13.まずは服屋に。
白い土壁と赤い屋根、青い空と白い雲。窓際や花壇には色鮮やかな可愛らしい花が咲いていて、石畳を白いワンピースの美少女が駆けて楽しそうに振り返る。
うーん、最強の画だな。
「リーチェは朝から元気だねぇ」
ようやく覚醒したらしいユーニさんが、そんな光景を見ながら笑っている。まだちょっとぽやぽやしてる気がしたけど、良く考えたらこの人元から割りとこんな感じだったな。
横に銃を持ってないだけで相変わらず重装備のナナさんが居るので、なんというか対比がすごい。フェリーチェやユーニさんは完全にラフな軽装なのに、何で着替えないんだろう。何か理由でもあるんだろうか。
まずは此処から入ってみようか、というユーニさんに連れられて一軒目の店に入る。
外から見たよりだいぶ広い感じのする店内には服だけじゃなくてリュックや厳ついブーツや小物なんかもかなり置いてあって、服屋というよりはスポーツとかレジャーとかそういう用品店に見える。結構カラーバリエーションがあって店内はかなりカラフルだ。
「トラジくん、まずはこっちね~」
ユーニさんに呼ばれて、店員のおばちゃんに促されるままカーテンで仕切られた区画に入る。大きな鏡もあるし、なんだろう、試着室?まだ服も何も持っていないのに。疑問符だらけで突っ立つ俺に、すぐに「出てきていいよ。」と声が掛かる。
「えっと、ユーニさん、何」
「ん?全身スキャンだよ~。サイズはかってもらったの」
なるほど、わざわざ店員さんが測るとかしないんだな。ちなみにこの小部屋は普通に試着室としても利用するらしい。
「似合うか雰囲気を見るだけならバーチャル試着でも良いけど、やっぱり実物を着てみないと着心地とか質感とかは分からないからねぇ」
俺の時代でも聞いたことある技術の名前を聞いて、確かにと思った。
一旦店の奥に引っ込んでいたおばちゃんが、「はいどうぞ」と何かを持ってくる。なんだろう、黒くて薄い質感で、受け取ると案外さらっとしている。
「アンダーウェアだよ。ななちゃんの着てるこれね」
ユーニさんに言われてナナさんの方を見ると、首周りの黒くて薄いハイネックを軽く引っ張って『これ』だと教えてくれた。そういえばフェリーチェとユーニさんも着ていた気がする。
「旅の必需品だねー。とは言っても便利だから、普通に着てる人も結構いるけど」
曰く、手首まで袖のあるハイネックとタイツの二枚セットになっているそれは下着や肌着代わりに着るものらしい。薄くて軽くて通気性・速乾性・伸縮性も抜群で全く蒸れたりなどせず行動の邪魔には一切ならない上に、ある程度の体温管理だけではなく汗や皮脂等の表皮の汚れに対する自浄作用付きで、蚊やダニや果ては蛇などの害虫除けにもなるという、未来の大発明にして最強の防具らしい。なんだそれすごすぎないか。
「自浄作用があるしそんなにしょっちゅう洗うものじゃないけど、とりあえず3セットは買っておこうか」
ちなみに黒以外の色もあるそうだが、なんとなく黒が一番落ち着く気がしたので3セットともとりあえず同じ色にしてもらった。
他にはシャツとジャケットにズボンとブーツ、あと昨日まで借りてたのと似たようなマントタイプの外套を選ぶんだけど、そこでユーニさんから注意事項が。
「なるべく黒は避けるようにね」
なんでも、アンダーウェアならともかく全身黒は通常、旅人として忌避すべき色らしい。というのも、蜂なんかに襲われやすい色というのもあるが、熊なんかと間違われて最悪他の旅人や現地の猟師なんかに撃たれる可能性があるかららしい。同じ理由で、暗い茶色なんかの黒っぽく濃い色も避けたほうが良いらしい。そういえば山登りかなんかのマメ知識で、似たような話を聞いたことがある気がする。
そっか、熊……モンスターはいなくても危険な野生動物は出るんだな。こわっ。
それにしても、
「黒……」
言われて思わず、ナナさんの方を見る。此処に頭以外全身真っ黒の人が居るんですけど、それは。
「僕は良いんだよ」
俺の視線に言いたい事を感じたのか、ナナさんはさらっと答えた。ナナさんは良いんだ。なんでだろ。
全身黒もなんとなくファンタジーの装備っぽくてカッコイイのにな。過去に置き去りにしたはずのいわゆる厨二病がちょっと疼いてくる。どうやらユルヲタにはこの難病の完治は無理だったみたいだ。
でもさすがに蜂に刺されるのも熊に間違われるのも恐いので、ここはユーニさんの忠告どおり黒と茶色は避けていこうと思う。アンダーウェアは蜂の針は防げるらしいが、そもそも頭が出ているんだから狙われたら普通に急所だ。
でも、黒と茶色以外か。あんまり派手な色は苦手だし、かといって白は汚れそうだし、うーん。
「ちなみに、オススメの色とかってありますか?」
「んー、主に好みと、あとは何をするかにも寄るかなぁ」
山登りの注意事項だと迷彩柄を筆頭にカーキやモスグリーンなんかの所謂カモフラージュ色は事故や遭難に遭った時に発見され辛いから避けるべきだ、みたいなのを読んだ気がするけれど、旅人にとっては当てはまらない事もあるらしい。
