◆第32話 害悪の除去(3)
お父様のほうを見ると、お父様は「私はここで娘と待ちぼうけをしているだけだよ」と仰ってくださった。
よし、ならばあとは私の気合いだけだ。
「やる」
「了解! じゃあ、いくよ!」
そう言ったディアナは私が開けた窓から飛び出した。私も急いで、窓を開けたまま鏡の所へ戻った。
すると次の瞬間、鏡の中の広間の窓が急に開いた。
窓は室内から外に向けて開けるタイプだから、本来は勝手に開くものじゃない。だから、室内にいた皆はとても驚き、身構えもした。そして、警備の担当もその驚愕の声を聞いてすぐさま部屋に立ち入ったのだけれど……ローレンス殿下ただ一人をのぞいて、皆ディアナの姿を見ると同時に目を見張っていた。ただし、ローレンス殿下も固まっていらしたけれど。
うん、想定外ですものね。驚かせてしまい、申し訳ありません。
けれど、謝罪はあくまで心の中でのみだ。
私に『早く代弁!』と、ディアナが脳内に直接語りかけてきてるし!
「驚かせたな。私は人間からは神兎と呼ばれている精霊だ。少し邪魔をするが、構わんか?」
こ、こんな感じでいいのかな……?
一応私がイメージしているのはルーナさんだ。全くモデルがいなければ難しいけれど、ルーナさんの振る舞いなら少しは分かる。でも、ルーナさんの振りをするなんて考えたことがないので、なかなか難しい。あと、私の言葉をディアナの口から聞くのは凄く不思議な気分だ。
そして、不自然だとおもっているのは私だけではない。ローレンス殿下もディアナらしくないと思ってらっしゃるように感じる。
うん、ローレンス殿下の見たディアナは天真爛漫そのものだもんね。
けれど、それはすでにディアナを知っているからこそ抱かれた違和感だ。陛下を始め、ほかの人たちには気付かれていない。
陛下は椅子から立ち上がられた。
「これは……ようこそお越しくださいました、神兎様。私は、」
「レイモンド・アレクロア・エルドヴァル国王だろう? 知っている」
かぶせるように、私は陛下の挨拶を遮った。自分の口から……人間として陛下に言うのであれば相応しくない言葉遣いだけれど、発言するのが精霊ならば不自然な振る舞いではないはずだ。
この会話のペースは私が握りたい。それなら陛下には普段絶対に言われないような会話に付き合っていただき、予想を裏切り、慎重になっていただきたい。
じゃないと、絶対ボロがでちゃう。
幸い、陛下は精霊に慣れていないように見える。
……ならば、私はさらに偉ぶっていかなければいけないだろう。
「先触れなく現れたことは謝ろう。だが、友人に会いに来てみれば、なにやら集まって話をしておるから待っておったのだが……我が友人を責める物言いばかりする者がいることに腹が立ってな」
「友人、でございますか……?」
「そこにいるローレンスは私の友人だ。何か問題があるか?」
その言葉に全員が息を呑む。
……うん、驚くよね。
ここの世界で精霊ってそう言う存在だし。
私がディアナに乗って両親の目の前に現れた時、二人は自分たちの世界に入っちゃったけど、普通ならそんなことが出来ないくらい驚くものだということは私もそろそろ理解はしている。……それだけ両親が思い合っていること自体は、大変喜ばしいのだけれど。
しかしなんにせよ、ここで驚かせたままにしておくわけにはいかない。
「立ち聞きではあるが、ローレンスの話は私にとっても興味深い。何を公表しようとしているのかは知らぬが、発言を遮るものに正当な理由がないのであれば、黙って続きを聞きたいのだが」
その言葉に対しマチルダ様は無表情のまま、しかし唇を噛み締めた。
よし、これで反論は封じることが出来たかも。
「私からは神兎様のご意見に異はございません」
その陛下の言葉があっても、否定の声は上がらなかった。
「では、私もここで聞く。よいな?」
「はい。……可能でしたら、後ほどお話もしたいですが」
「私は別にそなたと話したいことはない」
私はローレンス殿下の援護をしようとしているだけで話なんてないし、ディアナのフリをして無駄に話をするというにも限度がある。
できないわけじゃないけれど、しんどいし、いつボロがでるのか分からない。ならば逃げてもらう方が正解だ。
ディアナも私に『そんな面倒なのはやだよ』と言っているし。
「ならば、ローレンス。続きを。神兎様もお待ちだ」
「はい。……山道の入り口に残った車輪や足跡、また台座の規模から、今回の実行犯は複数人であると考えられます。ですので、私はいつ設置されたものか探ることにしました。警備はある程度距離を決められているのに、何度も往復している馬車に気付かないのは不自然です。森までの道はとても開けているのに、見落とすとも考えにくい」
それから、ローレンス殿下は一枚の紙を広げられた。
遠目なので見づらいが、そこに書かれていたのは表のようだった。
「そこで調査した結果、残念なことにとある無魔金属の名産地の出身者である兵が情報を漏らしていたと自供しました。すでに拘束しております」
「ああ。それで信頼できる者を借りたいと望んだのか」
「はい。詳しい説明のないまま、人員を割いてくださった陛下には御礼申し上げます」
そこで私は、陛下のアシストもあったことに少し驚いた。いや、陛下もルイス殿下やマチルダ様をあまりよいように思ってなかったとは思っている。
けれど、ローレンス殿下の援護もいままでなさってきたわけではない。
どういう理由かと思ったのは私だけではなかった。マチルダ様もルイス殿下も目を見開いている。
「ローレンスは私に、公平に物事を進めるため、そして誤りがあれば即座に私に伝わるよう人を貸して欲しいと言った。却下はできまい。放っておいて瑕疵があれば、私の責任となる」
