11.『旅人』の事と、これからの事と。
「さて、じゃあこれからの予定なんだけど。」
場所は変わって、ユーニさんの部屋。
全体的な作りは俺にあてがわれた部屋とほぼほぼ一緒で、ぱっと見の違いを言うなら壁に掛かっている絵がユーニさんの部屋は河に掛かった石の橋だ。
俺とフェリーチェは並んでソファーに、ナナさんは机の前にあった椅子に、ユーニさんはベッドに腰掛けて輪になって、瓶のまま渡されたリンゴ味のサイダーを飲んでいる。さっぱりしてて美味しい。
「まず、この街にはとりあえず三泊くらい居ようかなって思ってるんだけど」
小さい町だし、長居する用事も無いけどゆっくりしたいしね。とユーニさんは続ける。
「明日は午前中にトラジくんの服とか、あとティガーのボディが無いか見に行くでしょ。……まあ、だいぶ田舎の町だからティガーのパーツは此処じゃ見つからないかもだけど。それで昼からは車の整備と積荷をチェックして、補充品の買出しは明後日ね。それで明々後日の朝に此処を発つよ。」
「結構ゆっくりなんですね。」
もっとカツカツのスケジュールなのかと思ったら、自由時間の方が多そうだ。俺の言葉に、ユーニさんはこくんと頷いた。
「うん。おれ達は行商車とか輸送車じゃないから、積荷に鮮度とかもないし、何時までに何処に行かなきゃみたいな明確な契約とか目的があるわけじゃないからねー。仕事が入ってたら別だけど」
「仕事?」
ユーニさんの言葉に俺は首を傾げた。
「うん。お仕事。あー、そっか。それも説明しなきゃだった」
「トラジ、キミには僕達の事を『旅人』だとユーニは説明していたと思うけれど」
サイダーの瓶を机にコトリと置いたナナさんがユーニさんの続きを拾う。
「僕達のように各地を転々としている者は様々な呼び名があってね、『旅人』『何でも屋』『根無し草』『渡り鳥』『探検家』『冒険者』……そして、請け負う仕事や社会での役割も様々なんだ」
冒険者とか探検家、って言われるとなんだか急にファンタジーっぽいなぁ。
でもそうか、俺の生きていた時代でも人間が足を踏み入れた事の無い場所なんてまだまだたくさんあったし、未知の領域や過去の遺跡なんかを探索する人達だってテレビやネットで見たことがある。
案外ファンタジーって現代社会でも転がってたんだなぁ。なんて、遠くの未来にきてから気付くのはちょっと皮肉な話なのかもしれない。
「名産や様々なものを各地で買い付けて売り回る行商人やキャラバン、大都市に物品を運搬する輸送車、依頼されて警備や護衛をする者や、または各地で娯楽を提供する吟遊詩人やサーカスに、前時代の遺産を探すトレジャーハンターなんていうのもいるね。……その中で僕達は公式に、『調査』や『フィールドワーク』を請け負っている」
「公式っていうのは、《中央都》――セントラルって呼ばれてる、今の時代の世界最大都市で認可を受けてるって事だよ」
ナナさんの言葉に、ユーニさんが補足をいれてくれる。そういえば国とかいう概念はもうないんだっけ。この世界で最大の都市。どんなのなんだろう。俺はアニメとか見た事がある近未来的なよく分からない高層建物が並ぶ街を思い浮かべた。多分違うんだろうな。
「《中央都》は現行の共通通貨を発行している場所でもある。要は現行人類を管理し『基準』を示す場所だね」
今の時代、通貨は《中央都》の発行する一種類しかないけれど、地域によって使用の差がかなりあるらしい。この街は中央のギリギリ管轄内らしく通貨が使用できたけれど、ここよりもっと遠く中央の管理から外れた地域や貧しい地域では通貨の価値が低すぎて意味をなさなかったりするそうだ。ちなみに共通通貨は俺の時代で言うところの電子マネーと同じようにデータでやり取りするものらしく、紙幣や硬貨は無いらしい。へぇー。
「まあ『硬貨』は鉱物としての価値があるから、そういう意味ではトラジくんのインゴットと一緒で換金できるし物々交換の対象として成り立つから、旧時代のものを持ってる人もたまに見かけるけど……紙幣なんかは、今じゃもう完全に無価値なものだねぇ」
「かつての時代ではこういうものを使用していた、という博物館やコレクター的価値しかないからね」
お、おう……そう言われちゃうと、その紙切れをお年玉で貰って喜んでた身としてはちょっと哀しいものがあるな。そして金塊にして遺しておいてくれた兄貴マジでありがとう。
少なくとも見知らぬ世界で無一文じゃないというのは精神的にも心強い。
「話は戻るけれど、僕達のような旅人は別に特別許可が必要なわけではなく、誰だって道具と能力さえあればなれる。だが、それでは請け負う仕事の質も本人たちの素性も安全だとは限らないだろう?もちろん、その逆に依頼人がまともな人間かも分からない。個人で請け負う仕事というのは自己責任とは言えど双方余りにも危険だ。だから、中央の目の届く範囲だけでもそれらを認可し管理するために《公式》もしくは《協会》と呼ばれる機関があるんだ」
なるほど。○○協会とか○○組合みたいなものかな。
もしくは冒険者ギルドとか。駄目だなまだ頭がファンタジーだ。
「協会に属するには《中央都》にある専用のアカデミーに最低一年在籍して基礎知識を学び、試験を受けて資格を得る。そして公式共有データベースを通じて、旅人達は各々にあった仕事や依頼を受けるんだ。通貨は協会を通じて支払われる」
