は中身の分からない7つの箱をぐるりと眺めて、ぶるりと身体を竦めた。どうか7つの棺桶じゃありませんように。

「ティガー、君の本体は頭側かい?」

『そうです、ナナ。もし移動手段に余裕があるのならば、此処を脱出する前に筐体の足元がチェストになっていますので、中身を持ち出してもらえますか。』

「ふむ、そちらの中身はなんだい?」

『タイムカプセル、です。』

 言われたように足元側を見てみると、白い取っ手があるのが見えた。結構な力をかけて捻るとパシュッと空気の入るような音がして、ゆっくりと滑るように引き出しが開く。

「中身は……え、金塊、と、箱?」

「……なるほど。遺すならば通貨より確実性が高いね」

 引き出しの中には黄金色に輝くインゴットの束と、A4サイズくらいの箱が1つ入っていた。

 人生で初めて見る本物の金が、まさか320年後の世界になるとは。

 ナナさん曰く、今でも金は貴重だからこれだけあれば、換金さえ上手くいけば十数年は余裕で食っていけるらしい。まじかよ……。

『本来であればトラジが目覚めた際にしばらくはこの施設内で生活できるよう、長期保存食糧や自家栽培システム等もあったのですが、破損してしまいました。』

「この損壊具合でトラジと君が生き残っていたのは奇跡だね」

『太陽光パネルと、地熱発電の予備機材があの地震でも故障しなかったのは本当に奇跡としか言いようがありません。』

 頭側に回ったナナさんが、「おや」と声をあげた。どうしたんだろう。

「此処だけ、ドライバーさえあれば開けられるようになっているね」

 頭側には筐体に沿った形のモニターとキーボードがあって、その横の壁をコンコンと叩きながらナナさんが言った。

『そこにワタシの本体があります。ワタシの休止パスワード・および再起動パスワードは、西暦からトラジの誕生日計8桁の数字です。』

「ふむ。じゃあ念のため、先にティガーを休眠させておこうか。いいかい?」

『はい。構いません。』

 ナナさんに聞かれて、誕生日を答えた。入力すると、画面に『終了しますか はい いいえ』の文字が浮かび上がる。

「それじゃあ、しばらくおやすみ。ティガー」

 ナナさんの言葉に慌てて、俺も声をかける。これだけは、ちゃんと言っておかないと。

「お、おやすみ、ティガー。また、あとでな!」

 だいぶ声が上擦ってしまったけれど、ナナさんは嘲ったりせずに優しい目を向けてくれただけだった。

『はい。おやすみなさい。』

 そうして、モニタの画面がぷつりと消え――ティガーは、しばらくの眠りに入ったのだった。







 ナナさんが手馴れた様子で、くるくるとドライバーを使ってモニター横のネジを外していく。

 戻ってきたフェリーチェがそれを興味深そうに眺めている。

 俺はユーニさんにサンダルとナナさんが着ているのとそっくりなマントを渡されて、身に着けたところだった。曰く「トラジくん大きいから、普通の服はおれのもななちゃんのも入らなさそうだったから。」との事だ。

 180あるしガタイもそこそこの俺はユーニさんよりも多少でかいけど、ナナさんとは目線がほぼ一緒だった筈だ――そう思ってナナさんの方を見たら、ユーニさんよりヒールの高さがあるブーツを履いていた。なるほど、装備で厳つく見えるだけで、差し引きしたら二人は一緒くらいっぽい。

「さすがにその格好で外に出るのは危なそうだから、せめて、ねー。」

「助かります」

 そう、俺は入院着というか検査着というか、そういう感じの白くて薄い上下しか着ていない。こういう機械に入っていたわけだし全裸じゃなかった事は喜べば良いのかもしれないが、この格好では外に出れそうもない。靴もないし。普通に一人で目覚めてたらどうするつもりだったんだと思ったが、もしかしたら食糧と一緒で別の部屋に一式用意されていたのかもしれないな。

 そんな事をしているうちに、ガコンとやや大きめの音がする。どうやらカバーが外れたらしい。

 中を覗き込んだナナさんが、「おや、」と小さい声をあげた。

「どうしたの、ななちゃん」

「いや、――……トラジ、君のお兄さんか親友かどちらの仕業かは分からないが、どうやら本当に天才だったようだよ」

「えっ?」

「普通、こういうものはとても複雑に出来ていて、専用の道具がないと外れなかったり、中身が取り出せないようになっていたりするんだけれどね」

 そう言いながら、ナナさんは中に突っ込んだ両手を動かしている。2分くらいだろうか、ナナさんが取り出したのは、黒くて四角い大きさも見た目もモバイルバッテリーみたいな機械で。

「これがティガーの本体部分だよ。先見の明があったと言わざるを得ないね。こんなにコンパクトな上に、簡単に取り外しが出来るように造られてるとは思わなかった。持ち運びどころか、わざわざデータを移さなくても仕様さえ合えば現行の機械でも充分接続可能だ」

 子機が破損してた場合の事も考えていたようだね。ティガーは知らなかったようだけれど、もしかしたらさっきの箱の中に説明書きがあるかもしれない。そう続けながら、ナナさんはもう一度筐体の中に腕を突っ込んだ。

「しかも、ほら。ちゃんと持ち運びできる専用のベッド付きだよ」

 取り出したのは本体よりも二周りくらい大きい、小型のジェラルミンケースみたいな箱だった。金具を外して中を開けてみると、黒くてふかふかの緩衝材に、ぴったり本体の形のくぼみがついている。オマケに、箱の外には肩掛け用のベルトまでついていた。

 ――たぶん、兄貴じゃなくて、陽翔の方なんだろうな。

 そういう、器用で調子も要領も良いのはアイツの方だ。ティガーを入れたケースを肩にかけると、ふと頭の中に目論見が上手くいったことにドヤ顔するあいつの顔が浮かんだ。本当に、お前には完敗だよ。

「さてそれじゃ、外に向かおうか」

 ユーニさんの言葉に、俺は大きく頷いた。


 320年後の世界。

 そこはどんな景色なんだろう。

 このドキドキが不安ではなく、期待だと信じて、俺は一歩を踏み出した。

 3日置き更新くらいのつもりでしたが、もうちょっと読み応えが出るまで1日1話ずつ出していこうと思います。次は8/2の0時更新予定です。


 お読みいただいた、あなたの暇つぶしなれますように₍₍◝(°꒳°*)◜₎₎

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