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2.トラックに轢かれて目が覚めたら、目の前に天使が居た件。


 目を開けて飛び込んできた光景に、俺は死後の世界はあるのだと知った。


 ――良かった、俺はどうやら天国に来れたらしい。


 寝ている俺に覆いかぶさるような形で顔を覗きこんでいるのは、間違いなく天使だろう。

プラチナブロンドの長い髪の縁が、逆光を受けてキラキラと輝いている。透き通るような白い肌に、薄紅色の小さな唇。

 こちらをじっと見つめている淡い青緑色の宝石は長い睫毛に縁取られていて、まさにこの世のものではない清廉とした美しさ。ここまで圧倒的に『光』が人の形をとったとしか思えない美少女が、鬼や悪魔な訳はない筈だ。

 初詣は神社に行き、七五三は確か寺の典型的無宗教な我が家族だったが、どうやら天使と逢えた事から考えると俺の葬式は教会で行ったらしい。そうでなければ日本に居て西洋の天国には来れないだろう。

「『トラジ』?まだ、起きてない?」

 天使がこてりと首を傾げた。絹のような、という表現がまさにぴったりな美しい髪が、さらりと流れる。ふと、莉子の動きに合わせて揺れる、見慣れたポニーテールが脳裏を掠めた。


『おはようございます。トラジ。呼吸、脈拍、脳波すべて正常です。身体機能に不具合はありませんか。』


 頭を覆うような形で響いてくる抑揚の少ない電子音声に、思わず瞬きをした。目の前の天使が「『トラジ』、おきてる」と鈴を転がすという形容詞がぴったりな、可憐な声で嬉しそうに笑った。なるほど、天使は姿だけでなく声まで美しいらしい。

「ユーニ、『トラジ』、目、覚めた!」

 俺の視界を塞ぐような形で覗き込んでいた天使が、少し離れた場所に居る誰かを呼ぶ為に身体を起こした。彼女の向こう側にあった白い天井と蛍光灯が眩しくて、俺は目を細めた。


 ――蛍光灯?


『まだ若干の意識の混濁が見られるようですね。』

 また聞こえてきた電子音声に、俺はゆっくりと首を横に向けた。頭の周りを覆う、白を基調としたスピーカーと沢山の管や配線。どうやら自分が寝ているのは棺桶ではなく、金属で出来た機械らしい。


「……生きて、る?」


 発した自分の声は喉に張り付いてカサカサで、意識した途端に今まで感じていなかった喉の渇きがやってきた。

『はい。蘇生成功です。おめでとうございます、『トラジ』。』

 俺の言葉に、電子音声が返事をする。医療用AIというやつだろうか。留学に行く前の兄が熱く語っていたのを思い出したが、聞き流していたため内容は全く覚えていない。

『身体は起こせますか、『トラジ』。無理はせず、ゆっくりで構いません。』

 言われた通りにゆっくりと、身体を囲う機械の縁に手をかけて身体を起こす。


――さっきの子は天使ではなく看護士か何かだったのだろうか?いや、それにしては……それよりも、


「水、飲みたい……」

 けほ、と渇いた堰が一つでて、思わず呻くように呟いて喉を押さえた。

「はい、どうぞ」

 独り言だったはずだが、知らない男の声と一緒に目の前に銀色のマグが差し出され、吃驚した俺は思わず反射で飛び跳ねた。機械に収まったままの膝から下が、ガンッと鈍い音を立てた。

「わっ、大丈夫?」

「だ、大丈夫、です……」

 幸い痛みはそれほどでもなかったので、マグを受け取りながら隣に居る彼の顔を見る。

 声の雰囲気からしても優しそうな彼は緩いウェーブの掛かった黒髪で、眼鏡の向こう側の瞳が「良かった」と柔らかく微笑んでいた。何故か、顔の造形も雰囲気も全く似ていないのに、陽翔の笑う顔が頭を過ぎった。

『水分を摂るならば、なるべく少しずつ嚥下してください。まだ消化器官が万全ではない可能性があります。』

 電子音声に言われ、一気に飲み干したいのを堪えてゆっくりと啜るように飲む。キンキンに冷えているわけではないが、それでも充分に低温の水はほのかに甘く感じた。水が美味い。一口ごとに身体が潤うのを感じる。