二人の話では、俺が居た施設を見つけたのもその『調査』の途中だったらしい。
「『調査』の内容はその時によって様々なんだけれど、今回はあの辺りのざっくりとした地形の確認とマッピングでね」
「びっくりしたよねー。過去に町もなにもなかった場所だって聞いてたのに、半分埋もれた太陽光パネルが引っかかっててさ」
近付いてみたら建物が埋まってて、窓の一部が破れそうだったから、中を見てみようってなって。とユーニさんが続ける。そうやって発見されたのが俺というわけだ。うーん、改めて聞くと完全に偶然が重なり合った奇跡だな。
「と、まあ脱線しちゃったけど、ここから進路の話ね。ななちゃんとも相談したんだけど、トラジくんにはおれ達と一緒にこれから《中央都》に向かって、アカデミーに入ってもらおうと思うんだよね」
「えっ?」
アカデミーって、さっきの話の?
「さっきななちゃんも言ったけど、今の世界って中央の管轄内とそれ以外では色々差が激しいんだ。食糧や医療の問題が解決してない地域もあるし、ナノマシンのおかげで会話なんかは割りと皆できるけど、そもそも教育なんて受けてなくて読み書きや計算なんかも出来ない人が結構いたりする。」
日本で義務教育を受けて普通の生活をしていた俺からしたら信じられない……と言おうとしたけど、俺の居た時代でも海外では水を飲むのにすら苦労する国や満足に食事が食べられない国、医療が受けられない国、識字率の低い国だってあった。
そっか、未来でもまだ、そうなのか……一度文明崩壊しているからだとは思っても、なんだかちょっと悲しい。
「アカデミー入学は16歳以上とだけ定められていてね。上限なく誰でもセントラルまで行って申請すれば学ぶ事ができる。人類の救済と発展という意味も兼ねてるから、アカデミー入学にはお金は掛からないよ。食堂も寮も在学期間は無料で解放されて、最低限の寝食は保障される。まあ、将来何かしら働くようになってから中央の《維持・管理費》として差し引かれるんだけど。」
トラジくんの時代だと所得税? みたいなものだねー。と説明が入る。なるほど。
ざっくりと言えば、仮に中央を通さず依頼を受ければ100%の額が懐に入るが、保障も何も無く騙されたり想定外の危険が伴う可能性もある。中央を通せば何割かは依頼料から差し引かれるが、依頼人の素性や仕事内容は中央で確認・精査されるからリスクはぐっと下がる。そして差し引かれたお金は《維持・管理費》という名目で運用されて経済が回る。それがこの世界の税収機構らしい。
ちなみにこれはユーニさん達みたいな旅人だけではなく、中央管轄の地域で別の職に就いてもフローが変わるだけで大体同じとの事だ。税金と保険と奨学金のごった煮みたいなシステムだな……と思ったけど、この時代は人口の管理すらままなってないみたいだから、システムを利用するたびに利用料を取るというのは案外平等で合理的なのかもしれない。
「アカデミーで学んだ後はおれ達みたいに旅人になる道もあるし、もっと他の職に就きたいと思ったなら、別の課程に進めるプログラムも組まれてるんだ」
「トラジくんには是非、これからの自分の選択肢を自分で選んで欲しい」
その上でおれ達と旅を続けてくれるなら、一緒に色んなところに行こう。
そういって笑うユーニさんに、俺はなんだか鼻の奥がツンとして思わず俯いてしまった。いかん泣きそうだ。
――俺の、選択肢。
正直この二日間、色んなことがありすぎて考えないようにしていたけど、俺の目の前は目が覚めたときから真っ暗なままだ。
いくらユーニさんが優しくて、ナナさんが気を遣ってくれて、フェリーチェが明るく振舞ってくれていても。
何処に行けば良いのか、何をすればいいのか、このまま流されるのが正しいのかもさっぱりわからない。
この人たちとこのまま旅をするのは楽しそうだな、と思うし自分が恵まれているのは分かるけれど、そのまま着いて行っていいのか迷惑じゃないのか、この世界の事を何も知らない俺には余りにも選択肢が少なすぎて、何もわからない。そう、わからないんだ。
でも、この人たちはそんな俺に選択肢をくれるという。
この今の世界の事を学んで、自分のしたいことを決めて。それで、一緒に来たいなら来てもいいと言ってくれる。
もしかしたら選択肢ができる事で悩む事もあるかもしれないけど、そんなの数年後に控えてた進路だって一緒だった。別に現世でも俺はなりたい職業とか別になくて、とりあえず大学行くか、くらいで。
そんな俺に、一年なんかですっぱりと今後なんて決める事はできないかもしれないけど。
――でもこの人たちならきっと、決まらなかったら決まらなかったで「じゃあ決まるまで一緒に来たら良いよ」って言ってくれそうだな。
「……ところで、その《中央都》って遠いんですか?」
今の感情を上手に言葉にできなくて、現状の俺はとりあえず当たり障り無い質問をする。
いつかちゃんと、最適な言葉で伝えられるようになるだろうか。
「ん? んー、そうだねぇ。ここからだとまず車でおれ達のペースで三~五ヶ月くらい走るでしょ。そこの街から車も積める鉄道に乗って、大体一週間くらいだったかなぁ」
まってめちゃくちゃ遠いじゃん。大陸ナメてたわ規模すごすぎない?
