10.町での晩ごはん。
シャワーを浴びてさっぱりした俺はナナさんに貰った服に着替えると、ベッドサイドの冷蔵庫からコーラを取り出して、そのままベッドにダイブした。
あー、ふかふかで気持ちがいい。
思わず顔を埋めた枕はお日様と石鹸の清潔な匂いがして、なんというか想像していた『未来』の印象とは程遠い。
一度崩壊したらしいとはいえ、およそ300年といえば日本だと江戸時代と(俺の生きてた当時の)現代くらいの開きがあるんだから、もっと変わってても良さそうなのになとは思う。それとも此処はだいぶ地方のようだから、もっと都会の、大都市とかにいけば全然違う景色なんだろうか?
(今のところ、「トラックに轢かれて異世界転移した俺が金髪美少女に出逢って車で異世界プチ旅行」って感じだよなぁ)
無理やりライトノベルっぽいタイトルをつけたところで、残念ながら俺にチートな能力は開花していないし今のところ登場人物は野郎の方が多い。
いや別に俺めちゃくちゃ女好きとかいうタイプでもないですし?
ハーレムとかそりゃちょっとした憧れみたいなものはチラつくけど、いざその立場になると全員にめちゃくちゃ気を遣って大変そうだし?
別に良いんですけど?
フェリーチェはめちゃくちゃ美少女で性格も可愛いし、ユーニさんもナナさんも良い人だし。
実際中世みたいな異世界に行ったとなると日本で育った俺には衛生面とかめちゃくちゃ気になりそうだけど、こちとら現世から地続きだから今のところは衛生も安全も保障されてますし。
危険なモンスターとかも居ないし。バトルとかしなくていいし。何よりわざわざ飯テロチートなんてしなくても最初からご飯美味しいし。シャンプーとかリンスとか化粧水も開発して売らなくていいし。うん、よし、段々良い感じになってきたぞ。
そんな事を考えながら白いシーツに身を任せてちょっとうとうとしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
コンコンコンと3回、一拍置いて、コンッと一回。それから「トラジ、リーチェだよ」というドア越しのくぐもった声。
ベッドから起き上がって、ドアスコープの向こうを覗き込むと、名乗った通りの美少女の顔が。よし。
ユーニさんの言いつけ通りに確認できた俺は、ドアを開けて出迎える。
「トラジ、ごはん行こう!」
わざわざ迎えにきてくれたらしいフェリーチェの笑顔に、俺は天を仰ぎそうになった。いや神様ありがとうございます。こんな天使を遣わしてくれて。何食って育ったらこんな子に育つんだ。あ、でもユーニさんが育てたって言われたら普通に納得するかも。
シャワーを浴びて着替えたらしいフェリーチェは白い清楚な感じのふわりとしたワンピース姿で、それが華奢な彼女にめちゃくちゃ似合っている。可愛い。美しい。天才。
脳内で大絶賛した俺は、とりあえずフェリーチェと連れ立って食堂に向かうことにした。これが陽翔ならさらっと「そのワンピース良く似合ってるじゃん、可愛いよ」とか言うんだろうな。俺には絶対無理だ。
それでもわざわざ迎えに来てくれた感謝は伝えたかったので、なんとか「迎えありがとう」とだけ伝えると美少女は振り返って、「どういたしまして!」と満面の笑顔で返してくれた。うーん、守りたすぎるこの笑顔。
食堂に向かうと大人二人はすでに席についていて、多分ビールっぽい飲み物の入ったグラスを傾けているところだった。
駐車場もガラガラだったし宿泊客は俺達4人だけみたいだったけど、食堂のテーブルはそこそこ埋まっていた。地元の人たちかな。
「あ、リーチェとトラジくん、こっちだよー。」
こちらに気付いたユーニさんが、ひらひらと手を振っている。ユーニさんも着替えていて、首もとの開いたゆったりしたシャツと薄手の上着を羽織っている。普段の格好よりこっちの方が似合うなぁ。
失礼かもだけど、ユーニさんって見た目が文化系というか、アウトドアって感じじゃないんだもんな。