「狩猟とか隠密行動をするなら、見つかり辛いカモフラージュ色はアリだよね。あと万が一、野生動物とか野党に襲われたときに逃げたり隠れたりしやすいし。でも仲間が居るなら、逆に何かあったときに発見してもらいやすいように、やっぱり目立ちやすい派手な色が良かったりするし」
ちなみに旅人は基本自己責任なので、仮に遭難したとして仲間がいない場合救助なんかはほぼほぼ見込めないそうだ。未来厳しいな!? と思ったけど、「そもそも近くに町なんかがなかったら、人員駆り出したりも出来ないし」とはユーニさんの言葉だ。……うん、気を付けよう。
そんな感じなので、ジャケットの色は同じチームとして分かりやすいように揃えている人たちも居れば、遠くから見ても仲間の誰か分かるように全員違う色を着ているグループもあるらしい。ユーニさん達は後者のタイプだ。
他にもフードは雨風を避けたり隠れたりするのには便利だけど、枝葉に引っかかって危険なときもあるらしいし、うーん、一長一短。
ちなみに昨日まで借りてた外套はユーニさんのだったらしく、モスグリーンよりもうちょっと暗くて灰色寄りの、モスグレーといった感じの色をしていた。そう言われてみればユーニさんの着ていたジャケットも同じ色で、フードの内側は深めの赤色をしていた気がする。
「俺とリーチェのジャケットはリバーシブルだよ」
良いとこ取りに思えるかもしれないけど、隠れるときには派手な色が見えないようにちょっとコツがいるから完璧とはいえないけどね。といわれてフェリーチェの着ていた綺麗なピーコックブルーの上着は、裏地が暗めの迷彩っぽい柄だった事を思い出す。なるほど。
ちなみにナナさんは普段から外套を着用しているので、ジャケット(黒)はあるけど滅多に着ないそうだ。「ななちゃんのは玄人仕様だから基本的に参考にしちゃだめだよ」といわれる。あ、はい。
「リバーシブル良さそうですね」
「最初のうちはオススメかなー。慣れたら改めて用途にあったのに買い替えれば良いし」
「なるほど」
リバーシブルを選ぶ理由もわりと人それぞれで、フェリーチェはナナさんに着いていって狩猟なんかもする(!)からカモフラージュ色が必要で、ユーニさんは基本留守番だし狩りもしないけど、明るい色の服を普段から着るのは何となく抵抗があるかららしい。二人で理由が逆なんだな。俺は確実にユーニさんパターンだ。
ユーニさんのアドバイスを聞きながら、ハンガーに掛かっている色んなジャケットを手にとってみる。
うーん、とりあえずリバーシブルが良さそうだなと思うんだけど、やっぱり色がなかなか決まらない。ユーニさんが赤、フェリーチェが青っぽい色だから、それ以外……うーん。
「トラジ、これ!」
悩んでたら、ハンガーの隙間からひょこりと顔を覗かせたフェリーチェがキラキラとした笑顔で何かを抱えてきた。えっ可愛い。
「これ、どう?」
フェリーチェが選んできたのはリバーシブルタイプのジャケットだった。外側はモスグリーンで内側は鮮やかなイエロー(黄色よりイエローといいたくなる鮮やかさだ)、フード部分は両面共に外側と同じモスグリーンで、良く見るとボタン式で取り外せるようになっている。触り心地はサラサラとしていて、でもそんなに薄くも無くて雨風も防げそうなしっかりした作りに見えるけど、結構軽い。
「なかなか良いんじゃない?」
一緒に見ていたユーニさんが材質なんかを確認しながら言う。俺としては裏地の鮮やか過ぎるイエローにちょっとびっくりしたけど、基本モスグリーンの方を表にするなら普段はほとんど隠れてるから結構アリかもしれない。しかも前のチャックを閉めるだけで完全に見えなくすることもできるし。
「赤・青・黄色で識別しやすいね」
ナナさんに言われてめちゃくちゃ信号機じゃん!と思ったが、誰が誰だか分かりやすいのは本当なのでそれでいい気がした。戦隊モノだと食いしん坊カレーポジション。うん、ここ数日で自分が何でも美味しく感じるグルメキャラになりつつあるのは自覚しているから、まあ外れては無い。その場合ナナさんがブラックなのかピンクなのか若干気になるところだ。
「俺、これにします」
探してきてくれたフェリーチェにお礼を言えば、満面の笑み。おわあ天使の笑顔眩しすぎる。
あと、シャツは半袖と長袖を2着ずつと、ズボンは少しゆったりめの動きやすそうなものを3着。外套はジャケットと同じモスグリーンのものを買ってもらった。今更だけど、これって結構な値段がするんじゃ……? 俺の視線を感じたらしいユーニさんに「子どもは気にしないのー」と笑われてしまった。子ども……うん。子どもだけどさ。
ブーツはこれといったものが無くて、二軒目に行った靴屋で頑丈そうなミリタリーブーツっぽい形のを買ってもらった。見た目の割りに足首周りが意外と柔らかくて歩きやすい。結構お気に入りだ。