どちらの王子にも肩入れはしないということを、ローレンス殿下は逆手に取ったのか。
けれど、とられた陛下のほうは機嫌がよい。
「しかし未だ私のところには何の報告もきていない。今のところローレンスの行いに問題がないからだろうが……続きを」
「ありがとうございます。衛兵はコネリー家に近しい者でした。報酬を受け、勤務形態等を伝えていたこと、自分が山道入り口を含む警戒にあたったときに、相勤者が山道へ近づかないよう、誘導していたとのことです」
「お、お待ちください。コネリー家……我が一族は決してそのようなことはしておりません!」
自分の生家の名が出されたことに慌てながらも、まだまだマチルダ様は強く主張をなさる。
ただ、いよいよ焦りの表情を浮かべていた。でも、それも仕方ないかな。
知っていたらもちろんのことだけど、知らなくても身内の悪事なら普通に焦る。
ただ、同情はしない。
「黙れ。私がなぜここにいるのか、お前はもう忘れたのか? 反論なら後にせよ」
私がきっぱりと言うと、マチルダ様は悔しそうに唇を噛む。
ルイス殿下はうろたえるばかりだが、これは素直に当然の反応だと思う。ローレンス殿下が異様にしっかりしているだけで、状況を詳しくわかるような年齢ではない。
そう思えば、少し可哀想にはなるが……今、私がすべきことは彼へのフォローではない。
「続けよ」
「はい。前述の状況を把握しても、私には疑問がありました。無魔金属でコネリー家は儲けがあり、王都周辺の立ち入り禁止区域で、かつ禁術を使うメリットはないのでは、と。しかし、コネリー家本邸及び王都の屋敷から同型の魔石が発見されたことから、今朝、当主以下関係者と思わしき者を複数拘束するよう指揮いたしました」
……うん? それって……相当数で押し入らないと押さえられないよね?
そう思って陛下を見てみるけれど、相変わらず機嫌がよさそうだ。
一方、マチルダ様の顔はどんどん青ざめてゆく。
「どうして……今朝? 指揮? 殿下は、どうやってその連絡を……」
そう言いかけたマチルダ様ははっとしたように言葉を止めた。
ローレンス殿下は頷かれた。
「ご想像の通り、封印の魔術を会得したおり、私は魔道具を使用できるようになりました。ならば、遠距離での指示も可能です」
嘘は言っていない。封印の術が使えたあと、ノアさんに魔力をわけてもらったという事実は飛ばしているけれど、嘘ではない。
いずれにしてもローレンス殿下が単に魔道具を使えるようになったのみなら、本来マチルダ様は少々不快に思う程度で済んだと思う。
出生順と継承順位が関連していない以上、実家の後ろ盾があるルイス殿下が即座に次期国王候補から外れるわけではない。
けれど相手が自分の地盤を崩すと同時に魔術を扱えるようになったのならば、恐怖の対象でしかないことだろう。
「マチルダ様とこの件を結びつける証拠はなにも発見できておりません。ですが、ご実家が不法行為を行っている以上、ご自身の潔白を証明するためにも外部との接触は断ち、謹慎していただくべきかと存じます」
「どうだ、マチルダ」
「私は関係ありません! そもそもそのようなことを信じることもできません。コネリー家は常に陛下の為にと……!」
「ならば、ローレンスの提言を受け入れることだ。後の調査は私が行おう。それならば、異論もあるまい」
陛下の言葉にマチルダ様は力なく崩れ落ちた。
「ルイスは……」
「ルイスもそなたの元へは置いておけない。わかるな? もっとも、わからずとも決定だ」
そして陛下の指示でマチルダ様は衛兵に連れて行かれる。母が連れて行かれる場面を見て、ルイス殿下は椅子から立ち上がる。
しかし、それは陛下が名を呼んだことで制止される。
「お前についている教育係を本日より一新する。私が命じた者ばかりだ。私の言葉だと思い精進せよ」
「ですが、父上、母上は……母上はどうなるのでしょうか」
「しっかりと学べば、今日起きたことも理解できるようになるだろう」
ルイス殿下はただただ戸惑っている。
しかし、もとより身分を笠に着ていたこともあるからか、陛下の言葉には反論することなく従った。
「これ以上、今日報告すべき事柄もなかろう。解散とするが、よいな」
立ち上がった陛下はディアナを見た。
私はまずいと思い、急ぎ口を開いた。
「ならば、私も帰るとしよう」
この後に懇親を……なんてことになればたまったものではない。
しかし窓へ向かうディアナの背に、陛下は問いかけた。
「精霊様、精霊様は我が息子に力を与えてくださったのですか」
「……いや、私はただの友人だ。別の精霊が、ローレンスを気に入っていたが……詳しくは自分で尋ねよ」
そう言った瞬間、ディアナは窓から飛び出した。そしてあっという間に私たちの部屋に戻ってくる。
「おわったー!」
「お疲れさま」
「エミリアもお疲れさまなの!」
ディアナはそう言いながら、小さなサイズになって私に抱きついてきた。
本当に一仕事を終えたのはローレンス殿下なのに、こうしていると何だか私が仕事を終えた気分だ。
そんな私の隣で、お父様は何とも言い難い声を出していた。
「あー……これは、仕方ないかぁ」
「お父様?」
「狩猟としては悪くない。なら、うまく立ち回れるよう指導しなければということだ。……ただ、私は家庭が一番だと念押ししておこう」
どうやら、お父様も後見になることを納得せざるを得なかったようだ。
「やっかいだけど……まぁ、しばらくは独立するとは言えないな」
そう肩をすくめるお父様を見て、私もディアナも笑ってしまった。