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5.寝ている間に、世界は一回終わっていたらしい。

「じゃあ食べながらだけど、キミの眠った後の世界について、話そっか」

 ユーニさんの言葉にこくりと頷く。

「もしかしたらちょっと……信じられないかもだけど、」

 そう前置きされて、時々ナナさんやティガーも交えながら彼は説明してくれた。


 曰く――俺の寝ている間に、世界は一回滅んでいたという話だ。

 話のスケールが壮大すぎて口を開けたまま固まった俺に、ユーニさんはなるべく言葉を選びながら話を続けた。







 俺が事故に遭ってからおよそ100年――今から200年くらい前までは、平和な時代が続いていたらしい。

科学技術は進歩し、宇宙ステーションの次は月に巨大拠点が出来、いよいよ本格的に火星への移住計画が立てられた、そんな時代に、

「記述では、巨大彗星って書かれてたけど」

 その巨大彗星だか隕石だかが、宇宙の何処から突如現れて地球に最接近したそうだ。

 幸い直接衝突することは無く本体は太陽に飲まれたそうだが、その影響で宇宙ステーションや月の巨大拠点は壊滅的な打撃を受け、地球上でも洪水や大干ばつ、台風、火山の噴火や地震・地殻変動などのありとあらゆる大災害に見舞われたそうだ。

 度重なる災害による世界規模の食料不足と復興の遅れは十数年に渡り、それが世界恐慌を引き起こす切欠となり、そこから世界大戦が勃発し地表は更に荒れ果て――たったの30年程度で、地球上も人間社会も変わり果てた姿と化したらしい。


 世紀末、世界崩壊、終焉、終末世界、ディストピア。


 混乱した俺の頭の中で、ラノベだか漫画だかで見たような単語がグルグルと回っている。

「終戦後も火山の噴火や地殻変動、気候異常なんかは続いて、落ち着いたのはおよそ100年前だって話だよ。」

 その間に地形は変わり、かつての大都市は砂漠や海に沈み、廃墟になった街は荒野や植物に飲まれ――

「つまり、その地殻変動で日本は……なくなっちゃったってことですか?」

 フェリーチェの「ニホン、ってなに?」はそういう事かと思った俺に、ユーニさんはゆっくりと首を振る。

「無くなって……は、無いかな。『かつて日本だった場所』は、陸地として存在してるよ。」

 その『かつて日本だった場所』は地殻変動の際に大陸とくっついてしまっているらしい。

「地殻変動の時にあちこち沈んだり逆に隆起したりして、キミの時代とは地形も大きく違うだろうし、そういう意味ではキミの言う『日本』自体は地図上消滅しちゃってる事になるね……」

「ここ百年で『国』という概念自体がほぼほぼ消滅してしまっているからね。地名として認識するために名前が残ってはいる場所もあるが、君に分かりやすく言うなら、現在の人類は単一国家のようなものだ」

 ユーニさんの言葉に、ナナさんが補足のように続ける。国境とか、パスポートとか、そういうものも存在しないらしい。

「一応、人類全体を管理しようという機関はあるんだけどね……でも、なかなか上手くいってないみたいだね」

「一度崩壊してしまったものを復興させる為には、色々と足りないのだろうね」

 とはいえ今でもそれなりの科学技術は残っているし、人類はかつての街だった場所やまたは新しい地に小規模なコロニーを作ったりして、今のところは絶滅することはないんじゃないか? 程度に存在しているらしい。……なんだかんだでしぶといんだなぁ人間。

 そしてユーニさん達は定住せずに世界中を旅して回っている、所謂『旅人』みたいなものらしい。そういう人たちも結構いるそうだ。

『この施設は元々、かつてドイツと呼ばれていた国の、人々の生活圏から離れた山間部にありました。』

 ユーニさんたちの話が終わるのを待っていたのか、今度はティガーが話をはじめる。

『ワタシには事情は分かりかねますが、タイガに都合の良い地が此処であったようです。彼は当時の先端技術と自分の知識・知恵を組み込み――自分が死去した後も、何事もなければ最低でも400年はトラジの治療が存続できるよう、様々なネットワークやエネルギー装置を遺しました。』

『それによりこの施設は自動で稼動を続け、トラジの体内のナノマシンも更新され治療は順調に進んでいましたが――……約142年前の大地震により、施設は地中に埋もれてしまいました。その際にネットワークが切断され、それ以降は外部の情報が一切遮断されてしまいました。』

