0.彼の『日常』と終わりの音。
初日の為、ちょっとでも読み応えがあるよう6話まで8/1中に投稿致します。
4話 8時
5話 14時
6話 20時 UP予定です。
その後しばらくは毎日1話ずつ、0時更新で投稿を予定しています。
♪~この身が朽ちて 煙が空に 骨が土に還っても
♪~詩は未来に 届くだろうか
「トラジ」
♪~どうかこの旋律が 百年 千年先まで届きますように
♪~貴方の往く途に 『光』がありますように
「ちょっと寅冶!聞いてるの!?」
右耳のワイヤレスイヤホンを引っ張られてそちらを向くと、アーモンド型の瞳と眉を吊り上げて、頬を膨らませた幼馴染が隣に居た。
ちょうど校門を出たところで周りに人も多かったが為に、大きな声に振り向いた他人の視線が少し痛い。「なんだ寅冶、痴話喧嘩かよ?」と通りすがりの友人たちが囃し立ててきたのでとりあえず「違うに決まってるだろバカ」と返しておいた。なんだよその学園漫画みたいなノリは。
「莉子、今日部活休みだったのか?」
自分より頭一つ分低い彼女にそう訊ねれば、呆れたように溜息を吐かれた。下がった肩と一緒に、いつものポニーテールが揺れる。
「これだから帰宅部は……今日からテスト期間じゃないのよ」
「まあまあ、寅冶が覚えてないのは毎回じゃん。テスト勉強とかしねーから」
「陽翔」
莉子の後ろからやってきたもう一人の幼馴染が、ひょこりと会話に入ってくる。何が面白いのかにこにこと笑っている顔は相変わらずムカつくほどのイケメンだ。二人とも部活に入っているから、こうやって三人で帰るのは随分と久しぶりだ。
「あ、これLichtの新曲じゃない」
人様からパクったイヤホンを耳にあてて莉子が曲を聴き始めたので、とりあえず奪い返した。流石に話し相手がいるのにもう一度嵌める気にはなれなくて、通学鞄の横ポケットに押し込む事にする。
「主演映画の曲なんだっけ?」
「そうそう! イケメンで歌が上手くて演技もできるなんて、神様配分を間違えすぎなんじゃ?」
わりとミーハーな莉子が水を得た魚のようにキラキラとしている。そういえば、最初にこの歌手を聴きはじめて教えてくれたのはコイツだったな。
そのときも確か、俺が唯一作家買いしてる小説家の本がドラマ化して、それの挿入歌だから!と半ば強引に勧められた気がする。いや、今ではすっかりカラオケで十八番にするくらい好きな曲だから良いんだが。
「今回の映画も寅冶の好きな作家が原作なんだっけ?」
「確かLicht自身がその作家さんの大ファンで、是非ともって話だったよね」
「あー、そうらしいな」
「映画いつから?」
「来月」
他愛も無い話をしながら、いつもの道を歩く。来月の映画は夏休みだし一緒に行こうとか、カラオケにも行きたいだとか、とりあえず折角だから今日はこのままコンビニに寄って、その後陽翔の家で勉強会(という名の結局はゲーム大会になるだろう)でもしようだとか。
なんとなく空を見上げてみれば、綺麗なスカイブルーに真っ白な雲がぽつりぽつりと浮かんでいて、電線にスズメが並んでいる。近くの公園から蝉の鳴き声も聞こえて、なんていうか平和だ。
この辺りは住宅街で、車は滅多に通らないし、信号もない。
だから、油断していなかった、と言えば嘘になる。
――だが、まさか、
「あっ」
莉子が小さな声をあげて立ち止まったのは、ちょうど十字路に差し掛かったときだった。
横に並んでいた頭一つ分低い位置にあるポニーテールが、三歩分ほど後ろになる。
「どうした?」
「靴紐が……」
隣を歩いていた陽翔が、気付いて莉子の隣まで戻った。
俺は、さらに数歩、歩いてから。
ちょうど道路の真ん中で立ち止まって、振り返ろうとした。
――それが、いけなかったのか。
(……いや、立ち止まって無くても、アレでは結果は一緒だったか。)
けたたましいクラクションと、甲高い急ブレーキの音が、鳴り響く。
――あっ、と思った時にはもう、手遅れで。
(……何故か、迫り来る車の前で立ち止まって来た道を戻る猫の姿が脳裏を過ぎった)
道の幅スレスレの、大きなトラックが、
厳つい鉄の塊が目前に迫り来る様子が、
気の強い彼女の驚いた顔が、
いつも飄々とした彼の目を見開いて何かを叫ぼうとする顔が、
良く晴れた青い空を飛ぶスズメが……――全てがスローモーションで、ゆっくりと流れていく。
♪~どうかこの旋律が 百年 千年先まで届きますように
――人間の器官で、一番最後まで機能するのは『耳』なのだと読んだのはラノベのマメ知識だったか、親父の蔵書だったか。
――赤黒く染まった視界と底に沈むように遠のく意識の中で、左耳に残ったままのワイヤレスイヤホンから流れてくるうただけが、妙にはっきりと聴こえていた。
♪~貴方の往く途に 『光』がありますように
♪~貴方の往く途に 『光』がありますように