「部屋で不便はなかったかい?」
「はい、今のところ大丈夫です」
ナナさんは黒のハイネックで、なんというかいつもの保護ゴーグルも付けたままだし外套も椅子にかけているから、普段とあまり変わらない感じがした。でもこちらもホテルの中だからか、プロテクターの類は外してるみたいだ。見た目はいつものナナさんだけど、身軽になって一回り小さくなった感じがする。
グローブをしていない手の先に、指輪が光っているのが見えた。場所は左手の薬指。えっ、ナナさんも既婚なのか。
でも旅なんてしてるから意外に思っただけで、二人とも面倒見が良くて優しいしよく気が付くし、男の俺から見てもめちゃくちゃ良い旦那さんだよな。そりゃあ結婚くらいしてるか……奥さんどんな人なんだろ。
「はい、メニューどうぞ。食べたいものがあったら好きに頼んでね」
「ありがとうございます」
ユーニさんに渡された、メニューの表示されたタブレットを見る。
ナノマシンの翻訳機能?が働いているのか、それともユーニさんがあらかじめ日本語表示にしておいてくれたのか、メニューは読めた。読めたんだけど……
「あの、『ヴルスト』ってなんですか?」
「ん?あー。食べ物の名前とか地方の名産品とかって翻訳され辛いんだよねぇ。腸詰の事だよ。」
腸詰。ソーセージか。
ボックヴルスト
カリーヴルスト
ビアヴルスト
メットヴルスト
ブルートヴルスト
ニュルンベルガー
カルトッフェルザラート
レバーケーゼ
レバークネーデルズッペ
シュニッツェル
アイスバイン
ライベクーヘン
……
…………
「……読めてるんですけど、どんな料理かさっぱりです」
ソーセージの種類がやたら大量にある事だけは分かった。
「あはは、だよねぇ」
じゃあ、適当に頼むから取り皿もらって皆でつまもうかー。と、ユーニさんがタッチパネルを操作して利いたことも無い名前の料理たちを頼んでいく。「リーチェ、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ食べたい!」とフェリーチェが呪文のような長い名前を出したが「はいはい、ご飯の後にね」と軽くあしらわれていた。多分デザートなのか? あとナナさんがしれっと2杯目のビールを注文しようとして、ユーニさんがそれを×2にしてるのも見た。二人とも酒好きなのかな。
そうやって運ばれてきたたくさんの種類のソーセージやベイクドポテト、パンやスープといった食事が次々とテーブルの上に並べられて、賑やかな光景にテンションが上がってくる。
なんだかファンタジーとか絵本に出てくる食卓みたいだなと思ったけど、ファンタジーって大体(俺の時代から見て)中世〜近代のヨーロッパをイメージしてることが多いから、地理的には間違ってないのかもしれない。特にアイスバインとか言う名前の、骨のついた大きい塊肉が出てきたときには思わず顔に出てたらしい。斜め向かいのナナさんが面白そうに俺の顔を見ていた。ちょっと恥ずかしい。
ちなみにアイスバインは塩漬けにした骨付きの豚肉をハーブと一緒に煮込んだ料理らしく、食べてみると肉がホロホロでとても美味しいけど、ちょっと塩っ辛い。口直しにと添えてある千切りキャベツ的なのを食べたら、こっちは酸っぱくてさらにびっくりした。他にもレバー団子の入ったさっぱりした味付けのスープやカレー風味のソーセージなど、はじめて食べる食べ物にびっくりしたり感動したりしながら、お腹一杯料理を楽しんだ。
ちなみにフェリーチェの言ってた呪文みたいな名前の食べ物の正体は洋酒っぽい風味のするチョコレートケーキで、一口もらったけどとても美味しかった。その間に大人二人は5.6杯は飲んでた気がする。
明日二日酔いとかじゃなければいいけど……と思ったけど、二人ともけろっとしてたので多分相当強いか、ナノマシンがアルコールも分解してるのかもしれない。