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3.apocalyptic sounds

 俺は俗に言う「ユルヲタ」というやつで、漫画や小説を読むのが好きだった。


 アニメや映画はそんなに見ないし、声優やアイドルなんかにも詳しくは無かったが、小さい頃からファンタジーや幻想小説なんかが好きで、国内外問わず読み漁っていた。

 そんな俺が事故に遭う前に流行っていたジャンルが「異世界転生」や「異世界召喚」と言われるもので、まあ昔から一定数あったジャンルではあるもののある時期を境にインターネット上で爆発的に流行り、いつの間にか類似作品が大量に出回ってすっかりド定番と化していた。

 その中でよくあるというかもはやネタと化していたのが「異世界トラック」と呼ばれるもので、大体転生する前の死因が交通事故それも大型トラックという――そう、大型トラックだ。

 目の前一杯に迫った鉄の塊を思い出して、俺は思わず頭を振った。

 いかんこれ以上は思い出してはいけない。


「……すまん、もう一回言ってくれ」

『――320年と94日が経過しています。』

 律儀に反芻してくれた機械音声に、俺は思わず両手で顔を覆って天を仰いだ。



 頼む、嘘だと言ってくれ。







『申し遅れました。私はTX-2021aaa TIGERティガー-プロトタイプ』


『トラジの兄、タイガ・ヤマザキの遺した学習型汎用AIです。』

 天を仰いだままの俺の代わりに、淡々と続ける機械音声に対して驚きの声をあげたのはユーニさんだった。

「タイガ・ヤマザキってナノマシン開発第一人者の?」

 教科書にも載ってる、歴史に残る偉人の一人だよ。と俺に分かるようにか説明を入れてくれる。


 ……まじか。ただの科学ヲタクじゃなかったのかよ兄貴。


 ちょっと歳の離れた兄貴とは決して兄弟仲は悪くなかった――むしろどちらかといえば良かったくらいだが、所謂ユルヲタの俺とは違って兄貴はガチヲタ派で、それが医療科学や機器の方面で発揮されたものだから、ここ数年は海外に留学していてほとんど顔を見なかった。

 何の研究をしているのかは専門的過ぎて全く理解できなかったが、確かにあのマシンガントークの中でナノマシンとかコールドスリープとか聞いたような気はする。

「タイガ・ヤマザキはナノマシンが広く一般流通するようになった基礎を築いた人でね。なんでも、交通事故に遭って植物状態になった弟の為に、医者だった父親と共に晩年まで研究に明け暮れたそうだよ。特にナノマシンと、それまでなかった全く新しいタイプの長期保存技術は、今の時代のあらゆるものに応用されているとも言われているね」

 ユーニさんが説明を続けてくれたが、俺はそれに対して何も返せずにいた。

 交通事故に遭った弟――俺の為に。親父と兄貴が。

「でもタイガ・ヤマザキってAIまで手を出してたんだ。多才だねぇ」

『ワタシの開発には、ハルト・マツモトというプログラマーが深く関わっています。』

「……陽翔……」

 おまえ、将来はスポーツ推薦で体育大学に行ってスポーツに関わる仕事をするんだって言ってたじゃないか。


 どいつもこいつも、俺なんかの為に、なんで。


 夢諦めたり、人生賭けたり、なんでそこまでして。


 320年も寝た俺にとっては、つい昨日の事なのに。


 なんで。



 なんで皆、すでにとうの昔の、『過去の人』なんだよ。


 今まで聞いたのは全部嘘で、これはただの手の込んだドッキリで、ドアを開けたら親父や母さん達がいて笑っていたらいいと思うのに、涙目で怒る幼馴染が、安心しながら呆れる幼馴染の顔が、こんなにはっきり目に浮かぶのに。

 夢か嘘なら良いと思うのに、何故か今の状況がストンと飲み込めてしまって、俺は俯いた。目の前が真っ暗になったのは、俺が目を閉じたからだ。開ける気も起きない。

 真っ暗で冷たい何かが、足の先から血液ごと熱を抜き取っていくような感覚がする。絶望。



 だって、なあ。



「――……せっかく起きたところで、誰も居ないんじゃ、生き返った意味もな「あるよ!」


 被せるように大きな声をあげたのは、それまで黙っていたフェリーチェだった。

 いつの間にか真っ白になるほど握り締めていた俺の手の上に、彼女の小さな細い手が重なる。

「生き返った意味、あるよ。それに、誰も居ない、じゃない。」

 綺麗な青緑色の宝石が、俺の事をじっと見詰めていた。



「わたしが、居るわ。」



 胸の中で、何かが弾けるような音が響いた気配。



 赤い実。



 俺は320年後の世界で、恋に落ちる音をきいた。

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