◆第8話 作戦開始!
とはいえ、私は一人ではどんな作戦でも決行するのは難しい。
だって部屋の場所を把握したとはいえ、両親の部屋まで辿り着けない状況はそのままだからね!
『だから私に二階まで連れて行って欲しいの?』
そうです。ウサギさんにご協力をお願いしたいのです。ウサギさんの軽やかな身のこなしだと、乗ウサギさえさせてもらえれば行けると思う。
でも、ウサギさんってあんまり他の人に会いたくないかもしれないな。だって、私と会うときは何も言わなくても人がいないときしか来てなかったから。
だから無理だったら気を遣わないでねと強く思っていると、ウサギさんはふふんと鼻を鳴らした。
『まかせてよ!』
ホントにいいの?
『別に会いたいわけじゃないけど、会いたくないわけではないし。エミリアのお願いなら聞かない理由はないよ!』
ありがとう、ウサギさん!
『ところで、どんな計画なの?』
ひとまず、なんとかどちらかをどちらかのお部屋に案内して、顔合わせをしたいと思っているよ。
ただ、どちらをどちらに連れて行くかはまだ決めていない。
『じゃあ、そのときの気分で決めようよ』
協力者がそう言うのであればそうさせてもらえるとありがたい。
『ということで出発しよう!』
って、ちょっと早くない!? そのときの気分って、今なの!?
私はウサギさんに協力を仰げるか判断した後、その作戦について考えるつもりだった。
『大丈夫! とっておきの作戦があるよ』
それって……。
『追いかけっこをしてもらったらいいんだよ! そしたら、簡単につれていけるよ!』
お父様ともお母様とも、私、追いかけっこしたことないんだけど……その辺、うまく誘えるかな?
私は一瞬そのことに悩んだけれど、ウサギさんを見ていると案外大丈夫な気がしてきた。
根拠はないけど、自信満々だし!
私は大きくなったウサギさんの背にしがみついた。
『いくよ!』
そしてウサギさんは窓から庭へと飛び出した。
ぴこんぴこんと耳が動いているので、人の気配を察知してくれているのだろう。
『行きたいのはどこのお部屋?』
そう聞かれた私は指さしで二つの部屋を伝える。
『遠い方は二人いるよ。そっちじゃないほうは一人だけみたい』
二人はお母様のお部屋かな。
ならば行き先は一人きりのお父様のお部屋だ!
でも、お部屋の中に行くならまずお屋敷に入り直さないと行けないと思うんだけど……。
『ううん、直接行けばいいんだよ!』
次の瞬間、身体に大きく跳躍する感覚がもたらされた。ぴょんぴょんと跳ねるウサギさんは、明らかに飛びすぎてる!
『じゃあ、突入!』
「あうあ!?」
個人的には叫んだつもりだけれど、びっくりしてるからあまり声は出なかったかもしれない。
だいたい窓から突入するなんて……いや、いつもウサギさんは私の部屋に窓からやってきてるけど、想像していない!
が、そんなことを思っている間にお父様の部屋の窓に私たちは突入した。
レースのカーテンをゴールテープにするのかと思う勢いだったので、私は必死にウサギさんにしがみついていた。
やがて振動は伝わらなくなる。ぶ、無事に到着したみたい……。
シートベルトなしのジェットコースターに乗ったような気分だった。いつものお散歩と同じで空気の抵抗みたいなのは感じなかったけれど、一瞬で高低差を感じるのはやっぱり怖い!
しかし到着したことには心の底から感謝したい。
さて、お父様は……と思って部屋を見回せば、お父様が剣に手をかけたまま、驚いた表情を浮かべていた。これには私も驚いた。
お父様、ごめんなさい! ただのあなたの娘です。賊ではありません。
「あ、エミリア……?」
呆気にとられたような声を出したお父様は、そのまま私と私が乗るウサギさんを見比べているようだった。
あれ? もしかしなくてもこの様子だとやっぱりこのウサギさん、珍しい……?
私の中では『この世界ではこうなんだろう』くらいで落ち着きかけていたけれど……!
「エミリア、聞きたいことは山ほどあるが、ひとまずこっちに来なさい」
そうお父様は仰ったけれど、それはできない相談だ。私はお父様のほうからドアへと視線を移し……そして扉が閉まっていたことに動揺した。
いや、閉まっているのは当たり前だと思う。けれど、これを開けれなければお父様を誘導することができない。まさか窓から出てきてもらうわけにも行かないのだ。
『安心して、エミリア。私が開けるよ!』
「う?」
どうやって?
そう聞こうとしたときにはウサギさんは再び跳ねた。そして器用にドアノブに前足をかけ、ノブが回ったところで身体を捻り、蹴り出した後ろ足でドアを開けた。
なんとも雑な開け方だけれど、ドアは確かに開いた。
ただ、そんなアグレッシブな動きをされると私もしがみついているのがやっとなんだけど……!! お父様も更にびっくりしちゃってるよ!
でも、お父様もすぐにハッとしたようだった。そんなお父様に私は手招きをする。こっちに来てー、こっちだよー!
「エミリア、今はそんなことじゃなくて、」
そう言いながらお父様が近づいてくるので私とウサギさんはちょっと進んで振り返る。日中の廊下はあまり人がいないことを私は知っている。
だからお父様が大声を出さない限り使用人たちが行く手を阻む確率は低い。そして、お父様は私と交流していることを悟られないようにしているので大声はたぶん出さない。
このままお母様の部屋まで行ければ順調だと私は思っていたけど、不意にお父様の動く速度が上がった。
うわ、掴まるかと思った! お父様、運動神経抜群ですね。
「エミリア、いい子だから」
そうお父様は少し笑うような調子で言っているけれど、目は笑っていないように感じられた。
あ、これ少し怒ってるかもしれない。
怒られたことがない私としては少し怖いと思うけれど、どんどんゴールは近づいている。
『よし、到着!』
そうしてウサギさんは大ジャンプしてドアを蹴り開けた。
中から短い悲鳴が起きた。
私たちはそれを聞きながら部屋に飛び込んだ。
部屋の中にはお母様と、お母様のお世話をしているらしい女性が一人いた。
女性のほうは目を白黒させているものの、お母様はただふつうの瞬きをしているだけだ。そう……表情だけを見ると、ではあるが。
「あ、エミリアと……旦那、様?」
お母様の声は明らかに動揺していた。