「えっ!? ここ地下なのか!?」

「地下っていうか、多分だけど上から土砂が降ってきて埋もれたって感じかなあ」

 驚いた俺に、ユーニさんが補足を入れる。窓すらない部屋だから全然気付かなかったが、まさか土の中とは。

『いくつかの機能が損壊し使えなくなりましたが、幸いトラジの医療ポッドとそれに繋がる電源・発電装置は生きていました。その為治療は続行され、およそ90年前に完了しいつでも覚醒できる状態でしたが、ワタシの権限で本日まで起動をSTOPしていました。』

「え、なんで?」

「起きたところで施設は土の中だからね」

 俺の疑問には、ナナさんが答えてくれた。

「おそらく、君の兄は君が目覚めた後の事まで考えていたんだろう。知り合いも居ない、百年……いやもしかしたら数百年後の世界で、君が生きていけるように……そのナビゲーションをするために、ティガーを用意したんだ」

 黒い保護ゴーグル越しの目が、俺の後ろの白い筐体を見る。

「AIならば生身の人間と違って数百年でも傍に居ることができる。君の眠っている間の期間もネットワークを通じて外の世界を学習させておけば、目覚めてすぐでもその時代に対応できると考えたんだろう。それは間違ってはいなかったが、地殻変動で施設は地中に埋もれてネットワークは切断されてしまった。ティガーはこう判断したんだろう。『今起こしても地上にでる術もなければ、自分の識る世界も50年以上前のものだ。これでは万全ではないどころかそのまま死なせてしまう可能性の方が高い。それならば施設自体はまだまだ稼動できるのだから、地上に出る術を得るか他の人間が来るまで待機させるべきだ。』とね。」

『その通りです。――そして本日、アナタ達がこの施設を発見しました。』

 何故だろう、淡々とした機械音なのに、何処か嬉しそうにティガーが続ける。

『本来であれば不法侵入に対して防犯設備が作動するのですが、それは142年前に故障していますし、この機会を逃せば次はいつになるか――それに、次の人間が害意を持たない人間とは限りません。その点、この施設を発見したのが彼らで非常に幸運でした。子どもを連れ、武装は最低限で、無闇な破壊を行わない人間――ワタシは彼らを、安全であると判断しました。』

「フェリーチェ、こどもじゃない」

 ぷくりと頬を膨らませた美少女が異を唱えたけれどユーニさんがまあまあと宥めている。

『ユーニ、ナナ、フェリーチェ。改めてお願いします。どうかトラジを、此処から連れ出してください。アナタ達であれば、トラジをこの時代で生きていけるようにしてくれるでしょう。』

 ヒトの形であれば、恐らく深く深く頭を下げているんだろうな。そんな感じがした。

「もちろん、起こす事を選んだのはおれ達だし、連れて行くけど……ティガーは、来ないの? トラジ君のナビゲーターでしょ?」

 ユーニさんがこてりと首を傾げる。確かに、サポートする為に用意されたって言うわりに、ティガーの挨拶はまるでこれが最後みたいだ。

『本来であればトラジに同行する為の子機があったのですが、残念ながら破損してしまいました。この本体では同行することは適わないと判断します。ワタシはここでお別れです。』

「えっ」

 ティガーの言葉に、俺は思わず声をあげた。なんだろう、起きてからまだ数時間も経ってないはずなのに、この機械音声に馴染んでしまったんだろうか。――というより、俺達が居なくなったあと、この場に残り続けるティガーの事を考えると、何故か妙に哀しくなってしまって。

『ワタシの存在理由は、トラジを治療し蘇生させる事。そしてトラジが目覚めた後の世界で生きていけるようサポートする事です。彼らにトラジを託せた事で、その役目は果たせたと判断します――ワタシは、トラジが無事目覚める事ができて、嬉しい、と感じています。』

 数百年、兄貴や家族――そして友人たちの代わりに、俺の傍に居てくれたAI。機械に心があるのかとか、そういう難しいことは分からないが、少なくともこうやって俺と会話をして、プログラムかもしれないが『嬉しい』とまで言ってくれる存在を置いていく事に、俺はかなり動揺していた。

 置いていきたくない、けど、俺ではどうしようもない。


「え、それなら大丈夫だよ。ティガー、キミも連れて行くよ」


 そんなことなんでもないという風に、あっさりユーニさんは言った。

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