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◆第3話 お嬢様ははやく喋りたい

 お父様とお母様が会った翌日。

 私はなんと、ハイハイができました! 匍匐前進、できたよ!

 これって赤ちゃんとしては早い方じゃない? 絶対早いほうだよね! 赤ちゃんの成長なんて私は詳しくないからわからないけど、きっと筋トレが効いた結果だよ!


 ……といっても、たぶん大人が見たら二歩にはカウントしてもらえないような動きだとは思う。でも、たぶん二センチは動いたと思うんだよね。足が横に移動してるだけじゃなくて、たぶん移動できたと思いたいんだよね。もう、実質ハイハイが成功したっていってもいいよね?


 でも、移動した先は……ちょっと寝相が悪くて動いちゃった程度の距離だ。うう、何とか早く移動できるようになりたい。もっとハイハイマスターにならなくては。


 しかし既に自分で移動する元気は残っておらず、ぺちゃりと崩れたままごろりと上を向いた。うん、頭は柵に当たっていないから大丈夫。枕がちょっとずれた位置にあってフィットしないけど、我慢できないほどじゃない。でも誰か、気づいたら直してほしい。お願い。


 しかし赤ちゃんがそんなに長く枕の位置なんて気にしてちゃだめだよね。

 私はこの体勢のまま発声練習を始めた。

 けれどなにを言っても「あー」や「うー」「おー」みたいな発音になるんだけど。うん、なんだかまだ舌を動かすのがうまくいかないのかな。「キャア」とか「ハア!」も言えるけど、この発音はあんまり使わないかなぁ。


 そんなことをしてると、急にドアが開いた。


 今までノックをしないで入ってきたのはお父様だけで、普段ナンシーはノックをしてくれる。

 だから私はお父様がきたのかと思ったけれど、どうも足音が違う。もっと軽い足音だ。


「……変わった位置で眠っているのですね」

「あう?」


 登場したのはお母様だった。

 今まで家にいたとしても絶対に私のところに来てくれなかったお母様だ。

 お母様は遠慮がちに私の頭に触れた。たぶん、前髪を整えてくれたのだと思う。

 でも、できたら前髪より枕の位置の方を整えて欲しいんだけど……この『変わった位置』が私のお気に入りポジションだと誤解してるかも。違うんです、お母様。いつもはもう少しマシな寝方をしているんです。


「ごめんなさいね。この母の子でなければ、アーサー様にも可愛がっていただけたのかもしれないのに。そのことを今日は謝りにきたの」


 いえ、お父様には可愛がっていただき、昨日抱っこまでしていただきました。


「本当はアーサー様の御子なのだから、私はあまり会わないほうがいいと思っているの。けれど貴女を見ているとアーサー様の子を私が産んだのだと思えて……、少しだけここにいさせてくださいね」


 すごく甘いセリフが飛んできていますが、お母様の表情は相変わらず無表情だ。

 ……うん、何となく理解ができた。お母様は、ものすごく表情筋を使うのが下手だ。

 これはお父様が自分は嫌われていると誤解するのも仕方がないことだ。笑うと絶対に可愛らしいと思うんだけどな。

 でも、お母様もこれは確実にお父様を慕っている。お父様もお母様を好いている雰囲気だったはずなのに……なにが原因なのだろう?

 そう思っているといつもナンシーがすわっている、ベビーベッドの横にある簡易なスツールに腰かけた。


「あなたのお父様は、国軍を率いる大変なお仕事を終えられたのですよ。ナンシーから聞いているかしら?」

「う?」


 それは初耳です。

 私は詳しく聞くために寝返りをうった。

 そして木製のスツールに座ったお母様の方に顔を向ける。

 お母様は私が寝返りをうったことに驚いていたけれど、そのまま言葉を続けた。


「私は海を挟んだところにある国から、身分を隠してこちらの国に留学していたのです。そこで出会ったのがお父様ですよ。そのころから、あなたのお父様はとてもお強い方でした」


 その言葉で、どうやらこの世界にも学校が存在していることが私にもわかった。学校生活か。私も大きくなれば通うこともできるのかな……なんて、今大事なのはそこじゃない。

 大事なのはお母様のお話だ、お母様のお話だ。


「私、当時はあまり言葉も上手ではなくて。お父様が面倒を見てくれていたのです。お願いもしていなかったのに、自ら家庭教師役を買ってくださいました」


 えええ、それってお父様、すでにお母様にベタ惚れだったんじゃ!

 思わずわくわくして聞こうとしているのにお母様の表情がすごく真顔なので、どうも恋のお話をしているような雰囲気にはならない。でも、内容には心躍る。だってこの世界で初めての恋話だよ!


「お父様はお優しい方です。ただ、お父様が私に勉学を教えてくださっていたのはあまりに不出来で、見るに耐えかねてという思いからだったとは今でも思っています」

「う?」

「常に毅然となさっており、背筋を伸ばし、前だけを見ておられる。厳格で堂々とした様は、当時も今も変わりません」

「うう?」


 お父様が……常に厳格で毅然としている……?

 私はその言葉に首を傾げたくなった。実際に傾げるとバランスを崩してたおれるのでしなかったけれど、疑問はいっぱい浮かんでくる。

 だってお父様は昨日号泣なさっていたし、厳格と言うよりお母様にデレデレだったし。

 いったいお父様はお母様の前でどんな振る舞いを……と思い、すぐに思い出した。

 昨日の出迎えだ。

 あの出迎えの時のテンションそのものだ。

 なんでそんなややこしいことになっているのか……私はそこが知りたい。

 知りたいけれど、お母様の視点からそれを知ることは難しそうだ。ただ、これはお父様に探りを入れるしかないんだけど……。探り、どうやって入れよう?

 そんなことを考えている間にもお母様の話は進んでいく。


「私とアーサー様が親しくしていると聞きつけたお父様は、私との婚姻をアーサー様に打診なさいました。他国とはいえ、国王の命をアーサー様は断れなかったのです」


 いえ、たぶんお父様は大喜びなさいましたよ。たぶんだけど、昨日の様子だと間違いない。


「お父様は、本当はこの国の王女殿下のことをお慕いしてらしたのにね」

「う!?」


 え、それ知らない。

 知らないけど……少なくとも今はお母様のこと大事に思っているよ! 私も昨日のエントランスでの対応を見たら二人ともものすごく仲が悪いと思ったけれど!

 ただ、私の主張は相変わらず通じない。


「もうすぐナンシーのお洗濯時間は終わってしまうわね」


 そしてお母様は立ち上がった。


「私がここにきたのは二人だけの秘密にしてくださいね? お父様がご不快になっては大変だから」


 いえ、まったくご不快にはならないと思います。

 そう伝えることが出来れば、どれほど良かったことだろう。言葉を発せない不便さを、私は二日連続で強く思わされる。


 やっぱり早く喋れるように頑張ろう。そして何処かで行き違いを起こしているお父様とお母様の関係を修復しなきゃ。だってせっかく送る人生なのに、家の中からギスギスしてるのは嫌だもん。ううん、家族でなくても両思いがすれ違い続けるなんて不幸でしかない。

 両片思いは叶う見込みがあるからこそ見守りたいのであって、このきっかけがなさそうな場合はそのチャンスを作っていかないといけないよね!


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