「あー……沁みる……」

「ふふ、おいしそうに飲むねぇ」

「『トラジ』、お水、おいしい?」

 自分を挟んで、右には天使改め美少女が。左には水をくれた彼――先程美少女が呼んでいた、『ユーニ』というのが彼の名前だろうか?――が。それぞれ挙動を確認するように見てくるので、なんだか気恥ずかしい。

「あ。えっと、水、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」

 そういえばお礼を言い忘れていたのに気付いて慌てて礼を告げれば、にこにこと返してくれる。なんとなく、「この人は本当に良い人なんだろうな」と思った。


――だけども、どうしても、その。違和感が。


「あの、えっと……」

「あ、自己紹介しないと呼びづらいよね。おれはユーニ。こっちの子は、フェリーチェ」

 黒髪の彼改めユーニさんに呼ばれた美少女が、「リーチェだよ」と笑う。そうかこの美少女、天使じゃなくて実在する人間なのか。マジか。改めて現実を突きつけられて、俺は三度くらい瞬きをした。

「もう一人居るんだけど、今動力室のほう見に行ってるんだ」

「そうなんですか、ありがとうございます。俺は山崎寅冶です。えっと、それでなんですが……あの、ユーニさんは、お医者さんではない……ですよ、ね?」

 この人は絶対に悪い人ではない筈だ、と俺の直感が告げているのだが、それでもこの状況で聞かないわけにはいかなかった。フェリーチェと言う名前の美少女はどう見ても俺と変わらないかむしろ歳下なくらいだし、看護士には余りにも若すぎる。それにそもそも、二人とも病院に居るような格好ではないのだ。

 なんというか、キャンプというか登山というか、バックパッカーというか。そういう系統の、動きやすい格好をしている。実際に、自分が今まで寝ていた筐体に立てかけるように大きなリュックと水筒が置いてある。

「うん、違うよ」

 あっさりと肯定した彼は、少し困ったような顔で笑った。

 それは聞かれ辛い事を聞かれてどうしようというよりは、どう説明したら良いのか悩んでいるような。

「えっと、お医者さんは……もしくは、ナースコールとか……えっと……」

 言いながらようやく、ぐるりと自分の周りも含め部屋全体を見回す。

 白い部屋の中に、自分の寝ていた筐体と同じ形らしいカプセル状のものが自分のものと合わせて8個、左右と向かい側に均等に並んでいる。

 床にも天井にも壁にも沢山の機械やコードが這っていて、どうみても普通の病室ではない。

 筐体以外の機械どころか点滴ひとつ見当たらないので、最先端のICU……というわけでもなさそうだ。


 なんというか、ロボットアニメとかSFに良く出てくる、部屋のような。


 ふと、ついさっき聞いた電子音声を思いだす。


 ――『蘇生成功です』


 ぞわり、と背中が粟立った。


 蘇生、成功。


 治療、ではなく。


「あー……、キミの質問に答えてあげたいのはやまやまなんだけど、上手に説明できるかなぁ……」

 人の良さそうな彼が、困った顔のまま言葉を選んでくれている。

 隣の美少女は、そんな彼の様子を見て首をかしげている。

 粟立った背中に、嫌な汗が伝うのを感じる。


 ついさっき、目覚める前の皆の『声』が、頭の中でぐわんぐわんと反響する。


 あの『兄』の声は、何と言っていた?確か……――



「えっと、説明の前に一つ聞きたいんだけど……トラジ君、キミは、西暦何年の生まれ?」



 (現代医学では無理だ、だけど……)


 どくり、と心臓が大きく跳ねた。


『その質問にはワタシが回答します。』

 スピーカーから、無機質な音声が淡々と告げる。

 聞きたくない、と続きを早く、という相反する感情が同時に沸きあがる。



『『トラジ』、アナタが事故に遭い昏睡状態に陥ってから本日、蘇生するまで――』



『――320年と94日が経過しています。』

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