◆第7話 ただいま絶賛下準備中
ハイハイができるようになった私は、まずどのように自宅探索に勤しむか必死に考えていた。
外に出る時はウサギさんの助けがあるけれど、家の中までウサギさんに乗って移動するわけにはいかない。ウサギさんの存在は隠すほどのことでもないかもしれないけど、ほら、私ってまだ説明がうまくできないし。
私としては仲直りのためにはまず両親の部屋を訪ねなければいけないと思うけれど、今のところ場所は不明。うーん。普段いる場所がわからないから、お父様とお母様を引き合わせるのも大変だなぁ。
そもそも、どうやって探せばいいんだろう? こういう時、広すぎるお屋敷は厄介よね。誰のお部屋がどこか、まだまったくわからないもの。
一応エントランスまでは前に行っていることと、最近は時々ナンシーが抱っこでお散歩に連れ出してくれるようになったので、なんとなく廊下の配置だけは分かっている。でも、お部屋はさっぱりだ。ドアノブに手が届いたら、こっそり探索出来るようになるかもしれないけど……身長、後どれくらいの時間で伸びるだろう? しばらくは難しそう。
しかし、そのとき私は突如名案を思いついた。
お部屋の場所が知りたいなら、お部屋に来てくれた後、追いかけたらいいんじゃない……? 何で今までそれに思いつかなかったのか。堂々と正面から行けばいいじゃない!
そう思った私はさっそく翌日午後、部屋にやってきてくださったお母様がお帰りになろうとなさると同時に追尾体制をとろうとした。
それに驚いたのはほかでもないお母様だ。
「エミリア? どうしたのですか?」
その声色は戸惑っていた。
顔はいつも通りだが、揺れる声音がそれを物語っている。
いままで私はお母様が戻られるときはきちんと見送りをして引き留めたこともないので、いつもと違う行動に驚いたのだと思う。
それにお母様はこっそり私を見に来ている。他の人にばれたら困るという思いもあるのだろう。
でもね、お母様。大丈夫です。
勝手について行ってるだけってナンシーは思いますから。
そう思う私の前で、お母様は決意したように早足で部屋を出ていこうとした。
あ、お母様! 私、高速ハイハイはできないからそれだとおいて行かれちゃう……!
「あうー……」
自分でも驚くほどの悲しみに満ちた声が出た瞬間、お母様の足が止まった。
「……まだ一緒にいたいって言ってくれているの?」
「あう」
そしてお部屋にお邪魔したいと思っています。
私はじっとお母様を見上げた。
お母様は息を呑んだ。
「でも……ごめんなさい。本当に……私があなたと仲良く過ごせば、あなたもこの家に居づらくなってしまうから」
作戦は、どうも失敗したらしい。
私は泣いた。
お母様は小さく息を呑んだ後、足音を殺して、けれど駆け足で部屋から去っていってしまった。
そして入れ替わりに飛び込んできたナンシーにあやされて私は悲しんだまま眠りについた。
※※
しかし、赤子の立ち直りは早い。いや、私だからかもしれないけど。
疲れて寝たら、さぁもう一回と次はお父様にアタックする気満々だった。
夜中、お父様に同様に『お部屋に連れて行って』のジェスチャーを伝えた。
お父様は抱っこしてくれているから、ハイハイで追いかけるより楽なはずだ。
ただ、お父様にはそれは伝わらず
「散歩にいきたのかい?」
惜しい、ちょっと違う。
「しかたないな。こっそりとだよ」
そういったお父様は窓枠から私を抱いたまま外に出た。
空にはまん丸な月が浮かんでいる。
うん、目的と違ったけどこれはこれで面白いかも。
けれど思ったよりも月明かりを明るいと感じないのは、屋敷からもある程度光が漏れているからだろう。特にいくつかの部屋が、とても明るい。
「とーま、あち」
「ああ、部屋の光が気になるのかい?」
私が指さす方向を見たお父様は優しく笑う。
「あそこは私の部屋だよ」
「あう!」
それ、欲しかった情報! ありがとうお父様! でも、二階か。脱出できても障害物が待ってるな……。
でも、今ならお母様のお部屋も聞けるかもしれない。
「あう、あち」
「あちらは使用人の談話室だね。勉強している子もいるよ」
「ありぇ」
「あちらは客間だね。おそらく明日の客人を迎える為の準備だろう」
おおう、お母様の部屋がなかなかあたらない。でも、お部屋はまだまだあっても強い光がある部屋はもう指さし終えたと思うんだけど……。
「お前のお母様はもうやすんでるみたいだね」
「あう!?」
「お前のほうが夜更かしさんだな」
悪い子みたいにお父様は言うけど、お父様が連れ出してるんですからね! 私はたくさんお昼寝もする健康優良児です。
けど、お母様のお部屋がわからなくて残念……。
「ちなみにお母様のお部屋はあの端の部屋なんだよ。庭の花が一番綺麗に見えるんだ」
「あう!?」
その言葉に私は輝いた。
やった! お母様の部屋もこれでわかった。
でも、これも二階。う、うーん。やっぱりまだ一人じゃ階段が立ちはだかるか。
私が唸っているとお父様が私の頭を撫でてくれた。
「やはりエミリアは私の話を全部わかっているみたいだね。まだ産まれて一年も経ってない赤ん坊なのに」
「あー……やぁ……」
うん、実際は一歳というには語弊があるもんね。
誤魔化していると、お父様は私が眠そうに見えたらしい。
「そろそろ戻ろうか。風邪を引かせてしまえば、シエロに合わせる顔がない」
寒くはないし、風邪をひくような天気ではない。でも、歩いてもらっている振動が心地よくて眠くなってきたのは事実でもある。
「シエロを頼むよ、エミリア」
それを聞いた私は、お父様が今までよりもお母様と距離をとろうとしているように思えた。
いや、確かに今までもそうだったけど、なんか安心してしまっているような任せ方で……って、それだめだよお父様!
「私はもうすぐ、また長期遠征に出るんだ。早く帰ってきたいのに、いつ帰ってこれるかどうか」
「あう?」
「ああ、さすがにこれはまだ難しいか?」
いや、そうじゃない。そうじゃない。
お父様がまた長い間戻られないってなると、お母様との関係修復が最低でもそれだけ遅れるということじゃない! そのせいで今まで以上に距離があいてしまったらどうするの!!
そう思った私は決心した。
今は喋れないし碌に歩けもしない。でも、部屋がわかるというヒントは得た。失敗しても一回限りの勝負じゃない。
じゃあ、ここは第一回すれ違い解消会を開催してみようじゃありませんか!