涙の引っ込んだ俺はばっと顔をあげてユーニさんを見てしまった。どうやら俺の言いたいことは顔に書いてあったみたいで、それを見たユーニさんがけらけらと笑っている。
「いや最短だと最寄のリニアとか、飛行機とかに乗ったら全然もっと早く着くんだけどね。時期的にも次の入学受付は半年後だし、元々のんびり向かうつもりだったんだよねー」
「そうなんですか?」
良かった、俺の為だけに約半年もかかるとか言われたら流石に申し訳なさすぎるところだった。
「うん。ちょうどリーチェを入学させるのに、そろそろ戻るところだったんだよ」
だから二人一緒に入ればちょうどいいと思って。とユーニさんが続ける。
16歳以上で入学……ということは、
「フェリーチェ、15歳なんだ」
「うん、そうだよ!」
クッションを抱えたフェリーチェが大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。そっか1個下か。
ユーニさん曰く、彼女は同行者として登録はされているけど年齢制限で正式なメンバーというわけではないらしい。此処までの道中で、俺の簡易登録も済ませてあるそうだ。
「さすがにトラジくんほど昔の人は居ないけど、偶に居るんだよ長期睡眠から目覚める人」
「えっ、そうなんですか」
「うん。キミみたいに運良くユニットも電源機能も無事で、前時代の施設から発見される事があるんだ」
今までだと確か200年ちょっと前が最古だったから、大幅に記録更新だね!とユーニさんが笑う。
いやそれ笑うところで良いのかな。良いけどさ。
「その場で起こす・起こさないは発見した個人の裁量次第なんだけど、とりあえず見つけた場合は《中央》への報告義務があってね。どのみち連れては行くつもりだったんだよねー」
《中央都》は現行人類を統一・管理しようとしている機関だから、俺達みたいな人間についても色々な登録がされるそうだ。
あと俺の場合は家族がこの時代でも換金可能な資産を残してくれていたけれど、中には遺された資産がすでにゴミになっている人も居るらしい。そういう人たちが目覚めたこの世界でも生きていけるよう、サポートしてくれたりもするそうだ。
「おれとナナちゃんの住民登録もセントラルだから、一応家なんかもあるよ。」
あ、旅人でも家とかちゃんとあるんだ。
そう思って聞いてみたら無い人も居るけど、拠点として持ってる人もそれなりにいるそうだ。とはいってもやっぱり居ない事の方が多いから、ユーニさんの持ち家はほとんど倉庫みたいになってるらしい。あれ、でも二人とも指輪してるよな?奥さんが家に居るとかでもないんだ。なんだろう、俺の思ってるのと指輪の意味が違うんだろうか。聞いてみたい気がするけど、触れちゃいけない部分だったら申し訳ないしな。
――でも、まあ、なんだかんだで。
「……なんだか、ちょっと楽しみになってきました。」
まだ、この世界でどう生きていけば良いのかはわからないけれど。
少なくとも半年はこの人たちが一緒に居てくれて、俺の目の前には一応進める道と選択肢があって。
「うん。改めて、よろしくね。」
そういって微笑む優しい人たちに逢えた幸運に、俺は改めて感謝した。
トラジくんの進路(仮)がここでようやく決まりました。
時間がかかるのでめちゃくちゃ遠いのか!?となりますが、実際のところ彼らの旅は半分くらい道楽なので、夜間走行もせず町に寄るたびに最低でも2.3日は滞在するのでこの日程になっています。ゆるゆるスローライフ。




