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◆第6話 初めての小さな冒険

 でも、冒険ごっこはどういうものを指すのだろうか?


『あのねあのね、私の背中に乗って欲しいの。この間ね、お馬さんに乗る人間を見たの! ああいうのをしたいの!』


 なるほど、『冒険ごっこ』というよりは乗馬ならぬ乗ウサギをしたいのか。

 私もベッドから降りるときはウサギさんに乗っているけれど、それはしがみついているだけなので乗馬のような優雅さなんて欠片もない。

 いつもお世話になっているウサギさんの希望なら、やらない理由はない。

 合意を示すために頷いた私を見たウサギさんは満足そうに大きくなった。

 サイズ的には中型犬と大型犬の間くらいだろうか。

 まるでウサギらしくないサイズであるが、可愛さは相変わらず満点だ。まん丸の目が、余計に可愛い。

 そんなことを思いながら、私はウサギさんの背に乗った。


『じゃあ、しゅっぱーつ!』


 ウサギさんは楽しそうだ。私はしがみついているだけだけど、ふさふさの毛が気持ちいい。

 私は今からお部屋の中をうろうろするのかな、と思っていたけれどウサギさんは窓の外に出た。


 って、え、お外に行くの!? お部屋の中で冒険ごっこをするんじゃないの!?

 もしもナンシーが来ちゃったら私がいないと心配するんだけど……!


『大丈夫、私、すっごく耳がいいから! エミリアの部屋に誰かが近づいたら、間に合うくらいにすぐ戻るよ! 私、すっごく足も早いから!』


 たしかにいつもウサギさんは私の部屋から人の気配が消えたらすぐに来てくれるし、逆に戻ってきそうになったらさっと帰っている。だからたぶん本当にできるんだろうけど……


『だろうじゃなくて、ほんとにできるの! じゃあ、いくよ!』


 そして勢いよくウサギさんは走り出した。するとその背にも揺れがあるので、私は落とされないように必死にしがみつく。

 でも、しばらくしたら不思議と揺れやスピードがあっても風が強いわけではないことに気が付いた。早いけど、風の抵抗も受けていない気がする。とても不思議な乗り心地だった。

 そしてそんなことを考えているうちに、ウサギさんは急に止まった。


『とうちゃーく!』


 そこは池の辺りで、綺麗なお花がいっぱい咲いているところだった。

 お花は花弁は主に青で、中心部だけ白い。そんなお花たちの上で太陽は綺麗に輝き、湖面を照らしている。キラキラと輝く水は、まるで生きているようだった。

 私は出発をためらっていたことも忘れて、歓声を上げてしまった。


『このお花、この季節しか咲いてないんだよ』


 得意げに話すウサギさんを面白いと思いつつ、私はウサギさんの頭を一生懸命撫でた。ありがとう、とっても嬉しいよ。

 そしてこの周囲のお花がとても綺麗だったので摘んで帰ってみんなにプレゼントしたいなと思っていたら、ウサギさんは私を背中に乗せたままお花を摘んで私に渡してくれた。このウサギさんの手ってとても器用だなと思ってしまった。


 でもお花を摘み終わったとき、ウサギさんは『この足音、ナンシーがエミリアの部屋に行く時の音だ!』と言い、それと同時に急に駆け出した。


 私はウサギさんに振り落とされないように必死でしがみついた。

 そしてお部屋に連れ帰られた私はうさぎさんによってベッドの上に転がされた。ウサギさんは『また冒険に行こうね!』と言うと颯爽とかけて行った。


 短い冒険だったけど、よくよく考えると私が外にでるのは初めての経験だった。

 太陽やお空がすべて新鮮に感じられた。風の匂いも、部屋の中にいた時とは違っていたように思う。

 唐突な冒険の誘いだったし、帰ってくるとこっそり抜け出したのはよくないことだったのじゃないかと私の中の大人の部分は思うけれど、子供の私はまた行きたいと心の中で大はしゃぎをしていた。

 ウサギさんには大感謝だ。


 それからほぼ間を置かずにナンシーが部屋に入ってきた。

 かなりの距離があったはずなのに、ナンシーの足音を聞き分けたウサギさんの耳は一体どうなっているのかと私は驚いた。

 でも、私以上に私が部屋の中になかったお花を手にしていることにナンシーが驚いていた。


「お嬢様、そちら、どちらで……? お部屋にあったお花ではありませんよね……?」


 うん、そうだよね。

 綺麗だからプレゼントしたいって思ったけれど、普通どこから持ってきたのか気になるよね。どうも身体年齢に思考が引っ張られているなぁと思わざるを得ない。

 私はその問いの意味を理解していないかのように笑って誤魔化した。

 身体年齢にひっぱられるなら、身体年齢の利点を最大に生かさねば。


「な、しー、あえう」 


 そう言いながらお花を一本差し出すと、ナンシーはすごく喜んでくれた。


「え……お嬢様、もしかして、私に……? そして、私のことをお呼びくださった……?」

「あえうー」


 そういえば、まともな発音に近づけたのって今日がはじめてかな?

 じゃあ、もうひとつ……。


「ろあーと」


 あ、こっちもうまく言えた気がする。


「ろ、ロバートにもくださるのですね。ありがとうございます」


 そう言いながら、ナンシーは二本目の花を受け取ってくれた。うん、満足。


「まだお花をお持ちなのですね。花瓶を持って参ります」

「ありーと」

「とんでもございません」


 そう言いながら、ナンシーは窓辺に近づいた。開きっぱなしの窓からは少しだけ風が吹き込んでいる。

 ナンシーはその窓枠をじっと見た。


「不審者の侵入の形跡はありませんね……。だとすると、もしかしてこれは精霊様からお嬢様への贈り物かしら……? お嬢様は精霊から祝福を受けてらっしゃる……?」


 深く観察する様子はまるで探偵のようだったのに、出てきた言葉がメルヘンで私は笑ってしまった。確かにウサギさんはかなり不思議なこともするので、精霊とだ言われても全く不思議ではないのだが。ただ、うまく誤魔化せたならなによりだ。

 その上ナンシーに花瓶を用意してもらえたことで、夜まで萎れることなく花を保つことが出来た。おかげで午後のお母様の訪問時も夜のお父様の訪問時にもお花は無事渡すことができた。

 そのときに「かーしゃ」「とーしゃ」と呼ぶと、二人ともそれぞれ感激してくれたようだった。

 うん、これからも私頑張るよ!

 ちゃんとお父様とお母様を呼べるようになって、二人の仲直りに一役買うよ!

 ただ、二人のもとにもナンシーから報告がいったのか『精霊からもらったそうね』『精霊からの贈り物を、私ももらっていいのかい?』と言っていた。


 ……あれ? もしかしなくても、本当に精霊って実在するの?


 でも、これだととりあえず『精霊さん』のお陰で次もまたお花を摘んでも大丈夫かも……?

 お花をとても喜んでもらえたし、また摘んできたくなったからとても嬉しい。

 こうして私は度々ウサギさんと出かけるようになり、お花も摘んでこれるようになった。

 そしてみんなに大事にされながら、私はついにハイハイと掴まり立ちをマスターした。

 むしろ私にとっては立つことよりもハイハイの難易度が高かった。これを説明なしにやってのけてた世の中の赤ちゃんたち、すごいよ……。

 ただ、こうして自身で移動できるようになったら私から両親に会いに行くことも可能となるはずだ。

 そうすれば、また仲直り作戦が一歩前進するに違いない。


 うん、がんばる!



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